ph72 タイヨウVSアスカの決着

 影法師が任せて!と言いながら影の中に潜って行く姿を見送っていると、ヒョウガくんから大丈夫かと心配された。多分、刻印を刻まれて直ぐに精霊を実体化させたから気遣ってくれてるのだろう。私は問題ないと頷きながら、私の為にモンスターのスキルを発動させている双子の方へと顔を向けた。


 精霊の力を使っているせいだろうか、ナナちゃんとノノくんはどことなく疲れた表情を浮かべていた。精霊の力を使うのにも体内のマナを消費する。加護持ちは無意識にマナを操って精霊の力を発動する事ができるが、マナをコントロールできない分、体に相当な負担がかかってしまうのだ。マナ使いではない双子にこれ以上スキルを発動させ続けるのは酷というもの。何より、私自身幼い子の体を酷使させるのは心苦しい。


 私は双子にスキルの使用を止めさせる為、ナナちゃんの肩を叩きながらもう十分だと伝えた。すると、特に反抗されることもなく、素直に精霊をカードの中に戻してくれたのでほっと息を吐いた。


 私が改めてお礼を言うと、満更でもなさそうにお嬢様に言われたから仕方なく治療してあげただけなのです!貴方の為ではないのです!と可愛いツンデレを披露してアスカちゃんの元へと戻って行った。そして、内容は分からないが、双子は私に指を差しながらアスカちゃんに耳打ちしていた。アスカちゃんは双子の指先にいる私に視線を向け、様子を伺っているようだ。


 私がありがとうという意味を込めてヘラリと笑うと、彼女の顔が赤く染まった。そして、照れ隠しなのかアスカちゃんは真っ赤になった顔を扇子で隠しながらそっぽを向いた。


 ……さっきから双子といいアスカちゃんといい何なんだ?可愛いのバーゲンセールが止まらないんだが?良い子すぎて心が浄化されそう何ですけど。


 可愛い反応にニコニコしながらアスカちゃんを見ていると、彼女は赤い顔を誤魔化すように扇子で扇ぎながら晴後タイヨウ!とタイヨウくんの名前を叫び、急かすようにマッチを再開させた。


 私は精霊狩りワイルドハントの動向を気にしつつ、向き合う二人のフィールドを見ながら気持ちを切り替えるようにマッチの状況を整理する事にした。


 フィールドは弁財天の攻撃が終了し、タイヨウくんのドローが終わった状態で止まっている。


 タイヨウくんの手札は3、MPは7。そして彼のモンスターは残り体力が1のドライグのみ。


 アスカちゃんの方は手札が1、MPは3。モンスターは弁財天のみで残り体力は13だ。


 パッと見はタイヨウくんの方が部が悪く感じるが、彼のMPは7まで溜まっているし手札は3枚もある。まだまだ逆転できるチャンスはある。だけど、このフェイズで決めなければ、次のアスカちゃんの攻撃を耐えるのは難しいのも事実。出来るならこのフェイズで決めたい所ではある。


「俺は手札から装備カード大地の宝玉をドライグに装備!装備したモンスターの攻撃力をプラス1する!!そんで、MP1を消費して魔法カード、受け継がれる意思を発動!このフェイズ中、モンスターのスキルを使用する時、自身の倒されたモンスターの数だけMPを軽減することができる!」


 装備カードにより、ドライグの攻撃力は3となった。これでドライグのスキル、湖からの目覚めを発動し、攻撃力を倍にしたとしても6。ダブルアタックしても最大ダメージは12だ。弁財天の残り体力には届かない。どう攻めるのだろうかと眺めていると、タイヨウくんは最後の1枚であった手札を掲げた。


「更に、MP1を消費して魔法カード、大地から蘇る力を発動!自身の倒されたレベル2以下のモンスターのスキルを使用する事ができる!!俺はノミノノームのスキル、鍛治士の打ち直しを発動させる!このフェイズ中、選択した装備カードの攻撃力が2倍になる!俺が選択するのは大地の宝玉だ!」


 なるほど。これでドライグの攻撃力は4となった。スキルを発動させれば8になり、ダブルアタックを成功させれば合計ダメージは16。残り体力が13の弁財天を倒すことが出来る。


「バトルだ!ドライグ!弁財天を攻撃!」


 ドライグが弁財天に向かって走る。タイヨウくんはドライグが攻撃を仕掛ける瞬間を見計らってモンスタースキルを発動させた。


「MP1を消費してドライグのスキル湖からの目覚めを発動!自身の攻撃力を倍にする!!」

「きゃああ!」


 ドライグの攻撃が成功し、弁財天の体力が5になる。


「俺はもう一回、湖からの目覚めを発動してドライグで弁財天を攻撃する!ドライグ!ダブルアタックだ!!」


 再び、攻撃力が8となったドライグが弁財天に攻撃を仕掛ける。この攻撃が決まればタイヨウくんの勝ちが決まると、私は生唾を飲み込んで見守った。


「わたくしは!MP3を消費して弁財天のスキル、吉祥の姿を発動いたしますわ!相手から受けるダメージを、マッチで倒されたモンスターの数の数値分だけカットする事ができますわ!」


 しかし、そう簡単に攻撃が通る筈もなく、アスカちゃんはドライグの攻撃に合わせてモンスタースキルを発動させた。


 マッチで倒されたモンスターの数?ということは、自身のモンスターと限定していない事になる。ならば、このマッチで倒されたモンスターはタイヨウくんのモンスターも含め4体。軽減ダメージは4となる。ドライグの攻撃力は8だ。つまり、弁財天が受けるダメージは……。


「……残念でしたわね。これで貴方のバトルフェイズは終了でしてよ」


 弁財天は消えなかった。ダメージを軽減したことにより、体力を1残して耐えたのだ。アスカちゃんは勝利を確信するように高笑いをした。


「おーっほっほっほっほ!さぁフェイズを終了させなさい!わたくしのフェイズで終わらせて差し上げーー」


 アスカちゃんの言葉は最後まで続かなかった。タイヨウくんがその言葉を渡るように声を上げたからだ。


「俺は!MP1を消費して大地の宝玉を破壊し、効果を発動!!」

「え」


 タイヨウくんは手のひらを開いた状態からぎゅっと握り拳を作り、宝玉を破壊するような動作を行う。


「大地の宝玉が破壊された時!装備していたモンスターは再度攻撃する事が出来る!!」

「何ですって!?」


 破壊されて飛び散った破片が輝きながらドライグに降り注ぐ。まるで、ドライグに力を与えているようだった。


「ドライグ!いけぇ!再、再、攻撃だぁ!!」


 ドライグは咆哮を上げながら、弁財天に向かって自身の爪を振りかざした。アスカちゃんのMPは0、魔法カードは使えない。ドロップゾーンから発動するカードもない。ドライグの攻撃から逃れる術は残されていなかった。


「そんな!?わ、わたくしが……わたくしがこんな所で……きゃああああ!!」


 ドライグの爪が弁財天を引き裂き、残り体力が0になる。弁財天は消滅し、フィールドにはドライグだけとなった。タイヨウくんの勝利である。

















 マッチが終わり、M Dマッチデバイスが私たちのチームにポイントが増えたこと知らせるように、ピピピと電子音を鳴らした。


「アスカ!」


 バトルフィールドが完全に消えると、タイヨウくんは座り込んでいるアスカちゃんの方へと駆け寄って右手を差し伸べる。


「楽しいマッチだったぜ!またやろうな!」


 タイヨウくんはマッチした相手は全員友達だと豪語しているだけあり、マッチ前の少し距離のある雰囲気から一転、仲の良い友人に対するかの如く話しかける。しかし、アスカちゃんは彼の友好的な態度が気にくわないのか、嫌悪感を漂わせながら彼の手をパシンとはたき落とした。


「慰めの言葉はいりませんわ!」

「うわっ」


 タイヨウくんが叩かれた手を擦っていると、アスカちゃんは自力で立ち上がり、剣幕な表情のままタイヨウくんを睨みつける。


「わたくしは負けたのです!」


 そんな攻撃的な彼女の姿に、私は謎の既視感を感じた。


 ……何だ?この感じ……。何処かで似たような経験をしたぞ。


 何処でだっけと頭を悩ませながら、アスカちゃんの急変した態度に彼女の情緒が心配になるが、主人公なら上手いことやれるだろうと静観することにした。


「弱者に情けなど無用ですわ!!……勝負は一度きり。やり直しなんてありませんのよ」


「わたくしは、宝船家に連なるものとして常に勝ち続けなければなりませんの……」


 ……あぁ、そうか。

 アスカちゃんの発言、辛そうな表情を見て、その既視感が何かを思い出した。


「……敗者は宝船の名を名乗る事は許されない……当然、シロガネ様のフィアンセとしての資格も無くなってしまいましたわ」


 彼女は五金兄弟と同じなのだと。彼等が負ける事は許されないと思い込んでるのと同じように、彼女も敗北が許されないモノだと心底思っているのだ。


「だって……宝船家にも五金家にも弱者は不要なのですから……」


 さすがマッチ至上主義の世界。どいつこもいつもマッチマッチマッチマッチって……どうしてこの世界の人、特に権力者はマッチの腕に拘るのだろうか?全くもって馬鹿馬鹿しい。一度の敗北で全てが終わる人生なんぞクソくらえだ。ぶっちゃけマッチが弱くても良くないか?マッチが強いからって何?そんなもんより人間性の方が大事だろうが。それで必要ないって言われるのならばこっちから願い下げだわって言ってやれ。と、言いたいところだが、私の考えがこの世界で異質であることは重々承知している。それに、実質問題、この世界においてはマッチが強くなければどうにもならない事はある。前の世界の価値観を押し付けても相手は納得しないだろう。でも、だからといってこのまま放置するのは私の気分が良くない。


 何て言葉を掛ければ彼女の憂いを晴らせるのだろうか。


「マッチで結果を残せないわたくしなんてーー」

「何言ってんだ?」




「お前、強いじゃん!」


 ……おうふ。さすが主人公だわ、本当にすごいなタイヨウくんは……。


 アスカちゃんのナーバスな話をものともせず、タイヨウくんが当然のように、あっけらかんと言葉を発する。


「資格とかそんなんは良く分かんねぇけど、お前、強いじゃん!マッチした俺が言うんだ!自信持てよ!」

「だ、だからわたくしに慰めなどいらないと……」

「慰めなんかじゃねぇよ!」


 彼の飾らない言葉が、彼の素の態度から、本心であると伝わる。それが、彼女にどれ程の影響を与えているのかを知らずにタイヨウくんは言葉を紡ぐ。


「アスカは強ぇよ。だって、お前とのマッチ、すっげぇワクワクした。こんなに強い奴と戦えてすっげぇ嬉しいって、もっともっとお前とマッチしたいって思ったってのに……これっきりなんて、そんな寂しいこと言うなよ」


 ……あー、うん。私は特に何も言う必要はなさそうだな。いらない心配だったな。



「俺はお前ともっとマッチがしたい。お前は違うのか?」


 タイヨウくんは嘘偽りなく、彼女にとって欲しい言葉をスラスラと言う。


「わたくしは……」


 タイヨウくんの言葉が心に響いたのか、アスカちゃんは俯きながら搾り出すようにか細い声で呟いた。


「……本当に、わたくしとマッチがしたいのですか?負けてしまったのに……弱いわたくしにそんな価値など」

「当たり前だろ!」




「晴後……タイヨウ……」


 アスカちゃんは溢れそうになる涙を堪えるように唇を噛み締め、扇子で顔を隠して大きく深呼吸する。


「晴後タイヨウ!」

「お、おう!」


 突然、アスカちゃんに大声で名前を呼ばれ、タイヨウくんは思わず後退りした。


「今回はわたくしの負けですわ……ですが!次はこうはいきませんことよ!」


 彼女の中で、どんな葛藤があったのかは分からないが調子を取り戻したのだろう。アスカちゃんは高笑いをしながら自信満々に宣言をした。


「あぁ!再戦待ってるぜ!」


 タイヨウくんもそれに応えるように明るい表情で頷いた。






 マッチを終え、アスカちゃんたちは移動するためか、最初に登場した時と同様に執事の人に飛行船を実体化させた。


「……一つ、忠告してあげますわ」


 執事の人が実体化させた飛行船に乗り込みながら、アスカちゃんは振り返って真剣な表情で口を開く。


「わたくし以外にもこの場所を目指し、進んでいるチームがいましたわ」


 アスカちゃんは私の方へと視線を向けながら言葉を続ける。


「手負いの仲間がいるのならば、囲まれる前に移動する事をオススメいたしますわ」


 彼女の気遣うような視線に、あぁ心配してくれてるんだなと察した。


「忠告ありがとな!でも心配いらねぇよ」

「ふん……自らやって来るのならば好都合だ。全て返り討ちにしてやる」


 アスカちゃんの助言に対し、タイヨウくんとヒョウガくんは何て事ないと言うように言い切った。全く動揺を見せない2人の態度に安心したのか、アスカちゃんはフッと表情を緩めたかと思うと、タイヨウくんを熱っぽい視線で見つめながら頬を染める。


 ん?熱っぽい?


「貴方とまたお逢いできるよう……わたくし、精進したしますわ!」


 ……これはまさか……。


「あぁ!本選で会おうな!!」


 タイヨウくんは嬉しそうに答えているが、私はハハハと口角をひきつらせた。


 タイヨウくん、違うぞ。多分、君と彼女の間にはとんでもないすれ違いが起きている。嬉しそうに再戦の約束をしてるようだけど、彼女はそういう意味で言っていない。


 完全に恋する乙女の表情でタイヨウくんを見つめるアスカちゃんに、これ何てチョロイン枠?と真顔になりつつ、ハナビちゃんにガチもんのライバル登場しちゃったなと遠くを見つめた。 




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