ph95 サチコVSセン決着


 渡守くんがフェイズを終了させたので、自分の番が回ってきた。


 私はデッキに触れながら、フェイクソウルとは何なのかと思考する。


 フェイクソウルは直訳すると偽物の魂だ。そして、フェイクソウルとして扱うカードは全て対象となったモンスターの下に重ねるように入れられている。まるで、レベルアップモンスターの下に、レベルアップ前のモンスターを入れるように……。


 そこから考えうる効果は、レベルアップモンスターと同じように、体力が0になってもカードを取り除くことで体力を1残して場に残るという効果か、もしくは、ダメージを受けてもフェイクソウルを取り除く事によってダメージを無効化する。モンスタースキルや魔法カードの対象になってもフェイクソウルを取り除く事によって無効化するといった、モンスターを守る効果の可能性が高いだろう。


 そんなモノを2つも付与されているアケローンを倒すのは面倒この上ない。勘弁して欲しいよ、本当に。


「どうしたァ?さっさとドローしろよ。ビビってんのかァ?」


 渡守くんは中々ドローしない私に痺れを切らしたのか煽ってくる。


「負けるのが怖くてドローできませんってかァ?ヒャハッ!とんだ臆病モンだなァ!!安心しろよ、俺は優しいからなァ、どォしてもっつゥなら降伏提案サブミットしてもいいんだぜェ?」


 そしたら楽に殺してやるよとニタニタ笑う渡守くんをキッと睨む。


 この……言わせておけば……今更私がビビるだと?見くびるなよ。そんなん……最初からに決まってんだろ!!一般人なめんなこの野郎!!私は君らのような鋼の心臓じゃないんだよ!!恐怖で常時心臓の鼓動がマナーモードだわ!胸にスピーカー当てて聞かせてやろうか!!


 渡守くんの手札は1枚だが、MPは3も残っている。このフェイズで決めなければ私の勝利は絶望的だろう。アケローンの体力が1である以上、攻撃しても松明の効果によるMP回復は見込めない。フェイズ開始時に回復して5になったMPと、今から引くカードで勝負を決めなければ私は負ける。こんな生死のかかったドロー、怖くないわけがない。


 けど、降伏提案サブミットしても結果は同じだ。死にたくないなら、生き残りたいなら嫌でも引くしかない!


「私のフェイズです!ドロー!」


 考えろ。思考を止めるな。私が渡守くんの立場だったら?この状況に終止符を打つならどうする?MP管理とアケローンのスキル、あり得る手札の可能性を……考えろ、考えろ考えろ考えろ!


「私はMP1を消費して手札から影遁を発動!フィールド上のモンスター1体を選択し、選択されたモンスターはこのフェイズ中このカード以外の魔法カードの効果を受けない!!」


 これで魔法カードによる攻撃は怖くない。私の手札は無くなったが残りMPは4だ。絶対にこのフェイズで決める!


「影法師!アケローンを攻撃!!」

「俺はMP2を消費して手札から魔法カード、強制解放を発動!自身のフィールドにいるモンスタースキルをコストなしで発動する事ができる!俺はアケローンのスキル、嘆きの刻印紋を発動だァ!」


 嘆きの刻印紋!?嘆きの刻印の上位互換になるスキルか!?


「このフェイズ中、相手は行動する度にダメージ2を受ける!勿論、攻撃も行動判定だァ!さァ死に面晒せェ!!」


 残り体力が1しかない影法師はこのダメージを受ければ消滅する。影法師が生き残ったとしても、効果ダメージが発生する度にMP回復するパズズの爪槍のコンボで次のフェイズのケアもしている。ホント、良い手すぎてオーバーキルされた気分だ。最後まで容赦ないのね、渡守くんは……でもーー。




「だからこそ読みやすい」

「あ゛?」

「私はMP4を消費して影法師のスキル、呪詛返しを発動!相手モンスターがスキルを発動して自身のモンスターに影響を与えた時、その効果を自身から相手モンスターに移す!」

「なっ!?」


 レベルアップ前のアケローンのスキルとパズズの爪槍の効果。そこからアケローンが効果ダメージ系のスキルを持っている事は予想できていた。そして、渡守くんの性格なら陰影の効果で影法師に魔法カードが効かなくなった以上、何らかの手段でモンスタースキルを発動してくる事も分かっていた。


「モンスタースキルも勿論、行動判定ですよね?」

「ぐっ!アケローンの体力が0になった時!フェイクソウルが取り除かれ、体力を1残して場に残る!」


 なるほど、フェイクソウルはレベルアップモンスターの効果と同じなのか。というか、モンスターをレベルアップさせたらレベルアップ前のモンスターがフェイクソウルになると認識した方が良さそうだな。そして、フェイクソウルを取り除く効果は行動判定にはならないのか。行動判定の基準が分かりづらいな。


 でも、これでアケローンの残りのフェイクソウルは1になった。嘆きの刻印紋の効果で行動出来ない今、たたみかけるチャンスだ!


「影法師!攻撃を続行!アケローンを攻撃!」

「アケローンの体力が0になった瞬間!フェイクソウルが取り除かれ、体力を1残して場に残る!!」


 フェイクソウルとなったカードがアケローンを守るように現れ、影法師の攻撃によって砕け散る。


 影法師の攻撃は決まったが、アケローンはまだフィールドに立っている。


「ふ、フハッ……ヒャハハハハッ!残念だったなァ!せっかくのラッキーチャンスをよォ!これで影法師の攻撃は終わった!MPは0!手札も0のテメェは何もできねェ!これで俺の勝ちは決まったァ!!」

「喜ぶのは早いですよ」

「……あ゛?」


 渡守くんの言う通り私のMPは0、手札もない。けど、影法師の攻撃は終わっていない。


「破戒僧影法師は、ダブルアタック持ちなんですよ」

「なんだと!?」


 そう、渡守くんがモンスタースキルを発動させた瞬間。私の勝利はほぼ確定していた。


「影法師!アケローンを攻撃!」

「御意!!」


 フェイクソウルは0。影法師の攻撃が通ればアケローンは消滅。嘆きの刻印紋の効果で行動しても消滅。渡守くんの完全な詰みだ。


「クソ……クソクソクソクソクソがッ!畜生がっ!俺はっ、俺がこんな所で!!……こんな奴に!!」


 影法師の錫杖の切先がアケローンを捉える。


「クソったれがァあああァ!!」


 影法師の攻撃が決まる。アケローンは消滅し、渡守くんは叫びながら膝をついた。


 マッチの完全な終わりを知らせるようにバトルフィールドが輝きを放ちながら消えた。私の勝利が確定したのだ。 


 良かった……勝てた……勝ったんだ、私……。


 心臓がバクバクする。本当に勝ったのだと自覚し、安心して力が抜けそうになるがまだ最後の仕事が残っていると必死に堪えながらマナ石と向き合った。

 

 この石を壊せは本当に終わり。もう怖い事は終わる。怖い思いをしなくて済む。


「影法師」


 私の声に反応した影法師が私の側で片膝をつく。


「あの石を壊して」

「承知」


 影法師がマナ石を攻撃するために錫杖を構える。これで平穏な日常に戻れるんだと緊張を解いた瞬間、感じる嫌なマナと揺れる地面。


「えっ!?何っ!?」

「主!!」 


 影法師が私を横抱きにしてマナ石から離れる。すると、私が先ほどまでいた場所が黒い、サタンと同じ気配のする触手のようなマナで覆われていた。


「どうしてサタンのマナが?」


 発生源はどこだとサタンのマナを辿ると、どうやらマナ石から送られているようだった。これは面倒な事になってきたと影法師に抱えられながら打開策を考えていると、後ろから耳をつんざくような悲痛な叫びが聞こえた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「!?」


 その声の方へ顔を向けると、渡守くんがサタンのマナに襲われていた。渡守くんはサタンのマナに抗うように必死に暴れている。


「んだこれ!?畜生!離れろ!離れろよ!!」

「渡守、くん……」


 サタンのマナが渡守くんの体を侵食している。このまま何もしなければ、サタンのマナに取り込まれてしまうだろう。


 無意識に手を伸ばしかけるが、心の中の冷静な私がその行動に待ったをかける。


 今、自分は何をしようとしていた?渡守くんを助けようとしたのか?行っても無駄死にするだけだろう。私にそんな大それた力はない。巻き込まれて一緒に死ぬのが落ちだ。彼と心中なんて真っ平ごめんだ。私は死にたくない。生き残りたい。だからこのマッチに必死に勝とうと頑張った。こうなる事も予想してたじゃないか。他人のために命を賭けるほどお人好しじゃない。私はそんな善人じゃない。自分が一番大事。自分さえ良ければ良いんだ。タイヨウくんみたいな人になんてなれないんだよ、私は……それに、そもそも彼は犯罪者だ。この事件の一端を担っている。これは自業自得。因果応報。助ける義理なんて微塵もない。緊急避難に該当する。私に非はない。私が罪悪感を持つ必要なんてない……。


「ふざけんな……ふざけんじゃねェよ!こんな所で死ねるかよ!!」


 あぁもううるさい。やめてよ、何も言わないでよ。そんな声を出さないでよ。


「俺は、俺はあの施設から……あの地獄からやっと抜け出したのに!!」


 頼むから、はやくきえてよ。これ以上抵抗しないで、悪人なら悪人らしく潔くいなくなってよ。

 

「力も得たんだ!俺は強くなった!!俺の人生こっからだったのに!!」


 私は絶対に助けない。そんな善人じゃない。そんな大層な人間じゃない。

 

「ふざけんな!ふざけんなふざけんな!!」


 私は悪くない。これは仕方のない事。仕方のない事なんだ。罪悪感なんて抱く必要はない。ない、筈なのに……。

 

「いや、だ……なんでおればっかり……」


 あぁ、もう……なんであの時の光景が……あの時の、シロガネくんに庇われた時の光景が蘇るんだよ。

 

「死にたく、ねェ……」 

「渡守くん!!」

「主っ!?」


 冷静な私は消えていた。気づいたら、影法師の腕から降りて渡守くんの元へと走り出していた。サタンのマナから僅かに出ている渡守くんの手を掴んで必死に引っ張る。


 全っっ然動かない!!やっぱ力業じゃ無理か!


「なん、で……」


 渡守くんは信じられないと言わんばかりに目を見開いている。


 なんでだって?そんなの私が聞きたいよ!こんなの私のキャラじゃないのに、他人のために体張るなんて冗談じゃないと思ってたのに……全部シロガネくんのせいだ。誰かに庇われたという事実は、私の中でかなり堪えていたらしい。これじゃあヒョウガくんの事言えないなと思わず自嘲する。


 サタンのマナが私の体にも侵食してきた。あまり時間もないようだ。力づくが無理ならやはりマナを使うしかない。

 

「渡守くん、ちょっと手伝ってーー」

「っ同情なんかいらねェ!!」

「は?」


 渡守くんは私を威嚇しながら忌々しいと言わんばかりに睨みつけた。


「とんだ偽善野郎だなァ?自分より可哀想なやつ助けて自己満か?それで自分も死んでりゃ世話ねェなァ?」


 え?なんで助けようとしてんのに罵倒されてんの?なんでこんなに煽られてんの?


「あん時も!俺を見逃さなきゃァんな事にならなかったのによォ。学習能力ねェのか?どんだけバカなんだテメェはよォ!!」


 は?見逃した?何の話だ?そんなことあったっけ?


「あん時イカれた坊ちゃんが俺を殺してりゃァサタンの実体化も防げたのによォ!そんで?お優しいサチコちゃんはァ、何も学ばず敵を助けるんですねェ!利敵行為ご苦労さん!!テメェのバカさにゃ流石の俺でも同情するぜェ?テメェのお仲間によォ!!」


 イカれた坊ちゃん?……クロガネ先輩の事か?私何かやったか?


「テメェみてェな偽善者が身内にいなくて良かったぜェ!じゃなきゃァテメェの尻拭いに苦労するとこーー」

「あぁ!!あの時か!!」

「……あ゛?」


 見逃したってあれか!SSCの選手控室に渡守くんが襲撃した時の事か!色々ありすぎてスッカリ忘れてたわ!というか渡守くんが覚えてた事にビックリだわ。意外と律儀な奴だな。


「そんな事もありましたね。じゃあ丁度いいんで今借りを返してもらっても良いですか?」

「はァ!?何言ってんだテメェ!!」

「何って借りを」

「触んな!死ね!!」

「ああもう!!死にたくないんでしょう!?だったら素直に言うこと聞いてくださいよ!」

「うるせェ!テメェなんかに助けられるぐらいなら死んだ方がマシだ!!」


 何なんだよさっきから!死にたくないって言ってた癖に!どんだけ拗らせてんだコイツは!!


「助けられるのが嫌なら私を利用したと思えばいいじゃないですか!自分が助かるために!!」

「はァ!?だから同情なんざいらねェつってんだろ!!」

「私は!君が思っているほど善人じゃない!」


 そうだ。私は善人じゃない。自分の事しか考えていない。


「いいですか!?私は!君と違って!ただの一般人なんですよ!凡人の思考しか持ち合わせていないんです!」

「何言って……」

「普通の人はね!ここで見捨てたら一生引きずるんですよ!!君のこと!!」


 生きていたシロガネくんの事ですら脳裏を過るのだ。SSSC前の訓練中にヒョウガくんとマナを循環させた時も、もしも傷つけてしまっていたらと怖くて仕方がない。


「だから私の目の前で死ぬな!!見捨てるとかそんな胸くそ悪い事できないんですよ私は!!どうしても死にたいなら、情けをかけられるのが嫌なら私の知らない遠いところでひっそりと死ね!」


 あの時あぁしてたらなんて後悔は一度きりで十分だ。あんな嫌な思い、二度と抱えてやるもんか。


「私は罪悪感に苛まれる人生なんて望んじゃいない。私は、私が幸福な人生を歩む為に君を助ける。同情?随分とおめでたい頭をしてるんですね。そんなお綺麗なもん抱いていませんよ。ずっと自分の事しか考えていない。そんな自己中心野郎なんですよ私は」 


 誰かの命を背負うのなんて無理だ。小心者の私にそんなことができる訳がない。


「だから私は君を助けるんじゃない。死にたくない君と、罪悪感を抱きたくない私の利害が一致した。それだけの話です。理解したら手を貸してください。死にたくないんでしょう?」

「……無茶苦茶じゃねェか……屁理屈にしか聞こえねェよ」

「でも事実です」


 私の真意を探るようにじっと見つめてくる渡守くんに応えるように見つめ返す。


 ……わりと真面目に時間ないから早くして欲しいんだけど。サタンのマナが私にも侵食してきてんだよ。このまま死んだらどうしてくれんだ。はよ決断せんかい。


 渡守くんの心の中でどんな葛藤があったのか分からないが、最後の抵抗と言わんばかりに盛大な舌打ちをすると、不満げな表情のまま口を開いた。

 

「……で、俺は何すりゃいい?循環か?」

「話がはやくて助かります」


 サタンのマナの供給源はあのマナ石だ。あれを破壊すれば黒いマナの脅威から逃れられるだろうがただのマナ石であった時と違い、今はサタンのマナに守られている。弱った渡守くんのマナと私のマナだけではサタンのマナを突破できないだろう。しかし、マナが足りないならマナを増やせばいい。マナ使い同士のマナの循環は危険だが、成功すれば膨大なマナを得ることができる。今はこの方法しかない。渡守くんも同じ考えなのか、私が循環させるために手を握っても文句は言わなかった。


「心の準備はいいですか?いきますよ?」

「地獄へか?」

「冗談」


「日常に戻るんですよ」


 私は渡守くんにマナを流す。渡守くんも私にマナを送り、マナが循環していく。お互いのマナがどんどん膨れ上がっていく。これならもっとスピードを上げても良さそうだとマナの動きを加速させた。


「ちゃんとついてきてくださいよ。それとも、私と地獄へのデートをご所望ですか?」

「っ、ざけんなよ……んなもん誰が所望するか。俺がテメェに望むもんはただ一つーー」


 渡守くんは私に対抗するように循環スピードを上げる。サタンのマナを押し返し始めた。


雪辱を果たすリベンジ。それだけだ」

「……嫌いじゃないですよ、そういうの」


 もはや意地の張り合いのようにマナを加速させる。脅威的な速度でマナが増え、サタンのマナは徐々に押されていき、ついにマナ石まで辿り着いた。


「これで!」

「終わりだァあァ!!」


 最後のひと押しと限界まで加速させるとマナ石に亀裂が入った。亀裂はマナ石を侵食していき、遂には轟音を響かせながら破壊していった。


 体を覆っていたサタンのマナは消え去り、これで本当に終わったのだと肩の力を抜いた。


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