第29話 神の刃

 『契霊杖ケイレイジョウ』。


 長らく進化の止まっていた魔導人形ゴーレムの進化を推し進めたそれは、ゼオたち騎士が手にする武器であり、祈機騎刃エッジオブエレメンタルの得物にもなる。

 そして、それには使用者と契約を交わした精霊が宿っている。


 精霊について、ヒューグはリリオンからある程度話を聞いてはいた。

 

 熱あるところに火を起こし、水を清め、地を富ませ、風を吹かせる。世界を維持する機能システムこそ精霊だという。


「コイツについては、教会連中が進めてきた技術だ。魔導工学とは別の形で、連中なりに魔法を再現しようとした結果なんだろうが……」

「まったく、とんでもないモノを生み出したもんだ」


 そう話すセヴァイトはいつにもまして不機嫌そうだ。


「元より精霊を信仰の対象にしてきた連中は、三百年前から戦後の復興のために精霊の力を借りる方法を探り続けてきた。そして数十年前、ついに精霊そのものの召喚に成功した」

「教皇は召喚した精霊とその場で言葉を交わし、契約を果たした。そして集まった観衆の前でその力を振るい、精霊の力を存分に示した」

「契約の下でなら善悪のない機能システムである精霊の力を借りることが出きると証明したワケだ。そして、その力を武器という形で示したのが契霊杖ケイレイジョウだ」


「……ということは、僕もファンガルもレヴンもハルラさんも」

契霊杖ケイレイジョウを持つ者は精霊と契約している、ということですか?」


 ゼオがそう質問すると、セヴァイトはニヤニヤしながら答えた。


「そうだ。記憶喪失のお前も、契約をしているはずだ」

「最も、契約がどういうものなのかは他言無用だ。他に知っている者はいないだろう」


 その言葉にゼオを除いた三人は頷く。彼の言葉に誤りはないようだ。

 話を戻すぞ、とセヴァイトが呟いた。


契霊杖ケイレイジョウで精霊の力を扱えるようになったのはいいが、その力は生身で振るうには大きすぎた」

「精霊の力を振るうに相応しい器が必要だった……そうして教会の連中が目を付けたのが、魔導人形ゴーレムってワケだ」

「さっきも言ったが、魔導人形ゴーレムの進化は数十年の間止まっていた。だが、教会の奴らは何をしたのかそれを逆に数十年……いや、百年単位で進めやがった」

「こうして生まれたのが神の如き精霊の力を操る、祈機騎刃エッジオブエレメンタルというワケだ」


 セヴァイトの言葉にヒューグは静かに納得した。

 三百年前の世界から現代に蘇って以来、祈機騎刃エッジオブエレメンタルという存在を不可解に感じ続けてきた理由、その答えを見つけたのだ。


 自分の居た時代と人々の暮らしはそう変わっていない。

 なのに、この祈機騎刃エッジオブエレメンタルという存在だけ明らかに技術の格が違う。

 セヴァイトの言葉通り、百年先の未来から来たとしても頷けるほどに。


「……でも、セヴァイトさんはそんな祈機騎刃EOEの設計をしてるんですよね?」


 ゼオの率直な質問にヒューグも同調して頷く。

 設計士である彼なら祈機騎刃エッジオブエレメンタルについて隅々まで知り尽くしていてもおかしくないはずだ。

 

 ゼオの質問にセヴァイトは今日一番不機嫌そうな顔をして、しっかり聞こえる音量で舌打ちした。


「残念だが、そういう機密情報が詰まった部品……精霊の力を動力に変換する霊核炉心レイカクロシンなんかは、教会が製造を独占してやがんだ」

「連中は祈機騎刃EOEに関しちゃ三大国家さえ従わせてやがる。部品の製造、供給に関しちゃ人魔共同主義連邦オレんとこも黙らせられたからな」


「だが、騎士が精霊から借りた力の大きさには当然だが個人差がある。当人の素質に契約の内容なんかが影響するもんだ」

「その差に合わせて機体を調整するのがオレの仕事だ」


 そこまで言った後、セヴァイトはじっとゼオを見つめた。

 ゼオには彼の意図を読み取れない。困っていると彼はふっと笑みをこぼした。

 

「……オレは以前、お前に会ったことがある。記憶を失う前のお前にな」


「僕と?」


 意外な言葉にゼオは驚いた。


「ああ。お前の機体ヴァンドノートを調整するために、な」

「あの時は記憶喪失になって、そこにいるレヴンと決闘するなんて夢にも思わなかったがな」


 クククと笑うセヴァイトに合わせてゼオはハハハと笑うしかなかった。自分でもおかしなことになったものだと思う。

 だが彼はいきなりピタッと笑うのを止めた。口元は緩んだままだが、眼は真剣そのものだ。


「昨日の決闘でお前は剣だけで戦おうとした。だが、記憶を失う前のお前は剣と魔法を両立した優秀な魔法剣士だった……孤児院出の癖に、どこで覚えたのか不思議なくらいにな」

「魔法がどれだけ強力かは、お前も分かっているだろう?」


 ゼオは頷く。


 昨日の決闘で逆転勝利するきっかけになったのは魔法だ。

 そもそも、魔法を使わなければレヴンの【ラデンバリオ】の魔導兵装ソルドラグ・バスターで倒されていた。


「精霊との契約は記憶を失っても効力は保たれている。現に、お前は契霊杖ケイレイジョウを使い魔力も行使しているし、精霊が動力のヴァンドノートだって動かしているわけだからな」


 セヴァイトの言葉を聞くにつれ、ゼオは自分の気持ちがたかぶっているのを感じていた。


「それは、つまり……魔法さえ覚えれば僕は確実に強くなれる、ということですか?」


 その言葉にセヴァイトはしっかりと頷く。彼だけではない。その場に居たファンガルやレヴン、ハルラも同意して頷いてくれている。


「その通りだ。決闘じゃこのバカの油断と慢心の隙を突いての勝利だったが、魔法を覚えれば互角くらいには戦えるだろう」


「そうだな。それは私も念を押すよ」


 レヴンはバカ呼ばわりされても気にしない様子だった。むしろゼオ本人より嬉しそうにしている。

 

 二人の言葉にゼオは喜びの気持ちを込めてぐっと拳を握った。

 魔法を覚えれば強くなれる。自分ではそう考えていたが、他人にも保証してもらえると一層嬉しく感じる。

 それだけではない。


「やったな、ゼオ!強くなれば、お前のお姫様もきっと見つかるって!」


「そうですよ!やりましたね!」


 ファンガルやハルラも喜んでくれている。

 決して長い付き合いではないのに、自分のことのように喜んでくれる彼らがゼオとって何よりもありがたかった。


 言葉にせずとも感じていた記憶喪失による孤独や不安が和らいでいく。


 一方、ヒューグはセヴァイトの説明を振り返っていた。

 魔法の修得がゼオの強化に繋がるということは同意だ。ただ、誰が教えるかが問題になる。


 自分も魔法は使える。専門は剣の二刀流だが、それなりの腕はあると自負しているし、人に教えた経験だってある。

 ただ、自分の魔法は自らの魔力を扱ったもので、精霊の力を借りて魔法を使う現代のやり方に関しては素人だ。


 果たして教えられるだろうか。

 そう考えていた時のことだった。

 

 コンコン、とドアをノックする音がした。ゼオたちがそちらを向くと、ドアを開き長髪の女性が入ってきた。


 漂っている雰囲気からして只者ではない。入って来ただけで部屋の雰囲気が張り詰めたように感じる。


 彼女はゼオたちには目もくれず、テーブルを挟んだ向かいのソファに座るセヴァイトに向け詰め寄って行った。


「私の機体、まだ調整が済んでないじゃない、セヴァイト。完璧に仕上げるんじゃなかった?」


 女性の声には迫力があった。口調こそ冷静ではあるが、言葉には怒りが込められている。


「これは失礼。この時間を使って仕上げるつもりだったんだが、急な客人が来たもんで」


 その迫力に物怖じせず、いつもの皮肉っぽい口調でセヴァイトは返す。そこで彼女はようやく、セヴァイトの言う客人の方へと顔を向けた。


「……」


 彼女と目が合う。

 その瞬間、不機嫌そうに眉を寄せた彼女の瞳がわずかに揺らいだ。


 もしかして、記憶を失う前の自分のことを知っているのだろうか。

 

「……借りてくわよ」


 一瞬の後、彼女がパチンッと指を鳴らした。

 その瞬間、ふわりとゼオの身体が浮かびあがった。


「っ、な……!?」


 見えない縄に縛られたように身動きが取れない。何か細工をするような暇はなく、一瞬の出来事だった。


 で、あれば魔法か。

 だが彼女は精霊の力を使う契霊杖ケイレイジョウにあたるような武器はもっていない。


「サクラシア様、どういうつもりですか?」


 何が何やら分からないゼオを連れて立ち去ろうとした彼女をレヴンが呼び止めた。

 名前を呼ばれ、彼女──サクラシアはわずかに振り返った。


「用があるから連れてくわ」


(オイオイオイ!どういうことか説明しろよっ!)


 ゼオのリュックの中でヒューグが怒りをあらわにした。彼の反応は当然のはずだが、セヴァイト達は納得したかのように何も言わない。

 

 恐らく何か理由があるのだろう。だが何も説明もせず自分の都合で他人を振り回すような高慢な女はヒューグは大嫌いだった。

 ゼオに憑依して文句でも言ってやろうか。あるいは、ぬいぐるみから抜け出して霊体になって脅かしてやろうか。

 

 ヒューグは、どうやって彼女の鼻を明かそうか考えていた。





『別に、妙なことはしないわ』


 声が聞こえた。

 脳内に直接届く、通信魔法を使って届いた声だった。ちょうどリリオンと話をするような───だが、もちろん声の主は彼女リリオンではない。


 その声は、ゼオを連れ去りヒューグが怒りを向けた女、サクラシアの声だった。


『リリオンから聞いてイメージしていたのとは、だいぶ違うわね……先輩?』


 何故、オレと話が出来る。


 そう聞こうとした瞬間、彼女の方から答えを言ってきた。

 

 気が付くとふわふわと浮いている感覚がする。ヒューグの身体もリュックごと宙に浮かべられ運ばれているようだった。


『お前、一体……』






「……大丈夫かねェ、ゼオのやつ」


 ゼオを連れてサクラシアが部屋を去った後、残された応接室にてファンガルがぽつんと呟いた。


「確かに、心配ですね」


「だが、彼女に任せておけば心配ないだろう」


 ハルラが同調するが、レヴンは心配ないと言い切った。


「いずれにせよ魔法のことなら、彼女に任せるのが最良だ」

「第二次魔王討伐隊の精鋭にして、『最後ラスト魔法使マジェスタスい』……サクラシア・センクラート様に」








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