第1章 アイギス編

ph106 始まる二学期

 ハロー、ハロー。どこかで転生して大変な目に遭っている皆様方。私も同じ転生者の一人として、カードゲーム至上主義なんて訳の分からない世界に翻弄されつつも、サタンといういかにもな魔王を封印し、数々の偉業をこなしているだろう尊敬すべき転生した先輩方のように、世界平和という偉業に貢献した一人となりました。ここまで頑張れば暫くは濃ゆすぎる愉快な仲間達と、騒がしくとも平穏な日々を過ごせるだろうとスキップでもしたくなる気分で日常を謳歌しておりました。


 危険とは無縁な生活に、まるで休みなしで働かさせられ、久しぶりに大型連休でも取得できたように清々しい気分だ。素晴らしい!なんて素晴らしいんだ平穏!刺激的な非日常なんていらないんだよ!人間平凡が一番だ!このままほのぼの日常系のジャンルにでも軌道修正してくれたらどんなに良いものか!と思っておりました。


 しかし!その平穏は!見事に!ぶち壊されましたぁ!!マジでふざけんなよコノやろう!!


 え?なんなのこれ?もうちょっと猶予とかそんなんないの?異世界ってこんな忙しなく事件が起こるものなの?二学期が始まって早々コレなんて聞いてない!!


 私は複数の精霊に追われながらも、必死に足を動かして洞窟内を走る。


 隣で並走しているヒョウガくんは、これぐらいの疾走は平気なのか息ひとつ乱れていない。


 羨ましいなその体力!私にも分けろや!お願いします!


「影薄!伏せろ!」

「うわっ!!」


 全力で走っていた私は、ヒョウガくんに言われて地面にダイブするように伏せた。頭上で突風が吹き、間一髪で精霊の攻撃を躱した事を悟り、肝が冷える。


 直ぐ様体を起こして後ろを振り返ると、ヒョウガくんが精霊と対峙するように立っていた。私はヒョウガくんをサポートする為、急いで影法師をレベルアップさせる。


「か、影法師!影縫いの術!」

「御意!」

「ニーズヘグ!やれ!」

「フン、他愛もない」


 破戒僧影法師が精霊の動きを止め、その隙にニーズヘグが自身の尾で一掃した。


 全ての精霊が倒れ、一息ついていると待機していたシロガネくんから怒られる。

 

「いつまでそうしてるつもりだ!早く退いてくれないかい?送還できないだろう!全く、どこまで鈍臭いんだ」

「……はいはい、すみませんね……って、魔法陣を発動させないでくださいよ!私まで精霊界に送る気ですか!?」

「トロい君が悪い」

「ちょっ!まっ!!」

「影薄!」


 あらかじめ描いていた魔法陣が発動する。あらゆるモノを精霊界に強制的に送るための魔法陣だ。私達が精霊を引き連れて走っていたのは、この魔方陣まで誘導する為である。


 魔方陣が輝きを放ち、これは不味い、一緒に精霊界に送られては溜まったものではないと慌てていると、ヒョウガくんに引っ張られ事なきを得る。私は怨みのこもった目でシロガネくんを睨むが、どこ吹く風と流された。


「そんな事より、歪みは見つかったのかい?それしか取り柄がないんだから早く見つけて閉じてくれないかい?それしか取り柄がないんだから」

「同じ事を2回も言わないでくれませんかね!!」


 シロガネくんに言われ、私は自分が見つけた歪みの場所へと向かう。ついでにシロガネくんの言動に対し、心底怒ってますと主張するように盛大に足音を立てた。ヒョウガくんは、呆れたようにため息を吐きながら私の隣を歩く。


「……お前ら、少しも変わっていないのだな」

「シロガネくんに言ってくれませんか!?私悪くないので!」


 私はシロガネくんから嫌われている事を自覚している。だからなるべく関わらないようにと避けているのに、アチラから突っかかってくるのだ。彼からの嫌味はなるべく流すようにしているのだが、こんな危機的状況でも流せるほど私の心は広くできていない。


 ヒョウガくんは再度呆れたようなため息を吐くと、諦めたのか話題を逸らすようにカードを取り出した。


「精霊の情報は全て抜き取った。後はお前が歪みを修復すれば任務完了だ……だから、その……まぁ、気にするな」


 口下手な彼なりの慰めの言葉と態度に、なんだか申し訳なくなって鎮まる怒り。私はヒョウガくんに気を使わせてごめんと謝りながら、歪みの場所へと向かった。



 そうして辿り着いた歪みの場所。その歪みに触れながら、どうしてこうなってしまったのかと今朝の出来事を振り返った。



 事の発端は数時間前。二学期も始まり、平穏な日々を過ごしていた私の前にヒョウガくんが現れたのだ。転校生として。


 いつもの様に朝のホームルームが始まり、先生の話を聞いていると急に転校生が来るといった話になったのだ。騒つく教室。可愛い女の子がいいとか、カッコいい男の子がいい。マッチが強い奴がいいと、各々がどんな子が来るのかと期待に満ちていた。


「じゃあ、入ってくれるかい?」


 先生の言葉に、騒がしかった教室が静まり、全員が教室の扉に視線を向けた。そして、ガラっと扉の開く音と同時に現れた見知った顔に驚く。


「きゃー!」

「え?ちょっと、かっこよくない?」

「ちぇっ、男かよぉ」


 瞬時に盛り上がる教室。一番に反応しそうなタイヨウくんも驚きで声が出ない様だった。


「自己紹介してもらってもいいかな?」

「氷川ヒョウガ」

「……あの、もうちょっと何かないかな?好きなものとか嫌いなものとか……何かそういう」

「特にない」

「……で、でも!興味があるものとかあるでしょ!?なんでもいいから!ね!?」

「……興味、か……強いて言うなら、マッチが弱い奴に興味はない」

「あ、そうなんだ……」


 頑張れ先生!気持ちは分かるけど!気持ちはめちゃくちゃ分かるけど!諦めないで!!


 しかし、私の心の応援虚しく、ヒョウガくんの厨二病溢れるキャラについていけない先生は、諦めるように肩を下ろした。


「じゃ、じゃあ君の席はーー」

「ヒョウガ!」


 やっと正気に戻ったのか、タイヨウくんは先生の言葉を渡るように大声を上げた。


「ど、なん……えっ!?なんでヒョウガが!?」

「……色々あってな」

「そっか……でも良かった!元気そうで安心したぜ!」

「お前もな。詳しい事は後で話そう」

「おう!」

「……えっと、君たち知り合い?」


 先生が戸惑うようにヒョウガくんとタイヨウくんを見る。しかし、二人は先生を無視して話している。二人に悪気はない。完全に素だろう。……いや、マジで頑張れ先生。


「あー、その……お話中申し訳ないけど、君の席は影薄さんの隣なんだ。えっと、影薄さん手を上げてーー」

「必要ない」


 ヒョウガくんは先生の言葉を最後まで聞かず、真っ直ぐ私の所まで歩いて来た。


「久しぶりだな、影薄……会いたかった」

「えっ?あ……はぁ、どうも」


 おいいいいいい!先生この野郎!なんでよりにもよって私の隣なんだよふざけてんのか!?


 教室も知り合いなの?という雰囲気で静かにざわついる。タイヨウくんと私の知り合いという事で、そういえばチームタイヨウのメンバーじゃね?SSCの!と勘づいた生徒もいるようだ。


「これから宜しく頼む」

「あ、はい。こちらこそ」


 ヒョウガくんの発言、微笑みの所為で望んでもいないのに教室中の注目を独り占めしてしまう。気分は客寄せパンダだ。


 やめて!そんな好奇心溢れる目で見ないで!……特にヨモギちゃん!君だよ君ぃ!脳内恋愛お花畑劇場が繰り広げられてる顔すんな!マジで勘弁して!ヨダレ垂らしながら愛のトライアングル最高とか呟くのやめて!!トライアングルのもう一人は絶対に聞かないからな!!想像もついてなんかないからね!!


 視界の隅で厄介な生徒が転校してきてしまったと言わんばかりに落ち込んでいる先生を見ながら、先生の今の気持ち、すごく分かりますと勝手に共感していた。




















 今は昼休みの時間。私、タイヨウくん、ヒョウガくんの3人で屋上に集まり、顔を突き合わせるように向かい合って座っていた。ハナビちゃんは気を使ったのか、一緒にご飯を食べないかと誘っても断られた。先輩は今日は用事があるから学園に来れないと、朝直接言われたので邪魔される心配もないだろう。


「それで、どうしてヒョウガくんがスピリット学園に?」

「詳しく話せば長くなるが……」


 ヒョウガくんは言葉を選んでいるのか、チラリとご飯を頬張っているタイヨウくんを見る。


「……簡潔に説明するならば、アイギスに協力する事になった」

「ばふぁって!?」

「タイヨウくん、汚い」


 タイヨウくんが口に食べ物が入った状態で叫んだため、その飛沫が私のお弁当にかからないよう避難させる。


「サタンが世界に及ぼした爪痕は、想定よりも酷いようだ」


 サタンという言葉に、タイヨウくんは口を閉じて食べ物を飲み込む。


「それは、どういう?封印が上手くいってないという事?」

「そういう訳ではない。サタンが一度実体化してしまった事が問題らしい」


 だから心配するなとい言われ、少しだけ安堵する。


「元々、野生の精霊が人間界に干渉することは多々あったそうだ。今まではアイギスが秘密裏に処置していたのだが……サタンが実体化した事により、以前よりも境界が曖昧になり、空間の歪みが出現するようになったのだ」

「歪みって?」


 タイヨウくんは首を傾げながらヒョウガくんを見る。


「人間界と精霊界の境界に生じた亀裂と言えば分かるか?それを閉じなければ無尽蔵に精霊が人間界に侵入してしまうのだ」

「それってダメなのか?」

「精霊が人間界に与える影響は大きい……サタンが最もな例だな。人間に友好的ではない精霊は勿論、強力な精霊は存在そのものが悪影響となる……意思を持って人と契約、加護を与えている精霊ならば問題ないが、歪みから来る精霊はそうではないから危険なのだ……しかし、アイギスの力では精霊を強制送還できても歪みを閉じるのは難しい。だから俺と父さんは今、アイギスと共に歪みを閉じるための研究と、侵入してきた精霊の対応に協力しているんだ……俺がこうして外を歩けるのもその見返りだな」


 なるほど、司法取引か。特定犯罪の捜査等に協力する事によって罪を軽くしてもらったのね。


「俺がスピリット学園に就学できたのも、五金総帥の厚意によるものだ。……犯罪者といえども義務教育は受けるべきであるとな。今後の功績によっては不起訴処分も検討するそうだ」


 功績によっては、ね……ヒョウガくんはそう言っているが、五金総帥は始めからそのつもりだろう。でなければ将来を考えてワザワザ学園に通わせないだろうし、監視もなく自由に歩かせる訳がない。氷川ヒョウケツの方は分からないが、ヒョウガくんに対して責任を取らせるつもりはないのだろう。ただ、やはり建前は必要で捜査に協力させていると言ったところか。


「そうなんだね。色々と大変そうだけど、ヒョウガくんが元気そうで良かったよ」

「あぁ、俺もこうしてお前達と共に過ごせる事を嬉しく思う」


 なんか、ヒョウガくん丸くなったなぁ……憑き物が落ちたと言うか、あんなに刺々しい態度だったのに物凄く態度が軟化したと言うか……つまるところ私達に対するデレが全開である。


「……よく分かんねぇけど、その歪みってやつが危ないんだよな?閉じるのが難しいって言ってたけどそれって大丈夫なのか?」

「なんとかな。簡単ではないが、歪みを閉じる方法を確立した」

「そっか!ならいいんだけどよ……もしも俺に出来る事があったら何でも言ってくれ!力になるぜ!」


 タイヨウくんがドンっと自身の胸を叩きながら笑う。ヒョウガくんはありがとうと、そう言ってもらえると切り出しやすいと応えた。


 ん?切り出しやすい?


「歪みを閉じる方法を確立したが、誰にでも出来る訳ではない。緻密なマナコントロールが必要となるうえ、レベルアップモンスターも出現するようになった。天眼家にも頼んで協力を得ているが……正直なところ、人手不足は否めない」


 いや、ちょっと待って。緻密なマナコントロール、レベルアップ、人手不足。もう嫌な予感三拍子が揃っているんですけど!?


「それで、お前達に頼みたい。アイギスとして、俺と一緒に戦ってくれないか?お前達がいるなら心強い。無論、五金総帥からの許可も得ている」


 ヒョウガくんの真剣な表情。人を頼ろうとしなかったヒョウガくんの必死の頼み。正直、めちゃくちゃ断り辛い!!


 いや、まぁ苦楽を共にした仲間だし、なるべくなら聞き入れたいのだが……その内容!!相談の内容が危険の香りしかしない!これ絶対ハプニング起こるだろ!というか起こる未来しかないだろ!常識的に考えて!なんだよ歪みって!精霊と戦うって何!?次のストーリーへの布石が準備運動を始めてんじゃん!もう大きく胸を開いて深呼吸してるとこまで進んでるじゃん!!これに関わったら最後、また世界の命運を賭けた戦いに巻き込まれるフラグがビンビンじゃないか!!


 断りたい!物凄く断りたいが、サタンの所為ってところに胸にシコリの様な物が出来て苦しい。だって、封印解いたの私じゃん。じゃあ、半分は私の所為って事だろ?うおおおお!何だこの胸の苦しさは!!一体何なんだ!?そうです!答えは罪悪感です!ど畜生が!

 

 でもやっぱり、もう二度とあんな怖い思いはしたくない。痛い思いも嫌だ。だったら心苦しくとも断った方が良いだろう。……それに、冷静に考えたらちゃんと封印したし、もう私に非はないのでは?復活させたのも不可抗力だし、十分責任は果たしたのでは?これ以上首を突っ込んで戻れなくなるよりも、早い段階で関わりを絶った方が良いだろう。


「あー、その……私は……」

「勿論だ!任せろ!」


 ちょっ、タイヨウ主人公おおおおおおお!!何快諾してんだ!より断りづらくなったでしょうが!!


 ……いや、待て、落ち着け。状況を見極めろ。私の立ち位置を考えるんだ。見た目だけならクール系のキャラなんだ。なら、ここは冷静に私は断るわ。みたいな発言はアリじゃないか?なんか、ホビアニでそういうキャラいたもん。そう言ってフェードアウトするキャラ絶対いたもん。というわけで、勇気を出して断ろう。流されるのは私の悪いところだ。


「ありがとう。そう言ってもらえて助かる」


 おいいいい!何私まで承諾した雰囲気に持っていってんだ!言ってないよ?私はいいなんて一言も言ってないぞ!!


「困った時はお互い様だろ!な?サチコ!」


 私に振るなあああ!ここで協力しませんよ?なんて空気を読まない発言をしてみろ。薄情ってレベルじゃすまないぞ。何より、タイヨウくんには私の力が及ばなかった所為でドライグを犠牲にさせてしまったという負目がある。彼にはそんなつもりはなくとも、圧が!期待するような熱視線の圧が凄い!


 でも、ここで負けたらダメだ!非情になれ!関係ないと、勝手にやってろと突き放すんだ私!同情で命を切り売りしてたら命がいくつあっても足りないぞ!


 そう決意して私の口から絞り出した言葉はーー

 

「そう、だね……」


 うん。無理だった。









 そんなこんなで冒頭に至る訳である。


 因みに、タイヨウくんがこの場にいないのは精霊がいないからだ。五金総帥はアイギスの加入は許したが、安全面を考慮して精霊がないタイヨウくんは参加させる訳にはいかないと、加護持ちになるまでは任務に参加させないと言った。


 だったらアイギスの件も許可を出すなよ!とも思ったが、こんな事件が起こり、正義感の塊のようなタイヨウくんなら遅かれ早かれ自分から首を突っ込むだろう。精霊狩りワイルドハントが良い例だ。それならば最初から手元に置いていた方が遥かに安全だし、レベルアップという貴重な力を持った人材も手入れるのであれば一石二鳥というもの。加入させない理由がない。


「終わったかい?」


 精霊を強制送還させたのだろうシロガネくんが、ゆっくりと歩きながら近づいてくる。


「はい。問題ありません。歪みは完全に閉じました」

「……本当だ。ムカつくぐらいに綺麗に修復されてるね」


 シロガネくんは私が作業していた付近を確認するようにジロジロと見ている。その雰囲気はさながら、嫁いびりをする姑のようだった。あら、サチコさん?ここに埃がありますわよ?と言い出しても違和感がない。


「やはり影薄に頼んでよかった。これからもよろしく頼む」

「ははは」


 ヒョウガくんがお礼を言うのも、シロガネくんが悔しそうに嫌味を言うのも、歪みを完全に修復できる人材が私を合わせて3人しかいないからだ。それは私、エンラくん、天眼家の御当主様の3人である。シロガネくんも修復が出来ない事はないが、不完全でまた開く可能性がある。あくまでも応急処置しかできないようだ。


 緻密なマナコントロールが必要という時点で嫌な予感はしていたが、まさか修復出来る人材がここまで少ないとは……予想外にも程がある!あの時断っていても結局は巻き込まれる可能性が大ではないか!


 唯一の救いは働きに応じたお給料がきちんと支払われる事である。タダ働きじゃなくなるのは良いが、これから自分はどうなるのだろうか?


 これからの波乱万丈になるだろう自身の未来に想いを馳せ、諦めるようにアイギス本部の方へと足を向けた。


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