ph117 敵か味方か

「どうして渡守くんが……」

「ンな事たァどォでもいいだろ。アレを片付けんのが先だ」


 渡守くんはMDマッチデバイスを構え、植物系のモンスターと対峙する。


「おい、ハイエナ植物……人様の獲物を横取りするとどォなるか、身を持って教えてやるよォ!!」


 植物系のモンスターからの攻撃を、上空に飛んで避けた渡守くんは、宙に浮いたままバトルフィールドを展開した。


「いい悲鳴こえで鳴けよォ?コーリング!フレースヴェルグ!!」


 渡守くんに名を呼ばれ、実体化した精霊は大きな鷲の姿をしていた。風を纏いながら舌なめずりをし、相手を小馬鹿にするような笑みを浮かべている。


「ヒャッハーッ!お待ちかねのフレースヴェルグ様のご登場だ!!俺様の相手はあのミョウチクリンかぁ?いいねぇ。弱い者いじめは大好きだ!!」


 見た目通りと言うかなんと言うか……そういう感じのキャラね。冥界川シリーズの精霊は、サタンが封印されると共に消えてしまったが……さすが渡守くん、とても性格のよろしい精霊から新たに加護を受けたようだ。


 フレースヴェルグの挑発に触発されたのか、植物系のモンスターは雄叫びを上げる。モンスターの上に名前が表示され、戦う準備は万端のようだ。


「レッツサモン!!」


 渡守くんの掛け声で始まるマッチ。先攻は植物系のモンスターことマダガムドのようで、自動的にカードがドローされる。


 マダガムドは手札から道具カード、栄養剤を使い、自身の攻撃力を2から3に上げた。


「キシャアアアアア!!」


 金切り声を出しながら、マダガムドは自身のスキル、蠢く蛇蔓じゃづるを発動させた。自身の攻撃力分の効果ダメージを相手モンスター1体に与え、相手モンスターに与えたダメージの数値分回復する効果らしい。マダガムドの蔓が無数の蛇に代わり、フレースヴェルグを襲う。


「あ゛あ゛!?くっそ!こんっのザコ植物が!俺様は蛇が大っっつ嫌いなんだよお!!」


 フレースヴェルグは怒りながら襲いくる蛇を振り払っているが、渡守くんが何もしなかった為無駄に終わった。体力が15から12に減り、マダガムドの体力が18になった。


「おい!セン、テメェ!!」

「そォ怒んなよ。ハンデだよハンデ。簡単に勝っちまったらつまんねェだろォ?」

「チィッ!!負けたらタダじゃおかねぇぞ!!」


 マダガムドは手札から道具カード、力の肥料を使用し、自身のモンスター1体が回復した数値分、攻撃力が加算された。マダガムドの攻撃力が3から6まで上昇する。そのまま通常の攻撃を仕掛けるが、ここで渡守くんが動いた。


「俺はMP2を消費して手札から魔法カード、風魔の陣を発動ォ!相手モンスターの攻撃力を半減させ、減少させた数値分のMPを得る!」


 相手の攻撃力を半減させてMPを回復した事により、渡守くんのMPは6になった。しかし、ダメージは通り、フレースヴェルグの体力は9まで下がる。


 これでフェイズ終了かと思いきや、マダガムドは追い打ちをかけるようにMP1を消費して魔法カード、種の放出を発動させた。このフェイズ中、回復した体力分のダメージを相手に与えるカードだ。この効果により、フレースヴェルグの体力は6まで下がった。


 今度こそマダガムドはフェイズを終了させたが、体力の差は倍以上ある。ここからどう挽回するのだろうか。


「こっからが楽しい楽しいお勉強のお時間だァ!命を削りながら聞きやがれハイエナ植物!俺のフェイズだ!ドロー!!」


 渡守くんは勢いよくカードをドローし、手札から1枚のカードを取り出す。


「俺はMP2を消費してパスズの爪槍を装備だァ!」


 パスズの爪槍か……いい思い出のないカードが出ちゃったよ。あのカード、影法師に刺さるから痛いんだよな……。


「俺はMP3を消費してフレースヴェルグのスキル、死体呑みを発動!デッキの一番上にあるカードを自身のフェイクソウルに加え、このフェイズ中、自身のフェイクソウルの枚数分、自身の攻撃力に加算する!さァヴェルグ!!死肉を喰らえェ!」


 フレースヴェルグはデッキから飛び出したカードをパクりと食べ、フェイクソウルが付与される。攻撃力も2から3に上がった。


「鬱憤もいい頃合いだろォ?……思う存分暴れてこい!ヴェルグ!マダガムドを攻撃だ!」

「遅ぇんだよ!!待ちくたびれたぜぇ!!」


 このまま攻撃だって?パスズの爪槍の効果は使わないのだろうか?


「シャアアアア!!」


 マダガムドはMP1を消費して魔法カード、粘つく樹液を発動させた。これでこのフェイズ中、相手モンスターの攻撃によるダメージは受けなくなった。


「残念だったなァ?」


 渡守くんは、どこか嬉しそうに悪役極まる顔で笑った。……あぁ、なるほど……こうして相手を嵌める為にギリギリまで使わなかったのね。


「俺はパスズの爪槍の効果を発動!!自身のモンスター1体を選択し、選択されたモンスターによる攻撃はこのフェイズ中、効果ダメージとして扱われる!!」


 MPが0になったマダガムドに身を守る術はない。フレースヴェルグの鉤爪がマダガムドの体を切り裂いた。


「更にパスズの爪槍の効果を発動!相手モンスターに効果ダメージを与えた時ィ!MPを1回復する!そんでヴェルグ!ダブルアタックだァ!」

「ヒャハッ!楽しくなって来たぜぇ!!」


 フレースヴェルグの攻撃によって、マダガムドの体力が12まで減る。体力はマダガムドが上だが、渡守くんのMPはパスズの爪槍の効果で6もある。彼の性格なら、マダガムドが抵抗出来ない今、このチャンスを逃さないだろう。


「これで終わりじゃねェぜェ?俺はMP2を消費して魔法カード、魔風の渦を発動!このフェイズ中、相手モンスターに効果によるダメージを与えた時ィ、そのダメージの値を自身のモンスター1体の攻撃力に加算して再度攻撃ができる!!」


 フレースヴェルグの攻撃力が9になった。マダガムドは魔法カードの効果によって、モンスターの攻撃によるダメージは効かないが、パスズの爪槍の効果が付与されているフレースヴェルグには関係ない。


「たァっぷりとお返ししてやれ」

「分かってるじゃあねぇか!喰らえ!蛇植物野郎が!!」

「ギギャアアアア!!」


 フレースヴェルグの攻撃によって、マダガムドの体力は3まで減った。渡守くんの攻撃は終わったようだが、マダガムドの手札は2枚でMPは0。対するフレースヴェルグの体力は6だが、フェイクソウルが1あるし、渡守くんの手札は3、MPは5もある。状況は渡守くんが優勢だ。


「いい悲鳴こえで鳴くじゃねェか……これで俺のフェイズは終了だ。さァ悪足掻きの時間だ!俺を楽しませてみせろやハイエナ植物チャンよォ!!」

「ギジャアアアアアアアア!!」


 マダガムドは怒っているのか、怒声のような激しい奇声を発する。カードを1枚ドローしたかと思うと、すぐにカードの効果を発動させた。


 発動させたカードは道具カード、魔植物の種というカードだ。自身のモンスター1体のレベルと同じMPを回復するものらしく、ターン開始時に付与されたMPと合計して6まで回復した。


 マダガムドはMP3を消費して自身のスキル、邪枝の笑いを発動させ、デッキからカードを5枚ダストゾーンに送り、攻撃力を5上げる。


 これでマダガムドの攻撃力は7になり、フレースヴェルグの体力に届いた。しかし、ダブルアタック持ちではないマダガムドは、攻撃してもフレースヴェルグのフェイクソウルで耐えられてしまう。


「キシャシャ!キシャアアアア!!」


 マダガムドは手札から道具カード、吸血根を使用した。このフェイズ中、相手に効果ダメージを与えた時、一度だけその半分の数値のMPを回復する効果を自身に付与する。そして、更にMP3を消費してマダガムドのスキル、蠢く蛇蔓を発動した。自身の攻撃力分の効果ダメージを相手モンスター1体に与え、その数値分回復する効果のスキルだ。


 ……なるほど、これでフレースヴェルグにダメージを与えてフェイクソウルを壊し、MPと体力を確保しつつ、自身の攻撃によって止めを刺すつもりなのか。


 マダガムドの手札は2枚もある。ここでMPを回復されるとキツいぞ。どうする?渡守くん。


「ハッ……テメェの本気はそんなモンかよ」


 私の心配を余所に、渡守くんは余裕そうに笑っている。


「俺はァ!MP1を消費して手札から魔法カード、死霊の怨讐を発動ォ!自身のモンスター1体のフェイクソウルを一つ使用し、レベル0、体力1のモンスターとして自身のフィールドに召喚する!この効果で召喚されたモンスターは攻撃する事はできない!!」


 ここでフェイクソウルを使うか……きっと、あのレベル0のモンスターは、攻撃できなくても面倒な効果を持っているに違いない……まぁ、渡守くんの性格を考えるならば、大体の想像はつくが……私の予想通りなら、次は効果ダメージをレベル0のモンスターに誘導するカードを使う筈だ。


「更に俺はァ!MP1を消費して魔法カード、風魔操を発動だァ!!自身のモンスターが相手モンスターのスキル対象にされた時、その対象を自身の別のモンスターに移す!」


 マダガムドの効果ダメージにより、レベル0のモンスターは消失する。


 体力が1しかないレベル0のモンスターを攻撃した事により、マダガムドのMPは0のままで、体力は1しか回復しなかった。


 これでフレースヴェルグの体力は6残したまま場に残るが、渡守くんの事だ。これで終わらないだろう。


「この瞬間!死霊の怨讐の更なる効果を発動ォ!!このカードによって召喚されたレベル0のモンスターが攻撃及び、効果ダメージの対象となった時、そのダメージの数値分の効果ダメージを相手モンスター1体に与える!」


 ほらね。思った通りだ。パスズの爪槍を装備してるし、絶対に効果ダメージで迎撃すると思ってたよ。


 マダガムドの残り体力は4。自身の攻撃力分のダメージが跳ね返るが、MPのないマダガムドに抗う術はない。


「どォだ?為になったろォ?」


 渡守くんはパスズの爪槍をクルリと回し、肩に担いだ。


「授業料は……テメェの命でいいぜ?」

「ギシャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


 マダガムドは効果ダメージを食らい、悲痛の叫びを上げる。そして体力が0になり、完全に消失した。


 マッチの終わりを告げるように、バトルフィールドも消える。目の前で驚異が去っていくのを視認し、ホッと肩を撫で下ろすが、渡守くんに槍の切っ先を向けられた事で、すぐに緊張の糸を張った。


「さァて……次はテメェの番だ」

「……助けてくれたんじゃないんですか?」

「あ゛ァ゛?なァに惚けたこと抜かしてんだ……言ったろ?テメェと仲良しこよしするつもりはねェってなァ」


 渡守くんは、ギラギラと目を光らせている。


「立てよ、リベンジマッチだ……完膚なきまでにボッコボコにしてやる」


 あれは捕食者の目だ。彼は本気で私とマッチをするつもりのようである。


 別にマッチするぐらい全然いいのだが、今は状況が状況だ。タイヨウくん達の安否が分からない現状、そんな事をしている暇はない。


 私は血気盛んにMDマッチデバイスを構える彼の興を、どうにか削ぐ事は出来ないかと思考を巡らせる。


「……それは、怖いですね……そこまで自信満々だと、勝った時の逆恨みが今から恐ろしいですよ」

「ハッ!言ってろ!……ルールはレベル5のフル召喚マッチだ。今さら許して下さいっつっても遅せェからなァ?……覚悟しやがれ……テメェの無様な泣き面、拝んでやるよォ!!」

「では、私は助けてくれたお礼にここの寝心地の良さでも教えてあげましょうか……二度と地面から立ち上げれないようにしてあげますよ……」

「そォかい、そりゃ楽しみだなァ!出来るモンならやってみやがれ陰険女!…………つゥか」



「テメェがいつまで寝てんだ!!さっさと立ちやがれ!!」


 よっしゃ。やっとツッコんでくれた。


「失礼ですね、勘違いしてもらっては困ります。私は立たないんじゃない……立てないんですよ!!ぶっちゃけ指一本動かせません!!」

「何クソダセェ事を誇らしげに言ってんだテメェ!!」


 渡守くんは青筋を立てながら怒鳴る。


「マッチ?してもいいですけど、こんな私に勝って嬉しいですか?それとも、こんな私じゃないと勝てませんか?」

「あ゛あ゛ん!?ンな訳ねェだろ!馬鹿にしてんのかテメェ!!」

「じゃあ助けて下さい。こう見えて結構限界なんですよ……あっ、目眩が……」

「ソレが人に物を頼む態度か!!」


 よし、よし。何とか私のペースに持っていけそうだ。このままいけば、マッチも回避出来るだろう。助けてくれた手前、申し訳ないと言う気持ちはあるが、全力で弄らせてもらう。


「そぉだぜ嬢ちゃん。んな可愛げねぇ態度だと、ご主人様に助けて貰えねぇぜ?愛嬌ぐらい振り撒いてみろよ」


 フレースヴェルグは、とても愉快そうに私を見ている。……これは、私の何が気に入ったのか知らないが、かなり好感を抱いてくれているようだ。


「仕方ないですね……キャー、渡守くんステキー、イケメンー、ダイテー……これでいいですか?」

「おちょくっとんのかテメェ!!」

「おちょくってません。私は真剣です。真剣に助けて欲しいんですよ……あ、登場するタイミングは完璧でしたよ。物語のヒーローみたいで格好良かったです。ほら、あの、例えるならあれです……なんだっけ?ほら、あれ……あぁ!思い出した!キュンですってやつです!」

「ふざけんのも大概にしろよ!!」

「ヒャハハハハハッ!面白ぇ嬢ちゃんだなぁ!!気に入ったぜ!」


 私と渡守くんのやり取りを見ていたフレースヴェルグのご機嫌度がマックスになる。なんとなくではあるが、彼の気に入りポイントが分かってきた。このまま味方に引き込んでしまおう。


「嬢ちゃんに押されてタジタジじゃねぇか!クソダセェなぁ!ご主人様よぉ!!」

「見ていて愉快になりますね……実は私も好きなんですよ、弱い者いじめ」

「ヒャハハハッ!気が合うじゃねぇか!」

「誰が弱いか!ブッ殺すぞ!!」

「悩殺してくれるんですか?照れますね」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「いいねぇ!やれやれ!嬢ちゃん、やるなら徹底的にやっちまえ!ヒャハハハハハッ!!」

「テメェは、ほんっっと、……ああ言えばこうっ……!!その減らず口叩けなくしてやろォかァ!?あ゛あ゛!?」

「本当に叩けなくなりそうなんで、今は勘弁してくだ……ごふっ」


 うげ、また出てきた……。


 口を押さえようにも全く体が動かない。吐血によりどんどん服が汚れていく。……不味い、本格的にヤバくなってきた……。


「…………チィッ!!」


 暫く私の様子を見ていた渡守くんは、何を思ったのか、私に突き付けていた槍を肩に担ぎ直した。そして、フレースヴェルグの名前を呼び、背中を向ける。


「行くぞ」

「マッチはいいのかよ?」

「……白けたわ」


 渡守くんがクイッと顎で私を差したかと思うと、フレースヴェルグは嘴で私を咥え、放り投げるように背中に乗せた。


 強い衝撃が来る事を覚悟したが、フレースヴェルグの背中は高級布団のように柔らかかった。羽毛がフワフワしていて、全然痛くない。びっくりする程寝心地が良すぎる。このまま睡魔に襲われそうだった。


「……ありがとうございます。約束のマッチは体調が戻り次第やりましょう」

「たりめェだわ……ここでくたばったらブッ殺す」

「はは……善処します」


 渡守くんもフレースヴェルグの背に乗り、伝えるなら今だと口を開いた。


「……あの、渡守くん……実はこの上にタイヨウくん達がーー」

「分ァーってるわ」


 渡守くんは、私にMDマッチデバイスを見せる様に腕を突き付けた。急にどうしたのだろうかと、困惑しながら視線を向けると、彼のMDマッチデバイスにアイギスのマークが刻まれている事に気づく。


「え、これって……」

「不本意だがな」


 フレースヴェルグが羽ばたき、上へ上へと上昇していく。


「俺も五金の犬になったってェ訳だが、テメェ等とお友達ごっこをするつもりはねェからな……せいぜい寝首を掻かれねェよう気ィつけるこったなァ?」


 

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