第6話

冒険者としてはボイズに、薬師ととしてはガン爺に師事して、エリカは一端の冒険者で薬師になっていた。

協会には、冒険者として活躍する傍らに回復薬などを作成して卸している。

ガン爺の勧めで国家薬師検定に挑戦し見事2級まで前代未聞の未成年という最年少で駆け上がったエリカの薬品は、効果も高く生産量も安定していて人気があった。

「エリカも、ついに15歳か。大人になったんだな…」

「おっとぉ…うん、今まで育ててくれて、ありがとう。感謝してる」

「あぁ、お前と出会ってから15年。お互いに色々あったな」

「そうだね。でも、だいたいは、楽しかったよ」

「俺もだ。今日からは、俺の弟子であり、一人前の冒険者であり、俺の仲間だ」

「うん。よろしくお願いします。ボイズ先輩」

「あぁ、よろしくな。エリカ」

「さ、行こう。今日から私も討伐依頼が受けられるんだもん。早くいかなきゃ依頼が無くなっちゃうよ!」

朝食後、揃って協会へ行くと職員たちや顔見知りの冒険者たちからも祝福を受ける。

丸で自分の娘が成人したかのように涙を浮かべるものまでいて、ボイズにげんこつを貰っていた。

「会長、ミザ姉、ガン爺、皆…ありがとう!赤ん坊の私をみんなで面倒見てくれてたこと、感謝してるよ!今日からは、冒険者としても薬師としても、皆に恩返ししていくから、楽しみにしててよね!」

そう言って笑うエリカを、その場にいた全員で祝ってから日常に戻っていった。

この日、冒険者協会で育ったエリカは、冒険者としての本当の一歩を踏み出したのだった。

「じゃ、俺はこっち。お前は、あっち。何かあったら、煙玉。いいな?」

「大丈夫!行ってきます!」

心配そうに何度も「何かあったら、煙玉」と言って聞かせるボイズに呆れながら、強行で飛び出していくエリカ。

その速さは、この3年で培った風魔法での身体強化の賜物だった。

足を強化し素早さと跳躍力を、腕を強化し攻撃回数を増やし、敵の足止め目くらましなどに薬品をぶん投げ、風の刃でとどめを刺すのが定番の戦闘だった。

自作の回復薬で治療しながら、魔法での回復もちゃんと精度を上げてきた。

魔力の回復量を増やし回復時間を短縮する魔法薬の作成にも成功しているエリカは、初心者と呼ぶには強すぎるまでに成長していた。


「さくさくさっくとなぁ~ボアちゃんボアちゃん、でっておいでぇ~」

鼻歌交じりに変な節をつけて口ずさむエリカは、討伐依頼のリトルバレットボアを探していた。

弾丸の様に突進してくる小型のイノシシ型魔獣は、軌道さえ注意すればさほど難しい相手ではない。

討伐依頼を正規で受けてなくても、ボイズにくっついて居る時に何度か遭遇しているし、その回数だけ倒してきた相手である。

「ふんふんふ~ん…お、いたいたぁ!」

2匹のリトルバレットボアを前にして、軽く跳ねると一気に風魔法で加速し、相手のお株を奪うように弾丸となって飛ぶ。

両手の短剣を交差して、一匹目の眉間に突っ込めば、小さいとはいえ馬ほどもある魔物が吹き飛ばされた。

気づいた2匹目が向きを変えた時には、時すでに遅し。

小さな体を生かして腹の下に潜り込んだエリカに腹を掻っ捌かれて、まるで熟練のスリの様に命を抜き取られておネンネである。

浴びた返り血を、生活魔法の洗浄でキレイにしてしまえば、汚れも匂いも一切気にならない。ついでに、動いてかいた汗さえもさっぱりと消えていた。

1匹目のボアの分の魔核を拾い、2匹目分もボイズからもらった空間魔法袋に入れていく。

ボイズの持っているものよりも容量は少ないが、それでも上級冒険者でも10人に1人も持っていないような希少なものである。

親が特級だと恩恵が凄いと、ほくそ笑みながらエリカは上機嫌で次の獲物を探しに行くのだった。


「おーい。エリカ~」

「おっとぉ!」

「けがは、ないか?怖くなかったか?」

「大丈夫!依頼分の討伐は、完了したよ。おっとぉを探してたんだ」

「そうかそうか。頑張ったなぁ。俺も、お前を探してたんだ。ちょっと付いてきてくれ」

そうして連れていかれた先にあったものは、無数の足跡だった。

「これがどういう意味か、分かるか?」

「小さな無数の足跡が、複数の大きな足跡に潰されてる…?」

「そうだ」

「普通なら、ただの捕食行為だけど、種類が多い?複数の種類の大量の小さな魔物が複数の捕食者に追いかけられていて、さらに大きいものがチラホラ見える…まさか?」

「言ってみろ」

「氾濫の前兆…」

「正解だ」

「うそ…だって、まだ10年ちょっとくらいしか経ってない…」

「そんなこともあるのが魔物の氾濫だ。お前はすぐに、戻って応援を連れてこい」

「おっとぉは?」

「俺は、調査を続ける。大丈夫、そんな顔するな。おっとぉは、強いんだぞ?」

「わかってる。でも、でも…」

「じゃ、お前の持ってる回復系と足止め系、いくつか俺にくれないか?お前が戻るまで、無事にいるために」

「わかった。全部置いてく。戻ったら、すぐに煙玉。見えたら、すぐに煙玉」

「あぁ、頼むな」

後ろ髪惹かれる心を閉じ込めて、エリカは王都の協会に向かって全力で走った。

普段、王都からここまでは早朝に出て昼直前に到着する。

今は魔力が尽きようとも構わないと覚悟を決めて、風魔法強化を掛け続けて一刻半で走り抜いた。

大きな音と共に扉が開き、転がる様に入ってきたエリカに職員一同で仰天して出迎えた。


「エリカ、お疲れ様だったな。すぐに、応援部隊を編成する。その間だけでも、休憩して準備しとけ」

「会長…わかった。一度家に戻って、薬類取ってくる」

「あぁ」

「会長…」

「あぁ、頼むぞ。ミザリー。お前ら聞いたな!目についた奴らを問答無用で全員引っ張ってこい!」

前回、まだエリカが幼かったころの騒ぎも、大型の高位魔獣が出たことをきっかけに氾濫が起きている。

氾濫の前兆は、高位魔物や魔獣が突如出現するか、小さい魔物の大量発生に伴う捕食の連鎖でわかる。

前者なら短期決戦できるが、後者なら長期戦覚悟だ。

冒険者たちが常にそれに備えるのは当たり前だが、今回は間隔が短い。

たった10数年で起こるとは、誰も予想していなかった。

本来なら、80~100年に一度程度の頻度であるはずだからだ。

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