ph93 砂漠エリア


 転移魔法で飛ばされた私は、顔面から砂の海にダイブした。


 あっっづ!!砂めっちゃ熱っ!!日差しも暑っ!!


 私は口の中に入った砂を吐き出しながら、少しでも暑さを軽減させるためにフードを目深く被ってから立ち上がった。


 周囲を見渡すと、当たり一面砂、砂、砂。熱気のせいか遠くの方を見ると景色が歪んでいるように見える。このままここにいたら、確実に熱中症で倒れるだろう。


 目の前にはこれみよがしに建っているピラミッド。いかにも敵が居ますという雰囲気を放っている。


 渡守くん、あの中にいるんだろうなぁ。


 これから生死を賭けたカードバトルが始まるのだ。どれだけ心を奮い立たせようとも、気が重くなってしまう。


 負けて死ぬのは嫌だ。けど、私が勝ったら渡守くんはどうなるのだろうか?あいにくと、悪人だから殺してもいいなんて過激的な思考は持ち合わせていない。


 なるべくマナコントロールをして最悪な事態は避けるつもりだが、もしも死んでしまったら、自分の手で人を殺す事になる。私はその罪の重さに耐えられるだろうか?


 死ぬのも嫌だが殺すのも嫌だなんて……戦うと決めた癖にウジウジする自分が情けない。でも、その状況に直面した時、私に人の命を左右するような決断が出来るだろうか?正直自信がない。


 ……ダメだ。どんなに自分に言い聞かせてもマイナス的思考が湧いてくる……いや、何度も湧き上がるなら何度も言い聞かせればいい。こんなたらればの話を考えてもしょうがないだろう?今は時間がないんだ。サタンが実体化してしまったら、それこそ大勢の人が死ぬ。それだけは絶対に止めなければならない。今は余計なことを考えるな。サタンの完全なる実体化の阻止。それだけに集中しよう。


 私は込み上がる不安を心の奥に押し戻し、マナ石を破壊すべくピラミッドへと足を向けた。




 大人1人が通れるぐらいの狭い通路を歩く。私の乏しい知識では、ピラミッドの中は無数の階段、急な傾斜、複雑な構造というイメージであった。だから、歩いた翌日には全身筋肉痛になる事間違いなしの険しい道のりを覚悟していたのだが、何故かこのピラミッドは平坦な一本道であった。


 まぁ、楽なのは良いことだと深く考えずに進んで行くと、通路の終わりを知らせるように強い光が顔に当たる。


 遂に自分も精霊狩りワイルドハントと戦うのかとデッキに触れ、緊張で顔を強張らせながら光の中へ足を踏み入れる。すると、周囲を松明で照らされた大きな部屋が私を出迎えた。


 エジプトの王が祀られている部屋と表現すればいいのだろうか?


 エジプトの文明に詳しくはないからあくまでも個人的な見解になるのだが、中心にはツタンカーメンみたいな、エジプトの王の御遺体が入ってそうな棺があるし、周囲には財宝っぽいものが置かれている。だから多分、そんな感じの部屋だろう。


 アヌビスとかメジェドだっけ?みたいな創作物でよく見るイラストがびっしりと描かれた壁画に凝ってんなと思いながら渡守くんは何処だと目を走らせる。しかし、どんなに周囲を見渡しても渡守くんの姿はなかった。


 なんだ。いないのか……残念なような、安心したような……。


 気を張っていた分、盛大な肩透かしを食らってしまった。この部屋じゃなかったのかなと別の道を探していると、自分が入ってきた入口の上に、この部屋の雰囲気にそぐわない、赤い大きな石が無造作に埋め込まれている事に気づいた。


 あれがマナ石なのだろうか?


 現物を初めて見るから予想でしかないが、他にマナ石っぽいものないし一応壊しておくかと武器を実体化させる。


 敵がいないなら好都合だ。戦いが避けられるのであればそれに越したことはない。さっさと壊して逃げようと武器を構えた所で、コツコツと私以外の足音が聞こえた。慌てて背中を壁側に向け、直ぐに動けるように周囲を警戒した。


 足音が聞こえてきたのは、私が通ってきた通路と反対側にある入口からだった。


 足音が近づくにつれ、緊張で武器を握る手に力が込もる。


「魔王の封印はか荒らしの次は王の墓荒らしかァ?いい趣味してんじゃねェか」


 そんな軽口を叩きながら現れたのは、先程まで探していた渡守くんだった。


「さっきぶりだなァ?影薄サチコちゃん?」


 渡守くんは実体化させたのであろう槍を肩に担ぎながらニヤニヤ笑っている。


「そうだと言ったらどうします?謎掛けでもしますか?答えは人です」

「そォ焦んなよ。俺はまだ何も言っちゃいねェぜ?」


 私に対する余裕の表れか、私が武器を構えているのにも関わらず、渡守くんは武器を消した。そして、ゆっくりと威圧するように近づいてくる。


「んな古くせェもんネタにしても面白くねェだろ?もっと流行りにノッてこうぜ。若者らしくな」

「時間ないんで、難しいモノはご遠慮願いたいのですが」

「安心しろよ。きっとテメェも気に入るぜ?」


 渡守くんは一定の距離まで近づくと止まり、腕輪を構えた。


「このマッチ、勝つのはどっちだ?なんてのはどォだ?」

「なるほど。シンプルでいいですね」


 私はフッと笑いながら同じように武器を消し、腕輪を構える。


「答えは私です」

「残念、俺だ」


 私と渡守くんは同時に腕輪にマナを込めながらバトルフィールドを展開した。


「不正解者には死んでもらおォか!!いい悲鳴こえで鳴けよォ!コーリング!アケローン!ヴェズルフェルニル!」

「崖に身を投げる事になっても恨まないで下さいね!コーリング!影法師!影鬼!!」


「レッツサモン!!」


 先攻は私のようなのでカードをドローする。手札を確認し、道具カードを使用する為にカードに触れた瞬間。


「俺はMP3を消費してアケローンのスキル、嘆きの刻印を発動!」

「わっ!?」


 見慣れた刻印が手の甲に浮かび上がる。影鬼と影法師の背中にも刻印が刻まれ、苦い思いでそれを眺める。


「このフェイズ中、相手が行動する度、相手のモンスターに1ダメージを与える!!」


 これが嘆きの刻印の効果か!


 私が行動する度ということは、魔法の発動なり、モンスターで攻撃させるなり、カードを使用すればダメージを受けるという事か。ならば、道具カードを使用しても自身のモンスターにダメージが入るのだろう。地味に厄介な効果だ。


 たかが1ダメージと強行突破するのも有りだが、相手のモンスタースキルを把握していない以上迂闊に動けない。自分の生死が関わってるなら尚更だ。


 ここは様子見で流すか。


「……私はフェイズを終了させます」


 私が何もせずにフェイズを終了させると、渡守くんは張り合いがねェなと馬鹿にするように鼻で笑った。


「おいおい、ビビってんのかァ?そんなんじゃァ準備運動にもなりゃしねェぜ?」

「そう焦らないで下さい。まだマッチは始まったばかりじゃないですか。闇雲に攻撃するだけがマッチじゃない事を教えてあげますよ」

「そォかよ!そりゃ楽しみだなァ!?ドロー!!」


 これで渡守くんの手札は6枚。MPは5になった。


 まずは彼の動きを見てデッキ傾向を掴まなければ……。


「俺はMP1を消費して冥界の槍を装備!更に、MP2を消費してヴェズルフェルニルのスキル、追い上げる風を発動!このフェイズ中、自身のモンスター1体にダブルアタックを付与する!対象はアケローンだ!」


 渡守くんは、攻撃の準備が整ったのか、バトルだと言いながら影法師に槍を向けた。


「アケローン!影法師を攻撃!!」


 影縫いを使うか?……いや、渡守くんはSSCで影法師のスキルを見ている。そのうえでアケローンにダブルアタックを付与して攻撃しているのであれば、彼の手札に影縫いに対抗するカードがある可能性が高い。ならば、ここは一旦通すべきだ。


 私はアケローンの攻撃をくらい、フィードバックの痛みで顔をしかめる。


「この瞬間、冥界の槍の効果を発動!相手モンスターへの攻撃に成功した時、MP1を回復する!」


 冥界の槍は攻撃回数に生じてMPを回復するカードか……なるほどね。


「私はMP2を消費して影法師のスキル、影渡りを発動!デッキから影と名のつくカードを1枚手札に加える!私はデッキから魔法カード、影呑みを手札に加える!」

「やっと反撃かァ?待ちくたびれたぜ!オラッ!アケローンでダブルアタックだァ!!」

「うわあっ!」

「影法師!……っ!」


 影法師の体力が4になる。大幅に削られたが予定通りだ。


 基本的に、サモンマッチにおける数値の計算は端数を切り捨てた値となる。数値の半分の値と定義された場合、3だと1に、1だと0になる。だから、与えたダメージ等の数値の半分でMPや体力を回復させる装備を使ってる場合、火力を上げれるカードやモンスタースキルを持っている事が多い。


「なんだよ。なんもしねェのかァ?んならこのまま攻撃だ!ヴェズルフェルニル!影法師を攻撃!!」


 逆に、回数で回復させる場合は火力を上げるカードが少なく、手数を増やし、相手の動きを制限して攻めるコントロールやロックデッキが多いのだ。


 私が何もせずに攻撃を受けているのを尻目に、ダブルアタックを付与したアケローンの攻撃力を上げなかったのがその証拠だ。きっと、彼の手札は火力を上げる効果のものより、此方を妨害するカードが多いのだろう。


 ならば、このままMPを回復させたら私は何も出来ないままマッチが終わってしまう。渡守くんの独壇場にさせない為にも先ずはMPを根こそぎ奪わなければ!!


「私は!MP2を消費して影呑みを発動!!このフェイズ中に相手のモンスターによって攻撃を受けた時、その受けたダメージ分のMPを相手から奪う!!」

「なっ!?」


 渡守くんのMPは5もあったから何かしらしてくるかと思ったが、運が良いことに魔法カードの効果を打ち消すカードはなかったようだ。


 ……何となく、彼のデッキ傾向が見えてきたな。


 恐らく、彼は能動的なコントロールデッキだ。積極的に相手のリソースを奪い、行動を制限して場を制するタイプだろう。私の受動的なコントロールデッキーー相手の動きに合わせて行動を抑制するタイプの戦略との相性はトントンといったところか。


 ならば、このマッチ。火力による殴り合いよりも、読み合いが重要になってくるだろう。冷静さを欠いた方が敗けだ。


 渡守くんは影呑みの効果を受けて、MPが5から0に下がる。私のMPは6になり、渡守くんが此方を見るのを見計らって口を開いた。


「流石に準備体操第一ぐらいは終わったんじゃないですか?」


 渡守くんが鋭い眼光で睨む。私は自分の中にある恐怖心を悟られないよう、ニヤリと口角を上げて虚勢を張った。


「それとも第二までやります?」

「テメェ……」


 彼の口はよく回る。相手のペースに呑まれる前に、此方のペースに引き込まなければならない。


「やりすぎて逆効果になってもしりませんよ」

「……言うじゃねェか」


 生き残るために、マッチも会話も、主導権を握るんだ私!!


「だったらお望み通り!ボッコボコにしてやるよォ!!」


 これで相手も本気になった。さぁ、こっから本腰を入れるぞ!

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