ph129 強化訓練に向けた決意


「タイヨウ様ああああ!!」

「うわっ!?アスカ!?」


 先輩に手を引かれながらトレーニングルームまで行くと、会議室にいなかったアスカちゃんと、セバスティアナさんの2人がいた。アスカちゃんはタイヨウくんを見るなり両腕を広げ「お逢いしとうございましたわぁ!」と熱い抱擁を一方的に交わしている。


 タイヨウくんとアスカちゃんのやり取りに、すごいデジャブだなぁと遠い目になる。モテる男は大変だと思いつつも、面倒事には関わりたくない為、2人の横を素通りした。他のメンバーも同じ気持ちなのか、2人から離れるように、そそくさと距離を取っている。


 唯一、シロガネくんだけは、アスカちゃんに食ってかかるように、声を上げていた。タイヨウくん大好きなシロガネくんにとって、アスカちゃんの行動は目に余るようだ。


 2人の言い争いに目を回しているタイヨウくんは可哀想であったが、頑張れと心の中でエールを送りながら事が収まるまで我関せずと部屋の隅で待った。


 注目を集めるように、ケイ先生がわざとらしい咳をする。ピタリと止まるタイヨウくんの取り合い。ケイ先生はその隙を逃さず、みんな良いかな?と言葉を発した。


「今日から君たちは、泊まり込みで対七大魔王ヴェンデダード戦に向けた強化訓練に励んでもらうよ」

「訓練、ですって!?」


 ケイ先生の言葉に驚くアスカちゃん。彼女は訓練のことを知らなかったのか、タイヨウくんに抱きついたままポカンと口を開けていた。けれど、すぐに気を取り直し「そんなの聞いてませんわ!」と抗議をしていた。


「えっ!?聞いてないって……もしかして、急遽決まった事だから、連絡がうまくいってなかったのかもしれない。こちらの不手際だよ、本当に申し訳ないよ……」

「全くですわ!泊まり込みなんて……お父様の許可を頂かないといけませんし、何より、なんの準備もしてませんことよ!」

「あぁ、それなら問題ないよ」


 ケイ先生は、親御さんへの連絡ならこちらでしておくと言いながら、MDマッチデバイスを操作する。


「今、君たちのMDマッチデバイスに、君たちに合わせた訓練メニューのデータを送ったから確認してね。必要なものがあれば、こちらで用意するよ。勿論、各自の家に必要な物があれば、僕たちが取りに行くから、遠慮なく言ってね」


 少し困り顔で説明するケイ先生に、五金総帥はまだアスカちゃんとセバスティアナさんを信用していない事を悟る。同時に誘導が上手いなとも思った。


 五金総帥は、重要な事は自分から連絡する事が多い。有事の連絡や急ぎの用事がある際、直接連絡してきた事が何度かあった。SSSCに参加する時だって、親御さんの許可を取らせる為に話を持ち帰るように指示していたのに……こういう事を、うっかりミスで伝達し忘れたなんて事は考えにくい。それに、あの場にこの2人を呼ばなかった事も不自然だ。意図的な物があるようにしか思えない。


 恐らく、この訓練は七大魔王ヴェンディダードの情報を得た時点で考えていた事なのだろう。でなければ、訓練メニューを予め用意している筈がない。そして、5柱分の情報を得た今、この2人が、こちらの情報をローズクロス家に流す可能性も考え、泊まり込みの訓練にしたんだ。荷物に関しても、アイギスを経由させる事により、不審な物があれば直ぐに掌握できる。アスカちゃんとセバスティアナさんだけでなく、私達も同じ状況であるならば疑いを持たれにくい。


 ……薄々思ってたけど、ケイ先生ってのほほんとした顔して結構なやり手だよな。


 アイギスとして任務に赴くようになってから感じるケイ先生の腹黒さ。今も息をするように嘘をついてる。会議室での話し合いがなければ、この違和感に気づけなかっただろう。さすが五金総帥の側近として働くだけはあるなと思った。


「本格的な訓練は明日からだから、今日は訓練施設の案内が終わり次第解散しようか。みんなが泊まる部屋も用意してるけど、何か不備があれば教えてね。直ぐに対処するよ。それじゃあ、施設の案内とーー」

「あの」


 話の途中で、セバスティアナさんが言葉を挟む。ケイ先生は、温和な笑みを浮かべたまま「なんだい?」と聞き返した。


「できれば、私の部屋はアスカお嬢様の隣にして頂きたいのですが、可能でしょうか?」

「勿論、それくらいお安いご用さ。他にも要望があればなんでも言ってね!」

「いえ、お気遣いありがとうございます」


 ペコリと一礼して、アスカちゃんの後に下がるセバスティアナさん。


 なんだろう、ケイ先生を純粋な目で見れなくなったせいか、その方が監視しやすいから願ったりだという副声音が聞こえた気がした。


「みんなも大丈夫かな?じゃあ、訓練施設内を案内するから付いてきてね」

















 ケイ先生による施設の案内が終わり、この場は解散となった。クロガネ先輩は何やらやる事があるらしく、ブラックドッグに「お前が言った事だろうが!」とか何とか言われながら引きづられて行った。シロガネくんも総帥に呼ばれているらしく、財閥の子供は大変だなと独りごちる。


 私はというと、アイギス本部内にある病棟フロアへと向かっていた。ダビデル島での戦いや、アイギスの任務で倒れた時に私が入院していたのもここだった。そこに、ハナビちゃんが入院していると聞いたのだ。黒いマナによる身体的影響が思ったよりも酷く、まだ目を覚ましていないらしい。


 彼女の事は気がかりだったが、ユカリちゃんに未来の話を聞いてから、なおさら心配になった。ヒョウガくんのお姉さんが、刻印を刻まれた後遺症で満足に歩ける体じゃなくなったと言う話が、頭の中で繰り返される……もしかしたら、ハナビちゃんもそうなってしまうのではないのかと、怖くなった。


 病室が近づくにつれて、重くなる足。ハナビちゃんはいつ目を覚ますのだろうかと、影響が酷いってどれぐらいなのだろうかと、大きくなっていく不安。


 そしてたどり着いた目的地。私は病室の扉の前で深呼吸をし、優しくドアノブに触れてから、ゆっくりと音を立てないように扉を開けた。すると、訓練施設内の説明が終わった途端に走りさった筈の、タイヨウくんの姿があった。あんなに慌てて何処に向かったのだろうかと不思議だったが、なるほど、ここだったのかと1人納得する。


 タイヨウくんはベッドの横に置かれた椅子に座り、じっとハナビちゃんを見ていた。タイヨウくんの真剣な表情に、なんだか声をかけるのが憚られ、無言でその隣に立つ。


 ハナビちゃんは、死んだように寝むっていた。まるで、精巧に作られた人形のようで、彼女が生きていると言う証明は、呼吸による胸の上下運動しかなかった。


 私はぎゅっとデッキを握りながら、ハナビちゃんが黒いマナの球体に沈められた時の光景を思い出す。タイヨウくんが必死に大剣で球体に切り掛かる姿、アグリッドがタイヨウくんを勇気づける姿、2人が苦しいマッチをする光景。


「ハナビちゃん……」

 

 私、全然ダメじゃん……。何が大丈夫だ。何があってもハナビちゃんを助けるから、私を信じろ?これの何処が助けられたと言うんだ……本当……私は、口ばっかりだ……。


 ユカリちゃんが見た、未来の私はどうだったのだろうか?未来の私は、私だったのだろうか?それとも、転生した私ではなく、本物の影薄サチコだったのだろうか?……もしもここにいるのが私ではなく、本物の影薄サチコであったなら、ハナビちゃんが、こんな事にならずにすんだのではないだろうか?彼女なら、彼女だったら……なんて、たらればの話を夢想して陥る自己嫌悪。


 タイヨウくんに掛ける言葉が見つからない。謝る事もできない。何を言っても薄っぺらい言葉にしか聞こえなくて、グッと唇を噛んだ。


「サチコ」


 すると、ハナビちゃんを見つめたまま、タイヨウくんが私の名前を呼んだ。


「ありがとな」

「えっ……?」


 私が戸惑っていると、タイヨウくんが笑った。


「サチコが勇気づけてくれたから、俺、ハナビと戦えた……ハナビを助ける事ができた」


 タイヨウくんの笑顔に、不安が広がっていく。曇りのない綺麗な笑顔なのに、その笑顔がグサリと私の心を突き刺した。


「ケイ先生が言ってたんだ……黒いマナの影響がこの程度で済んだのは、早めに黒いマナから解放できたからだって……」


 この子は他人を責めない。全部自分の責任だって背負い込む。この子の優しさは、常に自分を傷つける方向に向いてしまう。それが無性にもどかしかった。


「サチコが背中を押してくれなきゃ、俺……多分、動けなかった。……だから、本当に感謝してるんだ」


 少しぐらい、その刃を向けてくれれば良いのに。子供らしく、感情をむき出しにして、癇癪の一つでも起こせば良いのに……。


「本当にありが……」

「やめてよ!!」


 この子は笑顔の裏に、どれだけの感情を隠しているのだろうか。


「辛いなら辛いって言いなよ!なんで、君はそんなにも自分を責めて……っ、タイヨウくんは悪くないでしょ!私が余計な事をしたから……アフリマンを引き止めなければ!!」


 シロガネくんが攫われた時も、ドライグがサタンと一緒に封印された時も、ハナビちゃんが攫われた時も、冷静になれって、落ち着きなよって…そうやって我慢を強いてしまう自分が、彼に笑顔でいる事を強制してしまう自分が嫌だった。


「何で君は無理して笑うの?何で怒らないの?自分ばっかり責めて、傷つけて……」


 完全に八つ当たりだった。子供に当たるなんて自分が情けない。それでもこの口は止まらなかった。感情が抑えられなかった。


「笑顔ってのはもっと……嬉しい時になるものでしょう!?自分を傷つける為に浮かべる表情なんかじゃない!!」


 この子の優しさに、純粋さに嫌悪を抱く。もっと狡賢くなればいいのに、もっとワガママを言ったらいいのに、全部を受け止めてしまうこの子の懐の広さに吐き気がした。……もっと、もっと悪い子になってくれたらいいのにって本気で思った。


「私に感謝なんかするなよ!お前のせいだって……何であんな事したんだって私を責めればいいでしょ!!なのにどうしてーー」

「サチコは悪くないだろ」


 あぁ、駄目だ。本当にこの子は良い子すぎる……。 


「俺、知ってんだ。サチコが優しいって事……俺達を思って、すっげぇ考えてくれてるって事、知ってんだ」


 今度こそ止まる口。彼の真っ直ぐな瞳に、何も言えなくなってしまった。


「俺、頭悪ぃからさ、難しい事は分かんねぇんだ……それで、サチコやシロガネ、ヒョウガやエンラ達……みんなに迷惑かけちまってるのも分かってんだよ」


 タイヨウくんは正義感が強くて、真っ直ぐで、優しすぎる。聖人じゃないかと思うぐらい、優しすぎるんだ。


「だから、ってわけじゃねぇけど……うーん、何だろ。こういう時、なんて言えば良いのか分かんねぇな……」


 ほっとけばいいのに、関わらなければいいのに、見捨てる事ができない彼は、これからたくさん傷つくのだろう。例え、目の前の道が、どんなに恐ろしい茨の道であっても、そこに希望があれば迷わず進んで行くのだ。みんなの為に、世界の為に……彼は、主人公タイヨウくんはそういう人だから……。


「とにかく俺は!……サチコを、みんなを信じてるんだ……みんなの言う事だから、信じられる」


 彼が頑張れば頑張るほど、彼の大切なものを奪っていく世界に腹が立つ。理不尽な程に、彼を傷つける世界シナリオが腹立たしくてしょうがなかった。


「ハナビの事だって……みんながすっげぇ頑張ってたのを知ってるから……辛くないって言ったら嘘になるけど、でも、サチコに感謝してるのは本当なんだよ」


 タイヨウくんは、ハナビちゃんの方に視線を戻しながら彼女の手を握った。


「ハナビは黒いマナなんかに負けねぇ。ハナビは絶対に目を覚ます……だって……約束の花火、まだやってねぇんだ」


 「ハナビは約束を絶対に守るんだ。だから大丈夫」と続けるタイヨウくんに、前にシロガネくんが言っていた、彼の弱音を聞くのは僕じゃないと言う言葉が脳裏を過る。



 あぁ、彼にとって、弱音を吐ける場所はハナビちゃんだけなんだ……ハナビちゃんでなければ、彼は本音を隠してしまう。


 そう悟った私は、これ以上ここにいたら、逆に彼の負担になってしまうだろと、そうだねと、ハナビちゃんはきっと目を覚ますよといったありきたりな言葉を返し、扉の方へ足を向けた。


「帰るのか?」

「うん、明日の準備があるしね」


 本当は、もう少しハナビちゃんの側にいたかったけど、タイヨウくんの邪魔をする訳にはいかない。どうか少しでも彼の心が休まる事を祈りながら、来た時と同様に静かに病室から出た。


 与えられた自室に向かいながら、明日の訓練に向けた準備をしなきゃと必要な物リストを頭の中で見繕う。


「強く、なりたいなぁ……」


 どんなに羨んでも、私は“影薄サチコ”にはなれない。私は、私でしかないのだ。大切な友人を守りたいならば、私自身が強くならなければならないのだ。


「……この力も早くモノにしないと」


 大気のマナを操る力。きっと、この力が必要になる時が来る。だから私は、この力を自由自在に扱えるようにならないといけないんだ。


 クロガネ先輩はこの力には否定的だし、その理由が分からない以上、下手に三大財閥の協力を得る事はできない。一人で練習して倒れたりでもしたら、強化訓練の方にも支障が出てしまう。どうにか訓練の空間時間に、渡守くんに訓練に付き合ってもらわないと……その為には、彼と自然に2人きりになる必要がある。でも、それが一番難しそうだ。


 そう訓練の事で真剣に考えていると、ふと、SSSC前にマナ使いになるための訓練をしていた時の事を思い出した。あの時は、とにかく危険な事には関わりたくなくて、手を抜こうと必死だったのに……。あまりの変わりように、何だか笑えてきた。でも、やっぱりそんな自分が嫌いじゃない。



 絶望の未来を変えるために奮闘している未来のユカリちゃん。そして、その思いを託されたアグリッドと、アグリッドの相棒に選ばれたタイヨウくん。


 先の事なんて分からない。ローズクロス家の狙いも分からないし、七大魔王ヴェンディダードに勝てるのかも分からない。何もかも分からない事だらけだ。けれど、諦める訳にはいかなかった。大事な友人達が頑張っているのに、1人逃げるなんて、出来る訳がなかった。


「ホビアニの最後は大団円って……相場が決まってるんだよ」


 みんなが笑える明るい未来。諦めなければきっと、そんな未来に辿り着けると信じ、私は未来へと続く一歩を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る