ph118 新たな決意と新たな思い
タイヨウくん達と別れた場所まで戻ると、フレースヴェルグは地面に降り立った。私は少しだけ動ける様になった体を起こし、3人の姿を探す。
「サチコ!無事だったか!」
フレースヴェルグの背から顔を出した私に気付いたのか、タイヨウくんが嬉しそうに大きく手を振っていた。そのすぐ側にはヒョウガくんとシロガネくんもいて、服は汚れているが、3人とも大きな怪我はないようで安心する。
「お、影薄サチコ!思ったよりも元気そうじゃん!」
「全員、生存、確認」
「センくんずるぅい!!サチコちゃんは僕が迎えに行きたかったのにぃ〜!!」
人ではない何かは去った後なのか、黒いマナの気配は消えていた。その代わりに、アボウくん、ラセツくん、ユカリちゃんの3人がいた。彼等がタイヨウくん達を助けてくれたのだろうか?
「みんな無事なようで安心したよ。黒いマナの精霊……で、良いのかな?アイツらはどうなったの?」
「奴らは撤退した……理由は不明だ」
ヒョウガくんは、2枚のカードを人差し指と中指の間に挟んで私に見せた。
「情報を得ることはできたが、謎の言語で書かれている。一度持ち帰り、調査せねばならんだろう」
どれどれと私も目を凝らして文字を見る。しかし、どう頑張っても文字と言うよりもぐにゃぐにゃとした線にしか見えず、全く読めなかった。
私が諦めた様にフレースヴェルグの背に寄りかかると、ヒョウガくんが手慣れた動作でカードをしまった。
「目的は達成できたし、今回の任務は終了だ。僕達も撤退しよう」
シロガネくんが前に出ながら、全員に聞こえる様に話し始める。
「奴らの正体が分からない以上、対策もなしに深追いするのは危険だ……それに、この封印もどうにかしないといけないしね」
シロガネくんのデッキは、赤黒い鎖で雁字搦めにされたままだった。この分だとタイヨウくん達のデッキも同様だろう。
「循環したら解けますよ」
「…………」
私が指差しながら親切心で解除方法を教えると、シロガネくんの眉毛がピクリと動いた。ジト目で睨まれ、何か言われるかと身構えたが無言で循環を始めた。
「……解けないんだけど」
「一人だとキツイですよ、ソレ。誰かとやんなきゃ無理です」
「僕がやってあげようかぁ?」
はいはーいと手を挙げるユカリちゃんに、流れでお願いしますと言うと、シロガネくんは警戒するように一歩引いた。
「ちょっ、僕はまだ君を信用してなっーー」
「取れたよぉー!」
「…………」
問答無用で循環したユカリちゃんに対し、シロガネくんは何か言いたそうであったが、諦めたように口を噤んでいた。そのまま、手際良くタイヨウくんとヒョウガくんのデッキに施された封印も解除したユカリちゃんに対し、アボウくんが賞賛するように口笛を吹いた。
「さっすがお嬢、やんじゃん」
「これぐらい簡単だよ……見て見てサチコちゃん!どう?僕、えらい?」
褒めて褒めてとアピールしてくるユカリちゃんに、影法師みたいだなと思いながら凄いね、さすがユカリちゃんだと褒めると、嬉しそうに照れていた。
「サチコちゃん、サチコちゃん!あのね、僕ね、アイギスに協力する事になったんだ!あの人間モドキを追い払ったのも僕なんだよ!」
ユカリちゃんは自身の胸をドンと叩く。彼女の言うことは本当なのだろう。チラリと見えた
「だから、いつでも僕を頼ってね!サチコちゃんが呼べば直ぐに駆けつけるよ!」
「ありがとう。凄く頼もしいよ」
「でしょでしょ!」
SSSCで敵対していた時は恐ろしい相手だったが、味方になると言うのならば心強い。これからはあの黒いマナを纏った精霊と戦う事になるだろうし、戦力が多いに越したことはない。
「いつまで喋ってんだ」
そう、心の中で元
「撤退すんならとっとと帰んぞ。足手纏いを抱えたままこんなとこにいられるか」
足手纏い……私のことか。それは、正直すまんと思っている。道案内ぐらいなら出来るから必要なら頼ってくれ。
「……それは、誰の事を言っている?」
「おおっと、いたのかヒョウガくん。小さすぎて見えなかったわァ」
「何だと貴様!!」
何故ヒョウガくんが反応した?明らかに私の事ではないのか?
「随分とまァ、ボッロボロのゴミカスな姿になっちまってェ……ヒョウガくんはァ、斬新なファッションセンスをお持ちのようだ」
「ヒャハハッ!そぉ言ってやるなよ。個人の趣味を笑うなんざ、可哀想だろぉ?」
「貴様等……言わせておけば!!」
……あれ?もしかして、この二人……。
「今日という今日は許さん!構えろ!その腐った性根を叩き直してやる!!」
「オイオイ大丈夫かよ、俺ァ弱いものイジメは得意だぜェ?」
水と油ってやつなのか?
「ふん、この程度の傷、何の問題もない。貴様なんぞ、片手あれば十分だ!」
「ハッ、ンならテメェのそのチンケなプライドも、そのクソダセェ服みてェにボッロボロのゴミカスにしてやるよォ!」
あ、やばい。これはマジでやりそう。他の人は我関せず状態で話し合っているし、タイヨウくんはお?マッチか?俺もやりたい!なんて言い出し、アボウくんなんかは、やれやれー!って囃し立てる始末だ。
おい、誰か止めろよ。こっちは色々と限界なんだよ。
そう思っても、誰も動きそうにない。これは自分がやるしかないのかと、諦める様に渡守くんの服を掴んだ。
「ちょっ、待ってくだ……ごぶふぁっ!」
「影薄!?」
「テンメッ!?」
私の吐血に驚いたのか、ヒョウガくんは
いや、マジでごめん。かけるつもりはなかった。後で粗品を持ってクリーニング代払いに行きますんで許して下さい。
「取り敢えず、人間界に帰りませんか?ちょっと、本気で意識がーー」
あ、本格的にダメだ。気絶落ちなんてしてたまるかと抵抗するが、全くもって意味を為さなかった。フレースヴェルグの心地良い羽毛に埋もれ、視界が黒く染まると同時に、意識もブラックアウトした。
目を開けると真っ白な天井。私、気絶しすぎじゃね?と自己嫌悪しながらベッドから起き上がる。横を見ると、折りたたみ式の椅子と、水差しとお見舞いの品と思われるゼリーやフルーツが置かれているベッドサイドテーブルがあった。一体、どれだけ時間、私は眠っていたのだろうか。
気絶した原因は明白だ。大気のマナを使ったからだろう。多分、先輩にはバレてる。あれだけ使うなと言われていたのに、精霊界でのリスク見積りが甘かった。絶対に責められる……私がじゃない。タイヨウくん達がだ。本当に申し訳ない。後で謝りに行かねば。
上手く、扱えたと思ったのにな……。
私は自分の掌を見つめながら、ぎゅっと握り拳を作る。
タイヨウくん達と二度と関わらないのであれば、このままでいいだろう。弱いままでも、マッチさえそこそこ出来れば楽な人生を歩める。カードゲーム至上主義の世界だ。マナなんて使わなくても、争いは全部彼らに丸投げして、適当にカードバトルをしていればいい。そうすれば、自分の望んでいた平穏な生活が約束される。痛い思いも、怖い思いもしなくて済むのに……こんな、思い詰めなくてもいいのに……。
「……だから、嫌だったんだよ」
面倒事は嫌いだ。痛いのも怖いのも嫌い。危険な事は極力避けたい。安全な場所でぬくぬくと生きていたい。その思いは変わらない。ずっと変わってない筈なのに……。
「ほっとけなくなるから……」
もう、誤魔化せない。関わる前には戻れない。ホビーアニメの主人公やヒロインみたいな子達だよ?関わったら最後、絶対好きになるに決まってる。性格に難があったり、苦手な子もいるけど……みんな、真っ直ぐなんだ。眩しいぐらいに輝いていて、絶対に折れない強い心を持っている。自分が信じるモノの為に、守りたいモノの為に努力し、普通なら逃げ出すような困難にも立ち向かって行く……そんな、あんな良い子達、嫌いになんてなれない。なれる訳がない。
「ただの、数合わせだったのにな」
始まりはタイヨウくんからのSSC参加の勧誘だった。賞金目当てで参加して、保身の為に訓練に参加して、その後は罪悪感を消したくてSSSCに参加して……全部全部、自分の為に彼等との付き合いを続けていたのに……。
「それが、こんな事になるなんてね」
仕方がないからだとか、必要に駆られてだとか、そんな今までの様な、言い訳なんて思いつかなかった。タイヨウくんも、ハナビちゃんも、みんなみんな気になるんだ。悩んでいたら、相談に乗りたくなる。困っていたら、手を貸したくなる。傷付いていたら、守りたくなる。
「知らなかったなぁ……自分がこんなにも、情に厚かったなんて……」
あの子達に感化されたのだろうか?怖いじゃなく、悔しいと思う様になった。自分の無力さに嘆き、力が欲しいと思う様になった。でも、それが嫌じゃないのが不思議だった。こんなん柄じゃない。けれど、なんでかな……前の自分よりも、今の自分の方が好きだと思えたんだ。
「強く、ならなきゃ」
今の私は弱い。先輩の言う通り、身体能力が低い私は誰かの影に隠れながらでしか戦えない。今から鍛えても、素人に毛が生えた程度にしかならないだろう。だったら、得意な事を最優先に伸ばすべきだ。
私の唯一の強みは、マナコントロールが誰よりも上手い事。これは私が持つ最大のアドバンテージだ。天眼家の当主にも匹敵するこの力、利用しない手はない。その為にも、私が目下取り組むべき事は、大気のマナを完璧にモノにする事。大気のマナさえ扱えるようになれば、できる事がかなり増える。無尽蔵にマナが使えるなら、選択の幅が広がるだろう。
今は使えば倒れる諸刃の剣でしかないけど、あの時も、ちゃんと大気のマナが使えていたらマダガムドと戦えた。血を吐いて倒れる、なんてピンチにはならなかっただろう。あのままマッチで勝利して、タイヨウくん達の元に駆けつける事が出来た筈だ。
私が強くなる為には、大気のマナを操れる様になる。これは絶対条件だろう。ただ、問題が一つある。
「訓練って、どうすればいいんだろう……」
少し扱うだけで倒れるなら、一人でやるのは危険だ。誰かに見てもらった方がいい。でも、相談する相手がいない。先輩は絶対に反対するだろうし、五金総帥に相談するにも、先輩が言っていた事が気になる。総帥の狙いが分かるまでは迂闊に言えない。ケイ先生も同様だ。総帥の側近みたいな者だし、言ったらすぐに報告されるだろう。
これじゃあ八方塞がりだ。誰か適任者はいないだろうか?私が無茶しても気にせず、財閥とも繋がっていない、相談しても問題ないような都合の良い人がいたら良いのに。
私がうんうんと頭を悩ませていると、ガラリと扉の開く音がした。先輩か?と思って顔を上げると、扉の前に立っていたのは、先輩ではなくヒョウガくんだった。
ヒョウガくんは私が起きていた事に驚いたのか、目を丸くしていた。しかし、すぐにムスッとした顔になり、机の上にお見舞いの品であろうフルーツを置いてから椅子に座った。
「目、覚めたんだな」
「え、あぁ、はい。ついさっきだけど……お見舞いありがとう」
「別に……」
ヒョウガくんはそっぽを向いた。何も言わず、無言で座っている。心なしか不機嫌そうだった。
「ええっと……あれから何日経った?」
「3日だ」
「あ、そうなんだ……その、あのカードは?」
「解析中だ」
「そっか……」
気まずっ!凄く気まずいんですけど!?なんだよこの雰囲気は!なんか、なんか話題を探さないと!!
「えーっと、みんなはどうしてる?」
「別に、いつもと変わらん。既に任務に赴いている奴もいる」
「そっか……じゃあ、怪我とかは?」
「ない。お前だけだ」
「そっか、それはよかっーー」
「良くないだろう!!」
「え?」
「あ、いや……」
なんだコレは!?なんか、ヒョウガくん怒ってない!?あれ?私何かした!?身に覚えがないんだけど!?
「すまない、少し……いや……コレは八つ当たりだな……」
「えっと……何かあったの?もしかして、先輩にまた絡まれてーー」
「違う」
ヒョウガくんにじっと見つめられ、何を言われるのだろうと緊張しながら言葉を待った。
「影薄……もう、俺を庇うな」
「え」
ヒョウガくんの言っている事が分からず、ポカンとしていると、ヒョウガくんは表情を歪ませながら言葉を続けた。
「お前に庇われるのは嫌なんだ……影鰐が消え、お前の姿が見えなくて……お前が、また……お前を、失うんじゃないかと……俺は……俺、はっ!……」
どんどん俯いていく顔を見ながら、そうだったと……ヒョウガくんは、そういう子だったなと思い出す。
「俺はもう、失いたくないんだ……家族も……
この子は失う事を誰よりも恐れている。彼が優しいという事もあるが、過去の出来事が、彼のトラウマがその思いを増長させてしまっているのだ。そのせいで、ついこの間までは、彼は誰とも関わろうとしなかった。巻き込まない為に、最初から関わりを持たなければ、失うことはないから。そうすれば安心するからと、孤独の道を選んでいたのだ。
「頼むから……もっと、自分を大事にしてくれ……」
懇願する様に握られた手。そこから、彼の苦しみが伝わってくる様だった。私はその手の上に、そっと自分の手を重ねた。そして、なるべく優しくなるよう意識して声を出す。
「……すみません」
ヒョウガくんは、あの時の、黒いマナを纏った精霊と戦った時の事を言っているのだろう。打算的な考えを持って行動していたつもりだったが、彼を守りたい気持ちが全くなかったのかと問われると……正直、0とは言い切れない。
それに、結果としては庇って倒れたと思われてもおかしくはない状況だった。それが、彼のトラウマを刺激してしまったんだ。気をつけていたつもりだったけど、出来ていなかった。コレは私の落ち度だ。でもーー。
「上手に君を守れなくて、気に負わせてすみませんでした」
「違う!俺が言いたいのは!!」
「次はもっと上手くやるんで……」
彼を助けた事を謝るつもりはない。あくまでも心配させてしまった。その事だけは謝ろう。……きっと、また同じ様な事があれば、迷いなく同じ事をするだろう……だから、次は……次こそは……。
「もっと強くなって、君を心配させないように助けるよ」
ヒョウガくんを心配させない様に助けてみせる。何でもない顔で、怪我一つないように頑張ろう。その為にはもっともっと強くならないと。そんな、覚悟を持ってヒョウガくんの方を見つめ続けた。
「そうだな……お前は、そういう奴だったな……」
ヒョウガくんが顔を上げた。困った様な、でも何処か嬉しそうな顔をしていた。
「ならば俺はその上を行こう……お前に庇われないように……お前よりも強くなって、次は俺がお前を守ってみせる」
ヒョウガくんに重ねられた手を、少しだけ強く握られた。数秒ほど握られ、スッと離されたかと思うと、ヒョウガくんはそのまま立ち上がった。
「もう行くの?」
「あぁ。いつまでもいると、五月蠅い奴がいるからな」
「それは……すみません」
先輩だ。絶対に先輩の事だ。もしかして、タイミングを見計らってお見舞いに来てくれたのだろうか?更に申し訳ないな。
そう思いつつヒョウガくんの背中を見送っていると、ドアノブに触れたヒョウガくんは、こちらに背中を向けながら口を開いた。
「別に構わん」
扉を開きながら私の方を振り返る。入ってきた時とは違う、何処か憑き物でも落ちたような穏やかな顔で笑っていた。
「いずれ返り討ちにしてやるからな……問題はない」
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