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大気のマナを使用した反動が落ち着き、アイギス本部に戻った私と渡守くん。急ぎの要件でもあるのか、本部に着くや否やアイギスの職員に「五金総帥がお待ちです」と出迎えを受け、素直に着いていく。
これから案内される場所は、私達専用としてあてがわれた会議室だろう。目を瞑ってでも行けそうな自信が持てるほど、通い慣れた通路。その景色が、私達の会議室へと向かっている事をありありと示していた。
「……渡守くん」
私が小さな声で話しかけると、渡守くんは目線だけで返事をする。
「先ほどはありがとうございます」
大気のマナによる反動で倒れた時、渡守くんは咄嗟に蹴ったフリをしてくれた。不評を買ってまで、私が負傷している事を周囲に悟られない様に庇ってくれていたのだ。
「非常に助かりました。なのに、みんなの誤解を解けなくてすみません」
「あ゛ァ゛?勘違いしてんじゃねェよ」
私が感謝の意を伝えていると、渡守くんは「気色悪ィ」と非常に不愉快そうに眉を顰めた。
「テメェが倒れたら誰が俺のマナ浄化すんだよ」
渡守くんは、ギロリと鋭い眼光で私を睨む。
「謝礼なんざいらねェ。ンなモンより、とっとと浄化出来るよォになれや」
他人の評価なんざどォでもいいと続ける渡守くんに、なんだか既視感あるなと思いつつもそうですかと答える。
「分かりました。一刻も早くマナが浄化出来るよう、全力を尽くします」
「……そォしてくれや」
もう話す気はないと言わんばかりに、正面に顔を向ける渡守くん。そんな彼の姿を見ながら、本当に律儀な人だなと思う。話す時はちゃんと目を見ながら話してくれるし、こうして口約束も守ってくれる。出会いは最悪だったが、根はいい奴そうな匂いがするという私の直感は間違ってなかった様だ。
……うん、やっぱり渡守くんは信頼できる人だ。
黒いマナを白いマナに戻すには、お互いを信頼する必要がある。そして、今まで行動を共にする中で、渡守くんは信頼できる人であると確信が持てた。後は渡守くんに信頼……とはいかなくとも信用してもらえればいいだけなのだが……。
それが一番、難しいんだよなぁ。
俺は誰も信じねぇぜオーラを垂れ流す渡守くん。そんな彼の心の壁を壊すのは非常に難しいだろう。一体全体どうしたものか。
とりあえず、どんな形でも信頼されればいいのであれば、私という人間ではなく、私の能力を信用して貰えるように頑張ろう。マナコントロールについては一目置いてくれているみたいだし、そっちの方が現実的だ。
そうなれば、マナ使いとしての腕も磨かないとなと今後の方針について考えていると、会議室の扉が見えてきた。クロガネ先輩も中にいるのか、あの独特な黒いマナの気配も感じた。私は、先輩の前では近づくなという渡守くんからの要望を思い出し、少し距離を取って余所余所しい雰囲気を醸し出しながら、扉の敷居を跨いだ。
「かげっ……」
「サチコおおおお!」
「テメッ!ぐっ!?」
会議室に足を踏み入れると同時に飛びついてきたデカい人影。考えるまでもない。クロガネ先輩だった。先輩は結構距離が離れていた筈の渡守くんをわざわざ突き飛ばし、ピッタリと私にくっつく。
「なんで一人で任務に行ったんだ?危ねぇだろ?そぉいう時は俺に声かけろって言っただろ?」
「えっ?ちがっ……え?」
一人?何言ってんだ?さっきまでタイヨウくん達との任務だったし、その事を知らないにしても、隣に渡守くんいただろ。普通なら、渡守くんとの任務だったと思うものじゃないのか?突き飛ばしてたし絶対に渡守くんの存在に気づいて……もしかして、いない者として扱われている?
チラリと倒れている渡守くんの方を見ると、彼はあまりにも理不尽な扱いに、怒りで震えているようだった。けれど、面倒事に巻き込まれるのと、自身の怒りを天秤にかけ、面倒事に巻き込まれる方が嫌だったのか、無言で耐えている。
もしかしなくとも私のせいだよなと、すごく申し訳ない気分になる。しかし、ここで渡守くんを気に掛けた方が余計に迷惑をかける事を考え、心の中でごめんねと謝りながら先輩の方を向いた。
「……すみません。最近会えてなかったので忙しいのかと思ってました。次からは気をつけます」
「!それは……」
心配性モードになった先輩は面倒臭い。適当な事を言ってあしらおうとすると、何故か抱きしめる力が強くなった。なんでだよ。
「ちょっ、先輩苦しっ」
「俺と会えなくて寂しかったってことか!?!?!?」
違います。全然、全くもって違います。
「安心しろ!俺もサチコと会えなくて寂しかったから!」
だからなんなんだよ。なんでそれで安心する事になるんだよ……なんだろう。なんか、物凄く悪寒がするぞ。
「今日は柑橘系の香りがすんな!シャンプー変えたのか?前はラベンダー系の香りだったよな?あ、髪も切ったんだな、すげぇ似合ってる。つぅか、靴紐も変えんなら俺に言えよ。サチコに合いそうなやつ見繕ってたんだよ」
なんで気づくんだよ。匂いは……まぁ先輩の嗅覚が異常だとして、靴紐は古くなってきたから同じものを買っただけだし、髪だって毛先整える程度しか切ってないのになんで分かるんだよ。え?何これこわっ……。
「そぉいや、そん時に桔梗をモチーフにしたバレッタを買ったんだけどよ、絶対ぇサチコに似合うと思うんだ。こんな綺麗な髪してんのに、結わねぇのは前々からもったいねぇと思ってたんだよ……あ、勿論結わなくてもサチコは可愛いからな!24時間年中無休で360度全方位どっから見てもかわーー」
「クロガネ落ち着け!多分逆だ!!」
「ハッ!?」
自分の目がどんどん光を失っていくのを感じる。本格的にコイツやべぇな、友達辞めようかなと思った所でブラックドッグがカードから現れて先輩を突き飛ばした。何が逆かは分からないが、暴走していた先輩は我に返ったように私を見た。
「ちっちがっ……誤解だ!!」
何がだよ。全部お前の口から飛び出た言葉だろ。誤解もクソもないだろ。
「本当に違ぇんだ!いつもはこんなんじゃ……ただ、黒いマナを制御しねぇといけなくて……そんで……本当に違ぇんだ!!」
マナの制御とさっきの気持ち悪い発言になんの関係があるんだよ。意味が分からない。
「……先輩」
「!な、なんだ!?」
私は冷たい言葉で先輩を傷つけ、突き放した。それも二回もだ。だからあまりこういう言葉は使いたくなかったが、流石に言わざる負えない。
「本気で気持ち悪いです」
「!?」
蔑むような目をしながら暫く近づかないで下さいと距離を置くと、先輩は燃え尽きたように白くなった。いや、流石にアレは無理。許容できない。
「ゴホン……茶番は終わったかね?」
私と先輩の会話に区切りがついた所で、総帥がわざとらしい咳をした。私はすみませんと謝りながら周囲を見渡す。……ハナビちゃんを奪還した時のメンバーに加え、エンラくん、アボウくん、ラセツくんがいた。ローズクロス家の2人はいないようである。
「貴公等を呼んだのは
五金総帥は指をパチンと鳴らし、空中に複数の電子画面を表示させた。
「現在、我々が把握している
5柱?私が知っているのはタルウィとザリチュ。後はさっき遭遇した新たな
「タルウィ、ザリチュ、サルワ、マナフ……そして、今回シロガネ達が相対した
サルワとマナフか……知らない名前だ。それが別のチームが見つけた
「カードによる情報は、我々の捜査に大きく貢献した。特に此度のアフリマンの情報は今後の
五金総帥は右手を動かし、アフリマンが映された映像をここにいる全員が見える場所に移動させた。
「アフリマンは
総帥から言われた衝撃的発言に、今更になって私、とんでもない奴を挑発してたんだなと肝が冷えた。
「彼奴のカードを調査した結果、精霊界における
「はい」
総帥の言葉に、後ろで控えていたケイ先生が前に出る。
「まだ、僕たちは
「うえっ!?お、俺!?」
「アグリッドを出してもらえるかな?」
「!」
あー、アグリッドか……。
私はケイ先生が口にした名前に納得する。
アフリマンはアグリッドの事を知っているようだった。そして、それはアグリッドも……。その情報は既に総帥達の耳にも入っているのだろう。何かしらの疑いを持たれてもおかしくはない。
「先生……その……」
「大丈夫。悪いようにしないよ」
「……」
タイヨウくんは迷うように顔を背ける。けれど、ケイ先生の諭すような優しい声に、渋々とアグリッドを呼び出した。
「なんなんだゾ?もう夜ご飯の時間なんだゾ?」
「……アグリッド」
「子分?ど、どうしたんだゾ?ハナビに何かあったんだゾ?」
悲しそうな顔をするタイヨウくん。アグリッドは心配してか、タイヨウくんの周りをくるくると回った。
「アグリッドくん」
「!……な、なんなんだゾ!メガネマン!」
「はは、メガネマンか……」
ケイ先生を警戒するようにタイヨウくんの後ろに隠れるアグリッド。けれど、ケイ先生は構わずアグリッドに問いかけた。
「君にいくつか質問したいんだけど、いいかな?」
「な、なんなんだゾ!」
「アフリマン……いや、五金アオガネの事について聞きたいんだ」
「!し、知らない!オイラは何も知らないんだゾ!!」
アグリッドはアフリマンの名前には反応しなかった。けれど、ケイ先生が五金アオガネと言い直すと大袈裟に驚き、大量の汗をかいた。
アグリッドの反応は、アフリマンではなく、五金アオガネを知っている事を示していた。けれど、解せない。何故7年前に死んだという五金アオガネの事を知っている?まだアフリマンと何かしらの因縁がある方が納得出来るのに……彼等の関係は一体どんな物なのだろうか?
「君の情報が必要なんだ。どんな些細なことでもいい。教えてくれないかな?」
「知らない!全然!全然知らないんだゾ!アオガネなんてオイラ知らないんだゾ!」
アグリッドの頑なな様子に、ケイ先生はお手上げと言わんばかりに眉尻を下げる。そして、助けを求めるようにタイヨウくんの方を見ると、タイヨウくんは少し考えてからアグリッドと目線を合わせた。
「なぁ、アグリッド」
「な、なんなんだゾ!いくら子分でもオイラは知らないんだゾ!!」
「アグリッド!聞いてくれ!」
「!」
タイヨウくんは、アグリッドを落ち着かせるように両肩に手を置いた。
「言わないんじゃなくて、言えない……だったよな?」
「!……子分」
「だったら無理に言わなくていい……言えない事も、言いたくない事も言わなくていいんだ……でも、もし……もしもお前が言ってもいいと思える事があるなら……どんな事でもいい、俺達に教えてくれないか?」
「……」
タイヨウくんの言葉に黙り込むアグリッド。口をもごもごと動かし、タイヨウくんに心動かされたのか、涙目になりながらも何かを伝えようと大きく口を開いた。
「オイラ……オイラはっ!あ、がっ〜っ!!!!」
しかし、不自然に途切れる言葉。アグリッドは必死に何かを伝えようとしているのに、声帯は意味を持たない音しか発さず、ついには苦しそうに倒れた。
「アグリッド!?おい、どうしたんだよ!アグリッド!!おい!!」
「無理に言わない方がいいんじゃない?制約でしょ、それ」
タイヨウくんが心配してアグリッドを抱き起こすと、ユカリちゃんが全てを悟ったような顔で割って入る。
「……何か知っているのか?」
「あくまでも僕の予測でしかないけどね」
ユカリちゃんは、チラリと五金総帥の方へ視線を向けてからアグリッドの方へと顔を向ける。
「アグリッド……君、未来から来たんでしょ?」
アグリッドの目が大きく開かれる。
「最悪な未来を変える為に過去に戻ってきた。でも、戻ってくる為に使った魔法の制約で未来の事を話せない。そうでしょ?」
「ど、して……」
アグリッドが信じられないという表情でユカリちゃんを見ている。そして、ハッと何かに気づいたように口を閉じた。
「そういえば自己紹介がまだだったね……僕の名前は天眼ユカリ……て、言えば理解したかな?」
「ゆ、ユカリ?……本当にユカリなんなんだゾ?」
「そうだよぉ、やぁっと気づいたぁ?」
アグリッドの目が希望で輝く。ユカリちゃんは「僕が小さいから分かんなかったのかなぁ」と呑気に笑っていた。
何だ?ユカリちゃんもアグリッドと知り合いだったのか?それに未来からって……全然話についていけないんですけど!!
あまりにも急すぎる展開に困惑していると、ユカリちゃんは新たな爆弾を落とした。
「君とアオガネくんを過去に送った張本人、天眼ユカリであってるよぉ」
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