ph111 ハナビの相談


 休日や授業中にも関わらず、歪みが発生する度にMDマッチデバイスで召集され、目紛しい日々を送る今日この頃。やっとの事で修復作業に慣れてきたというのに、新たな悩みの種が私の頭を痛ませていた。新たな悩みの種。それは、アグリッドとクロガネ先輩の仲の悪さである。いや、仲が悪いというよりも、アグリッドが一方的に先輩を嫌っていると言った方が正しいか。


 ユカリちゃんのマナを浄化した翌日。先輩も歪み修復任務に合流する事になったのだが、先輩を見た途端にアグリッドが噛みつこうとしたのだ。タイヨウくんに対する甘噛みとは違い、相手の息の根を止めるような本気の噛みつきだった。


 先輩が軽く手刀で叩き落とした為大事には至らなかったが、アグリッドは簡単に攻撃をいなされても諦めず、覚悟するんだゾ!真っ黒いのー!と飛びかかった。先輩のひと睨みで半べそをかきながらタイヨウくんの後ろに隠れたが、それでも威嚇は止めなかった。


 これにはタイヨウくんも困惑した様子で、どうしたんだよ、先輩の何が気に入らないんだ?と聞いても、アイツ嫌いなんだゾ!子分を守るんだゾ!とタイヨウくんを盾にしながら必死に威嚇する。


 理由を聞いても嫌いしか言わないアグリッドに困り果てていると、ケイ先生がクロガネ先輩の黒いマナが怖いんじゃないかな?と言った。


 確かに、先輩のマナはあまり良い物とは言えない。始めて感じた時は恐怖で震え、吐き気を催したが慣れればそうでもない。ケイ先生からは、サチコちゃんのマナコントロールが上手いから平気になっただけだよと言われた。そうなのかと他の人の意見を求める様にヒョウガくんの方を見ると、ヒョウガくんからは肥溜めに顔を突っ込まされるような気分になると言われ、シロガネくんからは嫌な物を無理やり見せられるような、例えるなら自身が集合恐怖症だったとしたら、フジツボを見せられるような感覚だと言われた。


 流石にその例えば酷すぎないか?と、思わなくもないが、二人の表情を見るに嘘ではなさそうだった。常時感じる訳ではない事や、タイヨウくんの様にマナに関して鈍感な人には分からない事が救いではあるが、産まれたときからそんな業を背負わされてたなんて……なんか、先輩が可哀想になってきた。今度からもう少し優しく接した方がいいのかな、と先輩の様子を見ると、先輩は我関せずと言わんばかりにMDマッチデバイスを操作していた。


 そして、次の休みにココに行かねぇか?と笑顔で美味しそうな焼き菓子のお店を見せてくる先輩に、あ、平気そうだわ。いらぬ心配だったなと安堵した。


 これで、アグリッドが先輩に対して苦手意識を持つ事には納得したが、別の問題が浮上した。


 先輩がいるとアグリッドが使い物にならないのだ。これでは任務に支障をきたすと、先輩とタイヨウくんは引き離される事になった。


 それで、タイヨウくん、ヒョウガくん、シロガネくんのチームと私と先輩のチームで任務を行う事になったのだが、先輩がいると、先輩の黒いマナを恐れ、レベル2以下の精霊が近寄って来ない。必然的にレベル3以上の危険な精霊を相手する事が多くなってしまった。面倒この上ない。


 先輩が精霊の戦闘と送還を担当し、私が歪みの修復と精霊のデータ収集を担当する事になった。しかし、修復は問題ないが、データ収集が非常に難しかった。


 精霊のデータを集めるには、精霊と同調しなければならないらしい。同調とマナの循環は違うらしく、全く要領が分からなかった。ヒョウガくんに聞いてもコツが掴めず、かなりの時間をかけて何とか収集している状況である。


 ケイ先生に相談しても、得手不得手の問題と言われたら何も言えない。諦めて任務に赴いているのだが、かなりしんどい。クロガネ先輩とアグリッドが友好的な関係が築ければこんな苦労をしなくていいのに、どうにかならない物か。


 そう悩みながらサモンマッチの授業を聞いていると、先生が両手を叩いて注目を集めた。


「キリもいいし、午前中の授業はここまで!明日もあるので、皆さんきちんと予習しておいて下さいね!」


 先生が教材を片付けると同時に鳴るチャイム。私はやっと昼休みになったと教科書を引き出しの中にしまう。そのまま鞄からお弁当を取り出し、席を立とうとした所で、ハナビちゃんに名前を呼ばれた。


「お昼ご飯、一緒に食べない?」


 私を不安そうな顔でお昼に誘うハナビちゃん。何かあったのだろうかと周囲を見ると、珍しくヨモギちゃんとアゲハちゃんの姿がなかった。


「全然いいけど……2人はどうしたの?」

「あ、その……実は、サチコちゃんに相談したい事があって……ダメ、かな?」

「ううん、分かった。なら移動しようか」

「ありがとう!」


 私はお弁当を片手で持ち、今度こそ椅子から立ち上がった。


















 綺麗な青空が広がる屋上。設置されている、2人が座るには少し大きなベンチに腰掛けてお弁当を広げた。


「それで、相談って?」


 ハナビちゃんは両手でお弁当を持ったまま俯いていた。心を落ち着ける為か、深く深呼吸したかと思うと勢いよく顔を上げた。


「あ、あの!」

「……」

「時間がある時でいいの……その……」

「……」

「……私を強くして!!」

「え?」


 思わぬハナビちゃんの頼みに、気の抜けた声が出る。


「えっと……強くって、どういう意味で?」

「え?……あ!その、マッチ!マッチを強くして欲しいの」

「……あー、マッチ」


 ハナビちゃんはコクコクと何度も頷く。


 何事かと思えば、ハナビちゃんは自身のマッチの腕を鍛えたいようだった。この世界はサモンマッチが全てだ。貧富の差もサモンマッチの実力で決まる。マッチが強くなりたいという思いを抱くのは、この世界の住人であれば至極当然のことである。しかし、解せない。いつものハナビちゃんらしくない頼みだなと眉を顰めた。


「理由を聞いても?」


 急に強くなりたいなんて……何らかの事件に巻き込まれている可能性がある。それならば、ハナビちゃん1人で抱えさせる訳にはいかないと事情を聞くことにした。


 私の質問に対し、ハナビちゃんはフッと悲しそうな表情を浮かべた。遠くを見つめ、何かを思い出すように話し始める。


「私ね、ずっと悔しかったの……傷ついているタイヨウくんを見ている事しか出来ない、弱い自分が嫌だった……」


 …………あー、なるほど。


「タイヨウくんの隣に立てるサチコちゃんがずっと羨ましくて……私もサチコちゃんみたいに強くなれたらって、強くなってタイヨウくんを支えられたらって、ずっとずっと思ってた……」


 そういう感じね。


「だから、私なりに頑張ってみたんだけど全然ダメで……どうしたら強くなれるのかなって考えて……サチコちゃんに教わる事ができたら……こんな私でも強くなれるんじゃないかって思ったの……」


 ハナビちゃんに手を握られながら、自分の配慮が足りなかったなと反省した。


「アイギスで忙しいのは分かってるの!これが私の勝手な我が儘だと言うのも分かってる!だから、時間がある時に、サチコちゃんの気が向いた時に助言とか貰えたら嬉しいなって……そう、思って……」

「いいよ」

「え」


 ハナビちゃんにとって、タイヨウくんがどんな存在であるのか分かっていたのに……自分は遠くから見つめる事しか出来ないのに、大好きな人が辛い時に側にいたのが自分じゃなく、別の人というのは不安になってもおかしくない。


「私でよければ教えるよ、サモンマッチ」

「サチコちゃん……」


 ハナビちゃんは優しすぎるから、負の感情が私ではなく自身に向いたのだろう。弱い自分が嫌だって、このままじゃダメだって思ってしまったんだ……そんな事ないのにね。ハナビちゃんは素敵な女の子だし、十分タイヨウくんの支えになっているのに……ズルいと私を責めたら楽になるのに、どこまで自分を追い込めば気が済むのか。


「ありがとう!」

「うわっ」


 ハナビちゃんに抱きつかれ、後ろに仰け反る。

 

「本当にありがとう!凄く嬉しい!!」


 タイヨウくんも、ハナビちゃんも頑張りすぎなんだよなぁ。もうちょっと肩の力を抜けば良いのに……でも、それでハナビちゃんが安心するなら、私が手伝う事で彼女の心が安まるなら全力で応えようではないか。


「取り敢えず、ご飯食べようか。その後にデッキを見せてもらってもいい?」


















 ハナビちゃんのデッキは天界属性を主軸とした回復効果を持ったカードの多いデッキだった。デッキタイプ的にはミッドレンジが近いか?相手の攻撃を耐え続け、チャンスが来たら一気に叩く中速デッキのようだ。


「どうかな?」

「うーん」


 悪くはない。悪くはないが決め手にかける。チャンスが来ても火力が足りない。何か助言できればいいが、天界属性のカードには詳しくないのだ。


「遠慮せずはっきり言ってね!」

「いや、ちょっと待ってもらってもいい?」

「え?」

「助っ人を呼ぶわ」


 まずはデッキの強化からだな。あまり関わりたくはないが、ハナビちゃんの頼みだ。MDマッチデバイスを操作して天界属性のスペシャリストを呼ぶ事にした。マッチの特訓は、その後でもいいだろう。












「影薄サチコ!!」


 お、思ったよりも早かったな。


「……覚悟はできているんだろうね」


 怒気まじりに私の名前を呼び、屋上の扉を荒々しく開けて入ってきた人物はシロガネくんである。


 シロガネくんは私にデッキを向け、鋭い目で睨んでいる。ハナビちゃんはシロガネくんの放つ怒りのオーラに戸惑い、オロオロと視線を彷徨わせていた。


 彼がこんなに怒っているのは、私がシロガネくんに送ったメールの内容のせいだろう。


「すみません。普通に呼んでも来ないと思ったので、心にもない内容を送りました。悪気はないです。今は反省してます」

「はぁ!?人の事を散々馬鹿にしておいてふざけているのかい!?」

「ふざけてません。大真面目です」

「なお悪い!!」


 シロガネくんは口元をピクピクと痙攣させている。いつも笑顔という名のポーカーフェイスで武装している彼が、表情を取り繕えない程取り乱すなんて……私の送った言葉がここまで効くとは思わなかった。


「さ、サチコちゃん……なんて送ったの?」

「そんな大層な事じゃないんだけど……」


 リベンジマッチはいつするんですか?私に負けるのが怖いんですか?的な内容を書いただけなのに、効果覿面すぎて逆に引く。プライドの高さがエレベストすぎる。


「早くMDマッチデバイスを構えなよ……その生意気な鼻っ柱をへし折ってやる!!」

「あ、ちょっと待って下さい。実はシロガネくんに折り入って頼みがあるんですよ」

「言うに事欠いて何を!!」


 私は憤慨するシロガネくんに構わず、説明するために口を開こうとすると、ハナビちゃんが不安そうな顔で待ったをかけた。


「だ、大丈夫なの?シロガネくん、ものすごく怒ってるし……何だか悪いよ……」

「問題ないよ。私に対してはいつもあんな感じだし、何やかんや良い人だから事情を話せば分かってくれるから」

「で、でも……」

「……なんだ、本当に訳ありなのかい?」


 ハナビちゃんの様子に、シロガネくんは冷静さを取り戻したのかデッキを下ろした。私は今がチャンスだと、この隙を逃さず事情を説明する事にした。


「はい、実はーー」




















「……なんだ、そんな事か」

「ご、ごめんなさい……私のせいでご迷惑を……」

「気にしないで、僕は全然大丈夫だから」


 シロガネくんはハナビちゃんに対して優しく笑いかけると、ジロリと冷めた目で私を見た。


「どっかの誰かと違って、向上意欲のある者に教えるのはやぶさかではないからね。そう、どっかの誰かさんとは違ってね」

「へー、誰の事でしょう。全くもって検討がつかないなぁ」

「何?気になるの?教えてあげようか?」

「いえ、結構です。興味ないんで」

「……」

「……」

「わ、わー!2人とも!喧嘩しないで!!」


 シロガネくんと私の間で冷戦を繰り広げていると、ハナビちゃんが慌てながら間に入った。そして、自身のデッキをシロガネくんに渡してどうしたら良いのかと助言を求めた。


「……天界を主軸としたミッドレンジか……悪くはないけど、これだと決め手にかける……なるほど、だから僕を呼んだのか……」

「はい。私の知る中で、シロガネくん以上に天界属性のカードを扱えるサモナーはいませんからね。何か良いカードはありませんか?」

「……まぁ、あるにはあるけど……」


 シロガネくんはサブデッキから3枚の魔法カードを取り出し、デッキに入れるとカードをシャッフルしてからハナビちゃんに渡した。


「はい。これで良くなったんじゃない?」

「え!?し、シロガネくん!?カード……」

「構わないよ。予備があるから」

「で、でも!そんな、悪いよ……」


 せめて何かお礼をしなきゃと慌てるハナビちゃんに、シロガネくんは深くため息をついた。


「……だったら、強くなってくれ」

「え」

「タイヨウくんを支えられるように、強くなるんだ……それが1番のお礼だよ」


 シロガネくんの言葉に、ハナビちゃんは自身のデッキを握りしめると、真剣な表情で頷いた。そんなハナビちゃんの態度に満足そうに笑ったシロガネくんは、その表情のまま私に話しかけた。


「で、君はどこに行こうとしてるんだい?」

「あー、もうすぐ授業が始まるんでお暇しようかと……」

「ははっ……人を散々コケにした癖に今さら逃げるのかい?……面白い冗談だ」


 シロガネくんは笑っていた。それは、文句のつけどころの無い、綺麗な微笑みだった。……目が笑っていない事を除けば……。


「ウケたようでなりよりです。それでは私はここでーー」

「僕はね、屈辱を受けたら10倍にして返す質なんだ」

「……因みに拒否権は?」

「あるわけないだろ」


 スンッと表情が抜け落ちたシロガネくんは、器用にも声のトーンを変えないまま私に向かってMDマッチデバイスを構えた。


「ハナビちゃん、せっかくだから見学していきなよ。きっと、良い勉強になる」


 シロガネくんはバトルフィールドを展開させると、モンスターを召喚した。


「僕から逃げられると思うなよ……影薄サチコ!」

「は、はは……お手柔らかにお願いします」


 私は観念するようにMDマッチデバイスを構え、モンスターを召喚してからサモンマッチ開始の口上を述べた。


 どうやら午後の授業は遅刻する事になりそうだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る