死神見習いはじめました。

星乃

1

「また明日ー」


 友達と別れ、それまで浮かべていた笑みを引っ込める。本当は笑える気分ではなかったけれど、こうした方が友達関係が円滑になるのだと、どこかで読んだ。

 公園を通り過ぎると、楽しそうな子供連れの三人家族が目に入る。幸せそうで、眩しい。

 私は幼い頃から一人だった。まだ言葉を覚えたての頃、両親といた幸せな光景は薄らと残っている。その後一人になってから、私は上手く人と繋がれない。

 人間はいつだって死と隣り合わせ。

 例えば、この歩道から一歩踏み出したら私はきっとすぐに死の世界へ行ってしまうのだろう。騒ぎになるのは嫌だから、そんなことはしないけれど。

 この世界からいなくなるのなら、誰にも迷惑をかけずにひっそりとするのがいい。

 将来の夢も希望もない。心から信頼を置ける家族も友達もいない。自殺しようとは思わないけれど、私がいつこの世界からいなくなっても誰も困らないだろうし、いつそうなっても構わないと思っている。

 不意の強風で、思わず立ち止まる。今は冬でもないのに、何故か寒気がした。

 気を取り直して再び歩き出すと、前方から全身黒い服を身にまとった少女が歩いてくる。歳は私と同じくらい。フードのついた黒い衣服に対して、その肌は陶器のように白くてあまり生気を感じられない。少しの違和感は感じたものの、綺麗だな~なんて思いながら通り過ぎようとしたその瞬間。いきなり強い力で肩をガッと掴まれた。

 かと思えば顔を近づけて食い入るように見つめてくる。服装も相まって、微かな恐怖を感じた。


「えっと……私の顔に何かついてます……?」


 見た目も平凡だし、最近何かしでかしたような覚えもない。こんな美少女に興味を持たれる理由も因縁も、何もないはずだ。


「ちょっと来て」


 少女は、今度は私の手首を掴むと、強い力で引っ張っていく。


「ちょっと、どこ行くの……!?」


 止めようとしても、少女の力は思いの外強くてびくともしない。そうこうしているうちに、私達は見たことのない林の中へ入っていく。

 こんなところに林なんてあったっけ……?不思議に思いながらも、なんとか抵抗を試みる。けれども、ただ引っ張られるだけでなすすべもない。

 ずかずかと入っていって、奥の方に立ち入り禁止の札があった。美少女は、その札に見向きもせず縄を引っ張り上げると何事もなかったように通り抜ける。

 何か危険な予感がして逃げたいのに相変わらず手首をがっちりと掴まれていて振りほどこうとしてもびくともしない。

 そのうちに暗い洞窟の前に辿り着いた。異様な空気感で、もちろん入っていきたくない。なのに美少女はどんどん奥へと進んでいく。

 いきなり背中を押されたと思ったら、前のめりに倒れ込む……はずだったのに、そこに地面はなかった。恐らく身長より長い深さを落ちていき、ふわふわの柔らかいマットのようなものの上に着地した。


「いてて……」


 固い地面の上ではなかったとはいえ、落ちた衝撃に顔をしかめていると美少女の冷静な声が頭上から降ってきた。


「あなたにはこれからしばらくここで暮らしてもらう」


「どういうこと……?とにかく、上に戻してよ。明日も学校あるし」


「無理。しばらくここにいてもらわなくちゃ困る」


「困るのは私の方なんだけど……」


 絶対に行きたいというわけではないけれど、やっと手に入れた日常を壊したくない。美少女は私を上に戻してくれる気なんてさらさらなさそうだ。

 だったら、他の人を頼るしかない。大声でも出せば誰か気づいてくれるだろうか。


「誰かー!誰かいませんかー!」


「助けを呼んでも無駄。ここ立ち入り禁止だから滅多に人は来ない」


 冷静な声に、はっと洞窟に辿り着く前の光景が思い出される。起きた出来事が衝撃的すぎてすっかり忘れていた。


「あの、あなたは私をここに閉じ込めて何がしたいの?」


「別に。ただ、ある日を過ぎるまであなたにここにいてもらいたいだけ」


「ある日っていつ?」


「一ヶ月後」


「一ヶ月後!?」


 想像より大分先だった。つまり、私は一ヶ月間この洞窟の穴の中で過ごさなければいけないということだ。


「無理だよ。大体、食料とかどうするの?あなたは私を殺すつもりなの?」


 こういう状況に陥ることになるとは全く思っていなかったから詳しくは分からない。けれど、一ヶ月間何も飲まず食わずだったら餓死する一歩手前ぐらいにはなるのではないだろうか。


「私が用意する」


 少し逡巡した後あっさりとそう言って、また私を見る。どこまで考えてここに突き落としたのかは分からないけれど、食料を用意するということは、彼女は本当に私を死なせるつもりはないらしい。

 でも……だったら何故、こんなことをするのだろう。

 感情の読めない表情を見上げながら抗議するのを諦めて座り込む。騒いでも助けは来ないのなら無駄に体力を使わない方が良いのかもしれない。


「……なんでこんなことするの?」


 改めて聞くと、美少女は初めて困った表情を見せた。


「それは……言えない」


「納得するような理由なら、あなたのいうこと素直に聞いてあげても良いけど」


 どうしても知りたかったのだけれど、今度は即答される。


「絶対言えない」


 頑なな様子に、私は長いため息をついた。こんな場所で一ヶ月間も過ごさなければいけないなんて……餓死することはないにせよ、気が滅入るだろう。

 おまけに、話すことができる相手は自分を閉じ込めた相手しかいない。


「理由を言えないのも分かったし、私を死なせるつもりがないのも分かった。でも、こんなところに一ヶ月も何も無しじゃ退屈すぎて気が狂うかもしれない」


「なら、私が面白い話をする」


 至って真面目な顔で面白い話をすると言う彼女に、私はここに連れてこられてから初めて、少しだけ笑いそうになってしまった。


「本当に面白い話できる?」


「できる。任せて」


 声のトーンは変わらないのに、やけに自信満々だ。

 私は自分でも分からないまま、こう思い始めていた。色々諦めたついでに、この強引で不思議で誘拐犯な美少女のことをもっと知ってみたいと。

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