第8話 護るものと護られるもの④

 雲を見下ろしながら、【ヴァルガテール】は凄まじい速度で飛行していた。


 あまりのスピードに敵である【ヴァンドノート】も両腕を掴まれたまま動くことができない。

 機体を保護するように変形した翼の先端が空気との摩擦熱で赤化していた。


「……!」


 コックピットの中で、ヒューグは言葉を失っていた。


 正確には、口を閉じ加速に耐える以外できなかった。加速のGでシートに身体が押し付けられ、操縦桿から腕が離れそうになる。


 コックピットの壁面に映し出された地図上を見ると、この機体を示す点が凄まじい速度で移動している。具体的にどのくらいのスピードが出ているのかは分からないが目下の景色の移り行く速さからとにかく速いことは分かる。

 

 学園のあった都市部から離れるにつれ緑が増していき、山や森を超えてからは次第に荒地が目立っていく。いつ間にか、緑一つない砂漠に至っていた。


「着地します」


 加速が緩み、身体にかかるGも弱まっていく。

 十分に速度が落ちてから、ヒューグは腕を離し【ヴァンドノート】を解放した。すぐに体勢を整え着地する。


 【ヴァルガテール】もまた、翼で加速を打ち消し、巨体に見合わないほど優雅に着地した。


独立相互都市連盟シュタルクラム、ゼカウス領の砂漠です」

「周囲数十キロメートル内に民家なし。目撃者も巻き添えも気にせず戦えます」


 ヒューグがここはどこか聞く前に後ろから女の声がした。


 周囲に見えるのは砂だけだ。学園の地下よりは思う存分戦えるだろう。

 もとより、あの相手は周囲の損害など気にしないはずだ。そう思いながら敵である【ヴァンドノート】の様子を伺う。


 邪悪な魔力が溢れ出しているのは変わらない。むしろ地下に居た時よりも増しているように見える。

 特に右肩から大剣を握る右腕にかけて、どす黒い魔力が蛇のように巻き付いていた。あれは危険だと直感が告げている。


「同じ機体と侮ってはいけません。注意してください」


『ククク……さあ、遊ぼうぜッッ!!』


 こちらに向かって走り出してきた。

 明らかにスピードが上がっている。


「剣を」


 女が呟くと同時に、【ヴァルガテール】が構えた。突き出された右腕を、竜巻が包む。

 腕を振り、風を振払うと剣が握られていた。


 見覚えがある。ゼオの剣だ。


 そのまま振り下ろされた大剣を受け止めた。


「ッ、こいつッ……!」


 スピードだけじゃない。間違いなくパワーも上がっている。腕を掴み止めた時とは別の機体のように。

 通信から聞こえる耳障りな笑い声と共に、力任せに大剣の刃が迫ってくる。どす黒くまがまがしい魔力の奔流がすぐそこまで迫る。


『どうだァッ!これが俺の……』


 満足そうに声を上げたバレオスの言葉は不意に遮られた。


「奪っただけの力を、よくもそう誇れるものです」

「力比べに付き合うつもりはないのですが、仕方ありませんね」


 ギアが一段上がったかのように、更に力がみなぎった。先ほどまでかけられていた圧が嘘のようだ。

 押し込まれていた刃を、徐々に押し返していく。


『貴ィ、様……っ!?』


 声音から余裕が消える。自分の力にあんなに酔っていたところを、現実に引き戻されたのだから当然だろう。

 大剣ごと、【ヴァンドノート】を弾き飛ばす。体勢の崩れた相手に畳みかけるように斬りかかる。


『……ッ、馬鹿な、クソがぁぁっ!!』


 剣と大剣。


 ただでさえ取り回しに差があるうえに、機体の性能もこちらが上回っている。

 こちらの太刀筋に付いてこれない【ヴァンドノート】の右腕が、あっさりと斬り飛ばされた。


「よし……!」


 大剣が手からするりと抜け落ち、刃先からずしんと砂に突き刺さった。

 斬り飛ばされた右前腕が宙を舞う。


 剣士が利き手を失う重大さは言うまでもない。それは祈機騎刃エッジオブエレメンタルでも変わらないはずだ。

 彼は、このまま一気に両腕を奪うつもりでいた。




 だが。


「8時の方向、攻撃が来ます!」


 女の声に、咄嗟に防御を固めた。

 次の瞬間、凄まじい衝撃が機体を襲った。


「ッ……!?」


 コックピットの中まで衝撃が響いた。鎧の上から戦槌ハンマーを喰らった気分だ。


 機体が宙に浮き、背中から地面に叩きつけられる。


「倒れていては追撃が来ます」


「分かってるよ、そんなこと!」


 翼を展開し、すぐにその場を離れる。一瞬の後、先ほどまでいた場所に何かが叩きつけられた。


「……!?」


 何が起きているのか理解できず、距離を取ろうとする。更に攻撃が飛んでくる。十分に離れているはずなのに。


 奴の攻撃は明らかに大剣の間合いの数倍まで及んでいた。

 おまけに攻撃のスピードも桁違いだ。反射的に防御しなければ、また体勢を崩されかねない。


 振り下ろし、払い、突き、薙ぎ。


 襲い来る攻撃を搔い潜り十分に距離を取って、ようやくヒューグは攻撃の正体を把握した。


「……なんて奴だ」


 【ヴァンドノート】の頭部と右腕に変化が起きていた。白亜の装甲が黒く変色し、元の面影はまるで残っていない。


 特に切り落とした右肘から先は、あの腕に巻き付いていたどす黒い魔力を思わせる触手に置き換わっていた。それはしなやかかつ強靭で、末端の部分で大剣を掴むこともできるようだ。


 あの触手では斬りつけるような動作は難しいが、勢いに任せ振り回しぶつけるだけでも十分なダメージになる。奴はこれを鞭のように振るうことで攻撃していたのだ。

 

「あの触手も奴の魔力で操作できるとなれば、攻撃は変幻自在でしょう」


「それはまた、厄介だな……」


 リーチと攻撃力では完全に上をいかれている。


 ならば、勝っている点を伸ばすしかない。


 すなわち、手数だ。攻撃と防御を両立し、接近できれば勝機はある。だがそれはそう容易いことではない。


 ……せめて、もう一本剣があれば。


「もう一本、あればいいのですね」


 思考を読み取られたことに対してヒューグが何か言う前に、【ヴァルガテール】の目の前に剣が出現した。


 砂漠の強い日差しを受けて眩しく輝く、立派な装飾の施された剣。


 それは忘れもしない、ヒューグが主であるランメアに騎士の証として贈られたものと、よく似ていた。

 というよりも、三百年前からそのまま持ってきたかと思うほどそっくりだ。


「……これは」


「使い慣れたものがいいかと思いまして」


 ふっと笑う。操作が戻り、手を伸ばしてそれを握った。


 祈機騎刃エッジオブエレメンタルの巨体を介しても、それを手にして抱く懐かしい気持ちは生身のものと変わらない。

 姫様への忠誠と、困難を振り払う勇気が湧いてくる。

 

(姫様……友のため剣を振るうこの私に、どうか力を貸してください……!)


 記憶に残る生前の剣の振り、その感覚を機体ヴァルガテールの動作に流し込む。


 【ヴァルガテール】は、確かに応えてくた。

 鋭く、軽やかに、曲芸のように二本の剣が舞う。


 怨霊に取り憑かれ振るうものとは違う。木の棒を使った二刀流もどきとも違う。


 三百年の時を経て、ヒューグの二刀流は完全なる復活を果たした。





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