ph104 サタンを封印せよ

 先輩の存在のおかげで平静になれた私は、今更になってある重大な事実に気づいてしまった。


 あれ?そういえば、サタンの封印って、いつ発動させればいいんだ?


 当初の予定では、サタンが倒されたタイミングで発動すれば後は天眼家のお姉さんがなんとかしてくれる手筈となっていた。しかし、それはあくまでも私が人間界にいたらの話だ。精霊界に来てしまった私に、サタンとの決着がついたタイミングなんぞ知る由もない。


 ど、どうすればいいんだ私ぃいぃぃ!?もしかしてやっちゃった?私、やってしまったのか!?


 そう私が頭を抱えていると、先輩が心配そうに肩を叩いた。


「どうしたんだ?頭痛ぇのか?」

「先輩……あの……実は、ですね……」


 付いてきてくれた手前、何だか気まずくなり、モゴモゴとした物言いになってしまう。それでも先輩に相談しなければと顔を上げると、目にした光景にあ、大丈夫そうだと問題が全て解決した事を悟る。


 なんか空間が割れて人間界が見えてるんですけど!?ご都合主義満載ですと言わんばかりにサタンのマッチしてる場所が見えてるんですけどぉ!!もしかして、世界が揺れたように感じたのはこれのせいか!?人間界と精霊界が本格的に混じり合い始めたせいで人間界の光景が見えているのだろうか?都合よくダビデル島の状況が分かるのもサタンが実体化している場所だから?


「サチコ?」

「あ、大丈夫です。解決しました」

「そうか?」


 色々と気になるが、余計な事を考えている暇はなさそうだ。ミカエルがレベルアップしてサタンの攻撃を防いでいるようだが、戦況が分からない。


 タイヨウくん達なら勝ってくれると信じているが、万が一という事もある。そうなったら無理矢理にでも封印するしかないだろう。


 ミカエルが消滅し、氷を纏った黒いドラゴンもドライグを庇って消えた。フィールドにはドライグとサタンしかいない。ということは、最悪ヒョウガくんとシロガネくんはもう……いや、そんな筈ない。もしも二人がそんな事になっていたら、優しいタイヨウくんは動揺してマッチどころではなくなる筈だ。でも、彼のプレイングに迷いはなかった。タイヨウくんは諦めず、全力で戦っていたのだ。ならば二人は無事に決まっている。絶対に生きていると信じよう。それに、私は私の事に集中しなければならない。他の事を気にしてる余裕なんてないのだから。


 私は目の前のサタンの封印に触れる。


 ……例え、彼らが負けてもサタンは封印しなければならない。そうしなければ世界が、大切な人達が死んでしまう。彼らが戦ってサタンを弱らせてくれているんだ。そのチャンスを無駄にする訳にはいかない。できる出来ないじゃない、やらなきゃいけないんだ、私は。


「あいつ等が負けようが問題ねぇ」

「……先輩?」


 先輩が私の手に自身の手を重ねるように置く。


「サチコが心配するこたぁ一つもねぇ。俺が絶対ぇ起こさせねぇよ」


 先輩が自信満々に言い切る。きっと、私の不安を見抜いて励ましてくれているのだろう。


「……そう、ですね」


 先輩の出鱈目な強さを知っている分、その言葉には謎の説得力があった。先輩なら本当に何とかしてくれそうだと肩の力が抜ける。


「では、その時はお願いします」

「おう!」


 先輩が笑顔で頷くのを見て、もう一度タイヨウくん達の方を向く。


 ドライグが攻撃してもサタンのフェイクソウルが剥がれるだけで一向に倒れない。もう一回、もう一回と攻撃しても終わらない。


 どんだけフェイクソウル持ってんだよ!もはやズルだろあれ!!


 でも、タイヨウくんは諦めずに何度も何度も攻撃している。私も手に汗を握りながら見守った。


 ドライグが赤く輝く。その姿はまるで、黒いマナに覆われたこの島を照らす、小さな太陽のようだった。その小さな太陽はサタンに向かって飛んでいく。またフェイクソウルが剥がれた。よりいっそう輝きを増すドライグ。……何となく、これが最後の攻撃になるだろうと直感した。私は手を組み、心の中で必死に祈るように応援した。


 がんばれ……頑張れタイヨウくん……頑張れ!!


 ドライグがサタンの防御を破り、その鋭い爪でサタンを切り裂く。もうフェイクソウルは剥がれなかった。バトルフィールドも消えていく。


 やった……タイヨウくんが……みんなが勝ったんだ!!


 私は嬉しくて叫び出したい気持ちになるが、まだ私の仕事が残っていると直ぐに頭を切り替えた。


 サタンが倒されたのならば、カードに戻る筈だ。その瞬間を狙って封印を発動させなきゃ!


 そう気を張り詰めるが、サタンはカードに戻る気配がない。それどころか、膨大な黒いマナの気配がどんどん大きくなっている。


 なんだ?この嫌な気配は……タイヨウくんがサタンを倒したのに、悪意という悪意に満ちたマナが周囲に蔓延している。このマナは、サタンのマナが平気だった私でさえもあまりの気持ち悪さに胃液が逆流しそうだった。こんな悪意に満ちたマナ、いったいどこからーーーーあれ?でも、この感じ……どこかでーー?


「サチコ!」


 先輩の言葉に意識が戻る。


 そうだ。考え込んでいる暇はない。今は一刻も早くサタンを封印しなければならないんだ。


「先輩!守りは任せましたよ!」

「あ、ああ!」


 先輩が私を守るように武器を構える。先輩がいてくれるなら、どんな精霊が襲ってきても大丈夫だろう。今は封印に集中しなければ!


 カードに戻らないのなら仕方がない。それなら、無理矢理にでも封印してしまえばいいと、私はマナを解放させた。魔法陣にマナを注ぎ、封印を起動させる。


 背中が熱い。この魔法陣に反応しているようだった。マナを注げば注ぐほど呼応するように熱を持ち始める。


 熱持っている場所には既視感があった。そりゃそうだ。5回も同じ場所を攻撃されたら嫌でも覚える。


「……消えてなかったんですね」


 瞬間、私の背中から何かが剥がれるような感覚があった。その剥がれたモノは私の予想通り、刻印だった。五つの刻印が空中に浮かび上がり、くるくると回転しながらこれが正しい模様だと言わんばかりに一つの魔法陣を作り上げた。


「そういうことね……」


 五つの刻印はサタンを封印するための魔法陣を描いていた。その魔法陣は徐々に大きくなっていき、人間界の、サタンの頭上にも出現した。


 体が軽い。羽でも生えているようだった。刻印から解放され、マナが、大気の流れがよく分かる。これならいける!


 魔法陣に大量のマナを注ぐ。自分の中のマナだけじゃ足りない。他に方法はないのかと大気中のマナを操ってみる。すると、自分の手足のように動かす事が出来た。


 これを使えば!!


 私は大気中のマナも使って全力で注ぎ続けた。黒いマナは避け、白いマナを必死でかき集める。でも足りない、サタンを封印するためにはもっと、もっと多くのマナがいる!!


「おい!無理すんな!!」

「え」


 先輩がただならない様相で私を見ている。無理だって?そんな事はしていない。マナが枯渇しないように大気中のマナも利用しているのに、どうして先輩はあんな表情を?


 ポタリと赤い液体が私の足元に落ちた。出所は分からないが、血のようだった。


 これは、誰の血?


 ポタポタと量を増すその液体は地面だけでなく、私の服も汚し始めた。


 あれ?もしかして、私の?


「ごふっ!」


 自覚した瞬間鼻から、目から口から溢れていた事に気づく。でも、不思議と痛くはなかった。


「それ以上大気のマナは使うな!!お前の身が持たねぇ!」

「でも、私だけだとマナが足りなーー」

「俺のを使えばいい!頼むからやめてくれ!!」

「ダメです。先輩の黒いマナじゃ封印できるか分かりません」

「やってみなきゃ分かんねぇだろ!!」


 先輩の様子から、大気のマナを扱うのは危険な行為のようだ。けれど、止める訳にはいかない。サタンの封印が上手くいっていないのだ。ここで止めたら頑張ってくれたみんなに、タイヨウくん達に顔向け出来ない!!


「サチコ!」

「ダメです!少しでも不確定要素があるなら認める訳にはいきません!!先輩は精霊を近付けない事に集中して下さい!」

「サチコ!!」


 そうだ。今回ばかりは先輩の言うことは聞けない。不安要素は少しでも排除すべきだ。彼らは責任を果たした。なら、大人の私がやれないでどうする!!


「グオオオオオオオ!!」


 サタンの咆哮が聞こえた。同時に弱くなる抵抗。天眼家のお姉さんが何かしてくれたのだろうか?原因は分からないが、これなら無理に大気中のマナを使う必要はなさそうだ。


 私は弱ったサタンの隙をつき、私自身を触媒としてサタンと封印の魔法陣を繋げた。


 よし!掴めた!サタンの封印を解いた時もこうやってサタンのマナと魔法陣を循環させながらやったんだ。これで封印できる筈!!


 マナの循環を自分の出来る最大の速度で行う。魔法陣の反応が強くなり、サタンに向かって光を放った。


 人間界にいたサタンが消え、精霊界にその姿を現した。そのまま魔法陣に飲み込まれるように深く深く沈んでいく。


 もう少し、もう少しだ。頑張れ私!


 集中力を限界まで高め、サタンが完全に封印されそうになった時、サタンの側にいた赤いドラゴンの姿に動揺して循環の速度を緩めた。


「え?なんっ、ドラっ……」

「何をしておる陰気な小童!!封印を続けんか!」

「何でドライグ、さんが……」

「説明しておる暇はない!さっさとせんか!」

「いや、だって……タイヨウくんはっ!!」

「あやつは大丈夫じゃ!気にせずやれ!」

「でもっ!」

「世界がどうなってもいいのか!!」

「!?」


 ドライグに叱咤され、反論しようとした言葉を飲み込む。


「時間がないんじゃ!!早く!!」


 ドライグの言う通り、迷っている時間はない。ドライグと世界。どちらを選ぶべきかなんて明らかだ。でも、それでも!


「……世界を救う為に頑張ったのに……必死に戦って、辛い思いをしてきたのに……」


 なのに、世界は主人公タイヨウくんから、大事な相棒を奪うのか。そんなの……あんまりにも、あんまりじゃないか!!


「……わしの主君はこんな事でへこたれん」

「!」

「わしが認めた男じゃぞ。心配は無用じゃ……だから頼む。わしに勝利の竜としての誇りを、主君に勝利を捧げる役目を全うさせてくれ」

「〜っ!!」

 

 あぁもう畜生!何最高の絆を築き上げてんだ!タイヨウくんの事絶対に認めないって言ってた癖に!小童って、情けないって……そう、見下してた癖に……そんなん言われたら、やるしかないじゃん。


「……すまぬな」

「本当ですよ」


 そりゃ、ドライグが照れ隠しで認めないって言ってたのは分かってたけどさ、この場面でそのセリフは狡いよ。本当、最高に嫌な役回りだよ。


「死んだら恨みますよ」

「わしは死なん」


 ドライグは穏やかな表情になる。タイヨウくんとの思い出を噛み締めているのか、優しい眼差しで私を見た。


盟友ともと約束したからの」

「……そうですか」


 タイヨウくんの事だ。絶対に反対した筈。でも、それでもドライグが来たという事はちゃんと話し合って決めた事なのだろう。ならば私が二人の決意に、覚悟に水を差すなんて出来ない。


「ではご武運を、と言った方がいいですか?」

「あぁ、恩に着る」


 私は循環の速度を戻した。するとサタンと共にドライグの体も沈んでいき、そして……消えていった。


 辺りに充満していた黒いマナも消えた。私の心には何とも言えない気持ちが残っていたが、人間界の空には眩しい光が差し込み、脅威が去った事を証明していた。


「終わったの?」

「……みてぇだな」


 先輩が私の隣に並ぶ。二人で空を見上げ、サタンが完全に封印された事を実感する。


 これで、早急に片付けるべき問題は片付いた。ドライグの件は一旦保留にしよう。私の力だけでは助けることは出来ないし、人間界に戻って天願家のお姉さんや総帥に相談した方がいい。その為にも、先ずはどうやって人間界に戻るかを考えなければ。あの空間の歪みを上手く使って戻れないだろうか?


「牛頭鬼!と、蜘蛛の糸!」

「馬頭鬼」


 私がどうやって人間界に戻るか模索していると、聞いた事のある声が聞こえた。


「お前ら何やってるじゃん!」


 馬頭鬼と牛鬼頭が、元に戻ろうとしている空間の歪みを抑えるかのように支えていた。その隙間からアボウくんが顔を出し、蜘蛛の糸を垂らしている。


「早く糸を掴め!戻れなくなんじゃん!!」

「あ、すみません。ありがとうございます。先輩、行きましょう」

「…………」

「先輩?」


 私が先輩の方を向くと、先輩は何だか複雑そうな顔をしていた。


「どうしたんですか?早く行きましょうよ」

「…………おう」


 先輩は渋々と頷き、私を引き寄せたかと思うと横抱きにした。


「……あの」

「怪我してんだろ。無理すんな」

「え、あー……まぁ、はい。ありがとうございます」


 流石に悪いし断ろうと思ったが、正直、マナを使いすぎて動けそうにない。


 ここは素直に甘えた方が良いだろうと、体の力を抜き、身を委ねる事にした。




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