英雄えの踏み出し方⑥


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やがて…


見事三頭の巨大な猪の怪物を打ち取った一行は、

それぞれが抱えきれ無い程の肉や牙を持ち、満面の笑みを浮かべながら村へと凱旋した。


それから、夜の村では総出で討伐を祝した祝勝会が開かれると、戦った村人の青年達は自身の立てた功績を子供や女性にひけらかし、

それを統率していた大人達は軽い野次を入れながら話題を盛り上げていく、



「そう!俺はあの時皆んなが恐怖に身を竦めている間にガツンと言ってやったのよ!!」


「嘘つけ。お前が団結した俺達の軍団の四隅に陣取っていたのを皆んな知っているからな」


「な!?それは………」


「…」


その賑わっている会場の少し離れた所で、紡は一人、心ここにあらずといった状態のまま、

打ち取った猪の肉を齧りながら、物思いに耽っていた。



「どうだ。死線を潜り抜けた感想は」



ふと、紡の横へいつの間にかラクトが両手いっぱいの肉を抱えながらやってきていた。

店内で並べていた時の皿の数を見ていて思ってはいたけれど、次々と身体のどこへ入るか分からない量の猪の肉を頬張りながら、変わらずニコニコした表情で、ラクトは紬の事を安心させるように、じっと返答を待った。



「…この通りだよ。」



紡はラクトへ自身が手に持っていたボアの怪物の肉を見せた。実際には見せた肉を持った手は、プルプルとまるで生まれたての小鹿のように震えたまま、一行に収まる気配がない。



「今になっても恐怖がやって来るんだ。あの時…一歩間違えば僕は死んで…」



ゾクッと背筋に冷たいものが走った。

そうだ!冷静になって考えればあの時、あのボアの怪物の突進を避けていなければ、今頃…



「そうだ!!死んでいたんだ!

今迄、そんな事とは無縁の世界にいたのに!

一歩でも間違えたら…僕は…僕は…」


「それが英雄になるってことだよ。」



ポンポンと背中を叩かれ、流したくもないのにあふれ出る涙が頬を濡らす、

ラクトはニカッと笑って紡の肩を抱いた。

人から受け取る体温の優しさが身体に染み渡り、

紬は纏まっていない思考のまま、思いの内を語り始めた。


「僕たちが思い描くような主人公って奴はさ。

わかり易くそこそこ苦戦する敵が出て来て、

そこそこの苦難があって

爽快な喜劇ばっかで皆んなを救っていくんだ」



ラクトは笑顔でウンウン頷きながらも、黙って耳を傾けてくれている。


そうだ。思い描く主人公は苦戦はしても苦労なんて事は見せなくて、爽快にハッピーエンドへ導いて行くものだ。



「馬鹿だよね…互いに命をかけている戦闘で

楽に倒させてくれる相手なんていないし。

今回みたいに困難なんて遠慮なしにやって来て。

力があっても、肝心な場面に必ず居合わせる…なんて事すら出来やしない。」



そうだ。この世界はどうしようもない程現実で、

命のやり取りをしている以上は簡単な出来事なんて何処にもなくて、

何でも切断出来るギフトなんてあっても実際は、拳銃一本構えられただけで抵抗は出来ずに死ぬような世界なんだ…



「それでも生きている限り、死ぬまで出来損ないの物語の主人公は僕なんだ。

カッコ悪くて、序盤の猪の怪物にすら泥に塗れて泣きながら、

…それでも神が決めた残り時間に背中を押されて走っていくしかないんだよ」



思いを全てぶち撒けた後、紬は冷静になれた事で、身体が熱くなって来る。

あんな妄想を垂れ流すような思春期の妄言を、その日あった青年に伝えるなんて恥ずかしい以外何物でもなく、恐らく元凶となっているだろう働き口のお店から振る舞われたアルコールを飲んだことに激しい後悔を覚えた。



「でもいいよな。


あの時踏み出さなければ、今頃こうやって涙を流す事も、人のぬくもりを感じる事もできやしねぇ」



そんな紬の内情を知ってか知らずか、

ちゃらけて言うラクトはわざと紡の肩に体重を乗せながら立ち上がった。



「英雄なんてものは実際にな?

運がよかっただけなんだ。

誰もが死んでしまうような場所で、運よく生還出来ただけの一般人が、周りに祭り上げられて出来ちまうものなんだ。


でもな、


その光景に希望を持った人達が、

俺たちの後へ後へと続くんだ。」



ならさ、とラクトは続け、両手いっぱいにあった筈の猪肉の骨だけになったとってをその辺の地面へとばらまくと、紡の手を取った。



「今回英雄になった俺達は、

後へ続く者達の為に、その雄姿を見せてやらないと可哀そうだろう」



そういってラクトは村の中央に紡の手を引いて駆け出して行く、


紡は呆気にとられながらも、いつの間にか身体の震えは消えていた。


周囲の討伐に加わった大人達から、一人で一体を倒した村の英雄様のお出ましだ!等ともてはやされながら、尚もラクトは紡と共に中央に走り出し、その辺に準備されたエールを強引に掴むと、天へ向けて掲げるや否や豪快に飲み干し、夜が明けるまで村人と総出で語り明かしたのだった。

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