2

 遠く思えた一ヶ月間は、思ったよりもあっという間に過ぎた。

 一ヶ月も経てば、私を閉じ込めた彼女の印象もかなり変わって……今はもう、名前で呼んでいる。何と呼べば良いのか私から聞いたら『カナエ』というのだとあっさり教えてくれた。

 連れてこられたときは強引で何をされるかも分からず不気味だったけれど、カナエの話してくれる雑学は面白くて興味深かったし、待遇も場所以外は申し分なかった。

 閉じ込められたというのに、こう思うのはおかしいかもしれない。だけど、少なくともいつもの生活よりも居心地が良いと思ってしまっている自分がいた。


「これに掴まって」


 穴から上へ戻るため、カナエの垂らしたロープに掴まる。私の手元を確認すると、カナエは華奢な体躯からは想像もつかない力で私を上まで引っ張り上げた。

 私がぎょっとしていてもそれには気づかず、何かを警戒するように辺りを見回している。それからほっと息を吐くと、カナエの口から耳を疑うような言葉が飛び出した。


「あなたには、死神見習いになってもらう」


「……へっ?」


 思わず間抜けな声が出てしまう。ぽかんとする私にカナエは再び言った。


「死神見習い、なってもらうから」


「ちょ、ちょっと待って。どういうこと?死神見習いって何?冗談だよね?」


 聞き間違いじゃないと分かって更に混乱する。そんな私に、カナエはもっと驚くべきことを口にする。


「冗談じゃない。私も死神だし」


「えっ……!?」


 思わず後退ると、手の甲に触れた土の壁がひんやりとしていた。


「驚きすぎ。軟禁は受け入れたくせに」


「それとこれとは全然話が違うっていうか……」


「とにかく、ここから出よう」


 そう言って手を差し出され、大人しくその手をとる。元より早急にここから出たかったわけで、素直に先を行くカナエの後についていったけれど、心の中は未だ半信半疑のままだった。

 冗談を言うタイプには見えないし、同じ時間を過ごす中でそう感じもした。でも……彼女はどこからどう見ても人間だ。死神、だとは到底思えない。


「どうしても信じられない?」


「うん……だって、ほら。カナエはどう見たって人間だし」


 カナエは少し考える素振りをしてから私を見て、また突拍子もないことを言う。


「じゃあ信じられるように、もう死神の役割に着いてきてもらう」


 言い終わらないうちに、ここに連れてこられたときのように抵抗できないほどの強さで引っ張られた。


「ちょっと、私まだやるとは言ってな――」


「やってもらわなきゃ困る。死神見習い、なってもらわなきゃ困るから」


 立ち止まって私の言葉を遮ったカナエは、必死な様子で言う。それ以上何も言えなくなった私を一瞥すると、またずかずかと歩き始めた。

 軟禁されていた時と同じく、理由は全く教えてくれない。だけど……カナエが遊びやからかいで言ってるんじゃなくて、本気で言ってるのはなんとなく伝わってくる。だから私は、今度は抵抗しなかった。まだ完全に信用しているわけじゃないし、正直カナエが死神だというのもうさんくさいと思っている。

 もし本当だったとして、死神の役割とはどんなものなのか知るのも怖い。

 それでも……カナエの必死な様子を見ていたら、一度委ねてみるのもいいのかもしれないと感じた。

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