ph112 天眼家とのやり取りーsideクロガネー


「クロガネよぉ、お前……」

「うるせぇ話しかけんな」

「……へいへい」


 朝から作り続け、何十個目になるか分からないザッハトルテ。直径7センチの大きさのケーキに1mmのズレも許されないとチョコ細工を載せていく。


 サチコにプレゼントするケーキだ。生半可な物は渡せねぇ。


 材料は底をついた。やっとチョコレートのコーティングが上手くいったんだ。失敗は許されねぇと最後のデコレーションに挑む。


「しっ、これならいいだろ」


 やっと満足のいく出来になり、俺は小さくガッツポーズをした。後は明日すぐ渡せるようにとケーキを箱に入れて冷蔵庫の中に置く。


「もういいか?」

「…………んだよ」

「何で急にケーキなんて作ってんだ?」


 俺は冷蔵庫の扉を閉めてから、ブラックの方を向く。


「…………よ」

「ん?何だって?」

「……チョコ系の菓子を食うと、サチコが笑うんだよ」

「へー、嬢ちゃんが笑うから……って、は?」


 そう。そうなのだ。普段は無表情で表情筋を全く動かさないサチコが、チョコレート系の菓子を食うと5mmも口角が上がる。嬉しそうに菓子を食べるサチコは最高に可愛い。それが俺が作った物であるならば尚更だ。


「え、え?じゃあ何か?お前、嬢ちゃんの笑顔が見たくてケーキ作ってんの?」

「……悪ぃかよ」

「いや、全然そんな事ねぇけど……え?は?マジ?お前マジなの?え、えー……」


 まるで俺を小馬鹿にするようなブラックの反応に苛立ち、コップを取り出しながら怒鳴る。


「うるっせぇな!惚れた女を笑顔にしてぇと思って悪ぃのかよ!!」

「えっ?……あー、いや。そうだな。そりゃしょうがねぇな。惚れた女を笑顔にしてぇってのは男なら誰しもって……はああああああ!?ちょっと待てお前!!」


 ブラックが騒ぎ出すのを横目に、俺はかなり濃いめに作ったコーヒーを淹れる。


「おまっ、いつ!?いつ自覚したの!?俺そんなん聞いてねぇんだけど!?」

「てめぇに話す義理なんざねぇだろ」

「ふざけんなよ!!今まで散々振り回しやがって……俺が!お前の鈍感さにどんだけモヤモヤしてきたと思ってんだ!!吐け!吐きやがれ!!」

「うるせぇ」


 俺は片耳を押さえながらコーヒーと失敗作のケーキをお盆の上に載せ、机まで持っていく。


 いつからだって……そんなん……多分、俺は最初からサチコに惹かれてた。そんで、本格的に落ちたのは……誰よりも、サチコよりも強くなってあの笑顔を守りたいと思ったあの時だろう。でも、それを自覚したのはサチコを追いかけて精霊界に行った時、泣きながらありがとうと言うアイツを抱きしめた時に、そういう意味で好きなんだと自覚した。


 俺は騒ぐブラックを完全に無視し、椅子に座った。そして無言でケーキにフォークを刺していると、何を言われても俺が口を割らない事を悟ったのか、ブラックはやれやれと言う様に首を左右に振った。


「……んで、どうすんの?告白すんのか?」

「しねぇ」


 サチコは俺とそういう関係になる事を望んでいない。少しでも俺がサチコをそういう対象として見ている事に気づかれてしまえば、サチコは俺から離れる。それを無意識に分かっていたから、自分の感情から目を背けていたんだ。自覚してしまえば、隠せる自信がなかったから。サチコと離れたくなくて、必死に気づかないフリをしていたんだ。


「いいのか?嬢ちゃん、結構モテるぜ?モタモタして誰かに盗られてもしらねぇぞ」

「それでサチコが幸せなら……それでもいい」


 サチコに無理強いするつもりはねぇ。俺の感情を押し付けるつもりはねぇんだ。アイツが嫌がる事はしたくねぇ。


「サチコの隣にいるのが俺じゃなくても……サチコが幸せなら受け入れる」

「……クロガネ」

「そいつを消すまでは、ちゃんと我慢する」

「クロガネ」


 ブラックから嗜めるように名前を呼ばれ、何だよと視線を向けると半目で俺を睨んでいた。


「受け入れるどころか嫉妬心爆発じゃねぇか。何だよ消すまでって、我慢の意味ちゃんと知ってる?ちょっと辞書で調べてみ?頼むから」

「あ゛?十分我慢してんだろ。一瞬でもサチコの隣を譲ってやってんだ。これを我慢と言わずなんて言う」

「油断するとすぐコレだよ。俺の感動を返せ」


 俺は甘ったるいケーキを口に含み、味を感じる前にコーヒで流し込んだ。


「つーか、サチコの隣は俺の指定席だ。既に予約済みなんだよ。絶対ぇ誰にも譲らねぇ。サチコに無理強いする気はねぇつったが、選ばれる努力は惜しまねぇ。何がなんでも選ばせる」

「じゃあ今苦手な甘い物を食ってんのも?」

「サチコは食べ物を粗末にする奴が嫌いなんだ。失敗作だろうが完食する」

「へー、そりゃご苦労なこって」


 サチコの好きな味は覚えた。一緒に店に行って、アイツが食ってた物を全部買って研究したんだ。抜かりはねぇ。


「心を掴むにはまず胃袋からって言うだろ。拒否られてんなら、その気にさせりゃいい。それまではこの感情を隠し通す!!」

「あれで隠していると言う勇気。もしかして、最近嬢ちゃんといる時に奇行に走んのもそのせいか?やめとけ、色んな意味で心が離れてってんぞ」

「ぐっ!それ、は……サチコが急にデレるから!!ツンが多い分、急に来ると耐えらんねぇんだよ!!」

「情緒」

「何だあの可愛い生き物は!?そうですサチコです!大好きだ!!ちくしょう!かわいい!!」

「……オーケー、分かった。お前が嬢ちゃんの事大好きなのは分かったから落ち着け。キャラ崩壊ってレベルじゃねぇぞ。頼むから自分を取り戻してくれ」

「日増しどころか毎秒可愛くなるってどういう事だ?何しても可愛いとかやべぇだろ。息してるだけで可愛い……これが、真理?……ああああああ!好きいいい!!」

「もう怖い通り越して気持ち悪いよお前」


 溢れ出るサチコへの想いを誤魔化すようにケーキを掻き込んでいると、ブラックが付き合いきれないと言わんばかりにカードの中に戻った。


 俺だって自分の思考か気色悪いって事は分かってんだよ!分かってんだけどそう思っちまうもんは仕方ねぇだろ!だからサチコにバレないように必死だっつぅのに!!くそが!!


 俺はヤケクソ気味に残りのケーキを口の中に突っ込み、コーヒーを飲み干した。すると、コップを置いたタイミングでMDマッチデバイスが鳴る。


 一体誰だと画面を確認すると、天眼センリと表示されていた。


「……やっとかよ」


 待ち望んでいた連絡に、冷静さを取り戻す。これで例の事も進展するだろうと立ち上がった。


 俺は食器を片付けてからブラックを呼びだし、1秒でも速く天眼家に着くように指示した。




















「あら、早かったわね、調子はどう?」

「ブツは何処だ」

「ほんっっつっとうにアンタら親子は……まぁ、いいわ」


 厚化粧女が投げた物を受け取る。ネオアースに関する情報が詰まったSDカードだ。俺は状態を確認するようにくるりと回す。


「どうして私に依頼したの?」


 厚化粧女の疑問は至極当然だ。わざわざ頼まなくとも、当主教育なり何なり理由をつけて親父に聞きゃ済む話だ。けど、今まで無関心だった俺がネオアースに興味を示したらあまりにも不自然すぎる。確実に違和感を持たれるだろう。そのまま芋づる式にバレる事は避けたい。奴だけには勘付かれる訳にはいかねぇんだよ。


「急にネオアースについて知りたいなんて……いつからそんなに勤勉になったのかしら?」

「てめぇにゃ関係ねぇだろ」

「そもそも、ワタクシが持ってる情報は一部だけよ。ネオアースの管理は五金家アンタの所の管轄。詳しい情報を得たいなら父親に聞いた方がいいんじゃない?」

「うるせぇ、俺の勝手だ」


 俺がバッサリと切り捨てると、厚化粧女は大袈裟に肩をすくめた。


「……あの子のためでしょう?」


 厚化粧女に図星を突かれ、反応しかける体。しかし、動揺を悟られないように平静を保った。


「なんの話だ」

「とぼけても無駄よ。使えるんでしょ?大気のマナ」

「あ゛ぁ?何言ってんだ。大気のマナを扱うなんざ夢物語でしかーー」

「ワタクシは天眼家の当主よ。サタン封印時の異常なマナの流れ、気づかない筈がないでしょう」


 俺は武器を実体化させ、厚化粧女の首を狙うが結界によって阻まれる。激しい金属音が鳴り響き、火花が散った。


「安心しなさい。誰にも言わないわ」

「どうだか……信用ならねぇんだよ財閥てめぇらは」

「娘の命の恩人よ、ワタクシにだって情くらいある」


 俺は警戒を解かず、厚化粧女に武器を突きつけたまま睨んだ。


「あの子のお陰でユカリは助かったわ。出来る事なら、売るようなマネはしたくない……けど、ワタクシに出来るのは言わないという事だけ……それ以上の助力は出来ないわ」


 んなもん、念を押すように言われなくとも分かってる。三代財閥こいつらにとって公務は最優先事項だ。何を犠牲にしても与えられた役目を全うするだろう。実際に、一度こいつは自身の娘を捨てた。今更取り繕おうともその事実は変わらねぇ。


「知れ渡れば庇えないわ。天眼家の当主としての務めを果たさなければならなくなる」

「だからなんだってんだ」


 俺は武器の実体化を解き、厚化粧女に背を向けた。

 

最初ハナから期待してねぇよ……」


 そうだ。例えバレてしまったとしても俺のやる事は変わらねぇ。犯罪者からも、財閥からも、親父からも、サチコを狙う全てから守ると誓ったんだ。


「俺は俺のやり方でサチコを守る……邪魔するってんなら容赦しねぇ……てめぇも、くそ親父もな……そんだけだ」







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