第19話
「さ、サクサクッと帰ろうや」
ボイズの言葉通りに、帰路はサクサクと進んでいった。
帰って報告するまでが依頼とはいえ、主要な討伐が終わって皆の気が楽になっていたのも大きいだろう。
エリカに至っては、大森林外周で入手した薬草を魔法薬に変えていく余裕まであったほどだ。
簡単な回復系から、どこで役に立つかわからない攻撃系、いつ使われるかわからない農耕補助系まで、馬車の中でウキウキルンルンの状態だった。
後付けで備え付けた、持ち運び可能な魔法薬保管庫には、多種多様な魔法薬が一気に増えていた。
「帰ってきたな、辺境伯領都」
「なんだか、意外と早かったね」
「いや、王都までが依頼ですよ?帰ってきたは、違う気がしますね」
「でも、ここで報告と魔核の引き渡しなんだから、別にいいだろう」
「何でもいいさ。私は、さっさと金貰って、のんびり休みたい」
「俺も、従魔たちとしっかり遊びたい。頑張ってくれたからな」
賑やかしく気軽に領都の門をくぐると、ボイズとエリカ以外は宿でのんびりすると言って聞かなかった。
仕方なく二人で領主の城を目指して、疲れた体に鞭を打つ。
案内された先の部屋では、領主であるドルイドが両手を広げて出迎えてくれた。
「おかえり!早かったじゃないか。待っていたよ」
そう笑顔で言って差し出された手のひらに、バチンと音を立てて魔核を叩きつける様に渡したボイズ。
「ははは、痛いじゃないか。ほい、確かに。お疲れさん。まぁ、座れよ」
勧められるままに椅子に座ると、どこからともなく現れた侍女さんが温かいお茶と軽食とお菓子を置いて出ていく。
「先ずは、ゆっくりしてくれよ。報告は、ゆっくり聞くさ」
「ま、腹は減ってるしな」
「いただきます」
温かいお茶と甘いお菓子が、エリカが疲れていたことを暗に伝えてくる。
こんなに疲労を感じるなんてと、エリカは驚いていた。
「どうした?苦手だったかい?領自慢の甘味なんだが」
「いいえ、甘くておいしくて、驚いただけです」
「ゆっくり食えよ。気に入ったなら、あとで買ってやるからな」
「うん」
「さて、ひとごこち着いたかな?報告を受けよう」
「あぁ、心して聞きやがれよ?」
微に入り細に入り、事細かく報告をしていくボイズと書記魔法でその全てを記録していくドルイド。
戦闘の詳細まで話すのは冒険者故か、楽しそうに聞いているのは元冒険者故か。
依頼に関しての報告が終わると、ボイズは手ぶりでドルイドに魔法を停めろと合図した。
「なんだ?秘密の話か?」
「あぁ、エリカについての話だ。記録は、お前の頭の中だけにしろ」
ボイズの言葉に何を感じたのか、ドルイドは神妙な顔で頷いた。
エリカとの出会いから、一度目のレッドオーガの魔核、氾濫時の洞窟の魔石と護符の紋章、今までの全てをドルイドに話すボイズ。
何度か質問を挟みながらも、記憶しようと真剣に話を聞くドルイド。
「…で、お前を巻き込もうと思ったわけだ」
「ふむ、確かにお前ひとりじゃ無理だな。俺でよかったのか?」
エリカに向かって、ドルイドは問うた。
「はい。領主様は、父の元同僚。そして、父が信頼している。父が私の秘密を共有してもいいと思ったなら、私も信用します。父は、こう見えて案外やる時はやる人なので」
「ははは。わかった。で、自分では、何か感じているのかい?」
「はい。私も、魔石を見てから出来る限りで調べました。護符の紋章は、東方諸島のカンカラ島で発生したと言われる海の巨神カラットルを祭るカラットル教の物であこと。そして、教団は17年前の大津波により、諸島もろとも海に飲み込まれ壊滅したこと。きっと私は、その難を逃れた生き残りの子孫なんでしょう。でも、私自身にはなんの記憶も知識も力も無いんです」
「ふむ。護符は、高位の物かどうかは、分からないんだね?他に分かったことは?」
「護符に関しては、無いですね。あとは、教団が魔物と魔石や魔核に関して高い知識があったようだとちらっと書いてあっただけですね」
「あの教団に関しては、情報が少ないからな…見つかった魔石と魔核は、教団関係ってことが確定したってだけか」
「そうなるな。この通り、エリカは何も知らない状態だからな。別に変な痣や紋様が体にあるわけじゃ無し、自由を拘束されるのは勘弁だ」
「ま、何とかしてみるさ。でも、そっちも協力してくれよ?」
「もちろんだ」
「ならいい。随分、遅くなったな。すまない。夕飯は、宿に帰るのか?」
「あぁ、一緒に来たやつらも居るからな。で、報酬はいつ頃になる?」
「ん~。3日くれ」
「わかった。じゃ、行くわ」
「あぁ、お疲れさん。ゆっくり休みな?エリカちゃん」
「ありがとうございます。失礼します」
領主の元を出て宿屋に向かうと、二人は既に食後の談笑をしていた仲間たちに出迎えられた。
食べ物の匂いで、すぐに自分たちの空腹を思い出してそのまま席について注文を通す。
食べることを主に置きながら、領主への報告が終わったと報告した。
3日待ってくれと言われたことを伝えると、ならば明日は休んで翌日は依頼がないか見てみようと決まる。
折角の5人組なのだから、人数が必要な依頼があれば楽しそうだとエリカは密かに期待していた。
ルーシリアと共に部屋に戻ってから、普通ならどんな依頼があるのかと詳しく聞くくらいには、楽しみなようだ。
護衛依頼だったらいいなぁと呟きながら眠りに落ちたエリカに、そっと毛布を掛けるルーシリアは「まったく、手のかかる妹分だ」と、微笑んで自分の寝台に潜り込んだのだった。
その日、エリカは不思議な夢を見た。
何もない真っ暗な場所に、ポツンと一人。
何故か一人きりでいると、感覚的にわかった。
すぐに胸に下げた護符が淡く光ると、赤ん坊を抱く女性がボヤっとした輪郭で目の前に現れる。
顔もはっきりと見えない女性は、赤ん坊を大事そうに抱きしめると、おでこに口づけをしてから、藤で編まれた籠の中に柔らかな布で巻かれた赤ん坊をそっと寝かせた。
両膝をついて、胸の前で手を組み、目を閉じる。
赤ん坊の息災を祈っているのだろうかと、どこかぼんやりした頭でエリカは考えていた。
す~っと景色が遠のくように女性と寝かされた赤ん坊は、エリカから離れていった。
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