ph73 氷山エリアに向かってダッシュ


「私はMP2を消費して影法師のスキル、影渡りを発動!デッキから影と名のつくカードを手札に加える。私は陰影を手札に加え、更にMP1を消費して効果を発動!選択したモンスターはこのフェイズ中、相手の魔法カードの効果を受けない!私は影鬼を選択。バトルです。影鬼、相手のモンスターを攻撃!」

「うわああああ!」


 モンスターが消滅し、勝利を確信した私は相手と距離を取りながら周囲を見渡す。すると、タイヨウくんとヒョウガくんのマッチも決着がつきそうであったので、ホッと安堵の溜め息をついた。


 これで氷山エリアに向かえると一歩足を踏み出そうとした時、その進行を邪魔するように現れた人影に、咄嗟にMDマッチデバイスを構えながら立ち止まった。


「逃がさなねぇぞ!ネクラ女!」

「あぁもう!しつこい!!」


 犬神の加護持ちである犬付いぬづきコドウは、私のマッチが終わったタイミングを見計らって自身のMD《マッチデバイス》を起動させ、私のMDマッチデバイスとリンクさせた。彼との何度目になるのか分からない強制マッチに、いい加減にしてくれとうんざりする。


 展開されたバトルフィールドを見ながら、こうなったら逃げることはできないと、私は諦めながら影法師と影鬼を召喚してレッツサモンとマッチ開始の口上を叫んだ。



 アスカちゃんとのマッチを終えた後、私たちは湖沼エリアにて3つのチームに囲まれていた。休む間もなくマッチを挑まれ続け、私の体力は限界に近かった。


 通常なら、敗北した選手はポイントを奪われ、マッチを挑むことはできなくなる筈なのだが、彼らは負けても負けてもマッチを挑んでくる。始めはルール違反でもしているのかと思ったが、別にそういう訳ではなかった。彼らが私たちに何度も挑めるのは、私たちの合計ポイントが事が原因だろう。


 SSSC予選はポイントの争奪戦だ。敗者はポイントを奪われ、ポイントが0になったチームは脱落するルールだ。しかし、一つだけ負けても奪われない方法がある。それは、対戦相手のチームが100ポイントに到達していた場合だ。


 この大会においては、貯める事ができるポイントには上限がある。チーム合計100ポイント。それ以上、ポイントが増える事はできない。つまり、勝ってもポイントは変動しないという事だ。ポイントが増えないのならば、負けてもポイントを奪われる事はない。彼らはそんな大会のルールの穴をつくように、負けを恐れず何度もマッチを挑んでくるのだ。鬱陶しいことこのうえない。


 今の私のポイントは13、ヒョウガくん45、タイヨウくん42となっている。どうにかポイントを奪われずにこの場を切り抜けたいが、休む間も無くマッチを挑まれ続け、身動きがとれない。


 正直お手上げ状態である。氷山エリアは目の前だというのになんて歯痒いのだろうか。今になって気付いてしまったルールの穴に、こんなことならアスカちゃんの忠告をちゃんと聞くんだったと自分の考えの足りなさを反省した。


「MP2消費して犬神のスキル、肥大する怨念を発動!自身のフィールドにいる全てのモンスターの攻撃力をプラス1し、ダブルアタックを付与する!さぁバトルだ!敵を喰らい尽くせぇ!」

「私はMP2を消費して影法師のスキル影縫いを発動!」


 私はモンスタースキルで相手の攻撃をいなしながら打開策を考える。


 マッチに勝利しだいこの場から抜け出したいところだが、3人で相対してなんとか均衡を保っている状態だ。1人でも欠けたら不味い。逃げるのならば全員揃ってだ。だから、マッチを同時に終わらせる必要があるのだが……。


「へへっ!どんどんこーい!」


 楽しそうにマッチしているタイヨウくんを見て、思わず顔が引きつる。


 あいつ本当に使えないな!!

 何この状況を楽しんでんだ!?骨の髄までマッチ馬鹿だなお前は!!


 タイヨウくんの空気の読めない性格は、良い方向に作用する事もあるのだが今は勘弁して欲しい。状況が状況だけに、普段なら流せる彼の呆れるほどの能天気さにイライラしてしまう。けれど、ここで彼に当たっても何にもならないと、出そうになった叱咤の言葉を飲み込み、最後の頼みだとヒョウガくんの方を見る。すると、ヒョウガくんも私を見ていたのかバチりと視線が重なった。そして、どちらともなくコクリと頷き合う。


 よかった。ヒョウガくんは私と同じ考えのようだ。ヒョウガくんの反応に安心感を抱きながら、それもそうかと、メタ的な観点から彼の行動に納得する。


 私の知るホビアニにおいては、主人公が熱血バカの場合、そのバカを支える為に冷静に状況判断できる相棒と書いてライバルと呼ぶ仲間がいるのが定石だ。それで上手い具合に釣り合いを取りながらストーリーを進めていく事が多い。というか、そうじゃなきゃストーリーを進める事が出来ないだろう。



 私はホビアニのテンプレ万歳と、ヒョウガくんの存在に感謝しつつ、タイヨウくんのマッチの進行を見ながらカードをドローした。


 タイヨウくんはドライグを強化させ、相手に止めを刺そうとしていた。私も自分の手札を見ていけると確信し、ヒョウガくんに合図を送る。私の合図に反応を示したヒョウガくんは、マッチの決着をつける為にコキュートスのスキルを発動させた。


「ドライグ!勝利への執念!」

「コキュートス!不義への断罪!」

「影鬼!凝血暗鬼!」


「いっけえええええええ!!」


 私たちは3人で叫び、相手のモンスターを全て消滅させた。全員が同じタイミングでマッチを終了させ、ヒョウガくんがコキュートスでタイヨウくんを回収する姿を見ながら、私は今だと影法師をレベルアップさせた。


「影法師!影縫いの術!!」

「御意!」


「な、なんだ!?動かねぇ!!」


 影法師のスキルで相手を精霊諸共拘束することに成功した私は、コキュートスに乗った状態でこちらに向かってくるヒョウガくんに向かって手を伸ばす。ヒョウガくんは私の手をがっしりと掴むとそのまま引き上げ、コキュートスの背中へと乗せた。そして、氷山エリアへと続く橋に踏み入れた瞬間にタイヨウくんの方へ顔を向けた。


「このまま突っ切るぞ!タイヨウ!」

「お、おう!」


 ヒョウガくんに名前を呼ばれたタイヨウくんは、ハッとしながら慌ててマナを使い、ブリテンの砦を実体化させた。橋への道が塞がれ、これで追ってこれないだろうと判断した私は、影法師のスキルを解いてカードに戻した。


 コキュートスは湖沼エリアから氷山エリアへと続く橋を走る。私は振り落とされないように必死に背中に捕まりながら前を見つめた。


 氷山エリアまであと100メートル、50メートル、10メートル……。


 コキュートスが氷山エリアに足を踏み入れ、気が緩みそうになった瞬間、私達のMDマッチデバイスからけたたましいアラーム音が鳴り響く。なんだなんだと視線を向けると、勝手に電子画面が空中に現れ、最初の船で見たSSSCのロゴが映し出された。


『おめでとうございます!!貴方方は決勝トーナメントへの出場権を得ました!』


 画面から聞こえた司会者であろう人物の声が、私達に向かって賛辞の言葉を送る。それを黙って流しながら、司会者の言葉一つ一つに注意を払った。


 ヒョウガくんはこの人工島、ダビデル島はサタンを実体化させるために作られた島と言っていた。それに、あんなに馬鹿でかいサタン実体化の魔法陣に運営が気づかない訳がない。予想はしていたが、十中八九、運営もグルと見て行動した方がいい。この声の主……確かアレスとか名乗ってたっけ?コイツも精霊狩りワイルドハントと何かしらの関係があると疑った方がいいだろう。


『そのまま前方へ進んでください。そこに決勝会場がございます』


 しかし、今の私たちに出来ることは何もない。ここは大人しくアレスの指示通りにし、機会を見て動いた方が良いだろうと素直に足を進めた。



 アレスに言われるがまま真っ直ぐ進むと、氷山を背景に、雪に覆われた中世ヨーロッパにありそうな城が目の前に建っていた。城の前には水色の髪を腰まで伸ばした中性的な男性が、不気味な笑顔を携えながら立っている。


「お待ちしておりました。チームタイヨウの皆さん。私はアレス。SSSCの司会を務めております」


 この人がアレスか。


「SSSC予選、お疲れ様でございました。本選開始は明日となっております。その間、選手の皆さんはこちらにご滞在していただく事になっておりますので、ご了承くださいませ」


 アレスと名乗った男性は、微笑みを浮かべたまま綺麗にお辞儀を行う。


「では、お部屋までご案内致します」


 私とヒョウガくんは視線で会話しながらデッキに手をかける。いつ何が起こってもいいように、警戒しながらアレスの後をついて行った。







「こちらが皆様にご宿泊していただくお部屋となっております」


 アレスに案内された部屋は、絢爛豪華という言葉が当てはまるような部屋だった。こんな部屋に泊まるなんて、まるで金持ちにでもなった気分だ。


 あまりの豪華さに、庶民的思考が染み付いている私は気後れして踏み止まるが、平然と2人が入っていくのを見て、ええいままよと勢いに任せて入る決心をした。しかし、部屋に足を踏み入れようとした瞬間、私の入室を拒むようにアレスに腕を掴まれた。


 そして、全身を舐めるような、観察するような目で見られ、ゾクリと寒気を感じた私は、反射的に腕を振り払う動作を行ったが、思いの外捕まれた腕の力が強く、振り払う事が出来なかった。


「お待ちください」

「……っ、なん、でしょうか……」


 私が警戒を強め、眉を潜めながらながら返事をすると、アレスは私の不審者を見るような目に気づいたのか、失礼といいながら腕を離した。


「こちらは男性用のお部屋となっております。女性用のお部屋は別に用意しておりますので、ご案内させてーー」

「必要ない」


 アレスの言葉を渡りながら、ヒョウガくんに庇われるように引っ張られる。


「俺たちは一緒でいい」

「ですが、コンプライアンスの観点からーー」

「SSCでは同部屋だった。問題ない」

「……さようでございますか」


 あっさりと引き下がったアレスの対応に、肩透かしを食らった気分になるが、これ幸いとヒョウガくんの後ろに隠れ、部屋を移動する気はないと抵抗の意思を現す。



「では、何かご入用であればお呼びください」


 バタンと扉が最後まで閉まるのを確認し、アレスの足音が聞こえなくなるまで待つ。そして、アレスの気配が完全になくなると、私は針積めた緊張の糸を解くように、無意識に強ばっていた体の力を緩めた。

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