11
部屋へ戻ると、私はすぐさまカナエに問いかける。
「カナエ、私は本当なら今……存在していない、はずなの?」
口にするのも怖かったけれど、どうしても聞かなければいけない。もう、自分の状況から目を逸らすことは出来ない。
「ええ。……ユメノには黙っていたかったのに」
カナエは血が出そうな程強く手を握りしめる。ツムグが干渉してこなかったら、ずっと私に隠し通すつもりだったのかもしれない。
「カナエが私を洞窟に閉じ込めたのは?死神見習いにしたのは何のため?」
ずっと教えてくれなかったことも、今なら答えてくれる気がした。カナエは私の視線から逃れるように目を伏せる。
「それは……ユメノを、死から遠ざけるため。次の対象者がユメノだって知ったとき、私は何としてもユメノを連れて行かない、行かせないと誓った。それを他の死神に勘づかれないよう洞窟に閉じ込めた。あそこは気配を消すのに丁度良かったから。死神見習いにしたのは、ユメノが普通の場所にいても私がユメノの側に四六時中いることで他の死神からの干渉を避けるため。私が側にいたらユメノの気配は他の死神からは分からなくなるし、近づけさせないから」
だから、あの時ツムグは「やっと近づけた」と言っていたのか。死を迎えなければいけないはずの私が生きているという異常事態に気づいたとしても、カナエが側にいる間は近づけないから。
納得すると同時に、一つどうしても気になることがあった。
何故、カナエは対象者である私を連れて行きたくなかったのだろう。考えられる理由は一つしかなかった。
「何でカナエは私を……?もしかして、カナエは対象者になる前から私のことを知っていたの?」
それに、ただの知り合いや顔見知り程度ならここまでのことをしようとは思わないだろう。つまり、カナエにとって私は死を避けようとしてくれるほどの存在ということになる。
「ユメノは、私の光だから」
「光……?」
カナエは今まで一度も見せたことのない、柔らかい表情で私を見つめた。
「ユメノは覚えていないかもしれないけれど、私が幼い頃……丁度、里花ちゃんぐらいの年齢だったと思う。その頃に、里花ちゃんと遊んだあの公園でユメノは私を救ってくれた」
そう語るカナエを見つめていたら、ふと脳裏に幼い少女の笑顔が微かに浮かぶ。でも、それ以上は何も出てこない。必死に思い出そうとしても、記憶の中にもやがかかったようになってしまう。
でも、知りたい……カナエが、私にそこまでしてくれた理由を。ちゃんと聞いて、思い出したかった。
「もっと詳しく聞かせて」
私が言うと、カナエは苦笑する。
「まさかユメノ本人に言わなくちゃいけない日が来るなんて、思わなかった」
一旦窓辺に移動し二人並んで座ると、懐かしむように語ってくれた。
私とカナエは、あの公園で出会った。カナエの家庭は里花ちゃんと同じようにお母さんがシングルマザーで、更にカナエを放りっぱなしで男性に夢中だったこと。そんな時に、公園で一人でいたカナエへ話しかけたのが私だった。カナエより少し年上だった私はカナエにとってお姉ちゃんのようで、いつしか私に会うことだけが楽しみになっていたこと。
ある冬の夜、風邪をひいたカナエを置いて、カナエのお母さんは帰ってこなかった。苦しい意識の中、カナエが思い浮かべたのは私の笑顔で……その時のカナエには光のように見えていたようだ。そのうちにカナエはいつの間にか幽霊になって部屋に蹲っていた。この世に留まって私を見守っている間に、いつの間にか死神になっていて、その間にも、ずっと私のことを見てくれていた。
カナエの話が終わった瞬間、私の記憶の中に一人の女の子がはっきりと思い出される。私が里花ちゃんにそうしたように「お姉ちゃんと遊ぼっか」と声をかけると、幼い頃のカナエは本当に嬉しそうに私を見て大きく頷いてくれた。
それから、カナエがいつもの公園に来なくなっても私は引っ越しでもしたのだと軽く考えていた。今思えば、あの時の脳天気な自分が恨めしい。
「息絶えるまで、私にとってユメノの笑顔だけが生きる希望だったから……だからそれを……人間でなくなって、死神になってからも失うことは考えられない」
カナエが私に向けてくれた気持ちは、素直に嬉しかった。でも、それと同時に今まで見てきた佐藤さん、里花ちゃん、富谷君の顔が浮かぶ。私がここに存在しているということは、今までカナエが言ってきた運命を変える、他に影響を及ぼす、それは現在進行形で起こってしまっているかもしれないということだ。
それを自覚した途端、体中の震えが止まらなくなった。
「ありがとう、カナエ……でも、私今すぐここからいなくならなくちゃ」
得体の知れない死を今まで達観してきたはずなのに、怖い。でも、他の誰かの悲しみを増やしてしまうぐらいなら、今すぐにでもどうにかしたい。
「嫌だ!せっかくまた会えたのに、ユメノだけが私の希望なのに、私の前からいなくならないで!」
カナエは今まで押し殺していた感情を表出させ、涙を流しながら叫んだ。子供のような泣き声を上げて、すがりつくように私の身体を抱きしめる。痛いほど強い力で。でもその痛みが、今自分が生きているということを実感させられて、私の中の罪悪感が増していく。
「カナエ、言ってたじゃん……運命を変えたら、他に影響が及ぶって。私だって、まだカナエといたい。でも……このままっていうわけにはいかない」
「分かってた……知ったら、絶対ユメノはそう言うって。だから、絶対に黙っていようって決めてたのに……なんで……」
カナエは耐えられないというように私の服を握りしめる。今の私には、その背中をなでてあげることしか出来ない。やっぱりここで生きたまま、カナエの側にいるなんて言えないから。
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