ph60 不機嫌ーsideクロガネー


「あ、あの……クロガネ様……転移魔方陣の最後の作動点検を……」

「あ゛?」

「ひぃっ!?し、失礼しましたぁ!!」


 少し睨んだだけで、情けねぇ声を出しながら部屋から出ていく部下の姿に舌打ちをする。


 くそ親父に言われて仕方なく監視チームと合流し、朝っぱらから転移魔方陣の修復に協力させられてたんだが、殆ど俺が修復する事になるとは思わなかった。使えねぇ奴等ばっかでイライラする。


 ……うざってぇ。それぐれぇてめぇ等でやれや。こっちはサチコ不足で我慢の限界だってぇのに、くだらねぇ事聞きに来てんじゃねぇよ。しね。


 俺は気分を落ち着かせる為、スマホを取り出し、データフォルダから強化訓練の時の動画を見る事にした。


 サチコが初めて装備カードの力を現実化させた時の、武器の重さに振り回されて困惑している姿に癒される。


 この時のサチコ。くっっっそかわいかったなぁ……。いや、いつもかわいいが、普段無表情で、何でもそつなくこなすサチコがオロオロしてる姿は……なんか、こう、グッとくるものがあった。手ぇ貸してぇけど、もっと困らせたいような矛盾した気持ちが沸いた。


 滝行で震えてたサチコがくっついてきた時も可愛すぎてしんどかった……。何だあの可愛い生き物は。サチコの寒いっつぅ言葉で正気に戻れたが、あのまま腕の中に閉じ込めていたかった。サチコの世話なら一生出来る。つぅかさせて欲しい。ずっと側にいることが出来りゃあいいのに。


 俺はサチコに送った物と対になっているイヤーカフを外し、眺める。


 サチコの髪色をモチーフにした紫黒色をベースとして、サチコの瞳の色をイメージするように選んだアメジストが埋め込まれている。


 やっぱイヤーカフじゃなくて指輪にしときゃあ良かった。ブラックが絶対にやめた方がいいっつぅから仕方なくこっちにしたが、指輪の方がマッチ中も常に見ることが出来んのに……。


 あ゛ー、サチコに会いてぇ……。サチコの顔が見てぇ……。サチコに触れてぇ……。


 なんであのいけ好かねぇ青髪野郎がサチコの側にいれんのに、俺はこんなとこにいなきゃなんねぇんだよ。サチコを守んのは俺の役目だってぇのに何であの野郎ばっかり!!俺より弱ぇ癖にサチコと同学年ってだけでチームが組める事にも納得いかねぇ!!


 サチコの為なら熱血野郎は百歩……いや、一億歩ほど譲って我慢できんが、青髪野郎は駄目だ。奴のサチコを見る目が気にくわねぇ。サチコが気づいてないのを良いことに気色悪ぃ目でジロジロ見やがって!!ふざけんなよあの野郎!!次会ったら絶対ぇぶっ殺す!!


「……おいおい、いい加減機嫌直せよ。いつまでふてくされてんだ?」


 ローズクロス家の調査に向かわせていたブラックが、いつの間にか戻っていた。帰ってそうそう何か言ってるが、俺はそれを無視してイヤーカフを眺め続ける。


 もう大会は始まってんだろうなぁ。怪我してねぇといいが……今ごろどうしてんだろなぁ……せめて声だけでも聞きてぇなぁ……。


「……」

「……ったく、これで自覚がねぇんだから始末に負えねぇ」

「……」

「聞いちゃいねぇし」


 ブラックは前足で床を叩き、黒い液体を床から沸き上がらせ、その液体の中からメモリーカードを取り出した。ブラックの意図を察し、俺はそれを受け取りパソコンに読み込ませる。


 メモリーカードの中身は氷川ヒョウケツの研究資料だった。内容は精霊世界や、人と精霊の共存、精霊の実態といった精霊に関するものばかりだった。公式に発表されている内容も含まれていて、特に不審な点はない。


「……お前……あんだけ時間があって、何も掴めなかったんかよ」

「冗談きついぜ。たった2時間ぽっちで天下のローズクロス家の粗なんざ見つかるわけないだろ。むしろ、メモリーカードを盗み出せた事を誉めてほしいぐらいだ」

「あ゛ぁ゛?ナマ言ってんじゃねぇよ。こんなもん糞の役にも……」

「…………どうした?」


 俺はサタンに関する情報で気になるものを見つけ、言葉を止めた。俺の様子が気になったのか、ブラックも同じ様に画面を覗き込む。


「!……これは……」


 ーー神の敵対者サタン。冥府川の最果てに封印されし魔の王。氷獄の加護を受けし五つの供物を捧げ解き放たれんーー


「この氷獄の供物ってのは氷の坊っちゃんみたいな冥界川シリーズの加護持ちの事だろ?酷ぇ親がいたもんだな」

「んな事ぁどうでもいい。その下を見ろ」

「どうでもいいって……」


 ブラックは呆れながらも、俺が指摘した文章を目で追う。


「んなっ!?やっこさん、既にサタンの実体化に成功してたのか!?」



 データの中には、氷川ヒョウケツが表舞台から姿を消した原因である5年前の事件についての詳細が書かれていた。


 5年前の事件ーーローズクロスサイバー爆破テロ事件。通称RSE事件は、名前通り、ローズクロス家を狙ったサイバー攻撃による爆発事件となっている。表向きには。


 実際はマナ使いによる攻撃によって引き起こされた事件だが、マナ使いは表沙汰に出来ねぇからと三大財閥によって隠蔽された事件だ。確か、66人が死亡、44人の負傷者を出し、犠牲者の大半はロースクロス家の関係者だったな。現場に残っていた異質なマナのせいで疑われた事件だからよく覚えている。


 しかし、三大財閥の間で共有されていた情報も誤情報だったとはな。

 

 このデータによると、RSE事件はサタンによって引き起こされた事件となっている。


 嘆きの刻印が刻まれた氷川ヒョウケツの妻、氷川ユキメによってサタンの体の一部が実体化し、引き起こされた事件のようだった。


 一度疑われたこの事件を蒸し返すつもりはなかったが、嘆きの刻印が刻まれた氷川ユキメという存在に引っ掛かりを覚える。


 精霊狩りワイルドハントの奴等がサチコを狙ってんのは、精霊をレベルアップさせるぐれぇマナコントロールが上手いからだと思っていた。サチコを拐おうとしたのも、加護持ちにレベルアップを習得させる為なんじゃねぇかと。


 しかし、実際はサチコに氷川ユキメが行った役割をさせる為だとしたら?サタンの実体化には、供物だけでなく、嘆きの刻印が刻まれた状態でマナコントロールをする者が必要になるようだった。サチコはそれをこなせる実力を持っている。サタンを実体化させたい奴等にとっちゃあ喉から手が出る程欲しい人材だろう。


「……ふざけんじゃねぇよ」


 何でサチコがんなくだらねぇ事に利用されなきゃいけねぇんだ!!くそっ!!今すぐサチコの元に向かいてぇが、その前に精霊狩りワイルドハントをぶっ潰す為にローズクロス家についてもっと調べなきゃならねぇ!!


 何故RSE事件を隠蔽していたのか。何故ブラックにこの情報を掴ませたのかを。


 腐っても三大財閥だ。ブラックが2時間程度調べたところで簡単にんな機密情報を漏らすはずがねぇ。何かしらの意図があるに決まっている。


 サチコの安全の為にももっと情報をーー


「!」


 俺はイヤーカフからサチコのマナを感じ、思考を止めてすぐさまマナを送り込んだ。


「サチコか!?プレゼントを受け取ってーー」

『げっ』


 サチコの声が聞こえると共に、不自然に途切れた通信。俺はサチコの身に何かあったんじゃねぇのかと慌てて転送魔方陣の方へ向かおうとするが、ブラックが邪魔するように目の前に飛び出して来やがった。


「待て待て。通信が切れたのはクロガネが考えてるような理由じゃねぇって!ちったぁ落ち着けよ」

「はぁ!?サチコは狙われてんだ!サチコの身に何かあったかもしれねぇだろ!!」

「狙われてんのはお前もだろぉが!嬢ちゃんはほら、急にお前の声が聞こえたから驚いただけだって!」

「んなの分かんねぇだろ!!今ごろ精霊狩りワイルドハントに襲われて俺の助けを待ってるかもしんねぇじゃねぇか!!」

「いや、ねぇよ。それだけはねぇから。此方から通信を送ってみろよ。嬢ちゃんなら絶対にでてくれっから。いや本当に」


 何やら確信があるように言うブラックに、繋がらなかったらただじゃおかねぇぞとイヤーカフにマナを送る。


「…………」

「…………」

「……おい」

「もうちょい!もうちょい粘れ!!根気よくやってりゃ諦めて出っから!!」

「そんなに待ってられーー」

『……何かご用ですか?先輩?』


 ブラックの言う通り、サチコは通信に出てくれた。俺はサチコの無事を確認しようと、まとまらない頭のまま言葉を投げ掛ける。


「サチコぉ!!無事か!?怪我してねぇか!?痣は大丈夫なのか!?何してんだ!?1人で大丈夫か!?なんなら今からそっちに向かうから!何処にいーー」

『ちょっ、先輩!隠れてるんで静かにしてください』

「!わ、わりぃ。通信が切れちまったからサチコの身に何かあったんじゃねぇかと心配で……」

『その手があったか』

「?何か言ったか?」

『イイエ。ナニモイッテマセン』


 俺はサチコの変わらない様子に安堵し、椅子に深く座った。


「何んもねぇなら良かった。プレゼント受け取ってくれたんだな。どうだ?気に入ったか?」

『……そう、ですね。気に入りました。ありがとうございます。ですが、今後はこのような物はいただけ』「そうか!気に入ったのか!俺もサチコと対になってるイヤーカフ着けてんだよ。俺は左耳でサチコは右耳につけると良いってブラックが言ってたんだ。これでずっと一緒にいれるらしいぜ」

『おーけー。把握した。ブラックドッグは後で絶対しばく』

「……やっぱ指輪のが良かったか?俺もそう言ったんだが絶対にやめた方がいいって止められ」『あ、何でもないです。イヤーカフ最高。めっちゃ嬉しいです。ブラックドッグさんありがとう。マジカンシャー』

「なら良かった。今みてぇにマナを送ったら俺と通信できっからな!何かあったら連絡しろよ?あ、別に用がなくてもいいからな!サチコなら何時でも大歓迎だ!!」

『は、はは……。アリガトウゴザイマス。では、大会もあるんで一旦切りますね』

「あ……」


 サチコの通信を切るという言葉に気分が落ちる。


 いや、仕方ねぇ。仕方ねぇんだ。サチコは大会で忙しい。俺の我が儘を押し付ける訳にはいかねぇだろ。


 俺は寂しい気持ちを押さえ込むように拳を強く握った。


「……サチコ。切る前にちょっといいか?」

『?はい』

「ローズクロス家には気を付けろ」

『!……何か分かったんですか?』

「いや、まだ何も分かってねぇ。が、なんかキナ臭ぇんだよ。用心するに越したことはねぇ」

『そうですか。分かりました。警戒しときますね』

「あぁ。そうしてくれ。……また、何かあれば連絡する」

『分かりました。待ってますので、アイギスのお仕事頑張って下さい。応援してますよ』

「あ、あぁ!分かった!頑張る!!」


 サチコとの通信が切れ、俺はニヤける口元を片手で隠しながら立ち上がる。


「お、どっか行くのか?」

「あぁ。作動点検に行く。おまえはRSE事件に縁のある場所をしらみ潰しに探せ。こっちが終わりしだい俺も合流する」

「……お前……」


 ブラックの呆れたような声が聞こえたが、完全に無視した。


 サチコが応援してくれたんだ。面倒臭ぇ仕事だろうが何だろうがやってやろうじゃねぇか!アイギスの仕事を即効終わらせてブラックと合流しねぇとな!!







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る