第4話
エリカが10歳になるころには、エリカの造形の美しさは王都に広まっていた。
曰く、冒険者協会の女神。曰く、掃き溜めに女神。曰く、黒の大熊と金の美少女。
髪の色と美しさから、【黄金の乙女】や【金の姫】などと不遜な呼び名が飛び交っていたりもする。
冒険者組合で、受付・在庫管理・荷運び・食料となる動物たちの解体補助・調べ物の手伝いなど多岐に渡って手伝いながら、お喋りをして荒んだ冒険者の心を癒し鼓舞するエリカは、冒険者界隈では崇められていた。
ミザリーに文字と計算を習い始めて数年、薬師の爺さん改めガンダルフ・ハイマインからは薬草学・魔法薬学を本格的に教えて貰えるようになっていた。
冒険者相手の仕事がひと段落する昼を過ぎると、エリカは毎日やってくる薬師を心待ちにしている。
「ガン爺、こんにちわ。今日もよろしくお願いします」
「エリカ、こんにちわ。では、今日もやろうかね」
「はい。昨日は、初級百科の第三項が終わったところです」
「ふむ。では、今日はまとめと復習と行こうかの。明日は、試験を行う」
「はい。お願いします」
エリカは大変に優秀な教え子であると、ガンダルフはミザリーに語っている。
ミザリーもエリカには感じるものがあるからか、至る所に掛け合ってこの勉強の時間をなるべく邪魔しない様に配慮してくれていた。
母のいないエリカにとって、それに近い存在のミザリーは、大好きなお姉ちゃんである。
そして、ミザリーにとっても、エリカは娘の様で妹の様で母性をくすぐる存在であった。
「そろそろ、一度休憩にしませんか」
「ミザ姉。もうそんな時間?」
「おやおや、熱が入りすぎたようだの。エリカ、休憩にしようかの」
「はい。お茶、淹れてきます」
いつもの様に、ガンダルフに温めの薄めでお茶を入れ、自分とミザリーとマスルにお茶淹れる。
「そろそろ、おやつの時間だろう?」
「会長、鼻がいいですね。エリカがお茶を淹れてますよ」
「ふふふ。エリカの淹れるお茶は、おいしいのさ」
「そうじゃのう。あの子は、いい子じゃ。茶も美味い、頭もいい、優しさも慈しみもある。よい子に育てたのう」
「えぇ、ここであの子を預かる様になって、みんなであの子を育ててきた甲斐がありますよね。あの子は、本当にいい子です」
「私も、頑張ったよ。結婚してないのに子育てをするなんて、あの子が居なきゃ出来ない経験だ」
「振り回されてただけのくせに」
「お待たせしました。何お話?会長の結婚なら、これから先の出会いは諦めた方がいいと思うわ。はい、どうぞ」
「エ~リ~カ~…ひどいよ?」
「だって、おっとぉと同じで、結婚したいって本気で思ってないじゃない。私のせいかもしれないって思うと、申し訳ないけど」
「お前さんのせいでは無いじゃろう。こ奴はな、昔から惚れた相手がおるくせに、何年も何年も進展させずに【いい距離感】というやつを保ちたがっておるのよ。意気地なしってやつじゃな」
「爺さん!!意気地なしは、言い過ぎだ!ってか、何故知っている…」
「そーなの?おっとぉは、好きな人いなさそうだけど」
「あ奴は、おらんぞ。お前さんに出会う直前に、すっぱりと振られておるしの。頭の中は、お前さんでいっぱいじゃろ」
「爺さん、なんでそんなことまで知ってんだよ…」
「年の功じゃな」
マスルの「こわ…」と、ミザリーの「すごい」がエリカの笑い声に重なって、いつも通りの和やかなお茶休憩であった。
休憩後もガンダルフの講義は夕方まで続き、冒険者たちが帰ってくる時間になればまだ忙しく働き出すエリカだった。
エリカの日常に、ちょっとした変化があったのは11歳になる直前のことだった。
夕飯を食べて、風呂に入って、ボイズとの大きな寝台で寝る前の報告会というお喋りの時間。
「そろそろ、最前線からは引退するかなぁ…」
「おっとぉ?冒険者、辞めちゃうの?」
「ん~?だんだん若い奴らが育ってるしな。おっとぉもいい歳だしなぁ」
「まだダメ。私と冒険してない」
「冒険者自体を辞めたりは、まだしないぞ?ただ、少し仕事するのを減らして、若い奴らの育成の方に回ろうかなぁって思っただけだ。若いのが早死にするのは、見たくないしな」
「よかった。約束忘れちゃったのかと思った」
「忘れてない忘れてない。エリカが12歳になったら、冒険者としての修業を付けてやるってやつだろ?忘れたりなんかしないさ」
「おっとぉ、しばらくゆっくりするってだけなら、いいんじゃない?実は、おっとぉにやってもらいたいこといっぱいあるんだよね」
「ん?なんだ?」
「屋根の修繕と、洗濯場の改装と、一回の小さい部屋の改築とか?あと、石鹸づくりも手伝ってほしいし。料理も洗濯も掃除も覚えてほしい。多分、まだまだあるよ?」
「そりゃ、冒険者の依頼より忙しそうだな…」
「そんなことないと思うけどね。あとね、おっとぉ」
「ん?」
「私、冒険者になりたい。あと、薬師にもなりたい。それと、協会職員にもなりたい」
「なりたい物がたくさんだなぁ。いい欲張り方だ」
「うん!」
「で?具体的にはどうしようって考えてんだ?」
「先ずは、薬師としての知識の吸収。今やってる勉強だけじゃなくて、ちゃんと作れる様になりたい。初級の勉強が終わったら、やらせてくれるってガン爺が言ってた。あとは、魔法や剣や魔物と戦う術も教えてほしい。それから、ミザ姉に色々教えて貰ってるから、職員になるのは多分大丈夫。年だけ」
「おっとぉが手伝ってやれるのは、戦闘に関してだけだなぁ。それに、12歳からな?まだ、祝福の恵みの儀式終わってないからな。それ以降だ」
「うん、それでいいよ。わかってる。とりあえずは、おっとぉは、私を大好きでいてくれたらいいよ?」
「それに関しては、未来永劫を誓ってもいいくらいに大丈夫だぞ?」
「しってる!」
「抱きついてきてくれたところで、寝るか!今日は腕枕か?抱き枕か?」
「腕枕!おやすみなさい」
やりたいことを言葉にして決意を固め、認められたことで安心したのか、エリカはすぐにコテンと眠りに落ちていった。
その様子を見てボイズも、大きなあくびをして目を閉じた。
幸せな親子の安らかな寝顔に星々は微笑み、明日から忙しくなりそうなボイズにほんの少しの同情の光を落とした。
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