第3話
「みじゃり、ましう、あよ」
「おはよう、エリカ。準備は出来てるぞ、ボイズ」
「あぁ、じゃ、行くわ。エリカぁ、お利口さんにしててなぁ」
「しゃい」
「いってきま~ぁす」
毎日のデレデレなやり取りを今日も繰り返して、ボイズは何人かの冒険者と共に街の外へと消えていった。
「さ、エリカちゃんは私と遊びましょう」
「あい」
「今日は、何をしようか?」
「えおん!」
「絵本を見るのね?はい、どうぞ」
「あと」
いつもと同じようにエリカが過ごす中、大人たちはざわざわとバタバタとしていた。
ボイズが格下の魔物に苦戦していた理由のためだが、エリカは関係なくいつも通りだった。
夕方になると、エリカがぐずり出す。それを見越して今日は、おやつと夕食がミザリーによって用意されていた。
「今日は、私とご飯にしましょうね。エリカちゃんの好きなものを、お父さんから教えて貰ったのよ。さ、どうぞ」
「あ~…む。まいっ!」
「よかった。さ、たくさん食べましょうね」
「あい」
離乳食が始まってから、エリカは何でも食べる子だった。好き嫌いなく、素直になんでも口に入れて飲み込んでいく。
石焼パンも、トマテのスープも、ひき肉の固め焼きも大好きだった。
満足すると、少しマスルと遊んで、ボイズの帰りを待ちながら絵本の続きを読んだ。
実は、エリカの読んでいる絵本は、薬草図鑑だ。
薬師の爺さんが、いつも素直にうんちくを聞いてくれるエリカの為にと、初級薬草百科という薄っぺらいがお高い専門書を買ってきたのだ。
何故か、その本がお気に入りのエリカは、ほぼ毎日一回はその本を読む。
理解しているとは思えないが、飽きもせず毎日ぺらぺらと見ているエリカだった。
そうこうしているうちに外は真っ暗になり、エリカは養父が帰ってこない不安から泣き出して、マスルに抱っこされて泣き寝入りしていった。
「なんだか、可哀想で切ないわ」
「仕方ないさ。我慢してもらう他ないんだ。まさか、王都付近にキングブルレッドオーガが出るなんて誰も思わないだろう。ボイズが異変に気付いて調査してくれてなきゃ、どんな被害になっていたことか…」
「そうですけども…」
「幸いなことに、上級を何人か捕まえられたし国からも支援が来る。数日で片が付くさ。ボイズが太刀打ちできないなら、正規軍に出張ってきて貰って避難するしかないけどな」
「みんなが無事に帰ってきてくれることを、祈るしかないですね…」
その夜にボイズが帰ってくることは無く、エリカは協会でマスルとミザリーと共に過ごした。
翌日のエリカは、前日にボイズが帰って来なかったことで、諦めたかのように大人しかった。
ただひたすらに、初級薬草百科を見つめて過ごしていた。
「おぉおぉ、エリカは勉強熱心だの。どれ、中級薬草百科も持ってきてやったら少しは慰めになるかの」
薬師の爺さんは、今回のことで協会に何度も作成した回復薬を搬入しに来ていた。
見かける度に気にしてくれていたのか、今回はエリカの隣に座り見ている薬草百科の薬草についてどんな薬をどんな風に作るのかの講釈をしだした。
不思議なことにエリカは、じっと爺さんの顔をみて話を聞いているかのようだった。
エリカが爺さんの話の合間合間でページをめくれば、そこに書いてある薬草について話をする。
そのおかげか、エリカはその日、癇癪を起したように泣くようなことは無かった。
次の日も、爺さんがエリカの寝た後に持ってきてくれていた中級薬草百科を見つめて一日が過ぎた。
ボイズが王都を出た日から、既に10日が過ぎていた。
エリカの手には今日も中級薬草百科があり、それがエリカの心配と不安の表れなんじゃないかとみんなが思い始めていた。
「お~い。帰ったぞ~」
「ボイズ!みんな!会長~!」
「帰ったか。遅かったな…無事でよかった…」
「おと!だこ!」
「おぅ、無事だぜ。いくつか痛てぇのは、あるけどな」
声を聴いてバッと振り返り一生懸命に自分の最速で足元にたどり着いたエリカを抱き上げると、頬擦りしながら傷があることを告白するボイズだった。
不潔な状態から清潔な状態にする魔法を掛けられる時も、腕とこめかみから頬にかけてと横腹の大きな傷を治療されるときも、エリカはボイズから離そうとすると大泣きした。
結局、ボイズが抱いたままで魔法を受け、治療を受けた。
みんながここ数日の大人しいエリカに同情していたからか、だれも強く引き離すことが出来なかった。
凶悪な魔物の討伐を見事こなしたボイズは、国王から褒美が与えられ、冒険者や民からは英雄と持て囃されたが、それ以降もそれ以前と変わらぬ生活を通していた。
エリカがボイズに拾われてから、5年。エリカは上級薬草百科を、手に入れていた。
薬師の爺さんは、言葉がまともにしゃべれるようになってきたエリカに、少しずつだが更に詳しく魔法薬草学を講釈するようになっていた。
5歳のエリカは、ミザリーに習って家事や料理もやり始める。
エリカが少しでも手伝ったものなら、ボイズは何でも褒めたし、残さず食べた。そして、目を潤ませておやじ臭くなっていった。
この時、ボイズは31歳。周りが、こいつは本格的に結婚を逃したなと、本気で憐れむほどに。
7歳になれば、言葉でボイズを遣り込めることも増えて、エリカはすっかりしっかり者のお嬢さんになっていった。
「おっとぉは、いっつも何にもしないじゃない!何度も、脱ぎっぱなしにしないでって言ってるでしょう?もお、お洗濯してあげない!あと、一緒に寝ないからっ!」
「エリカぁ~、ごめん。ごめんって。ほんとに、勘弁して。昨日は、うっかりしてたんだよ。ほんとごめん。許してくれ。な?エリカの好きな、焼き菓子買ってくるから。な?」
こんな会話も、何日かに一度は聞いているマスルとミザリーだった。
毎日通ってくるエリカは、薬草について教えてくれる薬師の爺さんが来ないときはミザリーの手伝いをするようになっていて、準職員のような扱いで預けられていた。
「早く、依頼を、探して、働いてらっしゃいっ!!!」
「はい。行ってきます…」
「焼き菓子、忘れないでくれたら、今日の分の脱ぎっぱなしは忘れてあげる」
「エリカっ!わかった!忘れずに買ってくるから!行ってきます!」
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