ph75 RSE事件跡地への潜入ーsideクロガネー

 サチコとの通信が途切れた後、どんだけマナを送っても反応がなかった。絶対にあの青髪野郎の仕業だと拳を握りながら歯軋りをする。


 出番がないのは貴様の方だぁ?ふざけんなよあの野郎!!サチコとチーム組めてるからって調子に乗りやがって!!次あったら絶対ぇぶ殺っす!!


 感情のままに思い切り壁を殴ると、俺の肩に乗っているブラックが耳元で喚いた。

 

「おい!今は嫉妬してる場合じゃねぇだろ?もっと考えてから行動してくれ。頼むから」

「あ゛ぁ゛?」

「……オーケー、分かった。キレてていい、苛立ってても冷静な判断ができるなら文句は言わねぇ。けど!」


「暴れるのはここを脱出した後にしてくれ!!」


 ブラックの叫び声が真っ暗な空間で響き渡った。


 俺達は今、5年前にRSE事件が起こった研究施設に潜入していた。事件の傷跡が残るこの施設は廃墟となり、今は使用されていない筈だったのだが、サタン関連の研究が行われていたであろう部屋に入った途端にセキュリティシステムが作動し、誘導されるように落とし穴に落とされた。


 どれぐらいの深さか分からねぇが、落下中に餓狼血牙を壁に突き立てて勢いを殺し、頭から地面にぶち当たる、なんて事にはならなかったが、俺が落ちてきた穴は完全に塞がれているようだった。


 ブラックの小言を聞き流しながらも、この場を脱出しなければサチコに会えねぇしどうするかと頭を切り替え、魔法カードで周囲を照らす。


 天井は武器でブチ破れば何とかできんだろ。問題は壁だ。鉄板みてぇにツルツルしてるし、素手で上るのは面倒だな。ブラックに乗ればひとっ飛びなんだが。


「てめぇが変な罠に引っ掛かってなけりゃな。なんだ?そのだっせぇ姿は」

「おいおい、こちとら身を挺してご主人様を庇ったてのによぉ。そりゃあんまりってもんじゃねぇか?」

「頼んだ覚えはねぇ」

「……ほんっと精霊思いのステキなご主人様で涙が出そうだわ」


 ブラックの小せぇ姿はセキュリティシステムの罠による物だ。今のブラックは力を抑制されていてスキルも使えねぇただの犬になっている。俺は手持ちのカードでどうにか出来ないかと考えていると、突然、目の前の壁に人1人が通れそうな四角い切れ目が入り、その切れ目に沿った穴が空いた。


 あから様な誘いにブラックは警戒しているようだが、俺は構わず餓狼血牙を背負い直して穴の方へと向かう。


「お、おい!クロガネ!」


 ブラックは心配しているようだが俺は構わず進んだ。


「こりゃ罠だ。もっと警戒した方が……」

「問題ねぇ」


「罠だろうが何だろうが全部ぶち壊しゃあいい。行くぞ」


 あっちから呼んでくれんのなら好都合だ。青髪野郎のせいで苛立った気分を解消すんのに丁度いい。そうほくそ笑んでいると、ブラックは呆れた様に大きなため息をついた。


「……へいへい。ご主人様の仰せのままに」











 敵に導かれるままに一本道を歩いていると、開けた場所に辿り着いた。


 ヒビの入った魔法陣が描かれている床に、見るも無惨な姿となっている祭壇。周囲には乾いた赤黒い血痕のような後が飛び散っている。

 

「……絵に描いたような事件現場だな。奴さんが実体化したのはここだったりすんのかぁ?」

「……」


 ブラックが嫌そうに顔を顰めるのを尻目に、俺は魔法陣に近づいてじっくりと観察する。消え掛かっていて判断しずらかったか、見覚えのある模様に、その魔法陣がサタン実体化の為の物である事が分かった。


「……みてぇだな。この魔法陣、メモリーカードの中に入ってたモンと同じだ」

「へぇ、こりゃ大当たりを引いたもんだな。ご主人様の運の良さに乾杯したい気分だ」


 ブラックの軽口をいつものように無視しながら、一刻も速くサチコの元に向かうにはどうすりゃいいのかと効率のいい調査方法はないかと模索していると、嫌な視線を感じた。俺は面倒臭ぇなと舌打ちをしつつ、その嫌な視線の方へと武器を向けた。


「おい、さっきからジロジロと気色悪ぃんだよ。用があんなら出て来いや」


 俺が殺気を放つと、相手はあっさりと姿を現す。


 柱の影から出てきた奴は見るからに怪しい格好をしていた。全身を覆うような黒いローブをスッポリと被り、正体は分からない。だが、こんな所にいるんだ。碌な奴じゃねぇだろうと警戒を強めた。


『はじめまして、五金クロガネくん。俺の名前はクリス。クリス・ローズクロス』


 黒フードは、三代財閥の内の一つであるローズクロス家当主の名を騙る。俺は怪訝な顔を隠しもぜずに武器を握る手に力を込めた。


 クリス・ローズクロスだと?んで、ローズクロス家の親玉が1人で廃墟に?嘘くせぇな……。


「てめぇが本人だって証拠は?」

『ないよ。疑いたいなら疑えばいい。君がどう思おうが俺がクリス・ローズクロスである事実は変わらないからね』


 クリスと名乗ったフードの男が両腕を上げながらやれやれと首を振る。


『そんな事より、クロガネくん。君はサタンについて調べにきたのだろう?』

「なんだ?ご丁寧に教えてくれんのか?」

『君が望むのならやぶさかではないよ』

 

 往々とした姿勢を崩さない黒フードに真意が掴めねぇなと、奴のペースに飲まれない為にも、周りくどいことはぜずに直球で聞くことにした。


「……てめぇの目的は何だ」

『君と同じさ。俺もサタンについて調べに来たんだ』


 胡散臭ぇ。つぅか本当にローズクロス家当主ってんならてめぇが1番知ってんじゃねぇのか?そう黒フードを睨み続けていると、聞き分けのない子供を諭すようにゆったりとした口調で弁解する。


『信じられないって顔だね。酷いなぁ。俺は君等の味方さ。本当だよ?君の精霊がメモリーカードを盗むのを黙認してあげたのに信じられない?』

「たりめぇだ。そもそも氷川ヒョウケツはてめぇんとこのだろ」


 精霊狩りワイルドハントもてめぇが企てた産物なんじゃねぇかと言葉に含ませて伝えると、奴は心外だと焦る様子もなく答えた。


『彼の暴走は俺の想定外だ』

「どっちにしろサタンの実体化について研究してたんだろ。言い逃れできねぇ証拠があんじゃねぇか。目の前にな」

『まさか!当時はこんな非道な研究がされてたなんて知らなかったさ!だからRSE事件後に優秀な彼に相応の罰を与えてから、解雇した。それが答えだよ』

「だとしても、RSE事件の隠蔽はどう説明するつもりだ」

『身内にサタン実体化計画を企てた者がいるなんて、ローズクロス家の恥だ。財閥間での立場が悪くなる事を恐れて、つい、隠してしまったんだよ。特にローズクロス家おれら五金家きみらの関係はあまり良ろしくないだろう?これ以上の悪化を防ぐための仕方のない処置ってやつさ。今は反省しているよ』


 ああ言えばこう言う。どっかのクソ犬みてぇな奴だなとデジャビュを感じながら舌打ちをした。 


「まぁいい。ローズクロス家てめぇらがRSE事件を隠蔽していたのは事実だ。サタンの件を含めて御三家で話し合う必要がある。大人しくアイギスおれに連行されるか、ボコられて無理やり連れてかれんのか好きな方を選べ」

『怖いなぁ。五金家とはこれからも良好な関係を築きたいんだ……大事なご子息を傷つけてしまったら軋轢が生じてしまうだろう?』

「てめぇ……」


 奴のふざけた言動に青筋か浮かぶ。


 あの野郎舐め腐りやがって!上等じゃねぇか!完膚なきまでにぶっ飛ばしてやる!!


 俺がカードにマナを込めていると、ブラックは同調するように肩から降りて臨戦態勢を取った。


『それに、君とは個人的に仲良くしたいと思っているんだよ。俺は君に興味があるんだ。……正確に言うなら』


『君のその、黒いマナに、ね……』


 黒いマナ。そう言われて俺はピタリと動きを止める。


 そして、SSCで精霊狩りワイルドハントの拠点に潜入した時、長髪野郎に言われた言葉を思い出した。


 俺の力が異端であると。この黒いマナがあの方が求めている力であると。そう、長髪野郎は言っていた。……その後にサタンの存在を知って、俺はある仮説を立てた。


 俺が産まれた時から持っていたこのマナが、周囲に不幸を呼び込むこの黒いマナが、サタンと同じモノなのではないかと。サタン実体化に協力している疑いのある黒フードに仲良くしたいと言われ、この予想が確信へと近づく。



「……そりゃ、俺のマナがサタンに関連してるからか?」


 俺は奴の一挙一動を見逃さないように気を張り詰めさせながら問う。すると、黒フードはおどけたような演技臭い動作で口を開いた。


『サタン?サタンだって?』





『アッハハハハハハハハハハハハハハ!!』


 俺の疑問に対し、奴は不気味な声で笑った。心底馬鹿らしいと言うように。腹を抱えながら笑う。


『そうだね!サタンなんて君のそのマナがあれば楽に実体化できるだろうね!!』


 ……サタン?まるでサタンなんぞ眼中に無いような発言だな。


『君のマナはサタンとは別のモノだよ。RSE事件で犯人のマナと別のモノであると断定されたのがその証拠さ!!君のマナはサタンなんかじゃない。もっともっと特別な存在のモノだよ!』


 もっと特別な存在だと?……俺のマナはサタンとは関係ないと言っているが、奴のふざけた態度じゃ信憑性は薄い。それに、敵である以上ハナから奴の言葉を鵜呑みにするつもりはねぇ。色々と確認したい事はあったが、この状況で話しても時間の無駄のようだ。



『ここに来た目的はサタンの調査だけじゃなく君の勧誘を兼ねてたんだけどね。その様子じゃ今は無理そうだ』


 もう聞き出す事はねぇなと、身構えて魔法を放とうとした瞬間。






『影薄サチコ』


 奴の口から出た名前に目を見開く。

 

『君の1番大切なモノだよね?』

「てっめぇ!!」


 全身の血が頭に上る。サチコに何をするつもりだと気づいたら斬りかかっていた。


 確実に仕留めるつもりで振り下ろしたが、いつの間にか実体化させていた武器で受け止められ、火花が散る。


 そのまま鍔迫り合いになり、ぜってぇ殺すと睨みつけた。


『彼女に関していい事を教えてあげようか?』

「てめぇに教わる事なんざ一つも……」

『不思議に思った事はないかい?彼女の異常なまでのマナコントロールに』


 奴の言葉に冷や汗が流れる。俺の中にある警報が激しく鳴り響いた。


『財閥の血縁でも無い彼女が何故あんなにマナを扱える?』


 うるせぇ。


『あの精密さは普通じゃない。異常だ。彼女も君と同じ異端なんだよ。……別方向に、だけどね』


 うるせぇ!


『異常な力には常に代償がつくものだ。君の力のようにね。彼女の力はいつか彼女自身を蝕むだろう』


 うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!!


『このまま放っておいたら彼女は……』

「うるせぇんだよ!!」


 俺は奴の言葉を渡ように声を荒げる。


 サチコのマナコントロールの異常さには初めから気づいていた。いや、初めからじゃねぇ。2度目のマッチをした時から薄々勘付いていた。


 サチコとのマッチで負けた時、俺はフィードバックの痛みで気絶した。けど、普通はそんな事ありえねぇんだ。通常のマッチでは、バトルフィールドに描かれた魔法陣の力によってマナが制御されている。危険性を最小限に抑え、安全にサモンマッチが出来るように作られてんだ。気絶する程の痛みなんざ、マナ使いでなけりゃありえねぇ。


 マナコントロールの上達にはマナ使いとのマッチが手っ取り早い。サチコとマッチすればする程、俺のマナコントロールは良くなっていった。まるで、サチコがマナ使いだと言わんばかりに。けど、サチコの様子からマナ使いでない事は分かっていた。ただの加護持ちがマナ使いレベルのマナコントロールを持っていた事を知って俺は不安を抱いたんだ。


 そんなのとんでもねぇ才能だ。サチコがマナ使いになったら、三代財閥や精霊を使う犯罪者共にとっての格好の餌食となる。


 血縁でもない、才能あるマナ使いは財閥にとっちゃぁ使い勝手のいい便利な道具だ。サチコの才能が発覚したら使い潰されちまうのは目に見えている。犯罪者共に利用されるなんざ、もってのほかだ。そんな最悪な未来を現実にしてたまるかと、くそ親父からの提案だって受け入れたってのに!


 サチコにはマナ使いになんざなって欲しくなかった。マナなんて知らないまま、笑って過ごしてくれたらどんなに良かったか……。けど、サチコはマナ使いになっちまった。サチコがなりてぇって言ったんだ。サチコが望むなら俺に止める権利はねぇ。サチコがマナ使いになったんなら仕方がねぇ。もう、後には引けなくなった。サチコがくそみてぇな奴等に利用されないよう、何があってもサチコだけは絶対ぇ守ると決めた。


 財閥からも、親父からも、精霊狩りワイルドハントからも!サチコを狙う全てから守るって誓ったんだよ!!


 サチコを狙う奴等は全員敵だ。サチコに手ぇ出すってんなら……。


「容赦しねぇ」


 最大の苦痛を与えて殺してやる。


 俺はありったけの殺意を放ちながら武器を持つ手に力を込めた。



『……君は勘違いしているようだね。逆だよ。俺は彼女を助けたいと思っているんだ。彼女の才能が俺の知っているモノが所以であるなら、彼女が助かるためにはーー』

「ブラック!!」

「はいよ!!」


 俺はカードに込めていた力を解放し、奴に向けて特大の炎を飛ばす。流石に炎は受け止められないのか、後退するように後ろにジャンプした。


 逃すか!!


「さっきからベラベラとうっせぇな……そんなに喋りてぇなら…………てめぇを捕まえた後に洗いざらい聞いてやるよ!!監獄でなぁ!!」


 黒フードの動きの隙をついて思い切り餓狼血牙を振りかぶる。すると、奴の体に直撃し、柱までぶっ飛んだ。黒フードがぶつかった衝撃で柱の一部が壊れ、砂埃が舞う。


 もう動けねぇだろと餓狼血牙を肩に背負いながら近寄り、念のためにと本当にクリス・ローズクロス本人であるか確認する為にフードを取った。


「!?」

『彼女の事なら……ザザッ……五金コガネ、彼が1番……ザザッ……知ってるかも、ね……』


 フードの下にあった顔はクリス・ローズクロスではなかった。いや、そもそも人間でもなかった。人の形をした模型のようなロボットがバチバチとショートしながら俺を見ている。


『彼女が大切であればある程……ザザッ……全てを知った時、……ザザッ……君は俺の手を取るよ』


 ノイズ混じりの声か俺に語りかける。


『そう、君なら絶対に……ね……』


 ローズクロス家当主と名乗っていたロボットはそう最後に言い残すと、事切れたように壊れた。





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