ph113 黒いマナを纏う精霊
「また黒いマナを纏う精霊が出たんですか?」
「あぁ。現場にはケイさんが居合わせている」
もはや通いなれてしまったアイギス本部。休日というのに呼び出され、シロガネくんの話を聞かされていた。
ここは私達専用にあてがわれた会議用の部屋だ。鏡面の様に仕上げられた白一色のダイニングテーブルが中心にあり、球体の形をしたビビットカラーの椅子が人数分置かれている。こういうのを、スペースエイジインテリアと言うのだろうか?近未来的な雰囲気に統一されたこの部屋は、中々オシャレである。
私は机に置かれたマカロンを手にとって自身の口に運びながら、静かに話を聞く体勢を取った。
「ケイ先生が!?大丈夫なのか!?」
「うん。彼は無事だから安心して」
「そっか……よかった」
シロガネくんの言葉に安心したのか、タイヨウくんは息を吐きながら背もたれに寄りかかる。
「それで、本題は何だ?」
ヒョウガくんは腕を組みながらシロガネくんを見た。
「情報共有が目的ではないだろう。俺たちは何をすればいい?」
「まぁ、まずは僕の話を聞いてよ」
シロガネくんは懐からペンの形をした何かを取り出すと、部屋の天井に向けてスイッチを押した。ピピッという可愛らしい機械音がなり、空中に現れる電子の画面。
「これを観てくれ」
その画面に映し出されたのは、アグリッドと出会った時に見た植物系の精霊だった。黒いマナの精霊を産み出し、去って行った精霊だ。その精霊の画像の上に複数の画面を表示させ、精霊のデータが記載される。
「ケイさんが居たのは不幸中の幸いだったね。彼が対処してくれたお陰で被害はなかったよ」
「歪みの方は?」
「ケイさんが一時的に閉じ、エンラくんを呼んで完全に修復させたよ」
エンラくんか……確か、歪みを完全に修復できるのは私とエンラくんと天眼家の当主だけなんだっけ?私が先輩とチームを組んでいる時も、シロガネくんが一時的に閉じてエンラくんが修復してるんだよね……やはり、3人しかいないと言うのはキツイな。
「この黒いマナを纏う精霊……調査したらサタンか、それ以上の力を持った危険な存在である事が分かった。今後も歪みの発生に伴って出現する可能性が高い。これは由々しき事態だ。被害が出る前に対処しなければならない」
「あの、一つ質問いいですか?」
「……何だい?」
サタンかそれ以上か……そんなバケモノが人間界に、ネオアースにちょっかいを出してくるなんて素人目に見ても危険である事は明らかだ。歪みの発生が原因で関与してくるのであれば、関与される前に歪みを修復させ、被害を防げないのだろうか?
「歪みを修復できる人材を、もっと増やした方がいいのでは?いくら何でも3人は少なすぎます。歪みへの対処が早ければ、被害も防げるだろうし、何とかなりませんか?」
「君は馬鹿か?」
馬鹿って……コイツ、タイヨウくんに私への態度を隠さなくなってから、暴言がド直球になってきたな。シンプルにイラっとする。
「それが出来たら既にやっている」
「え」
「マナのコントロールについて右に出るものはいないと言わしめる天眼家。その本家の人間である道六エンラですら1人で修復できないんだ」
エンラくんですら1人で修復できないだって?どう言う事だ?
「道六エンラは、一時的に閉じられている歪みしか修復できない。誰も彼もが君みたいにマナを操る事ができないんだよ」
シロガネくんは胡散臭い笑顔から真顔になる。
「君は、もう少し自身の異常さを自覚した方がいい」
異常ね……あまり、考えた事がなかった。マナを知ったのは最近だし、私にとっては出来る事が当たり前で、そんなに難しい事だとは思えなかったからだ。ただ、漠然と周囲の反応から普通よりも上手いんだろうなとは認識していたが、そこまでとは……。
「……その力、あまりひけらかさない事をお勧めするよ……我が身が可愛いのならね」
先ほどまでと違い、沈むような声色に変わった。そのらしくないシロガネくんの声色の変化に、もしかしてと顔を上げる。
「それって、私のことを心配しているんですか?」
「はぁ!?僕が!?君を!?心配!?寝言は寝ていいたまえ!!」
過剰すぎる反応。多分これ、照れ隠しだな。こういう所はいい奴なんだよね。嫌いな人間を気にかける優しさがある所は、さすが主人公サイドの人間だよなと思う。だがしかし、それで普段の嫌味が許されると思ったら大間違いだ。
「じゃあ寝言でお礼言いますね。ありがとうございます。気を付けます」
「僕を馬鹿にしているのか!!」
「影薄、あまり揶揄うな。奴が不憫だ」
「誰が不憫だって!?」
「シロガネのそういう所、俺、好きだぜ!」
「た、タイヨウくんがそう言うなら……」
タイヨウくんの鶴の一声で黙るシロガネくん。さすがタイヨウくんだ。奴を弄るならタイヨウくんがいる時に限る。
「あー!もう!どっかの誰かのせいで話がそれた!!」
シロガネくんは自身の髪をクシャりと乱し、再度画面の方へ視線を向けた。
「つまり!僕が言いたいのは!コイツが人間界で問題を起こす前に精霊界に赴き、対処しなければならないって事だよ!!」
シロガネくんは画面を手のひらで叩くように腕を振り上げ、一瞬だけ映像が乱れる。
「その為にはまず、精霊界の事を君たちに知ってもらわなければーー」
「あの、すみません」
「今度は何だい!?」
シロガネくんが半ギレで振り向くが、今はそんな事構ってられない。
「え?あの、今、精霊界に赴くって言いました?」
「何?今度は難聴にでもなったの?」
「いえ、そうではなく……その……」
おいいいいい!そんなん聞いてないぞ!?当たり前のように精霊界を行き来しようとするな!!何!?そんなに簡単に行ける場所だったのか!?精霊界!!……そういえば、カードの製造工程を説明された時に、精霊界に赴いて武器とかを収集してると言っていたっけ?……あれ?と言う事はサタン封印時に決死の覚悟で精霊界に残ろうとしたけど、普通に帰って来れたのか?
「特に重要じゃないなら続けるよ……精霊界に行くのは容易だけど、戻ってくるのが困難なんだ。まず、前提条件として、常にこちら側で位置情報を把握してなければならない。しかし、そうなると行動範囲が狭まるうえ、滞在時間も限られてしまう」
なんだ。やっぱり残るのは危険だったのか。あんだけ覚悟決めて行ったのに容易に帰れたらそれはそれで恥ずか……しくないよ!!帰れた方がいいよ!何考えてんだ私は!!
「精霊界はネオアースと似ているが、大きな違いがある。それは、精霊界は人間界と違い、三つの次元に分かれているんだ」
「三つの次元?それってどう言う事だ?」
「精霊は人間と同じように感情を持つ生命体だ。様々な種族、思想、文化があり、今この瞬間にも繁殖している」
シロガネくんがペン型の装置のボタンを押すと、画面が切り替わり、精霊界らしき景色が映し出された。
「数が増えれば争いが起こるのは必然。だから、精霊達は思想の近い者同士で集まり、精霊界を地下世界、地上世界、天上世界の三つに分けた」
シロガネくんはサブデッキからモンスターカードを3枚取り出すと、私たちに絵柄が見えるように向けた。
「ほとんどの精霊は地上世界だが……冥界や地獄属性といった死後の世界を連想させる精霊の大半は地下世界、天界属性や神の様に天国を彷彿させる精霊は天上世界にいるんだ」
なるべく私達に分かりやすい言葉を選んでくれているのだろう。……私達と言うよりもタイヨウくんか。シロガネくんはタイヨウくんの様子をチラチラと気にしながら言葉を続ける。
「……要約すると、三つの次元に分かれている精霊界は人間界よりも凄く広いんだよ。あの黒いマナを纏った精霊の居場所が特定できない以上、精霊界に転移しても無駄骨になる可能性が高い」
なるほどね。行動範囲も狭く、時間制限付きならば簡易的な調査は行えても特定の精霊の捜索には向かないと言うことだろう。
「だから歪みを利用する。歪みは修復しなければ存在し続けるからね。行動範囲も時間制限もなく精霊界に滞在できる。更に、あの精霊は歪みの発生に乗じて人間界に関与している。ならば、その歪みを使えは精霊の捜索も容易になるだろう。まさに一石二鳥さ」
歪みを利用する、か……確かにその方法を使えば可能かもしれないが、懸念事項がある。
「その間、人間界はどうするんですか?」
歪みが発生している間は無尽蔵に精霊が現れ、人間界に干渉してくる。放っておくのは不味い。
「そのままにするのは危険では?」
「その為のアイギスだ」
シロガネくんは両手をバンッと机の上に置き、私たちを見渡す。
「レベルアップの研究は進んでいるが、扱える人材は少ない。黒いマナの精霊は不確定要素が多いため、レベルアップを扱える僕たちが対処する事になった。だから僕たちが精霊界にいる間、アイギスの方で歪みを適切に管理する。民間人に被害は出さない」
僕たちが対処する事になった、だって?……もしかして、私もそのメンバーに入っているのだろうか?いやいやそんなまさか。私は先輩とチームを組んでるし、精霊界に乗り込むのはこの3人だろう。私は3人が戻って来た時にすぐに歪みを修復する為の待機要員のはずだ。完全な修復は私含めて3人しか出来ないんだからそうに決まっている。なんだ。それなら安心だな。あー、マナコントロール上手くてよかった。
「いつ例の精霊が現れてもいいように準備はできている。この作戦の要は……影薄サチコ、君だ」
「任せて下さい。歪みの修復ならーー」
「精霊界は危険な場所だ。下手に迷えば命の保証は出来ない。だから君のその無駄に正確な探知能力の出番だ。精霊界に入ったら直ぐに精霊の元へ誘導してくれ。不測事態が起きても最悪、君がいれば人間界に帰れる」
ど畜生!!がっつりメンバー入りしている!!しかも抜けれそうにない!!淡い期待が砕かれる時ってこんな音がするんですね!!
「ヒョウガくんはいつも通り精霊の情報を頼むよ。今は少しでも多くの情報が欲しいんだ。黒いマナを纏う精霊が奴だけとは限らないからね」
「了解した」
「僕は精霊を逃がさないようにマッチ終了後も結界を張り続ける。精霊はタイヨウくん」
「おう!俺とアグリッドに任せろ!」
「あぁ。頼りにしてるよ」
「へへっ」
完全にこの4人で向かう雰囲気だ。逃げ道は完全に絶たれた。タイヨウくんがいる時点で嫌な予感しかないが、何のアクシデントもなく、無事にあの黒いマナの精霊を倒せるように心の底から祈った。
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