英雄への踏み出し方⑤
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怖い…
走り出す足が気を抜けば崩れてしまいそう、
けれど、怪物に向けて走る足が止まらない。
怖い…
心臓がバクバクと破裂しそうな音が聞こえてきそう。
けれど、怪物へと向けて振る腕が止まらない。
熱い!
村人達が望んでくれた期待で胸が熱くなる
怪物へ進む為の勇気で胸が熱くなる。
怖い…
化け物の体躯が近付く程、自身の矮小さで縮こまって行く。
けれど、怪物に向けて射貫く視線だけは逸らす事は出来ない。
熱い!
倒せると信じてくれた村人の皆んなの期待に応えようとするこの心が
自身のギフトがファンタジーの様に敵を倒す事が出来るのだと!!
怖い…
怪物の距離まで後少し
怪物が上げる雄叫びで耳が破裂しそう。
怖い…熱い!!
「~~ッ!!!!」
声にならない雄叫びを紬は上げながら、持った包丁を握り締めて怪物へ向けて振るう、
我武者羅で恐怖を拭うように振るったそれは、怪物の牙の片方を切り裂いた。
猪の怪物は仰け反ったが、牙を折られた怒りのままに、紡へ向かって突進してくる。
まるで大型バスのような体躯が、勢いよく紬を跳ね飛ばしに駆け出してくるという恐怖に駆られ、紡はなりふり構わず横へと飛んだ。
地震のような地鳴らしが通過していき、近くの木々が折れた威力をそのままに吹き飛びながら、ようやく静止した怪物は、こちらへ振り返ってまた、足を踏み鳴らし始めた。
先程の恐怖がフラッシュバックする。
もしあの突進に当たってしまったら…
そう思うと全身に鳥肌が立ち、脚がすくみ上がって震えてしまう。
相手は大型バスのアクセルを踏み鳴らしながら、殺意を持ってこちらを潰そうと追いかけて来るんだ。怖く無い訳が無い。
けれど、人と違って怪物が意思疎通なぞ出来るはずも無く…
こちらの命を刈り取ろうと止まらずに駆け出してくる。
身体が固まる…動け。
足が震える。動いてくれ。
徐々に徐々に思考と目に見える速度が遅くなって行く、走馬灯というやつであろうか、
思考は目まぐるしく回転していくのに、
身体が全くついて行かない。
後もう少しで…
「一体仕留めたぞおおおおおおお!!!!」
聞き覚えのある青年の声が、遠くから響き渡る。
それにつられて周りの歓声も大きくなっていく、
そうだ!相手も生き物だ。自分でも倒せる可能性がある標的なんだ!!!
つられて紡も声を上げる。頭が動く。
大丈夫だ。自分なら切り裂ける。身体が動く。
「もう一度死んでたまるかあああああああ
!!!!!!!!!」
包丁を横に握り締めて、今度は出来る限りギリギリ迄飛ぶのを待つ、
素早い速度で駆けてくる怪物を、その足を切り裂く為に、逸らしたくなる眼光を、
なけなしの気合で保ち続ける。
一人の人間が出来たんだ。同じ人間に出来ない事なんて無い。
大丈夫だ。僕の力は、いや、俺の力は!!!
「絶対に切り裂いてやる!」
辺りをつんざく獣の咆哮、周囲の草木を揺らす獣の地鳴り。
今にも逃げ出しそうになる弱い心を、
それをも克服する為に、紡は逃げ出さず、最後迄構え続ける。
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一瞬のすれ違いの際、紡は怪物をギリギリで左に躱しながら左の前足を切断する事に成功した。
しかし、素人が何も考えず飛び込んだ所で綺麗に着地出来る筈もなく、胴体から思い切り地面にあたり、紬は衝撃で息を吐きだした。
痛みで顔をしかめつつも、直ぐに怪物がこちらに飛び込んでくるかもしれない恐怖で、すぐさま立ち上がり怪物へと振り返る。
猪の怪物は無様に地面へ滑りこみ、足を切られている事に気が付いていないのか、上手く立ち上がれずにいた。
「ぁあああああああああああ!!!!!!」
紡は本能に身を任せるように、すぐさま怪物の元に駆け出し、化け物の身体に飛びつくと、何度も何度も包丁を突き刺した。
鮮血が自身の身体を赤に染めて行く、怪物の周りの草花も血に染められていくけれど、なりふり構わず、狂人のように何度も何度もザクッザクッと何度も何度も何度も何度も相手の息の根を止めるように、鬼気迫った表情で何度も何度も何度も突き刺していく、
やがて、馬乗りにしていた怪物が動かなくなっている事に気が付くと、解らない感情がこみあげて来た。
全身の力が抜けて自身も怪物の隣の、草原の芝生へと落下するように倒れこんだ。
先程迄の激闘が嘘だったかのように、草原の草木を、サァァっと穏やかな風が撫でて行く。
不意に目から止めどなく涙が零れ落ちて行った。
一つでも間違えてしまえば死にかねない戦いが終わり、忘れていた恐怖が今更全身を包み込んでいった…
けれど、
確かに自分はあの怪物を打倒して見せたのだ。
心のままに空へ向けて精一杯拳を突き出した。
返り血で汚れているけれど、精神も身体も限界を迎えて、震えている拳だけれども、
確かにやり遂げたのだ。
「…ッ~~ッ!!!!」
声にならない雄叫びを上げる、
きっと主人公ならば、物語の序盤に出て来るモブのような怪物になんて、こんな無様な勝ち方をしないのだろう、
主人公ではないけれど、僕の…境目紬の始まった物語である冒険譚は、不格好ながらも、
確かに勝利を勝ち取ったのだった。
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