ph96 クロガネと合流

 無事にマナ石を破壊できた事に安堵していると、渡守くんが乱暴に私の手を振り払った。


「勘違いすんなよ」


 渡守くんは私に対する敵愾心を剥き出すようにギロリと目を鋭くさせる。


「テメェの話にノッたのは利害が一致したからだ。テメェ等と仲良しこよしする気はねェからな」

「当然です。さっきの今で友人のようにすり寄られても困ります。薄ら寒いです」

「ハッ、そォかよ」


 そりゃ良かったわと背を向けながら歩き始めた渡守くんに問いかける。


「どこに行くんですか?」

「テメェにゃ関係ねェ」

「お仲間の元ですか?」

「仲間だァ?」


 私の発言が気に食わなかったのか、渡守くんは心底嫌そうに顔を顰めた。


「気色悪ィ事言ってんじゃねェ。精霊狩りうちがンなアットホームな職場に見えんのかよ」

「全く」


 渡守くんは正常なお目目をお持ちのようで安心したわァと鼻で笑う。


「未練なんざあるわきゃねェだろ。俺は勝ち馬にしか乗らねェ主義だ。……奴等と心中なんぞ真っ平だ。俺ァいち抜けさせてもらうぜ」

「どうやって?」


 ダビデル島は不完全とはいえサタンが実体化しているうえに、アイギスによって包囲されているのだ。どうやって逃げるつもりなのだろうか。


「テメェに話す義理はねェ」

「確かに」


 私は渡守くんの言葉に納得しつつも、影法師にアイコンタクトを取りながらマナを送った。レベルアップした姿のままである影法師は静かに頷き、影縫いの術を発動させて渡守くんを拘束する。


「はァ!?何しやがんだ!!離せ!!」


 渡守くんは必死に抵抗しているが、1度捕まってしまったならば影縫いの術から逃げ出すのはモンスターですら困難なのだ。ただの人なら尚更というもの。彼も力技で解こうとしても無駄だと悟ったのか、何かを探すように視線を動かし始めた。


「お探しの物はこれですか?」


 マナを循環させている時に、影法師にこっそりと指示して奪っていた彼のデッキケースを見せると、渡守くんはこれでもかと目を吊り上げた。


「テメっいつの間に!……返しやがれ!!」

「嫌ですよ。返したら逃げるでしょう?」

「……何が目的だ」

「何も。ただ、私は君が目の前で死ぬのを見過ごせないと言いましたが、君が今まで行った犯罪行為も見過ごすつもりはないんですよ」


 体を張って助けたが、それはそれ、これはこれだ。あいにくとタイヨウくんみたいに甘くないんでね。どんな事情があるにせよ、彼がやった事に対する責任はきちんと取らせるつもりだ。アイギスも司法のトップもいるしちょうどいい。このまま引き渡してしまおう。


「なので、諦めて償ってください。ご自分の罪を」

「ふざけんな!!誰がンな事!!」

「おっと、無駄な抵抗はやめた方がいいですよ」


 正々堂々とリアルファイトしていたら私の惨敗だろうが、不意を突いてカードの力さえ奪ってしまえば話は別だ。身動きの取れない彼の目と鼻の先に実体化させた冥界の松明を突きつけ、嫌みったらしい顔でニッコリと笑ってやった。

 

「これ以上痛い思いはしたくないでしょう?」

「テメェ……」


 私がSSSC本戦会場で言われた言葉を返すと、渡守くんはこめかみをピクピクさせながら口を開いた。


「いい性格してんじゃねェか」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてねェわ!!」


 渡守くんは忌々しそうに歯軋りをする。


「テメェいつかぜってェ泣かすからな」

「すでに泣きそうですよ。笑いで」

「ブッ殺す!!」


 ふはははは!何を言われても負け犬の遠吠えにしか聞こえんな!カードの力が使えない渡守くんなど恐るるに足らず!!


 大人気ないと言われようがそんなものは知らん。彼には散々な目に遭わされたのだ。これぐらい当然の報いだというもの。寧ろ軽すぎるぐらいだ。影法師に俵担ぎさせ、歩きながらも腹いせのように全力でからかいまくった。









 ピラミットから暑い砂漠エリアに戻ると、氷山エリアの上空付近に黒いモヤで覆われている巨大な物体が見えた。


 もしかして、アレがサタンなのだろうか?


 実物を見ていないから断定は出来ないが、あの嫌な感じのマナと、ストーリー展開のメタ読み的にサタンで間違いないだろう。きっと、五金総帥も天眼家の当主もあそこにいる筈だ。


 じゃあマナ石破壊組はどうしているのだろうとタイヨウくんとヒョウガくんの動向を確認するためにMDマッチデバイスの位置情報アプリを開いた。すると、2人もあのサタンらしき物体がいる方向に向かっているようだった。皆と合流するなら氷山エリアに向かった方が良いだろう。


 けれど、歩いて砂漠エリアを越えられる自信がない。そもそも、自分の足で砂漠なんぞ歩きたくない。渡守くんという大荷物もあるし、どうしたものか。


 ……いや、待てよ。別に合流する必要はなくないか?やるべき事はやったんだし、渡守くんは影法師に任せてここで待機しててもいいのでは?あんな危険の渦中に入りたくないし、影法師だけ氷山エリアに向かってもらって、渡守くんをアイギスに引き渡した方が良くないか?タイヨウくん達の事もアイギスに任せればいいし、影法師もレベルアップしたこの姿なら1人でも安心だし問題ないだろう。


 うんそうだ。そうしようと影法師にお願いしようとした瞬間、横から黒い影に飛びつかれた。


「サチコおおおおおお!!」

「ぐふぇ!!ちょっ!なっ!?先輩!?」


 私に飛びついてきた黒い影の正体はクロガネ先輩だった。先輩は私の体をがっしりとホールドし、どんなに押しても離れない。


「大丈夫か!?怪我してねぇか!?」

「だ、大丈夫です。問題ありまーー」

「1人で不安だったろ?心配すんな!もう絶対ぇ離さねぇからな!!」


 俺がサチコを守るんだとひっつく先輩が鬱陶しくてしょうがない。守ってくれるのはありがたいが、物理的に離さないはやめろ。


 引き離そうにも影法師は渡守くんを拘束していて動けないし、どうしたものかと助けを求めるように視線をさ迷わせていると、渡守くんがフードを目深く被って存在感を消している事に気づいた。心なしかマナの気配も微弱になっているような気がする。その徹底した息の潜め方に、絶対に関わりたくないという強い意志を感じた。


 わ、渡守ぃいぃぃ!!


 羨ましい!羨ましいぞそのポジション!!今だけ私と変わってくれ!!後生だから!後生の頼みだから!!そう心の中で叫ぶが、どだい無理な話である。結局は自分でどうにかするしかないのかと諦めるように深いため息をついた。


「先輩、お気持ちは嬉しいのですが、とりあえず離れてもらってもーー」

「サチコ!?おまっ!?怪我してんじゃねぇか!?すぐ手当すっからな!!」

「あの、大丈夫です。こんなのかすり傷です。それよりも離れてーー」

「ここも!?ここにもあんじゃねぇか!!こんなにたくさん傷ついちまって!!」


 頼むから会話をしてくれ!!だからお前は面倒なんだよ!!


「あの!!せんぱ……」

「あいつか?」


 空気がズンっと重くなる。瞬きの間に先輩の姿が消えたかと思うと、影法師に俵担ぎされている渡守くんの服を掴んで引きずり下ろしていた。そして、首元に実体化させた武器の切先を当てている。


 すまん、渡守くん。巻き込んだわ。


「てめぇか?サチコを傷つけたのは」

「ぐっ」

「……どっかで見た汚ねぇ銀髪だと思ったら……よほど死にてぇらしいな」

「先輩!!」


 さすがに不味いと今度は私が先輩に飛びついて止める。



「ストップ!一旦落ち着いて下さい!」

「サチコ」


 先輩が優しく笑う。やっと会話が成立したかと安堵していると……。


「大丈夫だ。すぐに終わる」


 私はやめろっつってんだよ!!本当に人の話を聞かねぇな!!行動と表情が合ってなくて怖いんですけど!?


「彼には十分やり返しました!!もう満足してるんです!だから後はアイギスの判断に任せましょう!ね!?」

「あぁ、任せろ」


 そうだった!コイツもアイギスだった!!世も末だな!!


「違う違う違う!待って!!コラッ!先輩!めっ!ステイ!!」

「……なんでだよ」


 先輩は不満そうな顔をしながらも渡守くんから手を離した。やっと話が通じたかと肩をなでおろしつつ、その隙を逃すまいと影法師に視線を向けた。すると、私の意図を察してくれた影法師は、こくりと頷きながら渡守くんを抱えて姿を消した。


 よし、これで渡守くんは片付いた。後は先輩を宥めるだけだな。


「……あいつ、サチコを襲った野郎だろ……なのに」

「先輩」


 私は先輩からゆっくりと離れ、視線を合わせる。


「彼とは色々ありましたが、過ぎた事です。気にしてません」

「けど!!」

「そんな事より、先輩が私のせいで誰かを傷つける方が嫌です。後はちゃんとした司法で裁いてもらいましょう。ね?」


 先輩は暫く葛藤していたが、最終的にはサチコがそう言うならと渋々納得してくれた。


 よし、取り敢えずは先輩を落ち着かせるのには成功したな。これで心配事はなくなったし、サタンの件が片付くまで良い感じの場所で隠れていよう。


 隠れるなら砂漠エリアよりも湖沼エリアか森林エリアの方がいいよね。適温だし、先輩が来てくれたならブラックドッグも……。


 あれ?そういえばブラックドッグの姿が見えないな。


「先輩、ブラックドッグはどうしたんですか?」

「別件でいねぇ」


 別件?アイギス関連で何かあったのだろうか?まぁ、私には関係ない事だ。……いや、ちょっと待てよ。ブラックドッグがいないなら先輩はどうやってここまで来たんだ?確か先輩もマナ石破壊しに行ってたよね?



「……あの、つかぬことをお伺いしますが、先輩はどうやってここまで?」

「言ったろ?直ぐに迎えに行くって」


 言ってたけれども!!普通の人はこんな規格外の速さで合流できないんだよ!!


「先輩が飛ばされたのは火山エリアですよね?ブラックドッグもいないのにどうやってこんなに速く来れたんですか?」

「電波チビを速攻でぶっ倒した後走って来た」


 ちょっと先輩が何を言っているか分かりたくないが、五金家の身体能力にツッコんでも体力を無駄にするだけだ。ここはスルーしよう。それよりも、ブラックドッグが不在かつ、MDマッチデバイスを持っていない先輩が、どうして砂漠エリアにいる私の正確な居場所が分かったのかが問題である。


「では、私の場所はどうやって?」

「そりゃイヤー……どこにいても、お前の居場所なら分かんだよ」


 なにそれ怖い。少女漫画でよく聞くセリフだが、実際に言われると恐怖以外の何物でもないな。って、違う!こいつ今何て言いかけた?イヤーって言いかけてなかったか?もしかしてイヤーカフか!?このイヤーカフに何か仕掛けてたのか!?


「…………先輩?」

「いやっ、あの……ま、待ってくれサチコ!!違うんだ!これには訳があって!!」


 私が先輩から貰ったイヤーカフを潰す勢いで握っていると、私の言いたいことを悟ったのだろう。先輩は焦ったように両手を前に出しながら弁明をし始めた。


 良かった。一応悪い事だという意識はあるんだな。まだ手遅れではなさそうで安心した。


「その……サチコは精霊狩りワイルドハントに狙われてたろ?だから心配になって……他意はねぇんだ!本当だ!!サチコが拐われた時もそれ使ってーー」

「では、精霊狩りワイルドハントの件が片付いたらお返ししますが問題ありませんね?」

「え」

「え?」

「いや、あの…………分かった」


 私が非難する目でみていると、先輩は観念したのか、肩をガックリと下げながら頷いた。


 ナチュラルに居場所を特定する装置をプレゼントしてくるとは……油断も隙もないな。やましいことがないなら、せめて事前に話して欲しかった。今回はコレのお陰で助かったかもしれんが、次からは先輩に何か渡された時は気をつけよ。


 そう心の中で固い決意を抱いていると、氷山エリアの方から強い光が放たれた。


 思わず腕で顔を覆いながら目を瞑ると、サチコ!と先輩に名前を呼ばれる。同時に強く引かれる肩。


「え?何がーー」

「俺の側から離れんなよ!」


 目を開くと先輩は武器を構えていた。目の前にはサタンのマナと似たような禍々しいマナを纏ったモンスターが何十体もいる。


 先輩は武器を振り上げてモンスターを一気になぎ払うと、私の方へと手を伸ばした。


「走るぞ!」

「は、はい!」


 地面からは黒いマナが吹き出しはじめ、そのマナからモンスターが生成されていく。


 私は先輩の手を強く握りながら、これ、不味い状況なんじゃね?と遠くにいる先程よりも存在感が増したサタン(仮)の姿を見上げた。












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