ph108 大地属性を持つ竜

 走り出したタイヨウくんを必死に追いかけるが、身体能力の差かあっという間に見失う。シロガネくんとヒョウガくんも見えなくなり、半ば諦め状態で小走りしながらMDマッチデバイスを操作して目的の場所を調べた。


 画面が立体映像のように現れ、近辺の地図を表示した。目的の場所には赤い丸が印され、強調するように点滅している。


 場所は……ネオ東京森林公園か。


 このMDマッチデバイスはSSSC参加時に配られたデバイスを更に改良した物らしい。任務に必要だろうとアイギスから支給された物だ。時計型のこのデバイスは、平く言えばマッチ機能の備わったスマートフォンだ。私の前世にも似た物はあったが、それよりも断然優れている。この支給品はマナ使い用にカスタマイズされているらしいが、ゆくゆくは一般人向けの物を商品化する予定だと言っていた。商魂逞しいとはこの事か。今まではバトルフィールド装置がなければできなかったマッチが、街中でも容易に行える光景が日常と化すのだろう。全くもって恐ろしい話である。


「タイヨウくん」

「離してくれ!シロガネ、俺は!」

「分かってるよ」

「……シロガネ?」


 おっと、取り込み中かな?


 私がアイギスの出入り口付近まで辿り着くと、シロガネくんがタイヨウくんの腕を掴んで引き留めていた。一歩引いた場所では二人を見守るようにヒョウガくんが立っている。


 シロガネくんがミカエルと自身の精霊の名前を呼ぶと、ミカエルが現れ、シロガネくんの前で片膝を付いた。


「僕とタイヨウくんをネオ東京森林公園まで運んでくれ」

「承知いたしました」

「い、いいのか?」


 タイヨウくんはポカンと口を開けながら、シロガネくんを見ている。


「俺を止めに来たんじゃないのか?」

「止めても君は行くんだろう?」


 シロガネくんの言葉に、タイヨウくんはバツの悪そうな顔で視線を逸らした。


「なら、僕は君が無茶出来るように守るだけさ。君の隣でね」

「シロガネ」


 シロガネくんはニッコリと笑ってタイヨウくんに手を差し伸べる。


「さぁ、行こう!タイヨウくん!」

「あぁ……ありがとうな!シロガネ!」


 タイヨウくんはシロガネくんの手をしっかりと掴んだ。私は二人がミカエルに抱えられるのを確認してから、ヒョウガくんの近くに行く。


「話、ついたんだね」

「遅かったな」

「君達が速すぎるんだよ」


 私がヒョウガくんの隣に立つと、ヒョウガくんはニーズヘグを実体化させながら私の方を向いた。


「俺達も行くぞ」

「了解」


 エスコートされるようにヒョウガくんに手を取られ、お礼を言いながらニーズヘグの背に乗る。ニーズヘグはいつも通り鼻を鳴らしながら翼を大きく広げ、ミカエルの背を追いかけるように飛んだ。
















 ネオ東京森林公園は、危険表示バリケードテープによって封鎖されていた。刑事ドラマとかでよく見る黄色のテープだ。警察とアイギスが立ち塞がり、ネズミ一匹も通さないと言わんばかりの厳戒態勢が敷かれていた。


「シロガネ様!」

「状況は?」


 シロガネくんがミカエルから降りながらアイギスらしき男性に話しかけると、男性は敬礼しながら口を開いた。


「はっ!市民の避難は完了しております!現在は精霊送還に伴うローラー作戦を実行中であります!」

「歪みは?」

「まだ正確な位置の特定はできておりません!」

「分かった。歪みは僕たちが処理する。君はこのまま警戒を続けるように」

「了解いたしました!」


 堂々とアイギスの男性の横を通り過ぎていくシロガネくんに続き、私たちもバリケードテープの向こうへと進んでいった。


 暫く公園内を歩いていると、前を歩いていたシロガネくんが私とヒョウガくんの方へ振り返る。


「君達二人は歪みの方を頼むよ。竜は僕達が探す」

「分かりました。タイヨウくんを頼みましたよ」

「言われなくとも」


 シロガネくんは当然と言わんばかりに頷くが、マジで頼むぞ。タイヨウくんのいるところにトラブルありだ。ドライグ関連なら手伝う事もやぶさかではないが、嬉々として危険地帯に飛び込むほど物好きじゃないんだ。だからそっちは任せた!



 シロガネくんの提案に、願ったりだと快諾して歪みの位置を特定させる為に集中する。些細な異変も見逃さないと限界まで神経を研ぎ澄まさせた。


「見つけたんだゾーーー!!」

「ぶっ!!」

「影薄!?」

「マスター!!」


 しかし、何かか顔面にぶつかり集中が途切れて尻餅をつく。私は困惑しつつも、敵襲なら不味いと赤くなっているだろう鼻を押さえながら立ち上がった。


「見つけたんだゾ!っ、……赤いの!!」

「え!?俺!?」

「おれのマスターに何すんだー!」

「お前!オイラの子分になるんだゾ!」

「こ、子分?」

「このっトカゲ!!タイヨウくんに向かって子分だと!?」

「主!恐らくこの精霊が件のっ!」

「影薄、大丈夫か?」

「フン、騒々しいぞキサマ等」

「マスターの仇はおれがとるんだー!!」


 あー、もうめちゃくちゃだよ。


 一言で言えばカオス。各々が好き勝手に喋り、収拾がつかない。取り敢えず、うるさいから影法師は回収しとくかと強制的にカードに戻した。


 私の顔面に飛び込んで来たのは、小さなドラコンの精霊だった。精霊はタイヨウくんの頭に噛みつきながら暴れている。


 終わりそうにないプチ騒動に、これ、私が止めないといけないのかと思わず半目になった。


 私はヒョウガくんに大丈夫だと応えつつ、仕方がないなと深いため息をつきながらミカエルの方を見た。


「ミカエルさん。件の、と言うことはあの小さいドラゴンが情報にあった大地属性の竜なんですか?」

「はい。そうだと思います。彼からは大地の波動を感じますので、間違いないかと」


 大地の波動か……よく分からないが大地のマナ的なもんだろう。私には属性まで判別できないけど、ミカエルがそう言うのならばそうなのだろう。


「このドラゴンが……大地の……」


 タイヨウくんは、小さなドラゴンに頭をガジガジと噛まれながら悲しそうな顔をしている。シロガネくんは、タイヨウくんの様子を心配しながら小さなドラゴンを引き離そうと格闘していた。


「……みんな、悪かったな!せっかく連れてきてくれたのにさ……俺の事はいいから!みんなは歪みの所に行ってくれよ!」


 タイヨウくんは何でもないように笑っているが、私でも分かるような作り笑いだった。


 それもそうだろう、彼とドライグの絆の強さは知っている。そして、タイヨウくんにとってドライグがどれだけ大切な存在であるのかも知っているのだ。その落胆は計り知れない。


「オイラを無視するな!子分!!」

「いってぇ!」

「タイヨウくんに何をする!」


 小さいドラゴンがタイヨウくんの頭を強く噛む。タイヨウくんはドラゴンに抵抗し、シロガネくんも加勢しているがドラゴンは思いの外しつこく離れない。


「あーもう!何なんだよお前!さっきから……なんでそんなに俺を子分にしたいんだよ!」

「お前はオイラの子分なんだゾ!オイラが決めたんだからそうなるんだゾ!」

「だから意味分かんねぇって!」

「分かんなくない!……分かんなく、ないんだゾ」


 ドラゴンの声に覇気がなくなる。先ほどまで離れそうになかったのに、あっさりと離れ、地面の上に降り立つ。


「お前は……オイラの子分になるんだゾ」

「お前……」


 ドラゴンは涙目になりながらもタイヨウくんに向かって子分だと言い張る。


「オイラの……オイラは……お前はオイラの子分なんだゾ!!」

「お前、泣いて……」

「!?な、泣いてない!!泣いてなんかないんだゾ!オイラは泣き虫じゃないんだゾ!!だから全然泣いてなんかないんだゾ!!」


 小さなドラゴンは首を激しく振って涙を吹き飛ばすと、キッとタイヨウくんを睨んだ。


「オイラだって……オイラも……マスターに会うにはお前を子分にしなきゃならないんだゾ!!」

「マスターに、会う?」


 タイヨウくんは首を傾げた。私も疑問符を浮かべながらも真顔を貫く。


 あのドラゴンの言う子分になれ、というのは加護を与えたいという事だろう。しかしマスターに会うという発言から既に加護を与えている人物がいるようだ。精霊が複数の人間に加護を与えた話なんて聞いた事はないが、何か理由があるのだろうか?


「それって、どういうーー」

「タイヨウくん!危ない!!」

「えっ!?うわっ!」

「タイヨウ!」

「タイヨウくん!?」


 突然、タイヨウくんの足元に魔法陣が現れる。バトルフィールドを展開する魔法陣だ。シロガネくんが手を伸ばすが届かず、魔方陣は小さなドラゴンとタイヨウくんを巻き込んでフィールドに閉じ込めた。


 シロガネくんが必死に結界を叩くが効果はない。私とヒョウガくんも魔法や精霊で攻撃するがビクともしなかった。当然だ。この結界はマッチが終わるまで破られる事はないのだから。一体誰がタイヨウくんにマッチを挑んだんだと周囲を見渡すと、タイヨウくんの目の前の空間が切り裂かれ、精霊らしき存在が現れた。


「あれは……」


 現れた精霊は黒いマナを纏った不気味な、植物の姿をした精霊だった。精霊が草木に触れると忽ち枯れていく。


 植物の精霊は口らしき部分から何かを吐き出した。ベチャリと黒い物体がフィールド内に落ちると、精霊は切り裂かれた空間の中へと戻って行く。


 誰も、動かなかった。誰も動けなかった。ただただ気配を消し、精霊が戻っていく姿を見ていた。


 精霊が完全に消え、空間の裂け目が閉じた時、自分が呼吸を止めていた事に気づいた。私は思いっきり息を吐き出して、乱れる呼吸を整える。


 今のは何だ?あれは精霊なのか?あんな恐ろしい精霊が存在しているのか?……いや、今は後回しだ。そんな事よりタイヨウくんが心配だ。あんな不気味な精霊が吐き出した物体、嫌な予感しかしない。


 私は結界に近づき、タイヨウくんの名前を呼んだ。


「前見て!あの黒いの、動いてる!」

「え!?」


 タイヨウくんは慌てて不気味な精霊が吐き出した物体の方へ視線を向ける。その黒い物体は、ボコボコと気味の悪い音を立てながら変形し、植物系の精霊へと変化した。


 植物の精霊は咆哮を上げてタイヨウくんに向かって蔦を伸ばす。タイヨウくんは慌てて蔦を避けてMDマッチデバイスを構えた。


「コーリング!ドラっ」

「タイヨウくん!待ってくれ!」


 マッチをしようとしたタイヨウくんをシロガネくんが止める。


「精霊とのマッチはマナ使いのマッチと同様になる!精霊のいない君じゃ危ない!」

「で、でもよ。マッチで勝たなきゃバトルフィールドは消えないだろ!」

「レベル2以下の精霊ならマッチせずとも強制送還できる!僕がそいつを送還するから君はーー」

「それは無理だ」


 ヒョウガくんがシロガネくんの肩を叩き、一枚のカードを見せる。


「奴のレベルは3。マッチは不可避だ」

「くそっ!」


 いつの間に情報を抜き取ったのか、レベル3と書かれたカードを見たシロガネくんは、悪態を吐きながら結界を殴った。


 私は今の状況を打開するにはどうすればいいのかと思考を巡らせるが、全く思いつかない。ある1つの方法を除いて。


 それは、タイヨウくんにとって残酷な方法だった。ドライグを待ち続けると決意した彼の心を踏みにじる行為だ。でも、考えている暇はない。もうこれしか方法はないのだと腹を括る。


「タイヨウくん、加護持ちになって」

「そんな事言われても、ドライグがいないのにどうやって」

「ドライグじゃない」


 私は困惑している小さなドラゴンを指差す。


「その精霊の加護を受けて」

「なっ!?」


 レベル3以上の精霊は強制送還する事はできない。でも、バトルフィールドの結界はマッチが終わるまで解くことはできない。なら、タイヨウくんが加護持ちとなってあの精霊と戦うしかないのだ。


「俺はドライグ以外の加護は受けたくない!」

「待つって約束したんでしょ!!」


 彼とドライグを引き離す要因を担った癖にどの口が言うって話だ。本当はこんな事言いたくない。彼の意思を尊重したい。世界を救うために身を犠牲にした彼に言っていい言葉じゃないのも分かっている。でも、それでもタイヨウくんが傷付くぐらいなら恨まれた方がマシだった。


 嫌われ役?上等だね。元々彼等からのヘイトを稼いで離れるつもりだったんだ。何も問題ない!


「ここで死んだら意味ないでしょうが!!」

「!」


 タイヨウくんの目が見開かれる。どうかこの言葉がタイヨウくんの心に届いてくれと願う。


「その精霊はマスターに会う為に君に加護を与えたい。だったら、君もドライグに会う為に利用しろ!!生きてドライグと再会する為に加護持ちになれ!!」


 私は肩で息をしながらタイヨウくんを睨む。タイヨウくんは俯き、ボソリと呟いた。


「会う為に、か……」


 タイヨウくんは顔を上げて小さいドラゴンを見る。


「なぁ、チビっこいの」

「オイラはチビっこいのじゃないんだゾ!」


 小さなドラゴンは、パタパタと背中の羽を鳴らしながら飛んだ。


「オイラの名前はアグリッド!偉大なる太陽の竜アグリッドだ!」


 小さなドラゴンことアグリッドとタイヨウくんは見つめ合う。


「そうか、じゃあアグリッド!」

「なんなんだゾ」

「俺をお前の子分にしてくれ!」


 アグリッドは鼻を鳴らしながらそっぽを向く。


「ふ、ふんだゾ!今更なんなんだゾ……でも、オイラは偉大な竜だからな!仕方ないから子分にしてやるんだゾ!」

「あぁ!ありがとな!」


 タイヨウくんとアグリッドは笑い合う。そして、二人で植物系の精霊と対峙した。


「倒すぞ!アグリッド!」

「子分が命令するんじゃないんだゾ!!」


 二人の様子に、もう大丈夫だと確信を抱いた私はゆっくりと肩の力を抜いた。


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