ph105 花火の夜に

 先輩に抱えられたまま蜘蛛の糸を使って空間の歪みから人間界の方へ顔を出すと、チームエンマチョウのメンバーとケイ先生が出迎えてくれた。


 アボウくんとセツラくんがいたから、てっきり贄の祭壇に戻ると思っていたが、あの歪みはSSSCの本選が行われる予定であった会場と繋がっていたようだった。


「二人とも何故精霊界に!?もしかして祭壇が……いや、それよりも傷の手当てが先だね」


 ケイ先生は目視で状態を確認しているのか、さっと私とクロガネ先輩を流れるように見ると顎に指を当てながら口を開いた。


「クロガネくんはともかく、サチコちゃんは直ぐに病院に行った方が良さそうだね……ヘリの中で応急処置をしながら搬送しようか」


 まじで?私今そんなにヤバい状況なの?

 

 ケイ先生がアイギスらしき男性に目配せをすると、男性はコクリと頷いて私達の方へ来た。


「クロガネ様、影薄さんは我々が責任もってーー」

「必要ねぇ。俺が運ぶ」

「いや、しかしクロガネ様も手当をーー」

「いらねぇ。サチコに触んな」

「あ゛ー!!どうでもいいじゃんそんなの!そんな事より!!頼むから早くそこから動くじゃん!!」


 アボウくんの言う通り、今までのやり取りは空間の歪みの隙間で行っていた。この歪みを支えるのは相当体に負担がかかるようで、アボウくんは大量の汗を流しながら体を震わせており、セツラくんも同様である。


 あ、ごめん。直ぐに退きます。


 私は先輩の服をくいっと引っ張る。すると、先輩はゆっくりと空間の歪みから出た。何でだよ。抱えられてる私が言えた立場じゃないが、速く出てやれよ。二人が可哀想だろ。


「サチコ、体は痛くねぇか?辛かったら寝ていいんだぞ?」


 あれ?もしかして、ゆっくり移動してるのは私を気遣ってだったのか?それは責めずらいな。


 背後で二人がゼーハーと荒い呼吸をしながら倒れている。2人に向かって心の中でもう一度謝罪し、ヘリの中に入った。ケイ先生も一緒に乗り込み、クロガネ先輩に私を簡易ベットに下すように指示し、椅子に座った。先輩にも私の近くの椅子を薦めている。


「あの」

「なんだい?」

「他の人たちは……タイヨウくん達は?」

「大丈夫だよ。彼らも今頃、病院で治療を受けて休んでいる筈さ。君が最後だよ」

「そう、ですか……」


 私は簡易ベットに全身を沈めた。


 良かった。みんなちゃんと無事だった。


「捕まってた人たちもちゃんと保護したから、君が心配する事は何もないよ。だから、今はゆっくりお休み」


 ケイ先生の優しい声が聞こえる。もう本当に大丈夫なんだと再認識し、その安堵感から襲いくる睡魔に導かれるように意識を手放した。























 精霊狩りワイルドハントが起こした事件から一週間が経った。


 色々と無茶をし過ぎた体も完全に回復し、今日退院できそうである。


 ……入院中忙しなかったなぁ……主にタイヨウくん周辺が。


 私より一日早く退院したみんなの事を思い出す。


 ハナビちゃんやセキオくん達がお見舞いに来た時に騒ぎ過ぎて看護師さんに怒られたり、シロガネくんとヒョウガくんが言い争いになって看護師さんに怒られたり、元気になったタイヨウくんがマッチしようぜ!って騒いで看護師さんに怒られたり……あれ?看護師さんに怒られてばっかじゃね?


 まぁ、私は別室だったから被害はなかったけどね!男女別万歳!隣の病室うるせぇくらいしか……あー、まぁ、ちょっと被害は被ったけど、そんなに酷くないから被ってないということで。


 後は先輩のお見舞いがうるさかったのと、お母さんは良いんだけど、お父さんがお見舞いに来た時かなりウザかったぐらいか。


 お父さんは僕の天使がぁ!仕事行きたくない!サチコちゃんといるぅ!って引っ付いてきて本当にウザかった。お母さんがいい加減にしなさいと笑顔で引きずって帰ってくれたから良かったけど、あの時のお母さん、ちょっと怖かったな。先輩は……うん、言わずもがな。


 というか、あの人なんであんなにピンピンしてんだよ。確かエンちゃんとも戦ったりしてたんだろ?なのにかすり傷ぐらいしかないってどういう事だよ。毎日のようにお見舞いに来て甲斐甲斐しく世話して帰って行ったけど、アイギスの後処理とか大丈夫なのだろうか?……今思うとお父さんとエンカウントしていないのが奇跡すぎる。出会ってたら面倒な事にしかならないからいいんだけど、当然のように見舞う側にいるのが解せない。いや、怪我してないのは良いことだよ?良いことだけれども!なんだろう……この、釈然としない気持ちは。とりあえず、なんか納得いかない。


「サチコ」

「あ、お母さん」

「退院の手続き、終わったわよ」

「うん。ありがとう」

「わーい!ままだままだー!おれパンケーキ食べたい!」

「ふふふ。じゃあ、影法師ちゃんにはチョコレートたっぷりのパンケーキ焼いてあげるわね」

「本当!?ままだーいすき!」

「あらあら」


 影法師がお母さんにピタッとくっつく。パンケーキパンケーキとご機嫌なようだ。誰に似たのか現金な奴である。


 でも、SSSCでは頑張ってくれたし、暫くは影法師をたっぷり甘やかしてやろう。


「さぁ、帰りましょう」

「……うん」


 私は差し出されたお母さんの手を取って歩く。渇望していた我が家にやっと帰れるのだ。


「お母さん」

「なぁに」

「……ちゃんと、帰ってきたよ」

「……そうね」


 お母さんは何も聞かなかった。娘がこんなに怪我してたら気になるだろうに、私の事を尊重して聞かないでいてくれる。……本当に、無事に帰れて良かった。大切な人達を守れて本当に良かったと心から思った。



















「花火大会?」

『うん。タイヨウくんも来るんだけど、良かったらサチコちゃんも来ない?』

「うーん」


 退院した翌日、ハナビちゃんから電話がかかってきた。内容は今夜、ネオ東京都内で行われる花火大会を見に行かないかというお誘いの電話だった。


『あ!無理しなくても大丈夫だよ!急なお誘いだし、サチコちゃん病み上がりだし……その、都合が悪いなら断っても』

「そういうわけじゃないんだけど……」


 せっかくの夏休みなのに、夏らしい事を全くしてなかったからハナビちゃんの花火大会のお誘いは嬉しい。嬉しいのだけれども。


「それ、デートでしょ?お誘いは嬉しいけどお邪魔じゃない?」

『な、何言ってるの!!まだ他の人を誘ってないだけでみんなにも声かけるつもりだし別にデートとかそんなんじゃなくてそのまだタイヨウくんしか誘ってないから他の人の名前を言ってないだけで二人きりになるわけじゃないしアゲハちゃんもヨモギちゃんもセキオくんも誘うつもりだしタイヨウくんも友達呼ぶって言ってたから本当にそんなんじゃなくて』

「うん。分かった。分かったから落ち着いて」

『はっ!』


 私の言葉に正気に戻ったハナビちゃんは、恥ずかしそうに黙り込む。


 なるほどね。そういう感じね。


 タイヨウくんも友達を呼ぶという事は、十中八九シロガネくんも来るだろう。ヒョウガくんは……無理だろうな。退院する時、アイギスの人達に連れられて行ったから。 


 それもそうだろう。一時とはいえ、犯罪組織に加担していた過去は変えられない。精霊狩りワイルドハントの検挙に貢献したとはいえ、何かしらの処罰は免れないだろう。タイヨウくんが必死に止めようとしてたけど、聞き入れて貰えなかった。でも、総帥は悪いようにしないと言っていたし、きっと大丈夫だろう。流石に花火大会には来れないだろうけどね。


 ただ、そうなるとシロガネくんの対応が面倒だな。一応、入院中にSSC大会の時のお礼を言ったのだが、私の予想通り嫌そうな顔をしながら何を今更、気味が悪いとバッサリと切られた。


 知ってたけどね!アイツ本当に私の事嫌いだな!サタン決戦前の時の反応でちょっとは関係改善したのかな?って思ってたけど全然だったわ!お変わりないようで何よりだよ!!


 シロガネくんからの態度が変わってないという事は、花火大会中に嫌味を言い続けられる可能性が高い。タイヨウくんに丸投げするなら問題ないかもしれないけど、せっかくの花火大会だ。タイヨウくんとハナビちゃんを二人きりにさせたい。


 アゲハちゃん達も私の考えに賛同してくれる筈だ。いい加減、あのじれったい雰囲気に耐えられないんだよね。私の心情の為にもはよくっついてくれ。


 ……セキオくんに頼むか……タイヨウくん経由で知り合いみたいだし、私はアゲハちゃんかヨモギちゃんにくっついとけばOKだな。


『サチコちゃん、聞いてる?』

「あ、ごめん。聞いてなかった」

『もう!せっかくだから五金先輩も誘ったらってーー』

「誘いません」

『え?でも』

「誘いません」

『……そう?』


 嫌だよ。最近の先輩の距離感のバグり具合が半端ないんだよ。入院中も隙あらば抱えようとしてくるし、甘い言葉かましてくるし、SSSC前より酷くなってて絶対に勘違いされる。私も遂に恋情に変わったのかと戦々恐々としたのだが……先輩、真顔なんだよなぁ。満面の笑みで接してくる事も多いけど赤面しないし、恋による恥じらいっぽいのが見えないんだよね。


 これがヒョウガくんとかだったら私に惚れてんのか、離れようってなるけど、先輩は本気で分かんないんだよ!どっちだ!?どっちなんだ!?あの人常時激重感情だがら判別がつかないんだよ!!とりあえず恋情なら傷つけないようにフェードアウト……無理そうだな……じゃあ友情にシフトするように試行錯誤すんのに!!畜生!こういう時に先輩のお相手っぽい新キャラ出てこいよ!サチコ、俺の婚約者だ!みたいに紹介してくれりゃあこの不安から解放されるのに!!財閥の坊ちゃんなら婚約者候補の一人や二人ぐらいいるだろ!?シロガネくんのお相手っぽいお嬢様は出て来てたじゃん!アスカちゃんみたいに可愛い子がクロガネ先輩にも……いや、タイヨウくんに秒で陥落させられてたな。やっぱなしで、タイヨウハーレムが増える未来しか見えない。


 あーでもないこーでもないと脳内で話が脱線しつつも、ハナビちゃんに花火大会に参加する事を伝える。すると、ハナビちゃんは了承して詳しい日時等はメンバーが決まり次第SAINEでグループを作って連絡するいい通話が切れた。





















「サチコちゃん!」

「や、みんな」


 ハナビちゃんは淡い桃色の、可愛らしい浴衣を着ていた。頭にはピンクの向日葵の髪飾りをつけており、なるほど?と、顔がニヤケそうになるのを堪える。ヨモギちゃんは黄緑に紫陽花柄の浴衣を、アゲハちゃんは橙色に蝶が描かれた浴衣を着ていてみんな愛らしかった。


「サチコちゃん綺麗!」

「大人っぽいです!」

「ありがとう。3人とも可愛くてとっても素敵だよ」


 女子特有の褒め合い合戦をしつつ、タイヨウくんの腹減ったという言葉を合図に花火大会の会場まで向かった。


 道中、シロガネくんはタイヨウくんにベッタリで平和であったが、そこはハナビちゃんに譲れよとセキオくんをけしかけたら睨まれた。


 いやコレ私悪くないだろ。せっかくハナビちゃんがお洒落してるのにそこは空気読めよお前。


 私はシロガネくんの睨みをスルーしつつ、アゲハちゃん達と会話をし続け、最後に花火を見て平和に終わると思っていたのだが、事件が起きた。



「タイヨウくんがはぐれた!?」

『う、うん……そうなの……電話にも出ないし、心配で……』


 事の発端はこうだ。花火が打ち上がるまで時間があるし、その前に出店で食べ物を買ってしまおうという話になり、人は多いし全員で行動したら効率が悪いとの事で別行動をしたのだ。


 それで私は場所取りのために居残りで、セキオくんアゲハちゃんは甘い物担当、ヨモギちゃんとシロガネくんは飲み物担当、タイヨウくんとハナビちゃんが惣菜系担当をしていたのだが、アゲハちゃん達とヨモギちゃん達は帰って来たのにハナビちゃん達は帰ってこなかった。花火はもうすぐ始まるし、どうしたのだろう、連絡した方がいいのかなと話していたら、ハナビちゃんから一緒に歩いていたらタイヨウくんが急にどこかへ走って行ったと連絡がきたのだ。


 急に走り出す?タイヨウくんが?この状況で?


 タイヨウくんの突拍子のない行動はよくある事だが、それにしては不自然すぎる。もしかしたらマナ使い関連かもしれないとシロガネくんに視線で合図を送り、同時に頷いた。


「取り敢えず、荷物があるなら一旦置きに戻っておいで。それから私とシロガネくんで探すから心配しなくてもーー」

『タイヨウくん、ドライグって言ってたの……』

「!」

『もしかしたら、ドライグを見たのかもしれない……』


 いや、それはあり得ない。何故ならドライグは私が封印したのだから。


『私……やっぱりほっとけない!サチコちゃんごめんね!』

「ちょっ!?ハナビちゃん!?ハナビちゃ……切れちゃった」

「ちっ!使えないな」

「おい」


 シロガネくんの悪態にツッコミしつつも、ないとは思うが、ドライグが封印から解き放たれたのであれば、サタンの封印も解かれた事になる。そうなったら不味いとアゲハちゃん達への説明はシロガネくんにお願いし、一足先に走り出した。











「マスター!見つけたよ!」

「でかした影法師!はい、りんごあめ」

「やったー!」


 影法師がりんごあめを頬張るのを横目で見ながら、影法師に言われた場所へと走る。


 影法師の言われた場所は会場から少し離れた小さな神社のようだった。なんでそんな場所に?と疑問を抱くが考えていても仕方がない。マナ使いの事件に巻き込まれているならば、精霊がいないタイヨウくんでは危ない。積極的に関わりたくはないが、そうも言っていられないだろう。シロガネくんにも位置情報を送ったし、少しぐらいなら私でも時間は稼げる。


 影鬼を実体化させ、その跳躍力を持ってして神社の階段を駆け上がる。


 タイヨウくんは何処だと周囲を見渡すと、祠の近くの茂みに目立つ赤い髪が見えた。


「たいっ」

「もう分かんねぇんだ!!」

「!?」


 え?ちょっ、なに!?


 私は珍しいタイヨウくんの大声に思わず身を隠す。こっそりと様子を伺うと、なにやらハナビちゃんと向かい合って険悪な雰囲気を漂わせていた。


 はっ!?ちょっ、待って!何事!?私ここにいていいの!?あれ?いちゃ不味い!?


「俺、ずっと間違えないようにって……諦めなければなんとかなるって……そう、思ってた……でも、ドライグが、ドライグを!!……俺、どうする事もできなかった!」

「タイヨウくん……」

「頑張って、頑張って努力したけど全然ダメで……強くなったって勘違いしてた……もっともっと頑張んなきゃいけなかったのに!俺がもっと強かったらドライグは犠牲にならなかったのに!!」

「それは違うよ!!そんな事ない!タイヨウくんは十分ーー」

「ドライグを救えなきゃなんも意味ねぇよ!!」


 私場違いいいいいい!!どうしよう。これ、主人公とヒロインの重要なシーンだよ。帰るタイミング完全に失っちゃったよ。もう私は息を潜めて存在感を消すことしかできないよ。


 とりあえず、みんな心配してたからタイヨウくん発見。ハナビちゃんもいる。問題なしって送っとくか。アゲハちゃん辺りに送っておけば大丈夫でしょう。


「だから、せめて笑わないと……ドライグが言ったんだ……泣くなって……俺の笑顔は気に入ってるって……」


 あぁ、やっぱり……そうだよね。


 私は入院中、タイヨウくんが妙に元気だった事に少しだけ違和感は感じていたんだ。


 ドライグがいなくなって、普通なら落ち込むだろうにタイヨウくんは全然そんな素振りを見せなかった。ずっと笑って、マッチしようぜって普段よりも楽しそうにしていた事に、ほんの少しだけ違和感を抱いていた。でも、タイヨウくん強メンタルだし、彼なりに折り合いをつけたのだろうと、さすが主人公は凄いなって思っていた。


「そんなわけ、ないのにね……」


 でも違った。あれはただの空元気だったんだ。みんなに心配をかけさせないように、彼なりに精一杯虚勢を張ってたんだ。


 正義のヒーローだからって悲しくないわけがない。辛くないわけじゃない。大事な相棒が消えて平気な筈がないのに、まだ小さな子供に、私はどれだけの無理を強いてしまったのだろうか。


「待つって約束したから……ドライグが心配しないように、ちゃんと……笑って……」

「タイヨウくん!!」


 ハナビちゃんがタイヨウくんを強く抱きしめた。タイヨウくんは特に抵抗せずに、じっと立っている。


「もう、頑張らなくていいんだよ……泣いたっていいんだよ……」

「けど!」

「私がドライグならそうやって我慢してる方が嫌だよ!!」

「!」


 花火が打ち上がる音が聞こえる。どうやら始まったみたいだ。


「泣くのは悪い事じゃない、恥ずかしい事なんかじゃない……だから、こういう時は思いっ切り泣いちゃってもいいんだよ……」

「…………」

「……見られたくないなら、こうやって隠してるから……思いっ切り泣いても、弱音を吐いても……全部全部、花火の音が消してくれるから……だから……もう、我慢しなくていいんだよ」

「うっ……ハナビ……俺、……俺っ!!」


 長い甲高い音がなり、火薬の破裂音が心臓まで響く。大きな大輪の花が夜空を彩った。


「嫌だ……いやだよ!ドライグと離れるなんて嫌だ!なんでだよ……なんでドライグが……いやだ……もどってきてくれよ!また、俺の相棒に……俺と一緒に!!」


 ……これ以上は野暮だな。

 

 今が立ち去るタイミングだと、私は音を鳴らさないようにそっと立ち上がり、夜の闇と花火の音に紛れるように忍足でその場を去った。







「盗み聞きなんて最低だね」

「なっ、んだ……シロガネくんですか」


 階段を下り切った瞬間に聞こえた声に驚き、後ろを振り向くとシロガネくんが立っていた。タイヨウくん達じゃなかった事に胸を撫で下ろしつつ、半目でシロガネくんを見た。


「……特大ブーメランですよ、それ」

「僕はいいんだよ。親友特権だ」


 そういう五金家的ルールやめてもらっていいですか?うんざりしてるんですけど。


 私は盛大なため息をつきながら、彼ならタイヨウくんの側にいたかったのではなかろうかと抱いた疑問を口にする。

 

「……行かなくてよかったんですか?」

「そこまで野暮じゃない」


 いや野暮だろ。なんでそんな堂々と言えんだよ。


「……病室でのタイヨウくんらしくない作り笑い……気づかないはずがないだろう」

「私は気づきませんでした」

「君、本当に他人に興味ないよね」


 話の腰を折らないでくれるかい?と睨まれたので、素直に口を閉じる。


「彼の弱音を聞くのは僕の役目じゃない……悔しいけどね。だから僕は僕なりに彼を支えるさ」


 シロガネくんはそう言いながら一枚のカードを取り出した。


「サタンは封印されたけど、まだ全ての問題が片付いたわけじゃない」


 シロガネくんはずっとそのカードを眺めている。


「ロースクロス家の目的、サタンとは違う黒いマナの存在、父上が隠している世界の真実……まだまだ多くの謎が残っている」

「それ、私に話してもいいんですか?」

「巻き込むつもりだからね。問題ないよ」

「おい」


 これはキレても良くないか?少しくらい申し訳なさそうに言えよ。そのお綺麗な顔面に拳をめり込ませるぞ。


「だから僕は、また訪れるだろう脅威からタイヨウくんを守る。その為にもっと強くなる。今度こそタイヨウくん一人に背負わせたりしないようにね……それが僕の役割さ」

「……そうですか」


 私は夜空を見上げる。また一つ大きな花火が打ち上げられていた。


「でも、今日くらい肩の力を抜いてもいいんじゃないんですか?」


 SSCからずっと気を張り続けてきたんだ。せっかくサタンを倒したというのにこれじゃあ意味がない。シロガネくんもその意見には賛成なのか、無言で持っていたカードをデッキケースに戻した。


 シロガネくんと二人で空を見上げる。なんだかおかしな気分だった。まさか今夏最後の花火を一緒に見るのがシロガネくんになるとは思ってもみなーー。


「あ゛ーーーーーー!!」


 後ろから聞こえた叫び声。恐ろしく聞き覚えしかないその声に、ブリキのような音を立てながら振り向く。


「さ、さ、さ、サチコ……なん、なん……なんでシロガネとふたり、で……」


 私の予想通りクロガネ先輩がいた。先輩は震える手でコチラを指差している。これは不味い。絶対に面倒な事になる。というか、なんで先輩がここにいるんだ。


「……愚兄にいさん落ち着いてください。勘違いです。貴方が考えているような気色の悪い展開ではありまーー」

「野郎てめぇぶち殺す!!」

「あぁもう!なんでこうなるんだ!!」


 クロガネ先輩がシロガネくんに向かって両刃剣を振り下ろす。シロガネくんはショートソードでそれを受け止めた。シロガネくんが恨みがましい目で見てくるが、私はそっと顔を逸らした。


 ごめんね、シロガネくん。私にはどうすることもできないよ。先輩人の話聞かないし……だから頑張れ!


 私がファイトと両拳を作って応援すると、シロガネくんの視線が鋭くなる。別に今までの嫌味だとか先ほど巻き込むと言った事に対する腹いせではないが、私はその視線を全てスルーした。うん。全然腹いせじゃないよ。


 時間と共に激しくなっていく二人の剣技。さすがにもうそろそろ止めた方がいいかな?と重い腰を上げた時に、階段の上からタイヨウくんとハナビちゃんが駆け降りてくる姿が見えた。


 心なしかタイヨウくんの顔が明るくなった気がする。溜まっていた蟠りを全部吐き出せたのだろう。いやぁ、良かった。良かった。これで一件落着かな。


「な、何やってんだよお前ら!!」


 二人の間に割り込み、必死に喧嘩を止めるタイヨウくん。その姿をハラハラしながら見守るハナビちゃん。


「邪魔だ!引っ込んでろ!」

「タイヨウくんになんて言い草だ!」

「あーもう!お前ら喧嘩すんなよ!!」


 3人とも元気だなぁと見守っていると、アゲハちゃん達もコチラに合流してきた。どうやら私達が中々帰ってこなかったのが心配で、ハナビちゃんに居場所を聞いて来たらしい。……これは申し訳ない事をしたな。


 結局会場には戻らず、神社で花火を見る事にした。まだまだ花火は打ち終わりそうにない。みんなで夜空にうち上がる輝きを見ながら、この日常が長く続くことを願った。



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