第5話

「エリカ、誕生日おめでとう。朝飯食ったら、行くぞ?」

「おっとぉ、ありがとう。うん、早く食べちゃお」

「おぅ」

エリカの胸にぶら下がる小さな護符の裏に書いてあった日付から、12年が過ぎていた。

正教会で、この世界の創造神である女神から生まれた時にもらっている祝福がどんなものなのかを確認する日だ。

2人して朝食を掻き込んで、胃袋へと押し流した。

「よし、行くぞ」

「うん!」

エリカは正教会に到着すると、案内された個室に一人で入っていった。

そこは真っ白な壁が四方を囲み、祭壇と椅子が一脚あるだけの部屋だった。

椅子に腰掛けるよう言われ、素直に座ると案内人は出ていった。

待てど暮らせど誰も来ず、ひたすらに白い壁を見つめるだけの時間が過ぎていった。

どれほどの時間が経ったのか、エリカはフッと意識を失うような感覚に捕らわれる。

刹那、鮮明に頭の中を駆け回る光の奔流が何かを頭の中に刻んでいく。

誰に何も言われずとも、これが祝福なのだと、何が出来るのか、どう使うのか、唐突に理解した。

そして、祭壇に感謝を祈り、静かに部屋を出た。

「どうだった?」

「うん、ちゃんと祝福は頂いたよ。なんかこう…訳の分からない感じだったのが、パッとなった感じ」

「そうか。あとでゆっくり、おっとぉにどんな祝福なのか教えてくれな」

「うん。じゃ、先に約束のお買い物だね!」

「あぁ、エリカの服を買いに行こう」

2人で王都を巡りながら、エリカの服やボイズの下着などの生活必需品に消耗品の補充分などを買ってく。

特級冒険者であるボイズは、買い物で力を発揮する素敵な背負い袋を持っていた。

空間魔法を付与したその袋は、見た目通りの容量の限界を遥かに超えた量が収納できる。その袋の名は、魔法空間庫。二人の間での通称は、「袋」又は「魔法袋」。

命名は、小さいころのエリカである。

見た目は手さげ袋や巾着など多種多様で、箱だろうが何でもありの代物。

ただ、空間魔法を付与できる付与魔術師の数が少ないために貴重品となっている。

2人があれもこれもと買う荷物が全て、その袋に吸い込まれていった。

ちょうど昼時に差し掛かり、お腹がすいてきた二人は市場の一角に並ぶ屋台通りで昼食を買おうとしていた。

「ボイズじゃねぇか、おい。久しぶりだなぁ」

「あ?ちっ…今はお呼びじゃねぇよ。あっち行け、シュレイン」

「お呼びじゃねぇとは、ひどいぜ。ん?娘か?これが噂の、ボイズの女神か。はっはぁ~」

「コレ、じゃねぇ!ぶっ飛ばすぞ!」

「こんにちわ?エリカです」

「おぉ!!美人!可愛い!女神!家に来ないか?」

「ぶっ殺す…エリカ、ちょっと待ってろ。こいつ、裏でヤッテくる」

「ダメダメダメ。おっとぉ、ダメ」

「ちっ…」

「ははは、ありがとな。女神。殺されないうちに、逃げるわ。じゃな」

颯爽と逃げ去っていく男の後ろ姿に、あっけにとられながらも聞いてしまったエリカだった。

「おっとぉ?あの人は一体何者?」

「裏の人間ってのは、どこにでもいるんだ。あいつには近づかないでくれ。近づいてきたら、逃げてくれ。関わらないでくれ」

「ん?うん…わかった」

「はぁ…腹減ったな。食べようか」

「うん」

「で、エリカ。どんな祝福が貰えてたんだ?」

「んとね、【妖精の箱庭】と【新緑の風】だって」

「どんな力があるんだ?」

「【妖精の箱庭】が植物の育成への影響で、【新緑の風】が、風魔法強化みたいだよ」

「へぇ。じゃ、薬師になるにも、冒険者になるにも良さそうじゃないか?」

「うん。薬草がたくさん育てられたら、嬉しいよね。それに、風魔法って攻撃も強化も癒しも、覚えられるんでしょう?すごいよね」

「あぁ、風魔法は使い勝手のいい魔法だって聞くな。で、肝心の魔力は、どれくらいあったんだ?」

「えっとね、魔力値が大で成長値が並だったよ」

「おぉ~。すごいじゃないか!さすが、エリカだなぁ。おっとぉは、鼻が高いぜ」

「えへへぇ。もっと褒めていいよ?おっとぉ」

「んじゃ、めでたい祝いに甘味でも食いに行くか」

「やったぁ!」

「明日から、色々教えてやる。こればっかりは、厳しくいくぞ?」

「望むところだよ!おっとぉ」


翌日からのボイズの特訓は、謙遜などなく厳しかった。

先ず、朝一で武器屋で見かけるありとあらゆる武器を日替わりで選び1000回素振り、その後1001回目を自分に向けて振らせた。

細剣、大剣、短剣、片手斧、両手斧、短槍、長槍、短弓、長弓、刀、小太刀、鞭、拳、蹴り、杖、直棒、三節棍、戦鎚、鎖鎌等の主要武器から、投げナイフ、爆薬などの暗器類と、多種多様で初級者向けから上級者向けまで網羅していた。

それが終われば、魔法の基礎ともいえる魔力制御をボイズが朝ご飯を作り終えるまでぶっ通す。

朝食後に協会でいつも通り過ごしながら、暇を見ていろいろな冒険者に声をかけて相手をしてもらう。

夕方に帰ってくるボイズと食事を済ませると、寝るまでの時間に魔力を死なない限界ぎりぎりまで放出し続けて気を失ったように眠る。

実際には、ちゃんと気絶した状態であるが、繰り返すことで体内に蓄積できる最大値が上がっていくということである。

はっきり言って、12歳の少女にやらせるには、些か…いや、盛大に厳しすぎる特訓だった。

12歳ごろになると、皆将来自分のやりたい仕事の見習いや修練に励むのが普通であるが、エリカほど厳しい特訓を受けているものは居ない。

かれこれ半年になろうかという頃になって、ボイズはエリカの使う武器について種類を絞った。

先ず主力を短剣二本待ちという、所謂双剣に決定。身軽さとすばしっこさを生かす戦法に、固めていく。

補助武器として、投げもの。つまり、投げナイフと爆薬。

そこに、風魔法を合わせて使うこととした。

それに合わせて、エリカの冒険者として仮登録を済ませて簡単な依頼には、ボイズに同行するようになった。

未成年者は受けられる依頼は限定されるが、身寄りのない子供が生活費を稼げる様に仮登録して依頼を受けることが出来る。

引率者が特級であることから、誰も否を言わない。

エリカが初心者向けの薬草採取を受けたついでに、ボイズが中難易度の討伐依頼を受ける。

揃って出かけて、揃って依頼をこなして、帰ってくるということをしている。

1回の実戦経験は、10回の座学より役に立つ。

基本的な戦闘から、歩き方や足跡などの探し方、簡単な道具の作り方や素材の見極めなど、一度森に入ればいくつもの事を覚えて帰ってきた。

そのうちに、エリカは有用な薬草類を使って回復系だけでなく、攻撃の支援になるような薬品作りにも手を出していた。

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