第26話 【騎士】ハルラ・イバ

「えっ、と……」


 翌日。


 日課の鍛錬を終え、ファンガルと合流したゼオは食堂に向かった。 

 メニューは焼き魚定食。いつも通りだ。

 

 だが、食堂の様子はいつもと違った。


 周囲の生徒の視線が突き刺さって来るのはいつもと変わらない。だが、その視線の性質が異なっているように感じた。

 今までの威嚇され、見下されるような不快感のあるものとは違う。


「昨日の決闘で、オマエの実力が認められたんだろ」

「学年一位の実力者に勝ったんだ。トーゼンだろ?」


 ファンガルはそう言うが、ゼオはもちろんそんな気にはなれない。そもそも、今の状況も前よりはマシだが、くすぐったくて居心地が悪い。

 見下されるのにはまあ慣れたものだが、これに関してはなかなか慣れそうにない。


 そんなことを考えていると、人混みの向こうにぴょんぴょんと跳ねる生徒がいることに気づいた。


「おぉーいっ!こっち、こっちです!」


 そう叫ぶ活発そうな少女にゼオは心当たりはない。横目で見るとファンガルも首を振っている。

 ひとまず人混みを抜け彼女の下に向かうと、彼女の座るテーブルの向かいにはレヴンが座っていた。


「よう、またウワサの的にされてるな」


「レヴン……えっと、彼女は?」


 改めて少女に目線を移す。彼女もゼオを見て何やらうずうずしている。

 頭に生えたふさふさの獣耳に、ぶんぶんと振っている尻尾も合わせてまるで人懐っこい犬のようだ。


「紹介するよ、彼女は」


「ハルラ・イバですっ!よろしくお願いします!」


「ハルラさんですね。僕は……」


 満面の笑みでそう話す彼女に、ゼオも自己紹介を返そうとした。だが。


「ゼオさんですよねっ、知ってます!私、尊敬してるんですっ!」


 目をキラキラ輝かせる彼女に、ゼオは思わず目を逸らしてしまった。

 こんな近くで尊敬していると言われて、照れてしまっていた。隣でファンガルは面白そうにニヤニヤしている。


「ほーん、尊敬ねェ。つまり、ファンってことか?」


「はい、ファンです!」


 そうかそうかと言いながらファンガルはさっさとレヴンの隣に座った。となると、ゼオは彼女の隣に座ることになる。

 

「……じゃあ、失礼します」


 ただ隣に座るだけで妙にソワソワしてしまう。ハルラは何も言わないものの、嬉しそうに獣耳をピコピコと動かしていた。

 

「えっと、いただきます」


 周囲からの視線に加えて隣に座るハルラからの強烈な視線を感じながらも、ゼオは一先ず朝食を済ませることにした。皿の上の焼き魚とにらめっこするかのように視線を動かさない。

 そんなゼオと対照的に、ファンガルはレヴンと楽し気に雑談している。


「そういえば……レヴンもハルラも、いつもここの食堂使ってんのか?」


「いいや、昨日までは貴族科の食堂を使わせてもらっていたよ」


 話の内容が引っ掛かり、黙々と食べ進めていたゼオも顔を上げた。


 今日から一般生徒向けの食堂を使うことになったということは、つまり……。


「昨日、シャルティナ様の下から離脱したせいで貴族科の食堂は使えなくなってしまった。アレは直系の部下だけに認められていた特権だからな」


 レヴンは早くも無計画にシャルティナの下を離れたツケを払うことになったようだ。

 だが、ハルラについては理由が分からない。レヴンと関係があるのだろうか。


「彼女は私の件とは無関係なんだが……」


 ゼオの疑問に答えながら、レヴンはハルラの方を一瞥いちべつした。彼女は気まずそうに身を縮めている。何か言いにくいことでもあるのだろう。


「えっと、そのぉ……」


 彼女は隣に座るゼオの顔を見上げながら、恐る恐る話し始めた。


「実は私……シャルティナ様の命令で、ゼオさんの調査をしてたんです……」


 ……。


「え?」


 調査。


 その意味が分からず、箸を握っていた手が止まる。そのまま箸先の白米がポロッとこぼれた。


 ゼオが固まっていることに気づき、彼女は慌ててまくしたてるように言葉を並べ始めた。


「ちょ、調査って言っても、変なコトはしてませんからねっ!?」

「何があったのか調べたりとか、おかしな所に行ってないか監視するくらいで……!」


 話すうちに彼女の顔は真っ赤になっていた。レヴンに落ち着くよう言われ、彼女は真っ赤になって俯いた。


「……問題は彼女が提出した情報だ」


 昨日のことを思い出す。決闘の対価としてシャルティナが用意した情報は役に立つものではなかった。そのせいで決闘は無効となり、シャルティナは大恥をかくことになった。

 

「彼女はまあ、その責任をとられたんだ」


「うぅ……自分が情けないです」


 そう話すハルラの声は弱弱しい。自らの力不足で主に大恥をかかせてしまったのだから、無理もない。

 もし、自分が彼女の立場だったら。そう想像するといたたまれなくなり、ゼオは励ます意味も込めてレヴンに聞いた。


「その、貴方から見てハルラさんは……どうなんですか?」


 上手な聞き方が分からず、曖昧な質問になってしまった。だが、レヴンはしっかりと意図を汲んでくれた。


「優秀だよ。幼い頃から訓練を積んでいるし、何より君は監視されていることに気づかなかったろう?」

「ただ、諜報というのは何より人手がいる作業だ。いくら彼女が優秀とはいえ、一人では限界がある」


「あとは、相手が聖領守護騎士団リッターヘイムだったのも運がなかったよなァ……あそこは諜報部も超一流だし」


「その通り。というわけで、人手不足と相手が悪かっただけで、彼女は優秀も優秀、超優秀……」


「も、もういいですって……!!」


 レヴンとファンガルの褒め殺しに彼女はついに声を荒げた。相変わらず顔は真っ赤だが、自信は取り戻したらしい。

 

「……ありがとうございます、励ましてくれて。ちょっと元気になれました」


 そう言って彼女はにこっと笑って見せた。人懐っこく気持ちのいい笑顔だった。


「で、ハルラはアレか?ゼオのこと、監視してる間に……ってヤツ?」


 せっかく元に戻ったところでまたファンガルがニヤニヤしながら茶化すようなことを言い始めた。

 

「それは、えぇと」

「やっぱり、一番は昨日の決闘ですねっ」


 恥ずかしそうにそう話すハルラに、レヴンとファンガルがうんうんと頷く。


「もう、いい加減にしてくれよ……」


 呆れながらゼオは呟く。顔は火が出そうなくらい熱くなっている。きっと傍から見れば真っ赤になっているだろう。

 ゼオが謙遜し過ぎなんだよ、とファンガルが呟いた時だった。


「失礼」


 透き通る声にゼオは顔を上げた。


 そこに居たのは学園生活初日に見かけ、一昨日も図書館で助けてもらった銀髪の女性だった。今日は一人ではなく、傍にもう一人女性がいた。

 不意に声をかけられたこと。そして、今までにないほど彼女が近くに居たことで、ゼオは固まってしまった。


「……んと、アンタは?」


 動かないゼオに代わってファンガルが問いかける。

 女性は冷たい無表情のまま、抑揚のない口調で静かに答えた。


「昨日の決闘を拝見した者です。勝利を収めた彼と話をするために来ました」


 彼女は視線をゼオに落とした。見つめ合う形になり、ゼオの身体がびくっと跳ねる。

 

「……実に」

「実に、素晴らしい戦いでした。戦力で劣りながらも、最後まで諦めることなく

意思の力で勝利を呼び寄せた。そんな貴方に、私は敬意を払います」


 彼女の表情は変わらない。不愛想なままだが、話す内容はゼオのことを間違いなく賞賛している。

 ぽかんと口を開けたまま、彼女の言葉を黙って聞いている。


 そんなゼオの様子がおかしかったのか、彼女はふっと頬を緩めた。


「これからも応援しています。決して、無理をして怪我することがないように」


 それだけ言うと彼女は一礼してくるっと背を向けた。傍に居た女性も続けて礼をし、後にしようとした。


「お待ちください。せめて名前だけでもお聞かせ願えませんか?」


「名乗るほどの者ではありません」


 レヴンが呼び止めるが、彼女は首だけ振り返りそのまま去って行った。




 しばらく歩き、二人きりになってからヴァーミリアは隣にいるリリオンに話しかけた。


「良かったわね、リリオン」


「ええ。あの子を褒めてあげられて、良かったです」


 そう話す彼女の顔は晴れやかだった。それを見てヴァーミリアも嬉しそうに笑っている。

 姿を見せないという誓いはまた破ってしまったが、それでも褒めてあげたい気持ちが強かった。


「あの子は記憶を失っても変わらないわね。私も直に顔を見れて元気が出たわ」

「これからも見守ってあげましょう?」


 はい、と───リリオンはゼオの成長に胸を膨らませながら、優しく微笑んだ。




 一方、ゼオは凄まじい勢いで朝食をかきこんでいた。ふんふんと鼻息荒く、張り切っているのが見て分かる。

 そもそも例の女性に声をかけられてから明らかに様子がおかしかった。彼女に褒められたのが余程嬉しかったらしい。


「ゼオさん、張り切ってますね」


「お前、こんな単純なヤツだったんだなァ……」


 ハルラに続きファンガルが呟く。


「はっはっはっ、やる気があるのはいい事だ」

「ちょうどいい。ゼオ、今日の午後は付き合ってくれ」


 陽気に笑っていたレヴンの真面目な口調にゼオは顔を上げ、彼の方を向いた。

 

「強くなりたいだろう?手助けをしてやろうじゃないか」

 






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