ph107 カードの製法
無事に歪みを修復させた私達は、今回の成果報告をする為にアイギス本部にある五金総帥の執務室に来ていた。一通り報告を終えた私たちは、私、ヒョウガくん、シロガネくんの順番で横一列に並び、総帥からのお言葉を待っている。
「……ふむ」
五金総帥は、私達の報告内容を咀嚼するかの如く数秒ほど黙り込んでからチラリとヒョウガくんの方を見た。
「して、カードは?」
総帥の言葉に、ヒョウガくんが精霊の情報を抜き取ったカードを取り出して総帥に渡した。総帥はカードを受け取り、目を通す。
「レベル1が5枚、レベル2が2枚か……田中」
「はい」
「規定通り処置しろ。納期は1ヶ月だ」
「かしこまりました」
田中さんはカードを受け取ると、丁寧なお辞儀をして部屋から出て行った。
え、え?田中さん?いつの間にこの部屋に入ったの?もしかして最初からいた?全然分からなかったんですけど!?なんなのあの人!?出て行く時も足音の一つもなかったし、忍者か何かなのか!?五金家の執事ってみんなあんななの!?恐ろしすぎるだろ!!
思わず田中さんが出ていった扉を凝視してしまうが、軽く頭を振って荒ぶる思考を気合いで戻す。
……いや、落ち着け、この世界の住人の身体能力についてツッコんでいたらキリが無い。そんな事より、ヒョウガくんが渡したカードの行方が気になる。歪みを修復する重要性は理解しているが、わざわざ人間界に干渉してきた精霊の調査も確実に行うように言われたのは何故だろうか?命懸けて収集した事もあり、とても気になる。
「ご苦労であった。これで貴公等の任務は完了だ。今後も歪みが発生しだい召集をかけるだろう。此度の任務で疑問等があるならば遠慮せずに質問したまえ」
「はい」
私は即座に手を挙げると、総帥の注意が私に向けられる。
「質問よろしいでしょうか?」
「構わん」
総帥が質問しやすい雰囲気を作ってくれて良かった。これであのカードの行方が聞ける。
「先ほどのカードはどうするのですか?」
まぁ、おおよその検討はついている。恐らく、今後精霊が人間界に干渉してきた時に対策する為だとが、精霊の研究の為に使うとかだろう。しかし、ちゃんと総帥の口から聞いて用途の確認をしておきたい。自分が行なっている仕事の目的を知っているのと知らないのでは作業効率にも関わってくる。この行為が何らかの役に立つのであれば、少しぐらいやる気も出るというものだ。
「次のカードパックに収録するのだ」
「なるほど、次のカードパックに……え?」
なんて?総帥は今なんて言った?カードパックって言ってなかったか?いやいやそんなまさか、そんな事あるわけないでしょう。カードパックに収録なんてそんな……きっと私の聞き間違いに決まってる。
「す、すいません総帥。もう一度伺ってもよろしいですか?」
「次のカードパックに収録する」
聞き間違いじゃなかったああああああ!!一言一句間違ってなかったよ!え?サモンマッチのカードってそういう風に作ってたの!?納期って事は複製して市場に出すのか!?え?そんな、嘘でしょ!?それはギャグで言ってるんだよね!?そうだと言ってくれ!!お願いします!
「もしかして、市場に出回っているモンスターカードは全て同様に作られてるのですか?」
「無論だ」
無論だじゃねぇよ。論じてくれよ頼むから。え?普通カードって、ルール考える人が効果とか考えてイラストレーターさんにイメージイラストを依頼して描いてもらって作られるんじゃないの?こんな迷い込んできた精霊から情報を抜き取って作るのが普通なの?カードアニメ系のカードってこうやって作るのが常識なの?
「……ふむ、何か腑に落ちないような顔をしているな」
「いや、その……市場のカードは協会が作っていると思っていたので……スキルや効果は協会が考えて、イラストは専属のイラストレーターさんが描いていたのかと……」
「は?見たこともない精霊の姿やスキルが分かるわけないでしょ。馬鹿じゃないの?」
そうだけど!それはド正論なんだけど!!そうじゃないんだよ!
確かに、シロガネくんの言う通り精霊界なんてものがある以上、精霊は生き物として存在しているのは分かってる。だから見た事もない精霊の姿や効果が分かるわけないという言い分も分かる!分かるんだけど!何だろう……この、納得いかないモヤモヤ感は!!
「待て、シロガネ」
「……父上?」
「つまり、貴公は人工精霊の有無を知りたいという事だろう?」
違ぇよ。誰もそんな生命の誕生みたいな神秘的な話はしてないんだよ。いや、まぁ……絵然り、カードの効果然り、クリエイターにとって、作品を生み出す事は生命を生み出すようなモノかもしれないけどさ、概念的な感じでね?でもそんなガチもんの生命を生み出す話はしてないんだよ。
「人工精霊を生み出す技術は存在している……が、今は失われた技術だ。現代で人工精霊を作る事は技術的にも倫理的にも難しいだろう」
あ、存在はしてるんですね。って違う!流されるな私!え、じゃあ市場に出てるモンスターカードは全て人間界に干渉してきた事のあるモンスターなのか!?ミカエルとかニーズヘグとかも!?何それ怖い。知らない内にとんでもないモンスターが侵入してきてたのか。それでもネオアースが無事なのはアイギスの皆様が職務を全うしてたからなのね。本当にありがとうございます。
「……丁度いい機会だ。他に質問がなければカードがどのように作られているのか実際に見て来るといい……執刀」
「はい」
田中さんと同じように急に現れるケイ先生。ビクリと肩が揺れてしまったが、頑張って平常心を保つ。
もうツッコまないぞ。当然のようにケイ先生が現れたけど、絶対にツッコまないからな。
「案内してやれ……特に、影薄サチコには五金についてよく理解させておくように。将来必要になるからな。教育も徐々に行いたまえ」
「かしこまりました」
「ちょっと待って下さい」
本当に、これはちょっと待ってくれ。ケイ先生も当然のようにかしこまらないで!何だか聞き捨てならないセリフを吐きやがったぞ総帥。
「将来必要になるって何の話ですか?教育とは?別に私、アイギスに骨を埋める気はありませんよ」
「?当然だろう。私とて貴公をアイギスに縛るつもりはない」
「では何故私にだけ教育を?ヒョウガくんにも必要ないものであるならば、カードの工程だけ見て帰ります」
「そうはいかん。貴公には五金の一翼を担う者としての教養をーー」
「は?一翼を?担う?さっきから何の話をしてるんですか?」
私と五金総帥はお互いに頭にクエスチョンマークを浮かべる。なんか、話がすれ違ってないか?というか、五金総帥がとんでもない勘違いをしているような気がする!ここで訂正しないと本格的にやばい事になると私の本能が告げている!!
「……ふむ、そうか……なるほど」
待って!一人で納得しないで!嫌な予感しかしないから!その納得の仕方嫌な予感しかしないから!!シロガネくんは嫌そうな顔してるのになんで割り込まないんだ!?そしてヒョウガくん、どうした?腹痛か?ってど天然な発言しないで!どこにお腹が痛くて頭を抱える人間がいるんだよ!
「まぁ、知っておいて損はない。執刀、頼むぞ」
「了解しました。……さぁ、みんな!僕の近くに来てね!転移するよー!」
「えっ!?ちょっ!?まっ!!」
まだ話は終わっていないと抵抗をするが、効果はなく、無情にも転移魔法が発動してしまう。
こうなってしまっては総帥の勘違いを訂正するのは難しいだろう。そう諦めた私は、肩を落としながらこの嫌な予感が杞憂に終わる事を祈りつつ素直に飛ばされた。
そうして連れて行かれた場所もとんでもない場所で、さっきとは別の意味で頭が痛くなった。なんか、古代の石板みたいな物を解読していたり、魔法陣を描いていたりと想像の斜めを突き抜けていく光景を見せられていた。
ケイ先生曰く、ここにあるものは全て精霊界の物だそうだ。精霊界の干渉によって人間界に現れた物だったり、アイギスが実際に精霊界に赴いて収集してきたんだそうだ。
意 味 が 分 か ら な い !
正確にいうならば、分からないというよりも理解したくないと言った方が正しいな。
頭痛の種があちこちに散らばっている。雑草のように発芽しまくっている。これを見せられてカードの製造工程ですって言われて納得する奴いるの?考古学の研究施設ですって言われた方がまだ納得できるわ!!魔法に関してはこちらで研究して改良もしているとかもどうでもいいんだよ!そんなファンタジーな事をやるなって普通にカード作れって言ってんだよこっちは!何!?床に描いた魔法陣をカードに閉じ込めるって何なの!?なら最初からカードに直接描けよ!!一回床に描く工程を挟むな!意味分かんねぇよ!!
「ケイ先生!!」
私が心の中でのたうち回っていると、目の前の通路からタイヨウくんが走って来た。どこにもいないなと思っていたら、こんなところにいたのか。目的はケイ先生らしいが、どんな要件なのだろうか?
「やぁ、タイヨウくん。決めたのかい?」
決めた?何の話だろうか。ケイ先生はタイヨウくんに何を言ったんだ?
「やっぱ新しい相棒はいらないや。どんな精霊もドライグの代わりにはならないし、したくない。……それに、待つって約束したしな!なのに、俺に相棒がいたらドライグが悲しむだろ?だからいいんだ。せっかく紹介してくれたのに悪いな!」
「精霊あってのマナ使いだ。加護持ちとマナ使いの違いはマナを操れるかどうかだとは言ったけど、そもそも加護がなければマナを扱う事が難しくなるんだよ。このままじゃあアイギスの任務を任せる事も出来なくなるよ。あんなに任務に行きたいって言っていたじゃないか。本当にいいのかい?」
「難しいって事は、出来ないってわけじゃないんだろ?だったら、精霊がいなくてもマナが使えるように頑張りゃいいだけだ!だから先生、また訓練してくれないか?精霊がいなくてもマナが使えるようにさ!」
「それは……構わないけど……おすすめは出来ない。それでも断るのかい?」
「あぁ!俺の相棒はドライグだけだ!」
「…………」
「先生?」
なるほど、大体の話は見えてきた。
新しい相棒ね……ケイ先生の渋り具合をみるに、どうしてもタイヨウくんを加護持ちにしたいようだ。けど、相棒を強要する訳にはいかないし、説得を試みているようだけど、上手くいかなくて困っているみたいだ。
「……ねぇ、シロガネくん」
「…………なんだい?」
「精霊の加護ってあった方がいいんですか?」
「そうだね。加護があるのとないのでは全然違う。タイヨウくんが加護持ちにならなければ、父上は任務の参加を絶対に認めないだろうね」
シロガネくんもこう言うって事は、今後の事を考えるならばタイヨウくんは精霊を持つべきだろう。でも、ドライグがいないのは私にも非があるんだ。私から新しい精霊を持った方がいいなんて言えるほど図太くなれない。……シロガネくんならタイヨウくんの事をよく知っているし、何とかならないだろうか。
「……ドライグは、自分以外にタイヨウくんの相棒がいたら嫌がりますかね?」
「さぁね。僕はドライグじゃないから何とも言えないな」
「じゃあもしも、もしもの話なんですけど……タイヨウくんに、君以外の親友ができたらどうします?」
「嫉妬で呪い殺す」
「おーけー聞く相手を間違えた。ヒョウガくん」
しまった。五金兄弟特有の激重感情を考慮してなかった。これは私の人選ミスだ。僕以外の親友なんていらないと曰うシロガネくんの意見は聞かなかった事にし、ヒョウガくんの方を向く。すると、ヒョウガくんは愚問だなと呟きながら私を見た。
「アイツ自身が決めることだ。俺達が口を出すべきではない」
「そう、だけどさ……」
ヒョウガくんが言うことは最もだ。けれど、タイヨウくんに精霊がいないままというのも不安しかない。彼は目の前で助けを求める人がいたら、敵味方関係なく手を差し伸べてしまう程のお人好しだ。危険にも防衛手段を持ち得なくとも平気で飛び込むのは目に見えている。
やはり心配だなと私がタイヨウくんを気にしていると、ヒョウガくんは私に聞こえるようなワザとらしい咳をした。
「……俺の個人的な意見を述べるとするならば、タイヨウにとって、頼れる友が多いのならそれに越した事はない。アイツは一人で何でも背負い込む悪癖があるからな。むしろ安心するだろう……ドライグもそう思うのではないか?」
「ヒョウガくん……」
私はヒョウガくんの回答に目を輝かせる。
そう!そうだよね!普通はそう思うよね!!あんな同担拒否野郎じゃなく最初からヒョウガくんに聞いておけば良かった!やはり持つべきモノは話の通じる友人である。
「やっぱり、タイヨウくんに精霊がいないのって心配だよね。何とかならないかな」
「アイツの頑固さは筋金入りだ。一筋縄ではいかんだろう」
「……だよね」
私とヒョウガくんでどうしようかと頭を悩ませる。シロガネくんはちゃっかりタイヨウくんの側に寄り添っているのでいないモノとして扱う。
「執刀さん!大変です!!」
「どうした?」
タイヨウくんが走ってきた通路とは逆方向にある扉から、アイギスらしき男性が飛び出してきた。
「新たな歪みの反応がありました!」
「何だって!?状況は?精霊による被害は?」
「はい!場所はここから東に約8キロの地点にある森林公園です!アイギスの隊員を派遣し、市民の避難誘導を優先的に行なっております!今の所被害はありません!」
「了解。精霊の情報はあるのか?」
「はい!レベルは不明ですが、大地属性を持つドラゴンだと言う情報がーー」
「大地属性のドラゴン!?」
男性と、ケイ先生の会話に割り込むようにタイヨウくんが大声を上げる。
ケイ先生は不味いと言わんばかりにタイヨウくんの方へと手を伸ばすが、タイヨウくんはその手をすり抜けて駆け抜けていく。
「3人とも!」
「分かってる」
「了解!」
「ふん」
ケイ先生の呼び掛けに、瞬時にその意図を察した私達はタイヨウくんの背中を追いかけるべく走り出した。
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