ph77 SSSC本選会場に集まった4チーム


 自然と目が覚め、すっと意識が浮上した。慣れた手つきで枕元にあるスマホを取り、電源を入れて時間を確認するとまだ四時半だった。


 起きるには早すぎる時間だが、二度寝する気にはなれず、ぐっと背伸びをしながらベットから起き上がった。


 喉が渇いていたので、部屋に備え付けられている冷蔵庫に飲み物を取りに行こうと、隣のベッドで寝ているタイヨウくんを起こさないように静かにベッドから下りる。すると、既に起床し、じっと窓の外を見ているヒョウガくんの存在に気付いた。


 目の下にクマを携え、悲痛な面持ちで窓の外を眺めている。きっと、精霊狩りワイルドハント関連で思い詰めているのだろう。そんな彼を無視する事が憚れ、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してからヒョウガくんの元へ向かった。


 気配を消しながら近づき、無防備な首元に冷えたペットボトルを当てると、ヒョウガくんはビクリと肩を揺らしながら振り返った。


「辛気臭い顔してどうしたの?」

「影薄……」

「おはよう。ヒョウガくん」


 視線で非難を訴えてくる彼に、ごめんごめんと謝りながらペットボトルを持っている右手を差し出す。


「飲む?」

「大丈夫だ」


 首を横に振りながら手で製されたので、私は右手を元の位置に戻し、ヒョウガくんと向き合うように視線を合わせた。



「その様子だと、あまり眠れなかったみたいだね」

「そんなことは……」

「クマ、できてるよ」

「…………」


 私の指摘に、ヒョウガくんは誤魔化すように視線を反らす。


「……あのさ」


 私はヒョウガくんの隣に並び、彼が見ていたであろう景色を眺める。


「ヒョウガくんはSSSCが終わったらさ……サタンも、精霊狩りワイルドハントも、全部片付いて日常に戻ったら、何がしたい?」


 ちょうど日の出の時間だったようだ。朝日に照らされた氷山は宝石のようにキラキラと輝いている。


「私はミルクティーを飲みながらガトーショコラが食べたいなぁ。あ、茶葉はサモナティーヌの1番高いやつね。これは譲れない。頑張ってくれた影法師にはいっぱいパンケーキを焼かないとなぁ。あんまり実体化させてないから拗ねてるし、結構な大仕事になりそうだ。それで、口いっぱいに詰め込んでる影法師を、パンケーキを喉に詰まらせるんじゃないかって心配ながらも好きな小説を読んで、いつの間にか疲れて寝落ちしちゃって……そういえば、明後日は新刊の発売日じゃん。買いに行かなきゃ。ずっとマッチづけだったしハナビちゃん達とも遊びに出掛けたいな。せっかくの夏休みなんだし、夏祭りとかにも」

「悪い、影薄。今はそんな気分じゃーー」

「だからだよ」


 私は窓の外に向けていた視線をヒョウガくんの方へ戻す。


「落ち込んでいる時ほど楽しい事を考えなきゃ。気が滅入っていたら上手くいくものもいかないよ。それに、目的を達成する為の動機づけって大事だしね」


「お姉さんを助けたいって気持ちも十分な動機にはなるけどさ、助けた後にお姉さんと一緒にやりたい事があった方がもっと良いでしょ?」


 私がそう言って笑いかけると、ヒョウガくんは目をパチクリさせながら驚いていた。


「何故姉さんの事を……」

「忘却の刻印を刻まれた時、君がもう失うわけにはいかないって、姉さんだけでも俺がって言ってたからさ。もしかしてと思って、ね」

「あぁ、あの時か……」


 私はベッドを指差し、ヒョウガくんの視線をお腹を出しながら爆睡しているタイヨウくんの方へ向けさせる。


「タイヨウくん程とは言わないけど、もう少し肩の力を抜いた方がいいんじゃない?心に余裕がないとヒューマンエラーが起やすくなるし、それがミスの連発に繋がるし、そのまま悪循環に陥ってド壺に填まる、なんて事も……だから辛い時こそ前向きにならなきゃ!難しい事を言ってるのは分かってる……でも、お姉さんを助けるんでしょ?だったら、メンタル面も万全でいないと。違う?」


 そう、無理難題を言っているのは分かっている。私がヒョウガくんの立場だったらと考えると、多分、無理だ。孤独とか、悲しみや不安。そういった負の感情に捕らわれ、ずっと黒い、モヤモヤとしたモノを抱え続けてしまうだろう。


 でも、ヒョウガくんにそうなられては困る。ここで彼に立ち止まられたら私が困るのだ。だから出来ない癖に、さも当然だと、口先ばかりの綺麗事を並べる。


 ヒョウガくんのお姉さんが無事なのかも分からないのに、無責任に未来に希望を与える。彼の良心を利用し、自分が少しでも有利になれるように。助かる為にこの口は偽善を吐き出すのだ。


 なんて汚い大人なのだろうか。心が罪悪感でジクジクと痛む。いっその事、お前に何が分かると怒鳴られた方が楽になるかもしれない。

 

「……そうだな。お前の言う通りだ」


 けど、ヒョウガくんはそんな事は言わなかった。フッと表情を緩め、私の言葉を真っ直ぐに受け止める。また、ズキリと心臓が傷んだ。


 ……あぁ、強いな。本当に強いよ、ヒョウガくんは……。


 姉さんだけでも、という事は、この子の母親はもう……。しかも、父親が悪い組織のボスだなんて、普通なら耐えられない。でも、そんな事を感じさせず、気丈に振る舞う彼は本当に強い。私はシロガネくんが拐われた時、シロガネくんの無事を確認するまでとても憂鬱な気分になっていたのに……それが自分の家族で、更に既に死んでしまっていたらと……そう、考えるだけで背筋が凍るのに、何故、彼はこんなに強くあれるのだろうか。


 いや、ヒョウガくんだけじゃない。タイヨウくんも、シロガネくんも、クロガネ先輩も、ハナビちゃんも……みんなみんな、どんな困難にも立ち向かって乗り越えていける力を持っている。この世界の子供たちは強い。強すぎるんだ。


「ありがとう。影薄」


 本当……自分が情けなるほど強くて、眩しいよ。自分の心の醜さが浮き彫りになり、戒めように自身の拳を強く握った。



 って、励ました私が落ち込んでどうする!


 私は心の中で自分を叱咤する。


 切り替えろよ。自分で言ったんじゃないか。気が滅入っていると上手くいくものもいかないって。だったら先ずは私が有言実行しなければ。


「じゃ、じゃあ少しは寝ないとね!目を瞑るだけでも大分違うからさ、取りあえずベッドに横になりなよ」

「お、おい!」


 私は自身の中にあったネガティブな感情を振り払い、ヒョウガくんの背中を強引に押してベッドに誘導しようとする。しかし、ヒョウガくんが抵抗するように足を踏ん張り、前に進む事ができなかった。


「あれ?やっぱり不安すぎて眠れない?しょうがないな。ヒョウガくん頑張ってるしね、君が快眠できるよう特別にサチコさんの腕を貸してあげようじゃないか。それとも頭を撫でる方がいい?」

「余計なお世話だ!!大体、今寝て本戦に間に合わなかったらどうする!!」

「大丈夫、大丈夫。始まりそうになったらちゃんと起こすよ。それに、寝る子は育つって言葉知らない?実際に、睡眠不足は成長ホルモン分泌の妨げになって身長が伸びにくくなるらしいよ」


 私の最後の言葉が鶴の一声となったのか、ヒョウガくんはピタリと抵抗をやめ、窓に移る私と自身を無言で見比べた。


「……ねる」


 うんうん。素直なのは良いことだ。
























 扉の隙間から溢れる光が、長く、暗い通路を照らしていた。


「いよいよだな!」


 タイヨウくんの明るい声が、暗い通路の中で響き渡る。



 ヒョウガくんをベッドに寝かせてから、4時間ぐらい経過した頃、全員のMDマッチデバイスに通信が入った。二人を起こさないよう慌てて通話に出ると、私以外のMDマッチデバイスのコール音が途切れ、ホッと肩を下ろす。


 一体誰だと通信相手を確認すると、アレスからだった。どうやら本戦に出場する4チームが揃ったらしい。だから、1時間後に本選を開始するため、その前に本戦会場に集まって欲しいそうだ。


 そう、必要最小限の内容を伝え終わると通信が途切れ、同時にカチリと鍵が開くような音が聞こえた。多分、扉が解錠されたのだろう。このまま脱出してクロガネ先輩達と合流したいところだが、本戦出場の決まった一般の参加者の事を考えるならば、逃げ出すわけには行かない。


 私は観念するように大きな溜め息をつくと、ヒョウガくんとまだ寝ていたタイヨウくんを起こし、通信の内容を伝える。そして各々準備を行い、本戦が行われる会場の前まで来たのだ。


「今から強い奴らとマッチ出来んだろ?くぅ〜!ワクワクしてきた!速くマッチがしてぇな!」


 いつもの調子で私達に同意を求めるタイヨウくんに、危機感がないとヒョウガくんは呆れながら指摘する。


「タイヨウ、油断するなよ。遊びじゃないんだ。精霊狩りワイルドハントがいつ、どこに現れるかーー」

「分かってる」


 ヒョウガくんは、ふざけた雰囲気を無くし、真剣な表情で自身を見据えるタイヨウくんに、素直に口を閉じた。


「ちゃんと分かってるよ」

「……そうか、ならいい」


 タイヨウくんの先程の言動は、彼なりに自分を奮い立たせようとした結果なのだろう。そう悟ったヒョウガくんは、もう心配はないなと前を向いた。


「じゃあ行こうぜ!!」


 そして、タイヨウくんの号令と共に、覚悟を決めた私達は扉の向こうへと、一歩踏み出した。


















 通路とは一転、強い光が網膜を刺激し、軽い目眩を覚える。パチパチと瞬きを数回程行い、慣れてきた頃合いを見計らって目を開いた。



 SSSC本戦会場は、まるで古代ローマ時代に命のやり取りが行われていたコロッセオのような場所だった。中世ヨーロッパにありそうな城の中にコロッセオとか、どんな建物の作りをしてんだとツッコミが口から漏れそうになったが、そういえばと、ダビデル島事態が出鱈目だったなと出そうになる言葉を無理やり飲み込んだ。


「おっ!影薄サチコと氷川ヒョウガじゃん!お前等も残ってたのかよ!」


 まぁ俺等に勝ったんだし当然かと笑いなが近づいてきたのは牛川アボウだった。そして、一歩引いた位置で立っていた蟻馬ラセツも同様に近付いてきた。


「ん?そこの赤いのがお前等のーー」

「あーーーーー!」


 アボウくんが何かを言いきる前に、タイヨウくんが叫びながら走り出した。もしかしてタイヨウくんも知り合いだったのだろうかと黙って彼の行動を見守っていると、タイヨウくんはアボウくんとラセツくんの横を通りすぎ、その後ろにいた小柄な少年の元へと向かって行く。


「エンラ!!」

「タイヨウくん……」

「お前も予選通過してたんだな!」


 エンラと呼ばれた穏やかそうな少年は、ニコリと笑いながら頷いた。


「あの時はありがとう」

「へへっ!気にすんなよ。困った時はお互い様だろ?」


 親しげに話す2人に、何があったのだろうと困惑していると、アボウくんがポンと掌を叩きながらもしかしてと呟いた。


「お前がぼんの言ってた“タイヨウくん”か!」


 アボウくんは坊ーー多分、エンラくんの事だろう。から聞いていたのか、納得したように頷いている。ラセツくんも同じ様な反応をしているが、私とヒョウガくんは話題についていけない。


 取りあえず、タイヨウくんに聞いた方が速いかと近づき、彼の肩を叩いた。


「タイヨウくん、知り合いなの?」

「おう!コイツはエンラ!俺の友達だ!」


 違う。そうじゃない。私は関係性が聞きたいのではなく、その経緯を聞きたいのだ。


「はじめまして。僕は道六どうろくエンラ。タイヨウくんにはSSSC予選中、砂漠エリアで困っている時にお世話になったんだ。君たちは……チームタイヨウの影薄サチコさんと、氷川ヒョウガくんであってるかな?」

「はい。そうです。私が影薄サチコで、あっちにいる青い髪の男の子がヒョウガくんです」


 エンラくんは私の心の声を察してくれたのか、タイヨウくんの代弁するように説明してくれた。


 ヒョウガくんは会話に混ざるきがないのか、いつもの話しかけるなポーズで壁に寄りかかっている。


「こちらこそ、タイヨウくんがお世話になったみたいでーー」

「おーっほっほっほっ!!」


 聞き覚えのある高笑いが聞こえ、思わず出掛けた言葉を引っ込める。そして声のする方へ顔を向けると、案の定、そこにいたのは宝船アスカちゃんだった。


 アスカちゃんの後ろをちょこちょこと可愛らしい動きで追いかけるナナちゃんとノノくん。そして、その更に後ろに控えるように執事の人がいるが、部外者の彼がここにいてもいいのだろうかと、じっと見ていると、彼の腕にMDマッチデバイスが装着されている事に気付いた。


 は、……え!?嘘でしょ!?あの人小学生!?いやいやいや!どう頑張っても高校生ぐらいにしか見えんぞ!?成長期ってレベルじゃねぇぞ!?


「タイヨウ様ぁ!!昨日ぶりですわね!」

「おう!アスカも予選通過したんだな!」

「わ、わたくし……また貴方にお逢いしたくて頑張ったんですのよ……」

「そうか!俺もまたお前とマッチできるなんて嬉しいぜ!」

「!?わ、わたくしも!!またお逢いできて嬉しいですわぁ!!」



 おい、会話の衝突事故が起きてんぞ。


 アスカちゃんは恥じらうようにモジモジと扇子で顔を隠しながはタイヨウくんを見ている。対するタイヨウくんは、アスカちゃんの恋する乙女的発言を完全に受け流していた。


 ……いや、受け流すというより、気付いてないという表現の方が正しいか。さすがタイヨウくん。あんなあからさまに態度が変わっているのに気付かないとか、鈍感主人公の鑑すぎるだろ。ここまでくるともはや才能だな。マジで。


 会場に入る前の緊張していた雰囲気から一変、ワイワイと身内ノリに変わった空間に、精霊狩りワイルドハントとは違う危機感を察知する。


 このまま会話に巻き込まれると絶対に面倒事にも巻き込まれる。だって、既にナナちゃんとノノくんがアボウくんにからかわれて威嚇してるし、アスカちゃんはエンラくんを追いやってタイヨウくんにベッタリだ。エンラくんはオロオロとラセツくんに助けを求めるような視線を送り、ラセツくんからの無言の首振りに更にオロオロと視線を泳がせている。執事の人はピンと綺麗な姿勢でタイヨウくんを品定めするように睨んでいた。


 うん。絶対にひと悶着起こるな。私もヒョウガくんと同じ様に退避しよう。


 そう結論を出した私は、直ぐ様その場を離れようと一歩引いたのだが、SSSCの司会であるアレスの声が聞こえ、後退しかけた足の動きを止めた。


『SSSC予選を通過した4チームの皆様!お集まり頂きありがとうございます!』


 4チーム?周囲を見渡してもこの場には3チームしかいないのに、何を言っているんだ彼は。


 単純な言い間違いならばいいんだけど……。何だか嫌な予感がする。


 私はそっと自身のデッキに触れ、警戒を強めた。



『まずはSSSC本選を開催する前に!栄光あるSSSC本選の出場権を得た4チームを紹介したいと思います!』


 アレスの声が会場内で反響する。何故かハイテンションになっている彼の言葉を一言一句、聞き漏らさないよう集中する。


『最初に本選通過をしたチームは、僕らは仲良しチーム!友情パワーで世界を照らす!チームタイヨウ!』


 その紹介文使うのかよ!


 緊張もくそもない紹介に、ピンと張り詰めていた空気が緩みそうになるが何とか堪えた。


『続いてたどり着いたのは……人は皆、法の元に平等なり!地獄の裁判所、チームエンマチョウ!』


 アレスによって次々とチームが紹介される。


『3番目はその船に乗せるは金銀財宝と皆の幸運!海の彼方からやっくる縁起物!チームタカラブネ!』


 これで、エンラくんとアスカちゃんのチーム名は出された。残すはこの場にいないチームのみだ。


『そして最後に滑り込み、見事権利を得た幸運なチームは……』


 いったいどんなチームなんだと緊張で固唾を飲みながらアレスの紹介を待つ。



『彗星の如く現れ、次々と迫りくる敵に圧倒的実力差を見せつける謎の集団!その黒いコートの下に隠された姿は一体!?チーム、ワイルドハント!』


 え?今、なんて……。


「よォ」


 ふいに聞こえた声。バッと後ろを振り返り、嫌々なからも声の主を確認する。


「またあったなァ?影薄サチコちゃん」


 声の主は渡守センだった。渡守くんは薄ら笑いを浮かべながら、私を見下ろしている。こんなん聞いてないよと顔が引きつった。

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