7

 それから数日が経った。カナエと二人きりの生活は非日常のような日々だけれど、考えてみれば洞窟に閉じ込められた時から有り得ないことの連続だったわけで。そういう意味では、もう何が起きても驚かない自信がある。

 いつものようにどこからかカナエが用意してくれた朝ご飯を食べ終わると、カナエは突然立ち上がり私の手首を掴んだ。以前ほどの力強さではなく、私が本気で振り払えば逃げられるほどの力加減。

 そんな変化に少し安心しつつ、でもカナエが動き出したということは、つまり死神の仕事をしに行くということだ。そう予感した途端、急に身体が強張る。

 案の定、そのまま連れていかれた先に着くと、カナエは開口一番言った。


「あの子が次の対象者。三日後」


 公園の砂場で一人でいる女の子を指さす。あまりにも唐突すぎて、私は言葉を失ったまま女の子を見つめた。まだ、四、五歳ぐらいの子だ。


「あの子が……?」


「ええ」


 カナエは例の如く淡々と頷く。簡単には受け入れられなくて女の子から視線を離せずにいたけれど、一つ気になることがあった。


「でも、どうして今回は三日前に……?佐藤さんの時は二日後だって言ってたのに……」


 しかも、以前だって私は見習いらしいことは何もしていない。本当にこれでいいのだろうか。あまり気は進まないものの、そう思ってしまうほどにカナエは私に何の説明もしてくれない。

 カナエは私の問いには答えずに、突然スタスタと女の子の方へ近づいていく。おもむろに座り込むと、砂場の土をいじり始めた。しばらく見守っていると、あっという間に綺麗な形の泥団子を作り出す。


「泥団子は、こうして作ると効率がいい」


 女の子の方を向いて淡々と言うと、泥団子を手のひらの上で掲げた。女の子は最初はぽかんとしていたけれど、すぐに表情を輝かせる。


「お姉ちゃんすごい!」


 カナエの手のひらの上の泥団子をいろんな角度から見て感嘆の声をあげる女の子。それに対してカナエは微動だにせず、後ろにいる私を振り返った。無表情のままだけれど、もしかしたら……と思い、二人の方へ近づくとカナエに耳打ちする。


「もしかして……一緒に遊ぼうとしたけど、どうしたら良いか困ってる?」


 私の問いに、カナエはこくりと頷いた。だとしたら、不器用にも程がある。カナエは相変わらずの無表情だし、泥団子を作ってみせるだけでは女の子にカナエの意図は伝わらないだろう。

 私は不思議そうにこちらを見ている女の子に精一杯の笑顔を浮かべて言った。


「お姉ちゃん達と一緒に遊ぼっか」


「うん!」


 元気よく頷く女の子を微笑ましく見ていたら、カナエがはっとしたような表情で私を見ていることに気づく。


「カナエ、どうしたの?」


「……何でもない」


 何でもなくないような間があったけれど、今は尋ねている時間すら惜しい。女の子の残された時間を思えば、一分一秒でもこの子が笑顔になるようなことをしたかった。

 何故一人でいたのかは分からないけれど、してあげられることがあるなら動かずにはいられない。

 あまり人気のない公園で、私とカナエと女の子……里花りかちゃんはブランコへと移動する。近くに大きなすべり台で人気の公園があるから、ここはいつも大体の遊具が空いているらしい。

 私達で気兼ねなくブランコを占領すると、里花ちゃんは嬉しそうにこぎ出した。私も久しぶりのブランコに思わずはしゃいでしまう。カナエはというと……相変わらず無表情のまま、激しい勢いでブランコをこいでいた。風を切る音まで聞こえてくる。

 私が動きを止めて呆気にとられながらその姿を見ていると、カナエはその動きを保ったまま尋ねてくる。


「ユメノ、どうしたの」


「いや、何か……すごい勢いだから」


「ブランコって、こう動かすものじゃないの」


「それはそうなんだけど、限度があるというか……もう少しゆっくりな方が一般的かな」


「……知らなかった」


 私達がそんなやり取りをしている間に、いつのまにか里花ちゃんも動きを止めてカナエの方を見ていた。


「お姉ちゃん、やっぱりすごい!」


 カナエはちらっと里花ちゃんの方を向いたけれど、相変わらず動きは止めない。それどころか、瞳をキラキラさせる里花ちゃんに気を良くしたのか私が止めるまでこぎ続けていた。

 その後も他の遊具で遊んだけれど、ブランコと同じようにカナエが超人的な動きをするから、私と里花ちゃんが拍手するという流れが出来上がってしまった。

 それでも里花ちゃんは楽しんでくれたようで、帰り際「お姉ちゃん達ありがとう!」と花が咲くような笑顔で手を振ってくれる。結局、一人で遊んでいた理由は聞かなかった。どういう理由かは分からないけれど、もし里花ちゃんにとって辛いことだったとしたら、口にすることすら苦しいはず。今私達に出来ることは一緒にいて楽しませてあげることだけだから、理由なんて良い、ただそれだけでいいのだ。


「カナエ、里花ちゃんもびっくりしてたけど本当すごかったよ」


「私は普通にしていただけなのだけれど」


「前にもブランコとかやったことある?」


 いくら死神といえど、一度はやったことがないとあんな動きはできないのではないだろうか。そう思って尋ねたら、驚くような答えが返ってくる。


「人間だったときに、少し」


「……えっ」


 カナエの言葉を脳が理解するのに数分ぐらいかかった。


「待って、カナエも元は人間だったの?」


「ええ」


「でも、今は死神なんだよね?どうして……?」


 聞けば、カナエが私を死神見習いにした理由も分かるかもしれない。そう思ったのに、カナエは全く表情を変えずに言った。


「私にも分からない」


 それ以上何も聞かれたくないというように、私に背を向け遠くを見つめる。私はしばらく逡巡した後、これならばいいだろうと躊躇いがちに尋ねた。


「人間だったときも、さっきみたいにブランコとか得意だった?」


「さあ……それも分からない。本当に少ししかしてないから」


 言い終わると、もう良いだろうという風に私の手をとり帰路を進む。結局、道中私は何も言うことが出来ず、静かな時間が続いた。もっと知りたい気持ちと、それ以上踏み込んではいけないと警鐘を鳴らす自分がいて、何も出来ない。

 せっかくカナエが元々は人間だったことを知ったのに、以前よりも距離が遠く感じる。少しずつ距離が縮まってきたように思っていたのに。

 その日私は、目を閉じてもカナエのことが気になって一睡も出来なかった。

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