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みよりさん達が住むマンションから出て、私は施設に戻ろうと思っていたのにカナエは再び私を強引に引っ張っていく。また洞窟に連れて行かれるのかと身構えていたら、着いた先は見るからに古いアパートだった。
「ここは……?」
「私の住処」
「えっと……死神って普通に住んでるものなの?」
「普段は上だけど、長期に用事があるときは仮に住んだりする」
言い終わらないうちに、私の手首を掴んだまま二階へと階段を上る。ポストにはチラシが挟まっていたから他の部屋にも住人はいるのだろうけど、奇妙なくらい静かだった。
右隅の部屋に着くと、カナエは何重にも重なっているように見える黒装束から鍵を取り出し開ける。中には物がなくて唯一クッションと座椅子だけがあった。座椅子は百八十度倒せるもので、寝る用にも使えそうだ。
本当に、ただ住むためだけの部屋という感じで私は唖然としながら立ち尽くす。
「どうしたの?」
「家具って……これだけなの?」
「ええ、だって他に必要な物なんてないから」
それだけ言うと、カナエはクッションの上にゆっくりと座った。それから、私に座椅子を使うよう勧めてくる。躊躇いながらも座らせてもらうと、静寂が訪れた。
窮屈さは感じないけれど、何もないとさすがに退屈さは感じる。せめてスマホかパソコン、テレビなどがあれば簡単に時間を潰せるのだろうけれど。
数時間経ってもカナエは虚空を見つめたまま、微動だにしない。一人ならば耐えられるけれど、誰かがいる状況だと静寂が耳に痛い。
私はため息を吐くと、今更空腹を感じてきてダメ元で提案する。
「何か、外に食べに行かない?」
「私は必要ないけど、ユメノがそうしたいならそうする」
二人して立ち上がると、カナエは手の甲を上に向け、私に向かって突き出した。
「どこでもいいから、ユメノが行きたいところに着いていく。離れるのはタブーだから」
自分がそうしたように、私にも自分の手首を掴んで目的地へ行けということなのだろうか。だとしても、無理矢理連れて行っているような形でいろんな人に見られるのは歩いていて居心地が悪いだろうと思う。だから私は、カナエに提案した。
「こうじゃダメかな?」
手を繋ぐと、カナエは目を見開いた。しばらく固まったまま動かない。
むしろこちらの方が自然なのに、そんなに驚かれるとは思わなかった。
「やっぱりダメだった……?」
恐る恐る尋ねると、カナエはすぐまたいつもの無表情に戻った。
「いいえ……少し、驚いただけ。気にしないで、ユメノの行きたい店に向かって」
そう言いながら、カナエは私から顔を背けている。やっぱり嫌だったのではないだろうか。そう思いながらも、それ以上何もアクションを起こそうとしないカナエの様子を窺ってから歩き出す。
外に出ると辺りはもうすっかり真っ暗だった。
部屋を出る前、高校の制服のままだと目立つかもしれないと私が言えば、カナエはすぐにどこかから服を用意してくれた。カナエの黒とは対照的な白いワンピース。動きづらそうだけど、折角だしまあ良いかと着替えた。
夜風に少し身震いすると、またどこからともなくさっと上着を出してくれて、肩にそっとかけられる。
「……ありがとう」
お礼を言ったら、カナエはそっぽを向いてしまった。もしかして、照れているのだろうか。確かめたくても、カナエは頑なにそのままの状態を保っている。
ため息を吐いて、仕方なく再び歩き出した。
私の方が一歩先を進んでいるからどんな表情をしているのかは見えない。カナエは沈黙したまま、ただ私が誘導するとおりに歩いている。気になったけど、わざわざ振り返るなんてことはしなかった。
見覚えのある二四時間営業のファミリーレストランに着くと、メニューを見て一番最初に目に入ったハンバーグを頼んだ。私が食べ始めると、カナエはじっと見つめてくる。食事は必要ないらしいから仕方ないけど、そんな風に一挙手一投足見られていては、気になって食べることに集中できない。
「あの、じっと見られたままじゃ食べづらいから、できれば他の所見ていてほしい、かな……」
「分かった」
カナエは頷くと、窓の外へ視線を向ける。私も同じように視線を向けてみれば、スーツを着た仕事帰りの人、はしゃいだ大学生ぐらいの若者、部活帰りの高校生。いろんな人が雑踏を作っていた。
本来なら私もあの中の一人に過ぎなかったのかもしれない。
でも……私は今、一体何なんだろう。普通の人間……だと思いたい。けどカナエに言われるがまま死神見習いになり、普通じゃないことも経験した。それに、違和感を感じたことが何度かあった。
だとしたら、私は今――。考え事をしながらひたすら食べ進め、後二、三口のところでカナエと目が合う。
「不安に思うことはない。ユメノは死神見習いだけど、人間だから」
死神は人の心まで読めるのだろうか。はたまた、私の空気感で考えていることまで察したのか。謎ばかりだけど、カナエが私のことを慮ってくれているのは分かった。
「カナエが言うんだったら、そうってこと……だね」
「ええ」
また窓の方を向くカナエの横顔を見てもやっぱり何を考えているのか分からないし、隠されていることばかりだ。だけど、信用している。言葉に嘘はないと思っている。今はそれだけで、十分だ。
自分のことを考えるのは辞めて、残った数口を食べながら佐藤さん達のことへ思いを馳せる。私の勝手な思いかもしれないけど、絶対に会っておいた方がいいはずだ。
私の両親はある日突然事故で逢えなくなってしまったけれど、それでも楽しかった記憶や幸せだった思い出は心に残っている。時間は取り戻せないかもしれないけど、せめてひと時でも話して、飾られた写真の中のような家族でいてほしい。会えなくなってしまう前に。
ファミレスからの帰り、私達はまた手を繋いで道を歩く。食事代はカナエが懐から出した黒い長財布のようなものから払ってくれた。服といい、閉じ込められていた間の食料といい、カナエの懐からは何でも出てくる。それについてはもう、何も聞かないことにしているし驚かなくなってきた。
ちらっと振り向けば、相変わらずカナエは手を繋いでいるのに一歩後ろを着いてきている。
「カナエ、せっかくだし隣歩こうよ」
「えっ……でも」
「ほら、この方が歩きやすいでしょう」
戸惑うカナエを軽い力で引き寄せた。隣に並んで視線が合うと、カナエは驚いた表情のまま私を見つめてくる。
「ユメノは、怖くないの?」
「そんなの今更だよ。初めて会った日から数えたら、割と長い期間一緒に過ごしてるよね。その上で、カナエは私に危害を加えることは絶対ないって信用してる」
私が言うと、カナエは微かに泣きそうな顔をした。佐藤さんについて説明するときは死神として表情も態度も崩さず、あんなに冷静で淡々としていたのに。
「そんなに簡単に誰かを信用するの、良くないと思う」
カナエの言葉に、ふと周囲のことを振り返ってみる。私は別に、簡単に誰かを信用するタイプではなかったはずだ。同じ施設で育った人達は皆、境遇が似通っていたこともあり、お互いを理解できることはあった。でも、私は打ち解けることはなかった。
学校の同級生も同じ。自分の境遇を話して特別扱いされることは避けたかったから、心から相手に気を許すことはなかった。
「カナエだから、信用してるんだよ……多分」
自分へ確認するように言う。そうしたことで、曖昧だったものが腑に落ちた気がした。勝手にすっきりしていると、カナエが小声で何かをつぶやく。
「そんなユメノに私は――」
最後の方が聞き取れなくて、何と言ったか尋ねると「何でもない」の一言で一蹴されてしまった。
仕方なく諦めて、何も考えずに外の景色を眺める。そうしているうちに、洞窟に閉じ込められていた期間なんてなくて、私とカナエは昔からの友達で、ただ二人で外食しに行っただけのように思えた。
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