5
「そんな……」
佐藤さんの病室でしゃがんだまま頭を抱える。どれだけ待てども、面会時間内にみよりさんとお子さんは来なかった。
「明日、だったよね……」
「ええ」
あくまでもクールなカナエの態度に、より焦りが増す。これはカナエが言っていた強硬手段でもしなければ、佐藤さんとみよりさん達を会わせることはできないのではないだろうか。
でも、それだと本当に会ったことにはならない気がする。みよりさん達には本心から佐藤さんのお見舞いに行きたいと思った上で来てもらいたい。
もう一度会いに行って話したとしても、カナエの言うとおり他人の私が言ってどうこうなるものではないだろう。一体、どうすれば……。
「そんな顔しないで」
「えっ……?」
「何とかなるから」
恐らく考え込んで酷い顔をしていたに違いない私をカナエはまっすぐ見つめる。カナエの言葉には、妙に説得力があった。
家に帰っても落ち着かないでいる私に、カナエは絶対に動かないでと念を押してくる。そのままカナエに監視され、何も行動できず一夜を明かした。
そんな場合ではないと起きていたはずなのに、いつの間にか私は眠っていて、タオルケットが掛けられている。窓から漏れる朝の光が痛い。
「私、いつの間に眠っちゃってた……?」
「さあ」
タオルケットを掛けてくれたのはカナエなのだから知っているはずなのに、何故か曖昧な返事だ。まだ寝ぼけ眼の私にカナエは表情を変えないまま言った。
「今日、佐藤さんの元奥さん達来る……だから安心して」
「えっ……なんで分かるの?」
私の問いに、カナエは黙ったまま。私もそれ以上追求しようとは思えず、取り敢えず衣服を整えた。
病院へ向かい、佐藤さんの病室でしばらく過ごしているとカナエの言葉通り、みよりさん達が来る。
ぎこちないながらも、佐藤さんを気遣うみよりさん達。一緒に生活していた頃には戻れなくても、そこには絆があるからこその時間が流れていた。
自分が重い病気なのだと知っている佐藤さんにとって、二人との再会は良いものになったのだと思いたい。
でも、もっと時間があれば……淡い期待を込めてカナエの方を見る。
「カナエ――」
「それは無理」
けれど、最後まで言う前に遮られてしまった。佐藤さんを連れて行くのをやめてほしいと言いたかったのに、やはりダメなようだ。
「……やっぱり、そうなんだね」
「誰かの運命を変えたら他の誰かの運命も変わってしまう。これはどうしようもないことだから受け入れて」
そう言われても、写真の二人を入院中ずっと眺めて、やっと会えた佐藤さんを見ているとやるせない思いが募る。さらに、今日中にはもう佐藤さんとみよりさん達は離ればなれに、二度と会えなくなってしまうのだ。その事実を思うと、鼻の奥がツンとしてきて……やがて目に溜まった滴のせいで視界が歪む。
「何故ユメノが泣くの」
「はがゆいから……何も出来ないのが悔しいから」
「ユメノには、直接関係ない人達なのに?」
「だとしても、何も感じないでいるのは……無理だよ」
私が絞り出すように言うと、カナエはしばらく床の一点を見つめて押し黙った。それから、佐藤さん達に視線を移して静かに言う。
「……ユメノは見ているだけで良いから」
それが何のことを言っているのか分かって、その先のことを思うとまた涙が溢れ出した。こんなに泣くのは、久しぶりかもしれない。
佐藤さん達には見えていないのを良いことに、私は堰を切ったように泣き出した。
和やかな雰囲気の佐藤さん達には、自分の泣き声が場違いなようにも思えてくる。そんな私に、カナエは何も言わずハンカチを差し出してくれた。
水色の綺麗な空模様。それが湿って、涙の跡がつく。
晴れた空が曇るように、運命は流れていく。
「じゃ、また来るわね」
「また来るから」
みよりさんとお子さんが手を振った。それが最後になるなんて一ミリも思っていないだろう、温かい手。
「まさか、来てくれるとは思わなかった。ありがとうな」
寂しそうだった表情が、穏やかな笑顔一色になっている。あの写真のままとはいかないけれど、過ぎた時間は戻せないけれど、佐藤さんが笑顔になるひとときを過ごせたのなら……私がしたことも意味があったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます