幕間Ⅲ
幕間 贖罪①
ゼオ達がケンギュラの地から学園都市に戻った、その日の夜。
リリオンたちは、彼女たちの人間界での拠点と言えるヴァーミリアのカフェに集まっていた。リリオン、ヴァーミリア、ラーボルトの幻魔候三人に加えて、ヒューグも居る。ゼオの背景を知る者達がその場に集まっていた。
「まさか、ゼオがそんな風に考えていたなんてね……」
彼らは皆、ゼオが心の内に秘めていた闇についてリリオンから聞かされた。日頃そんな素振りなどまるで見せない彼が、自身を『からっぽ』と語ったことを知り、ヴァーミリアはショックを隠せないでいた。
ヒューグもそうだ。三百年の時を経て蘇った彼はゼオと同じで孤独だ。
だが彼には過去がある。敬愛するランメア姫や背中を預け合った仲間たちと旅した日々は今でも誇りであり、長い時を経た今でも確かに彼を勇気づけている。
しかし記憶を封じられたゼオにはヒューグのように縋れる過去もない。その虚無感と絶望感は、ヒューグの想像を超えるものなのだろう。
しかしただ一人、ラーボルトだけは驚いているような様子はなかった。
「あなたは……驚いていないのですね。ラーボルト」
「そんなことねぇよ。予想よりは重傷だったさ」
彼だけは、ゼオの心境を予想していたらしい。それが何故か知りたくて仕方なかったリリオンが尋ねる前に、彼の方から口を開いた。
「ゼオが自分をからっぽって言ったのはアイツ自身の自己肯定感が低いからさ。
そいつは何も今に始まった話じゃねえ。魔界に居た頃からそうだ。
根本的な問題は一緒なんだよ」
淡々とした口調でラーボルトは告げる。
彼が語った内容をしっかりと整理してから、リリオンは口を開いた。
「……あの子が自分を認められないまま、記憶を封じてしまったのが問題だと?」
彼女の問いかけにラーボルトはああ、と素っ気なく応えた。
ゼオの自己肯定感が低いのは、部外者であるヒューグにも分かる。その理由もだ。
今はこうしてゼオと家族のように接しているリリオン達だが、種族の差は覆し難い。彼は単なる人間に過ぎないが、彼女たちは魔物──それも人知を超えた力を持つ幻魔候なのだ。その力の差は子供と大人というレベルを遥かに超えている。羽虫と竜を比べるようなものだ。
それでもゼオはリリオンの騎士という立場に恥じぬよう、幼少から鍛錬を続けて来た。その努力と心意気はヒューグだけじゃなく、他ならぬリリオンも認めている。
しかしそれでも、力の差は縮まったとは言い難い。
「……」
リリオンは何も言わない。と言うよりも、言えなかった。
彼女自身、ゼオの努力を侮っていた時期があった。彼を大切な存在と認め、相応しい騎士になる為に努力するその姿を嬉しく思いつつも、心の内では彼に守られることなどないと、そう思っていた。
だからかつての彼女は、日々の鍛錬で傷ついたゼオに、
『あなたは人間で、弱い。嫌になったらやめてもいい』と。
そんな無慈悲で、現実を突きつける残酷な言葉も言えたのだ。
それがどれだけ、ゼオのプライドと努力を踏みにじるものだったか。
「私もリリオンも、ゼオを子ども扱いしすぎてたってことね……
いい子だからってつい、甘やかしちゃって」
「そういうこった。
お前らにからかうつもりがないことは坊主にも伝わってるだろうが、今のあいつは甘やかされるより大人扱いされる方がよっぽど嬉しいさ」
反省し、はあとため息を吐いたヴァーミリアに言葉を返したラーボルトは、そのまま横目でちらとリリオンの様子を伺った。
俯き、表情の見えない彼女だが身に纏う雰囲気はどんよりと暗く重たい。過去の自分を振り返り、その行いを嫌悪しているのが眼に見えてわかった。
(……自己肯定感が低いのはコイツもだな。本当、似た者主従だよ)
はあ、とため息を吐き、落ち込んだリリオンに声をかけようとラーボルトが口を開きかけたその直後。
「元気出せよ、姫さん。アンタの気持ちはゼオにも十分伝わっているさ」
割って入るように、ヒューグがリリオンに励ます言葉をかけた。人間界に来た後のリリオンとゼオの関係を、彼はずっと見守ってきた。そんな彼からの言葉なら、自分よりも説得力があるだろう、とラーボルトは口を閉じる。
「そう、そうですね……今日、私が心を込めてあの子にかけた言葉も……
きっとあの子の胸に響いてくれていると、そう信じたいです」
ぎゅっと、リリオンは両手を胸の前で握った。細い指をぎゅっと強く握るその様子から、彼女が胸の内に秘めた不安が伝わって来る。
すぐに自己嫌悪に陥り、自分の気持ちが伝わっているかどうかで心をかき乱す。
そんなリリオンの様子は、魔王の娘として魔界を統治する者とはとても思えなかった。
しかしどちらが友として、仲間として信頼できるかと言われれば間違いなく今の彼女だ。
少なくともラーボルトはそう思う。だがきっと彼だけじゃなく、ヴァーミリアや他の仲間たちも同じ気持ちだろう。
「ヒューグの兄ちゃんの言う通りさ。あいつの素直さはお前さんも知っての通りだ。
心配しなくてもちゃんと胸に響いてるさ」
「あとはゆっくりでもいいから、しっかりあいつに自信を付けてやれ。
なんでもいいぞ?女が男に自信を付けさせるには、いい方法があるだろ?」
リリオンをからかうつもりで、たっぷり含みを持たせてニヤニヤと笑いながらラーボルトは告げる。その意味を察したヴァーミリアは顔を真っ赤にし身体を硬直させ、ヒューグは気まずそうに目を逸らした。
────だが。
「……そんな方法があるのですか?是非、教えてください」
肝心のリリオンには、効いていなかった。思考に掠めてすらいないようで、彼女の頬は雪のように白いままだ。
「……オレに言わせる気かよ」
この日何度目かのため息を吐いてから、ラーボルトは呆れながら返す。流石に答える気にはなれなかった。
どのみち、間もなく約束の時間だ。今日この場に集まったのは、ゼオの心中についての情報共有の為だけではない。他にも理由がある。
壁に掛けられた振り子時計がボーンボーンと気の抜けた音を鳴らす。それと同時に、カフェの扉が開きカランカランとベルが鳴る。
入ってきたのは。
「時間通りですね。ようこそ────ハルラ・イバ」
ゼオに憧れ、彼のような騎士になる為に彼を裏切った半獣人の少女、ハルラであった。
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