ph119 交渉

「MP3を消費して影鰐のスキル、投影を発動。このフェイズ中、自分が使用した魔法カードの分だけ相手モンスターにダメージを与える」

「きゃあ!」


 影鰐のスキルが決まり、時雨蝶の体力が0になる。


「大丈夫?立てる?」

「……ほんっとうに強いわよね、アンタ」


 フィードバックのダメージで尻餅をついたアゲハちゃんに手を差し出すと、ぎゅっと握り返された。私はアゲハちゃんを引っ張り上げながら、バトルフィールドが完全に消えるのを確認する。


「私はダストゾーンの天罰をゲームからドロップアウトさせて、シシリーのスキルを封印状態にする!」

「シシリー!?」

「セーヌ!シシリーを攻撃!」

「ひゃああああ!」


 私達の隣のバトルフィールドでは、ハナビちゃんとモエギちゃんがマッチしていた。ちょうどハナビちゃんの勝利で終わったようだ。


「モエギちゃん!?大丈夫!?ご、ごめんね!痛かった!?」

「はわわわわ!大丈夫ですぅ〜」

「あー、もう!しっかりしなさいよ、モエギ」


 ぐるぐると目を回しながら座り込むモエギちゃんに、厳しい言葉を掛けながらも背中を支えるアゲハちゃん。ハナビちゃんも駆け寄り、心配そうにモエギちゃんの顔を覗き込みながら、水筒とタオルを差し出していた。 


 ……ハナビちゃん、強くなったなぁ。


 勤勉な彼女の成長は著しかった。サモンマッチ学の実技授業での勝率が、目に見えて分かるぐらい上がっているのだ。魔法カードや道具カードの使うタイミングも上手くなっているし、今の彼女は、学年でも上位の実力を有しているだろう。


「2人とも、ナイスマッチ」

「サチコちゃん!」


 モエギちゃんが水分補給し、一息つき始めたところで3人の元まで行くと、ハナビちゃんが笑顔で私の名前を呼んだ。


「さっきのマッチ、どうだった?もっとこうした方がいいとか、こういうカード入れた方がいいとか……何か改善点があったら教えて欲しいんだけど……」

「ううん、特にないよ。二人とも良いプレイングだったよ」

「何?ハナビ、サチコの弟子にでもなったの?」


 私達の会話を聞いていたアゲハちゃんが、最近アンタが強くなったのもサチコが関係してるの?と首を傾げながら聞く。


「弟子って……別に、そんなんじゃないよ。ただ、ちょっとマッチの事で色々と聞かれたから答えてただけでーー」

「そうなの!サチコちゃん、教えるのすっごい上手なんだよ!サチコちゃんのおかげでマッチに勝てるようになったの!」

「へぇー……私も教えてもらおうかな」

「私も!私もサチコさんに教えて欲しいです!!」


 はいはい!と手を挙げながら迫るモエギちゃんに後退る。


「わ、私なんかで良ければ……全然、良いけど……」

「本当ですかぁ!?」

「う、うん」

「良かったですぅ!実は私、前回の実技試験で赤点を取ってしまいまして……もう後がないんですぅ!!」

「私は赤点は取ってないけど、中等部進学を考えるならもっと強くならないとヤバいからね……せめてアンタに一撃ぐらい入れれるようになりたいわ」


 もっと強くなりたい、か。


 4人でマッチのプレイ内容を振り返りながら、戦略や戦法について議論を行なう。こうやって話し合っていると、自分では思い付かなかった手に気づかされる事が多々あり、私自身も助かっている。


 赤点を取ったというモエギちゃんも相当な実力を持っており、この学園のレベルの高さが窺える。流石サモンマッチの名門校だ。マッチの腕を上げるだけならこの学園は最適な環境だろう。でも足りない。マッチの腕を上げるだけじゃ精霊界では役に立たないのだ。


 今後は黒いマナを纏った精霊達と戦う事になる。今までの私ならば全力で回避しようと奮闘していただろう。でも、そう言うのは止めたのだ。ただ、放っておけない。それだけの理由で関わる事にした。嫌だけど、タイヨウくん達が傷つく方が嫌だからなんて、物語の人物みたいな事を思うようになってしまったから……柄じゃないけどね。


 今日もタイヨウくん達はアイギスの呼び出しにより、授業には出ていない。私は病み上がりと言うことで、一週間の療養期間を貰えたから任務には召集されなかったのだ。この期間で大気のマナを操る術を学びたいのだが、上手くいっていない。どうしたものか……。


「はい!みんな注目!」


 先生の声で集まる視線。今日の授業は終わった為、教室に戻り次第帰りのホームルームを行うとの事。


「サチコちゃん、行こう」

「……うん」


 ハナビちゃんに呼ばれ、彼女の元まで歩く。他愛もない話をしながら、4人で教室まで歩いた。


 タイヨウくん達のいないホームルームは順調に進み、直ぐに解散となった。私が席から立ち上がると、ハナヒちゃん達に一緒に帰ろうと声を掛けられるが、今日は用事があるからと断り、教室を後にした。













「マスター!マスター!おれ、デラックスジャンボパンケーキパフェ食べたい!!」

「ダメだよ。食べきれないでしょ」

「ええー!?食べたい食べたい食べたいいいい!!」


 下校途中、カードから飛び出した影法師が騒ぐ。アイギスの任務や普段のマッチで頑張ってくれている影法師の頼みに答えてあげたい気持ちはあるが、デラックスジャンボパンケーキパフェは、5人前もある巨大なパンケーキだ。影法師だけじゃ食べきれないし、私の胃袋はそこまで大きくない。最初から残すと分かっていて頼むのは論外だ。


「それはまた今度、ハナビちゃん達と遊ぶ時に食べよう。今日はほら、季節限定のパンケーキにしない?栗のやつ、好きでしょ?」

「いやだー!おれはデラックスジャンボパンケーキパフェが食べたいのー!!デラックスジャンボパンケーキパフェじゃなきゃやなのー!!」


 ……困ったな。こうなった影法師はテコでも動かないぞ。無理やりカードに戻して連れ帰ることは可能だが、そうすると後々面倒な事になる。こんな事になるならハナビちゃん達の誘いを断らず、一緒に帰れば良かった。マナの訓練がしたいからと一人で帰る事にしたのだが、失敗だったな。


 このままだと影法師は不機嫌になってしまう。何とか機嫌をとらなきゃなぁ……それから、マナの事は知っているが三代財閥とは親密な関係じゃなく、私が傷ついてもどうとも思わない都合の良い人物も探さないと。……後者の難易度が高すぎるな。そもそも、私の周囲にいる人達は誰かが傷つけば、自身を顧みずに飛び出す様なお人好ししかいないのだ。私が血反吐を吐いたら、絶対に止められる。良い人しかいなくて困る事があるとは思わなかったわ。人生何があるか分かったもんじゃないね。


「……分かったよ」

「!マスター!」

「その代わり、暫くおやつはパンケーキだからね」

「うん!うん!やったー!」


 確か、あそこの店はお持ち帰りが可能だったはずだ。荷物にはなるが残すよりマシだろう。これで影法師の機嫌は戻った。後は大気のマナの訓練についてだが……。


「よォ、元気そうじゃねェか……影薄サチコチャン?」

「……ん?」


 なんか、物凄く、聞き覚えのある声がしたな。


「そんだけ元気がありゃァ遠慮はいらねェよなァ!?年貢の納め時だァ!テメェに対する積もりに積った恨み!ここで晴らしてやるよォ!!MDマッチデバイスを構えーー」

「渡守くん!!ちょうど良いところに!!」

「うおっ!?な、なんだよテメェ」


 いた。マナの事は知っていて三代財閥とは親密な関係じゃなく、私が傷ついてもどうとも思わない都合の良い人が。


 私は絶対に逃がさんと渡守くんの両腕を掴んだ。


「渡守くん。君、甘い物好き?」

「…………は?」





















「……こりゃテメェどういう状況だ」


 仏頂面で頬杖をつく渡守くんに構わず、店員さんを呼んでメニューを見ながら注文する。


「このデラックスジャンボパンケーキパフェを一つお願いします。後はホイップましましごく甘キャラメルラテと、蜂蜜ミルクティーとブラックコーヒーを一つずつお願いします」

「聞けや!!」

「かしこまりました。現在、当店ではカップル割キャンペーンを行なっておりまして、カップルのお客様は全メニュー2割引きとなっております。失礼ですが、お二人のご関係をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「あ、カップルです。2割引お願いします」

「誰がカップルだ!ブッ殺すぞテメェ!!」

「かしこまりました」

「テメェもかしこまんな!!」

「すいません。彼、恥ずかしがり屋で……」

「あ、分かりますー。ありますよね、そういうの」

「ねェよ!ふざけんな!!おい聞けやテメェ!!」


 苛立たしいと睨みつける渡守くんを無視し、パンケーキが待ちきれないと体を揺らす影法師の頭を撫でる。


「本気で死にてェらしいな……」

「誤解です。実は渡守くんに折り入ってご相談があるんですよ」

「だからこれが人に物を頼む態度か!!」

「失礼な、ちゃんと奢りますよ」

「そォ言う事を言ってんじゃねェんだよ!!」


 不味いな。渡守くんって意外と律儀なところがあるから付いて来てくれたけど、このままだと本気で帰りそうな雰囲気だ。どうにかして引き留めなければ。


「約束のマッチはしますから、話だけでも聞いてくれませんか?」

「……チィッ」


 お、これは聞く体制になってくれたな。流石カードバトル至上主義の世界の住人。マッチ出しときゃなんとかなるのは、こういう時に便利だな。


「マナコントロールで悩んでる事がありまして」

「テメェがァ?嫌味かよ」

「違います。ちょっと扱いづらいマナでして、使うと吐血するんですよ」

「……あァ、だからあん時……」


 渡守くんの中で何か合点がいったのか、黙り込む。


「だから渡守くんにコントロールの練習に付き合って欲しいんです。私が倒れたらこの魔法カードでーー」

「断る」

「……強くなった私と戦いたくないんですか?」

「勘違いすんじゃねェ」


 渡守くんは身を乗り出し、片手で私の両頬を掴んだ。


「ふぐっ!?」

「マスター!?」

「俺は、強い奴と戦いたいんじゃねェ。気に入らねェ奴をブチ殺したいだけだ」


 マスターに何するんだとポカポカ殴る影法師をモノともせず、渡守くんは私に顔を近づける。


「俺より強けりゃ根回しして殺す。自分より弱けりゃ正面から踏み躙る。俺ァそうやって生きてきた」


 至近距離で視線が交わり、彼の赤い瞳がよく見えた。


「言ったろ?俺は勝ち馬にしか乗らねェってなァ。最初はなから負けると分かってて挑む程バカじゃねェ。テメェが弱ェままなら好都合。このまま俺がーー」

「ご注文のデラックスジャンボパンケーキパフェでございまーす」

「パンケーキ!!」

「ごふぁっ」


 パンケーキに反応した影法師が飛び出し、渡守くんの顎に頭が綺麗にヒットした。アレは絶対に痛い。


 渡守くんが顎を押さえて蹲っている間に、店員さんが注文した品を全てテーブルの上に置いた。そのまま一礼したかと思うと、申し訳なさそうに他のお客様のご迷惑になりますので、ほどほどにお願い致しますと言われた。一体なんの事だと思ったが、さっき渡守くんが顔を近づけてたのを思い出し、誤解されている事に気づいた。訂正するのも面倒だったので素直にすみませんと謝ると、店員さんがそそくさと去っていく。


「……大丈夫ですか?」

「……うるせェ話しかけんな」


 ごめんて。


 パンケーキに飛び付こうとする影法師を制止しながら、1.5人前の量をお皿に盛り付ける。影法師が喜びながらパンケーキを頬張っている間に回復したのか、渡守くんは不機嫌そうな顔つきで起き上がった。


「で、さっきの話の続きですが」

「この状況でまだ続ける気かテメェ!!」


 仕方ないでしょう。死活問題なんだから。


「そう言わずに、黒いマナの精霊と戦う為に必要な力なんです」

「興味ねェ」


 渡守くんは腕を頭の後ろで組みながら、椅子の背もたれに寄りかかる。


「アイギスとか、黒いマナの精霊とかどォでもいいんだよ。俺は、俺が楽に暮らせんならそれでいい。どォせ財閥様がなんとかしてくれる」

「君もそのアイギスじゃないですか」

「今は都合がいいからな。危ねェ橋がありゃァ渡る前にトンズラこくに決まってんだろ」


 彼の考えは共感できる。面倒な事は全て他人に任せ、自分は楽に生きたい。私もそう思っていたし、その気持ちはよく分かる。


「ならば、より私の練習に付き合うべきでは?」

「……どォ言う事だ」


 でも、だからこそ彼の説得方法が分かった。考えが似ているからこそ、彼がどうやったら動くのかも分かりやすい。


「その黒いマナ、後天的になったモノでしょう?」

「だったらどうだってんだ」


 渡守くんが興味を示した。いい反応だ。


「天眼家のご当主様から聞いたのですが……黒いマナは精神を蝕むそうですよ」

「んな事ァ知っとるわ。でも、俺はなんともねェ。俺には関係のねェ話だ」

「本当にそうでしょうか?」

「……何が言いてェ」


 私だったらどう思うか、どんな餌をぶら下げたれたら食い付くかを考えながら言葉を発する。


「根拠のない自信程当てにならない物はない。そんな最悪な時限爆弾を抱えて、この先一生を過ごすつもりですか?」

「だとしてもだ、テメェに何ができるってんだ」

「ユカリちゃんを白いマナに戻したのは私です」

「ンだと?」


 よし、食い付いた。このまま話の流れを持っていく。


「私の練習に付き合ってくれるなら、君のそのマナを何とかしてあげますよ」

「そりゃ脅しか?」

「いいえ、対等な取り引きですよ」

「ハッ、よく言うわ」


 渡守くんは考えるように黙り込んだ。そして、何を思ったのか、フォークを掴んで振り上げた。攻撃されると思って体を後ろに引いたが、フォークの矛先は私ではなく、パンケーキだった。


「……いいぜ。その話、ノってやるよ」


 自分じゃなくて良かった……彼に暴力で訴えられたら私に勝ち目はないのだ。渡守くんがワイルドにパンケーキに噛み付く姿を見ながら、交渉が上手くいった事に心の中で安堵する。


「ただし、あのイカれた坊ちゃんがいない時だけだ。俺はヒョウガくんみてェな物好きじゃないんでね。あの野郎に絡まれんのは勘弁だ」

「……十分です」


 渡守くんは不敵に笑う。フォークの切先を私に向けながら、満足そうに口を開いた。


「ンじゃまァ交渉成立だな」






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