ph76 クロガネからの情報


 私は覚悟を決めてイヤーカフにマナを送った。


 案の定、先輩はどんな反射神経してんだとツッコミたくなる速さで応答した。電話のビジネスマナーで1コール待った方が良いと言われている理由を実感したな。秒で出られるのくっそ怖い。マジでビビるからやめてくれ。


『サチコか?』

「えーっと、はい。サチコです。先輩、今お時間は大丈夫ですか?」

『勿論だ。どうしたんだ?』

「……取りあえず、現状報告をしますね。私達のチームはSSSC本選に通過しました。今は明日の本選まで、本選通過者用の待機施設で休んでいます」

『そうか!流石サチコだな!まぁ、サチコなら通過すんのも当然か』

「ありがとうございます。それと……」


 ふと、刻印の事を伝えても良いのだろうかという考えが脳裏を過る。


 下手に新たな刻印を刻まれましたー!なんて言ってみろ。先輩の異常な過保護さを鑑みるならば、考えなしに1人でダビデル島に乗り込んで来てもおかしくない。


 ここは慎重になった方がいいなと思考しながら言葉を選んだ。


「SSSCの運営と精霊狩りワイルドハントは、ほぼほぼ黒とみて間違いなさそうです」

『何かあったのか?』

「私達が待機している施設は本選会場も兼ねているんですけど、その施設がヒョウガくんが精霊狩りワイルドハント時代に本拠地として使用していた建物らしいんです。……物的証拠を調べようにも軟禁されていて、自由に動く事が出来ない状態なんですが、状況証拠的には十中八九黒かと……。」

『……なるほどな』


 思ったよりも冷静だな。軟禁って言葉にも反応しないし、身構える必要なかったか?


『サチコ。お前今、1人じゃねぇよな?』

「えぇ、タイヨウくんとヒョウガくん、3人一緒にいます」

『ならいい』


 ヒョウガくんがいることにもツッコまないなんて珍しいな。別にツッコまれたい訳ではないが、普段と違う対応のクロガネ先輩に何かあったのではないのかと不安になる。


『こっちも収穫はあった。サタンについてだ』


『あくまでも俺の予想だが、精霊狩りやつらはSSSC本選でサタンを実体化させる可能性がある』


 私は先輩の言葉に息を飲む。ダビデル島がサタン実体化の為に作られた人工島であることはヒョウガくんから聞いていたが、SSSC本選で実体化させるだと?本選で何か行われると言うのだろうか?一体先輩はどんな情報を掴んだんだ?



『SSSC参加者全員に配られたMDマッチデバイス。ありゃ、マッチをする事で加護持ちのマナを自動操作し、デバイスを通してリンクさせる装置だ。擬似的なマナの循環だな。だからバトルフィールドがなくてもマッチが出来る仕様になってんだよ。マナ使いが実際に循環する程の即効性はねぇが、何度もマッチすりゃ似たような効果が得られる。そうやって加護持ちをマナ使いにするつもりなんだろ。マナ使いには何の支障もねぇが、只の加護持ちが使うならもって1日の代物だ。それ以上は身が持たねぇよ。使用頻度によっちゃぁ相当なダメージを負うことになるだろうな』


 マナの循環だって!?下手したら死ぬ可能性だってあるのに!?なんつぅ物を渡してんだ運営は!


『SSCは加護持ちの選定、SSSC予選はマナ使いになる可能性のある者の選定つぅところだな。予選敗退者も選定された加護持ちなら、精霊狩りやつらの基準を満たした精霊を持ってる。身体がぶっ壊れてても上等な精霊を持ってんなら精霊狩りワイルドハントから手厚い看護を受けるだろうよ』


 それ、絶対録な看護じゃないですよね?精霊狩りワイルドハントからって時点で嫌な予感しかしないんですけど!?


『んで、重要なのはこっからだ。俺の予想通りなら精霊狩りやつらが本格的に動き出すのはSSSC本選だ。目的はMDマッチデバイスを使って選手の精霊を強制的にレベルアップさせること……レベルアップつぅより、精霊をレベルアップさせる事によって生じる空間の歪みが狙いだ』

「空間の歪み、ですか?」

「まさか!?そういうことか!!」

「な、何だ?何がどういう事なんだ?」


 ヒョウガくんはクロガネ先輩の説明で察しがついたのか、悔しそうに壁を叩く。タイヨウくんは状況が理解出来ずに狼狽えていた。



『精霊の実体化は、簡単に言やぁ精霊の魂が宿ったカードを触媒にしてその本体を精霊界からマナで人間界に引っ張ってきて召喚してんだよ。けど、サタンの場合は魂そのものが精霊界で封印されちまってる。膨大なマナがありゃ紛い物なら作れるが、本物は呼び出せねぇ。完全な実体化をさせるには封印を解く必要がある。……が、その肝心なサタンの封印は精霊界にある。封印を解くには直接精霊界に行く必要があんだよ』

「!……もしかして、レベルアップは精霊界へ行く手段って事ですか!?」

『あぁ』



『空間にダメージを与えて歪みを作り、その歪みから行く算段だろうな。そんで、奪った精霊のマナと生け贄使って実体化ってとこだろ』


 ……なるほど把握した。把握したくなかったけど把握してしまった。



 マナ使いになるには外法だが、マナを循環させるのが手っ取り早い。ヒョウガくんが良い例だ。それに、マナを循環させてしまえばレベルアップも容易に出来るようになる。まさに一石二鳥だ。もしかしたら、本選に出場する選手は無意識でレベルアップを習得している可能性もある。習得していなくともその土台は出来てしまっているだろう。


 それに、クロガネ先輩の予想が正しければアレスが本選を明日と断定した事にも辻褄が合う。


 加護持ちがMDマッチデバイスを使用出来るのは1日。精霊狩りワイルドハントにとってはマナ使いになれない加護持ちは必要ないのだ。本選で事を起こすつもりなら4チーム揃わなくともマナ使い、更に言うなら精霊をレベルアップさせる事が出来るマナ使いがいればそれでいいのだ。


 そう考えるならば本選が行われるかも怪しくなってきたな。本選開始前にMDマッチデバイスを使用して強制的にマナを循環し、精霊をレベルアップさせてしまえば精霊狩りかれらの目的は達成される。それによって被害を被るサモナーがどうなろうと精霊狩りかれらは知ったこっちゃないのだから。本当、とんでもない組織だよ。不愉快極まりない。


「……それにしても、そんな情報よく仕入れてきましたね。どんだけ危ないことしてきたんですか」

『RSE事件について調べてたら、癇に触るロボットと出くわしてな。ぶっ壊してデータ引っこ抜いたら出てきた』


 ちょっと待て。そのロボットってまさか他人の私物とかじゃないだろうな?癇に触っただけで器物破損とかやっぱ先輩ってやべぇよ。どういう情操教育したらこう育つんだよ。もっと常識を学んでくれ。……いやでも、サタンの情報が出てきたって事は録な人物じゃなかったりするのか?それならセーフか?



「……っRSE事件……」

「……ヒョウガくん?」

「ヒョウガ?」


 RSE事件という単語に反応し、ヒョウガくんの表情が歪んでいる。


 RSE事件ならば数年前にニュースで聞いた覚えがある。確か、ローズクロス家を狙った爆発テロ事件だったっけ?しかも、ローズクロス家関係者に多くの被害者が出たと報道されていたな。


 そういえば、ヒョウガくんのお父さんって元々はローズクロス家の関係者だったよね。あんなに辛そうな表情をしているという事は、その被害者の中に彼の親しい人物がいたのだろうか?


『……その事件を調べてたら色々と証拠は揃った。今は天眼てんがん家に令状を請求してる所だ』


 ヒョウガくんの心情が心配になり、声を掛けようとしたが、先輩から出たビックネームに意識が持っていかれた。


 天 眼 家 !?


 天眼家と言えば、三大財閥の一つでサモンマッチに関する司法を取り持ってる財閥だ。サモンマッチ規約に関する事項を決めているのもだいたいが天眼家だ。


『大義名分はあったが相手が相手だ。万が一に備えて令状はあった方がいいだろ。手続きに多少時間がかかりそうだが、明日の本選には間に合わせる。が、もしも間に合わなかったらてめぇらで時間を稼げ。あ、サチコは無理すんなよ?精霊狩りくそどもに狙われてんだ。俺が迎えに行くまで安全な場所でじっとしてろよ?』


 ……思ったより落ち着いた反応されて拍子抜けだったな。ほぼ黒確定とか、軟禁されてるとか言ったら、過保護な先輩の事だ。状況も考えず無鉄砲に此方に来ようとしたらどうしようと悩んでいたが、自意識過剰だったようだ。


 いやはや恥ずかしいと思いながら、これなら刻印の事を話しても問題なさそうだ。



「あと、伝え忘れたんですけど刻まれた刻印が3つになりました。でも、特に異常はないので……」

『は?』


 あれ?


『3つ?今、刻印が3つになったっつったのか?』


 先輩の声のトーンが低くなってね?心なしか伝わるマナの禍々しさが増したような気もする。


『青髪ぃいいぃぃ!!てめっ、どういう事だぁ!!なぁにが俺に出番はねぇだぁ!?全っっっ然守れてねぇじゃねぇか!!』


 さっきまでの冷静なお前は何処行った。


 君の地雷が分かんないんだけど。何?何処までが良くて何処からがダメなの?君の過保護スイッチ押さないようにする為にはどうしたらいいの?誰か先輩の取り扱い説明書を用意してくれ。切実に。



『あ゛ー、やっぱ無理だ!耐えらんねぇ!!今すぐ向かーー』

『待て待て待て!落ち着けって!』

『あ゛ぁ゛!?離せや!!あいつ等じゃ話しになんねぇ!俺が直接サチコを守る!』

『だぁかぁらぁ!それについてはさっき話し合ったろぉが!今は戦力を整えんのが先だ!お前一人で突っ込んでも意味ねぇの!!』

『もう義理は通しただろぉが!どうせもうやる事はねぇんだ!待つだけなんざやってられっか!』

『あのなぁ、いざ突入って時に指揮官不在とかありえねぇの!お分かり?』

『うるせぇ!そんなん親父にやらせとけ!俺はサチコの元へ行く!邪魔すんな!』

『お前の親父は他に……って、あ゛ー!面倒臭ぇ!!嬢ちゃん絡むと本当に面倒臭ぇ!!』


 いつもの軽口は消え失せ、本音で愚痴るブラックドッグに彼の苦労が垣間見えた気がした。


 私が先輩といる時は静かに隠れてるか後ろで爆笑しているかのどちらかだったから気付かなかったけど、もしかして、私の知らない場所では先輩の暴走を止めていてくれたのだろうか?だったら申し訳ないな。今度からブラックドッグには優しく接しよう。


『TPOを考えろっての……ったく、嬢ちゃん!悪いな!此方は何とかしとくから、そっちはそっちで頑張ってくれ!じゃ、また明日な!』

『おい待てブラック!俺はまだサチコとーー』



 ブラックドッグが無理やり通信を切ったのだろう。ブツリと通話が途切れる音が聞こえ、イヤーカフからは先輩のマナを感じなくなった。


「……なぁ」


 私がイヤーカフをポケットに入れていると、神妙な顔をしたタイヨウくんに声を掛けられる。


「俺、先輩の言ってる事ほとんど分かんなかったけど、明日の本選でやべぇ事が起こるってのは分かった……そんで、SSSC予選敗退者が精霊狩りワイルドハントから酷ぇ目に合わされてるって事も……俺達、ここでじっとしててもいいのかな?今この瞬間にも傷ついている人や精霊がいるんだろ!?だったら速く助けにいかねぇと!!」

「落ち着ついてタイヨウくん。焦りは禁物だよ」

「けどよ!」


 タイヨウくんの気持ちは分からないでもない。私ですら現状を知ったうえで見て見ぬ振りをするのは気分が悪いのだ。正義感の強いタイヨウくんなら尚更だろう。けれど、私達はおとぎ話に出てくる英雄ヒーローではない。無策で精霊狩りワイルドハントに挑むなんて愚行をおこさせる訳にはいかないのだ。


 物事には順序がある。しかし、まだ子供のタイヨウくんにそれを分かれと言うのは酷だろう。ならば、彼よりも大人である私が、納得させる事が難しくとも説得するしかない。


 私はケースからデッキを取り出し、タイヨウくんの視界に入るように顔の横まで持ち上げた。


「色々と思うとこはあるかもしれないけど、こっから出る方法もないんだし、何があっても対処できるように明日に備えてデッキ構築をする。それが今の私達に出来る最善だよ」

「……」

「私だって悔しいよ。何も出来ない自分が腹立たしくてしょうがない。でも、だからこそ肝心な時に動けるよう万全な体制を整えなきゃ」

「サチコ……」

「必ず助けるんでしょ?なら、今は耐える時だよ。違う?」

「……そう、だな。サチコの言う通りだ……」


 タイヨウくんは思い切り自身の頬を叩くと、うおっしゃぁ!と変な雄叫びを上げた。


「ここでウジウジしててもしゃーねぇもんな!俺、デッキ考えてくる!」


 笑顔に少し陰りがあったが、それでもいつもの調子を取り戻そうと明るく振る舞うタイヨウくんに、もう大丈夫だろうと、暗い顔をしているもう一人の方へ顔を向ける。


「ヒョウガくんも……何があったか知らないけど、いくら悔やんでも過去は変えられないよ。だったら、今やるべき事に集中しよう。後悔なら全てが終わった後にいくらで出来るでしょ」

「……分かっている」


 ヒョウガくんもデッキを取り出し、無言でカードの確認を始めた。


 少し冷たい言い方だったかなと思わないでもないが、今の彼は下手な慰めの言葉よりもこうして発破をかけた方が良いだろう。そう判断し、チクチクと痛む良心と、明日に対する不安を無理やり押さえつけ、私も予備のカードをケースから出してデッキ構築に取りかかった。



 






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