ph128 未来視で見た未来
「過去にって……それは、どういう?」
「正確には僕というよりも、
私の疑問に、ユカリちゃんは飄々と答える。
「ふむ、未来視か」
五金総帥が、ユカリちゃんの言葉に合点がいったように相槌を打った。
「せぇいかぁい!」
ユカリちゃんは軽快な足取りで、アフリマンが映っている映像の前に立ち、アグリッドにニコリと笑いかけた。
「ずぅっとおかしいって思ってたんだよねぇ……僕の未来視は確定した物ではないけれど、それでも一番確率の高い未来を見る事ができるんだ。だから、僕が未来を変えようとしない限り、些細な違いはあっても、目に見えた変化はない筈……なのに……僕の見た未来では、
ユカリちゃんは先輩を見る。話の流れから、嫌な予感しかしなかった。自身の心臓が、ドクリと気持ちの悪い音を奏でた。
「五金クロガネ、君なんだよ……」
あぁ、やっぱりかと心が重くなる。部屋の中が静寂に包まれた。すごく、すごく居心地の悪い沈黙だった。
「きっと、未来の僕が、意図的にこの情報を送ってたんだろうねぇ……アグリッドと協力して、最悪の未来を変える為に……だから、僕の知ってる未来と合わなかったんだ。皆の役割も、関係性も……」
先輩のマナがどす黒い事は知っていた。それもサタンを上回るほど禍々しい物であった事も……。でも、それが
「ねぇ」
静まり返った部屋の中に、私の声が響く。ユカリちゃんは「なぁに」と私の方を向いた。
「もしかして、なんだけど……私の勘違いだったらそれでいいんだけど……私がサタンを封印しようとした時……」
緊張で喉が乾く。でも、これは聞かなければいけない事だと、意を決して口を開いた。
「サタンの近くに……アフリマンがいたり、した?」
「……」
サタンを封印する時に感じた、胃液が逆流しそうになる程気持ちの悪いマナ。てっきりレベルアップしたサタンによる物だと思っていた。けど、違う。私はあのマナを知っていた。あのマナは……先輩のマナと酷似していたんだ。だけど、そうじゃなければいいって……きっと私の勘違いだって……そう、自分に言い聞かせて目を逸らしていた。
「サタンの実体化にも、
「サタン実体化の時も、ダビデル島に来たのは五金クロガネじゃない。五金アオガネだったんだよ。そして、五金アオガネがアレスを倒すんだ」
ユカリちゃんは、自身が見た未来を延々と語る。
「ヒョウガくんはね、コキュートスを奪われないままセンくんと戦うんだ。タイヨウくんはシロガネくんと、サチコちゃんは僕と戦う未来だった……そして、アフリマンに操られた氷川ヒョウケツをタイヨウくん、シロガネくん、ヒョウガくんの3人で倒すんだよ」
「最後だけは変わってないよ」というユカリちゃんの言葉に、あぁやっぱりかと思った。ユカリちゃんの言葉から、実際に3人が戦った氷川ヒョウケツも、アフリマンに操られていたのだろう。そして、サタンを封印する時に感じていた気配も、アフリマンの物であるならば……先輩のマナが、アフリマンと同じ物であると言われたも同然だった。
「でも、未来からの情報だと、復活したサタンを封印したのは氷川コユキだった……氷川コユキはその代償として意識不明となり……意識が回復しても、後遺症で満足に歩けない体になる筈だったんだよ」
「なんだと!?」
ヒョウガくんは、お姉さんの話題に反応を示した。彼の姉の未来に、とんでもない事が待っていたことに動揺を隠せないようだった。
「当たり前でしょ。サタンの封印には冥界川シリーズの刻印を全て刻まなきゃいけないんだ……あんなのが刻まれて、五体満足でいられる筈ない。サチコちゃんはせ、……マナコントロールがすっごく上手だったから、大丈夫だっただけ……普通は、死んでもおかしくないんだから」
ヒョウガくんの表情が曇る。そして、チラリと私の方を見たかと思うと、そのまま俯いた。
「……私は?」
「ん?」
「その未来では私は何をしていたの?ヒョウガくんのお姉さんがやらなくても、私が封印すれば丸く治ったんじゃないの?」
「サチコちゃんは……その……」
私の疑問に、ユカリちゃんは言い淀むように言葉を濁した。
「僕の知っている未来のサチコちゃんは……今のサチコちゃんみたいに、マナの扱いが上手くなかったんだ。あの中では一番氷川コユキが上手くて……だから」
「もう良いだろ!終わった事は!!」
あり得たかもしれない未来。その事実が明かされるにつれて、重苦しくなる雰囲気。そんな雰囲気を壊すように、タイヨウくんが大声を出した。
「未来と違うからってなんだってんだ!世界を守れた。みんなが無事だった。それで良いだろ?そんな話じゃなくて……もっとこうさ……アグリッドが未来からきた理由とか、そんな……なんか、そういう話があるだろ!?」
「その通りだ」
五金総帥も、便乗するようにタイヨウくんの言葉に同意する。
「無駄な情報は、余計な混乱を招く。今重要視すべき事は天眼ユカリ、貴公がアグリッドとアオガネを過去に送るに至った経緯だ」
「早く話したまえ」と急かす総帥に、ユカリちゃんは「そうだね」と返した。
「単刀直入に言うと、今から10年後の未来ではクロガネくん……と言うよりも、アフリマンによってネオアースは滅ぶんだ。だから僕はアグリッドとアオガネくんを過去に戻したんだよ」
単刀直入すぎる!!というか滅ぶって……本当にこの世界は危機的状況に陥りやすいな!?カード系のアニメってこんなにデンジャラスな世界なの!?それとも、この世界が特別におかしいだけか!?
「でもその前に……来年の1月1日……
1月1日って……約2ヶ月半しかないじゃないか!!ちょっと前にサタンが実体化したばかりだぞ!?え!?マジでそんなに早くくんの!?
「だから僕は、まだアフリマンが力をつける前の侵攻に合わせて、アグリッドと五金アオガネをこの時代に送ったんだ……確実にアフリマンを倒し、闇黒の黎明期を回避する為にね」
ユカリちゃんは、真剣な表情で五金総帥を見つめる。総帥は、ジロリと睨むようにユカリちゃんを見ながら、「ふむ」と視線を下げた。
「それが真であると仮定して……アオガネはなぜここにいない?何故クロガネではなく、アオガネがアフリマンになった?」
「それは……」
ユカリちゃんは一瞬だけグッと唇を噛んでから、口を開いた。
「その前に聞きたいんだけどぉ……総帥はぁ……今代の
総帥はすぐには答えなかった。私たちは、総帥とユカリちゃんの会話をじっと見守る。
「……だとしたら?」
「……やっぱりね」
先輩やシロガネくんの方へと視線を送る。2人とも難しい顔をしていた。それは
私たちの様子を察してか、ユカリちゃんが説明しても?と総帥に伺いを立てていた。総帥は少し間を置いてから「構わん」と了承の意を示す。
「世界が一枚のカードからできたのは知ってるでしょぉ?そのカードの力でこの世界を実体化させ続けているんだよ」
それは、まぁ……。ダビデル島で暴露された時は、衝撃的すぎる事実で戸惑ったけれども、今は受け入れている。
「でも、たった一枚のカードの力だけで、ネオアースを実体化させ続けるのは難しい……そのカードの加護を受け、カードの負担を軽減する者……つまり、守護する存在が必要になるんだよ。それが
ユカリちゃんは、サモナーと精霊の関係性に似ているといった。精霊がダメージを受けると、そのダメージがサモナーに
「きっと五金アオガネは、僕が2人を過去に飛ばした時、その力を利用して、僕が指定した時間軸よりももっと前に戻ったんだろうね。総帥が
何故そんな事を?五金アオガネが、無理に時間を逆行する意味が分からなかった。そんな事をしなくても、アグリッドと一緒にこの時間に来て、みんなと協力した方が良かったんじゃないのか?
ユカリちゃんは、私が抱いたような疑問を持たれる事が分かっていたのか、その問いに対する答えを、あらかじめ用意してあるか如く流暢に語った。
「10年後の戦いに総帥はいなかったんだよ。アフリマンの侵攻によって、弱っていたネオアースの負担を受け続けた結果……今から5年後に死ぬから」
死ぬ?総帥が……え?
私は思わず総帥の方を見た。総帥の表情には動揺の色は一切見えなかった。余命宣告をされたも同然なのに、まるで、朝食の合間にニュースを流し聞きするみたいに、平然としていた。
「人間界と精霊界の境界が曖昧になって、さらにネオアースが黒いマナに侵食されて……どうしようもなかったんだよ。歪みが発生している今も、相当きついんじゃないの?」
そんな、全然、辛そうには見えなかった。今だって、なんともない顔してユカリちゃんの話を聞いている。でも、同時に蘇る記憶は、サタンが実体化して境界が曖昧になって、血を吐いていた総帥の姿。
あれ、ネオアースのフィードバックだったんだ……。そして、今も……総帥は、悲鳴をあげているだろう体に鞭を打って、この場にいるんだ。世界を、ネオアースを守る為に、この人は命を張っている。余命宣告紛いの事を受けてもなお動じないのは、始めからその覚悟があったからだ。命をかける覚悟が……。
総帥の事情を、その覚悟を知り、初めてこの人がどういう人であるかを知れた気がした。
「あの戦いに、総帥がいたら変わったかもしれない。だから、五金アオガネは総帥を
「現状からみるに、失敗したみたいだけどね」と、続けるユカリちゃん。総帥は静かに目を閉じた。この人は自身の動揺を他人には見せない。マナも綺麗に流れていて、本当になんとも思っていないような、家族も駒として考えるような冷徹な人に見える。けど、この瞬間だけは、瞳を閉じた刹那、総帥のマナが悲しく揺れた事に気づいてしまった。
「そうか……」
五金総帥が納得するように頷づく。マナはいつもの流れに戻っていた。さっきの揺らぎが嘘のように、綺麗に循環している。でも、私は確かに見た。あの揺らぎを、総帥が絶対に見せないように、隠している感情を知ってしまった。
「全員、状況を理解したな」
総帥の冷たい声が部屋に響く。全員が緊張した面持ちで頷いた。
「諸君、心して聞け。1月1日、
総帥の声は冷徹でありながら、強い決意が込められていた。
「奴らが侵攻してくる前に、こちらから精霊界へ突入し、確実に撃破する。したがって、これより精霊界への侵攻に備えた訓練を開始する」
その一言に全員の気が引き締まる。最終決戦に向けた布石が始まるのだと、緊張が最大まで高まった。
「各自、自分の技能を極限まで鍛え上げろ。怠ける者には容赦しない。我々には時間がないのだ。休憩は必要最小限だ。休む暇があったら訓練に励め。補給物資や情報が必要なら速やかに報告しろ。無論、歪み修復任務も平行して行う。全ての行動は計画的に、無駄なく遂行しろ。作戦の決行は12月25日だ。それまでに準備を完了させろ。遅れは許さない」
総帥の厳しい命令が下される。誰も文句は言わなかった。総帥の言う通り、時間がない。例え、辛くとも強くならねば世界が滅ぶのだ。そんなの、どんな無理難題を課されてもやるしかないだろう。
「田中、特別訓練教官を呼び出せ」
部屋の隅で待機していたであろう田中さんが即座に動き出し、一礼をしてから特別訓練教官を呼びに向かった。そして、総帥からトレーニングルームへと向かうように指示される。タイヨウくん達が無言で向かう姿を見ながら、一歩踏み出すと、無表情で総帥を見ている先輩の姿が視界に入る。
近づくなと自分からいった手前、声を掛けづらかった。でも、アフリマンと先輩の関連性を聞いて、心配になった。
「……先輩」
あぁ、駄目だ。言葉が出てこない。何か言わなければという焦りだけが先行し、何も思い浮かばなかった。
「あのっ!!」
「サチコ」
先輩は私の方を見ながら笑った。そして、ゆっくりと近づいて私の頭の上に、ポンと手のひらを置いた。
「んな顔すんな……安心しろよ。俺は、お前が嫌がる事は絶対ぇしねぇから」
「……先輩」
「訓練始まんだろ?行こうぜ?」
先輩に手を引かれるままに廊下を歩く。先輩の様子も、マナもいつも通りだった。動揺が一切見えない。……いくら平気でも、突然あんな事を言われたら多少の驚きで揺れたりするのに、不自然な程に綺麗に循環していたのだ。
……そんなところ、総帥に似なくてもいいのに。
私は何も言えず、ただ、先輩の手をぎゅっと握り返す事しかできなかった。
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