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赤城ハル
第1話
「あっちゃあー! 返却日、今日じゃん。店、開いてるかな?」
借りたブルーレイの返却日が今日だったのだ。
時刻を確かめると夜の9時半。
まだ開いているかな。
「ふう。仕方ない」
俺は腰を上げ、アパートを出た。
外に出ると少し太めの三日月が町をうっすらと照らしていた。
いつも通っている道は街灯が少なくて暗いので、今日は遠回りの道を使った。
夜ということか。はたまた慣れぬ道ゆえか心が落ち着かない。
あら?
ここで道を右へ曲がるはずなんだけど、工事中の看板とフェンスで通れない。
仕方ないのでもっと奥へ進んでから右へ曲がろう。
ここからは本当に知らぬ道だ。
知らない家、アパート、古い民家、駐車場が建ち並ぶ。そして家々もみっしりと並ぶというよりか、かなり敷地に余裕があり、かつ塀もある。隣りの塀との隙間に細い路地があるのだが、それがまるで異界への道に見え不気味であった。
次第にちらほらと空き地が増えて始めた。しかし、右へ曲がる道が現れない。
ここは戻るべきかなと諦めかけた時、路地の向こうにレンタルビデオ店が垣間見えた。
「あれ? 別の店?」
全国展開している有名チェーン店だから別の場所にもあってもおかしくない。
でも、何か似ている。
俺は少し逡巡して路地を進む。1人程度しか通れない程の細い道で、広い敷地を持ってるなら路地も広くしてくれれば良いのに。なんてことを考えつつ俺は路地を進む。
路地は広い道へと繋がっていた。二車線の車道にそれを挟むかのような歩道。そして歩道に沿ってファミレスやファストフード店、コンビニ、ガソリンスタンド、ドラッグストア等が並んでいる。
「ここ……」
そう。ここは俺のよく知る店。そして車道の向こうにあるレンタルビデオ店は目的の店であった。
◯
俺はビデオを返却して店を出る。
このままいつも通りの道で帰るのもありだが、俺は来た道を戻ることにした。いつもの道は暗いし、それに本当に来た道が自分のアパートに続いているのか、もう一度確かめてみたかった。
ただ来た道を逆に歩いているだけなのに不思議な感覚だ。
大きな満月が帰りの方角にある。
ん? 満月?
今日は三日月だったはず。
どういうこと?
目を瞑り、瞼を
満月だ。しかも異様に大きい。
そしてもう一つ異変に気づいた。
「こんなのあった?」
明らかに見知らぬコンクリのビルがあった。
ずっと家やアパートばっかでコンクリのビルはなかった。さらに路地も太く、そして丁字路も。
俺は立ち止まり、周囲を見渡す。
道を間違えた? いや、一本道だしそんなことはないはず。
どうしよう?
引き返す?
それとも少し歩く?
──考えた結果。
「引き返そう」
俺はUターンし、元来た道を戻る。
だが、元来た道も知らぬ道に変換していた。
歩けば歩くほど知らない世界に迷い込んでいるみたいだ。それに眠くなってきた。
そして歩き続けて俺は超巨大なオブジェに辿り着いた。
「何これ?」
それは四角形をいろんな角度で削ったような形をしていた。近づいてみると壁はモザイク調。
高さは5、6階建てのビルくらいだろうか。
「一体これは何なのか?」
独りごちた俺は壁をぺたぺたと触る。そしてぐるりと一周してみると出入り口らしきものを見つけた。
「施設? それとも家?」
施設なら何の施設か。
やはり家とか? 最近は風変わりな家を建てて住む人もいるし。
だが出入り口が家というか施設にあるような感じなのだが。
と、そこで出入り口から1人の女性が出てきた。この家の住人だろうか。
目が合うと女性は一度首を傾げ、そして微笑んだ。
「こんばんは」
女性は俺をこちらに近付き、言葉を投げてきた。
どうしてか少し鉄の匂いがした。
「……こんばんは。ええと変わったお家ですね」
後頭部に右手を当てながら俺は言う。
「ここはミュージアムですよ」
「!? そうなんですか」
やはり施設であったか。そして女性はここで働くスタッフだろうか。
「変わったミュージアムですね」
「そうですね」
「ミュージアムということは何か展示品が?」
「本……ですね」
「本を展示していると」
「……ええ」
あれ? スタッフではない?
「さすがに今は開いてませんよね?」
「はい。この時間は閉まってますよ」
閉まっているのに出てきたということはやはりスタッフなのだろうか。
「こんな遅くに何かミュージアムに用ですか?」
貴女はスタッフですかと聞く前に女性に質問をされた。
「あ、いえ、実は道に迷って歩いていたらここに着いたんですよ」
「どちらから来ましたか?」
「小金井市です」
「東京の?」
「ええ」
女性は俺の体を上から下まで眺める。
なんだろうか?
女性はにっこりと笑い、
「向こうを歩き続けると帰れますよ」
と満月……いや俺が来た道を指差す。
「そうですか。どうも」
俺は礼を言って、その場を去った。
少し離れて振り返ると女性は身動きもせずこちらをじっと見ていた。
女性の視線から遠ざかるように俺は少し急ぎ足で去る。
あの女性は一体何のなのだろうか。
少し怖かった。
月光が照らす道は明るく、街灯の必要がなかった。
歩くたび眠気が意識を押す。
一度目を瞑り、頬を叩く。
そして目を開くと不思議なことに知った道が現れた。
目を瞑る前の道と違う。
俺は振り返った。振り返った道も知っている道。左を見ると通行止めの看板とフェンス。
どういうことだ。
そしてもう一つおかしいことが。
満月ではない。夜空に浮かぶ月は太った三日月だった。
◯
昼、ノック音と男の声で目が覚めた。
誰かがドアを叩いている。
俺は起き上がり、ドアを開ける。
「はーい。何ですか?」
男が2人いた。
「警察のものです」
と2人は警察手帳を見せる。
「何か?」
「9月10日に武蔵野には行かれましたか?」
年配の警察官が聞く。
「先月ですか? 武蔵野? いいえ。あ、でも吉祥寺には一度仕事で行きましたね」
吉祥寺も武蔵野市のはず。
「すみません。武蔵野ミュージアムです」
「武蔵野? ミュージアム? いいえ。うちの近くのミュージアムなら昨日行きましたが? あそこ武蔵野だっけ? ああ! でも行ったといっても中には入りませんでしたが」
「そこの武蔵野ではなく埼玉の武蔵野です」
「埼玉?」
「埼玉にある武蔵野ミュージアムです」
「
「本当に?」
「ええ」
2人の警察官は不思議そうな顔をしてお互いを見遣る。
なんだ?
◯
「……ってことがあったんだよ」
後日、俺はその時のことを喫茶店で友人に語った。
「9月10日……埼玉の武蔵野ミュージアム。それってあの殺人事件の?」
「なんかあったの?」
「お前、ニュースくらい見ろよ」
友人は溜め息を吐く。
「埼玉で大きな事件あったか?」
「あのな。あの事件はすごかったんだぞ」
「すごかった?」
「館長からスタッフ、全員が殺されたんだよ」
全員とは。確かにそれはすごいな。
「犯人は?」
「それが見つかってないんだよ。これがまた事件を
「指紋とか監視カメラとかゲソコンは?」
「痕跡はいっさい何もなし」
ということはかなり計画的だな。そして単独犯ではなく複数犯とかかな?
「で、何で俺のとこに?」
「知らんよ。お前、関わってるのか?」
「埼玉には一度も行ったことない」
「一度もって言ってもよ。いつのまにか埼玉に行ってたってこともあるかもよ」
「でも、ミュージアムはないね。そういうのはデート以外で行かないし」
「じゃあデートで行った?」
「埼玉にデートに行くか?」
「ひどいなお前。最近は所沢も良い街ですごいんだぞ」
「ふうん」
〈了〉
リンク 赤城ハル @akagi-haru
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