英雄への踏み出し方②

カウンターに出来上がっている料理を、紡は慣れた手つきで順番通りにテーブルへ運ぶ、

いつもは多種多様な雑談や、冒険者の自慢話が絶え間なく聞こえてくると言うのに、

最近はどのテーブルも、東の最端でこの前開戦した戦争による変化についての話題ばかりだ。


誰もが関心を持っている中で、結局は他国の話だと、前世でニュースを眺めているかのように紡は感じながら、カウンターに準備された最後の料理を、お店の奥のテーブルへと運んでいく、


テーブルに到着するや否や、奥のテーブルに座っている二人組の内、白いロングコートのフードを目深に被った人物が、驚いたように急に声をかけて来た。



「貴方はなんでこんな所にいるの?」


「えっと?」



顔は全く見えないが、声からして女性であろうフードの声は驚愕したかのような、若干威圧感を含めた声でそう尋ねて来た。


そんな事を話されてもと戸惑いながら、紡は身に覚えのない記憶を必死に思い返している。



「ん?アルは知り合いなのか?」



もう一人の長身の紫髪の青年は、その細い身体に似合わず、食べ終えて重ねた皿の山に、更に今食べ終えたばかりのパスタの皿を重ねてなお、紡が持って来た次の料理を軽いお礼を言いながら受け取り、口へ運びながらフードの人物へ質問をする。



「…ええ、…けれど……、」



その次の声は、先程威圧感のある発言とは対照的で、まるで期待外れだと言わんばかりの力の抜けた声だった。



「…少なくとも。過去に見て来た彼とは似ても似つかないわ」


「んーん。」



まるで落胆したかのように、フードの人物からため息が聞こえ、対岸の青年は目線だけフードの人物に向けながらも、興味の無さそうに料理を口いっぱいに頬張りながら、生返事をしながら食事を再開し始めた。


世の中にはそっくりさんが三人はいるというし、ましてやここは異世界だ。きっと僕に似たそっくりさんは、僕の理想を体現したような人だったのだろう。



「し、失礼します」



なんて事を考えつつ、紡は突然会話が止み、静かになったこの空間の居心地の悪さに話を区切り、

カウンターへと戻ろうとした。


が、いきなり入口の扉が勢いよく開き、一人の木こりが息も絶え絶えになりながらお店に入って来た。



「た、たたた大変だ!!ボアの怪物だ!大型の怪物が森に出たぞおおおお!!」



木こりの放った一言で、周りの空気が一気に冷え込んだ。

辺境の小さな村で、怪物を倒せるような装備なんて満足に整えられる筈もなく、かといって倒さない限り森での狩猟が出来ないとなれば、この先村での生活が食料難から危うくなっていくのだ。


それに、怪物がいつこちらに来るかも…



「ボアの大型なんて!!…そんなの、か…勝てる訳がねぇ!!」



先程、亭主の奥さんと会話をしていた冒険者グループの一人がそう吐き捨てた。

周りを見れば、冒険者グループへ誰もが望みをかけて見つめる視線が集中している。

その視線を振り払うように、冒険者グループはすごすごと足元にある荷物を纏めて、店の入り口を後にしていった。


それが合図となり、ちらほらといた冒険者も店を後にしていく、



「…チッ、腰抜けどもめ」



店の亭主が舌打ちをしながら、拳をワナワナと震わせ、怒りに耐えながら言葉をこぼす。村の常連客の誰もが悪態を吐きながらも俯いている中で、紡もまた、自身のギフトを持ちながら何も出来ないこの状況に憤りを感じていた。






「ぷはー。美味しかった。ご馳走様!!」






店の奥で散々大皿を重ねて料理を食べつくした紫の髪の青年の声が静かな店内によく届いた。

料理を食べて満足そうに笑みを浮かべた青年は店の中央迄歩いていくと、唐突にパァンと大きな手拍子を鳴らしたのだった。


呆然と見守る周囲の視線に対して、青年はニカッと笑いだした。



「どうしたんだみんな?そんな地面ばっかり見つめだして、観光客がうっかり落とした小銭でも拾おうとしてたのかい?」



よく通る声を自信満々といった感じで伝えきる、村がピンチだというのにあまりに不釣り合いなその光景が、紡には何故かとても魅力的なものに感じてくる。



「見つめるといやぁ、ここには随分と古くからありそうな傷が目につくなぁ?

村の先祖が代々苦労してこのお店を続けてきたんだろうよ」



まるで次に言葉を話す番が亭主だというように、紫の青年は亭主へと笑顔を浮かべながら視線を向ける。亭主は先程まで怒りで振るわせていた身体を止めて、当然だと胸をはった。



「うちの店は、ひぃ爺さんの代から続けて来た店だ。傷があるのは当然だろう」


「そうだよなぁ」



堂々と言い張る亭主に青年はうんうんと頷くと、近くにあるカウンターの傷に優しく撫でるように触った。



「余程苦労して来たんだろうよ。時には今のように村の危機になるような時でも、必死で先祖が乗り越えて来た歴史の証ってなもんだ。」



スッと青年の言葉が周囲の心に入り込んでくる。ハッと我に周りはかえっていき、今まで何を狼狽えてきたんだと言うように、罰の悪そうな顔をしだした。



「そうだよなぁ。今まで先祖が何度も通って来た。安全が約束された道だ。

その子供達が、越えられないなんてある訳がねえだろうよ!!」



そうだ!と勇気を出した村の若い青年の言葉に、老若男女問わず賛同の声が上がっていく、まるでこれから始まる祭りを楽しむかのように、周りの表情はどんどんと活気に満ち溢れていく、



「ここの村はここにいる村人達の村だ。神や通行客に頼み込む位なら!

俺達が先祖と共に立ち上がれ!!」」



ォオオオオオオオ!!と村人の咆哮が上がる、先程迄息を切らせていた木こりは、店に来ていた村の若い青年達と共に、他の住人へ伝えるべく駆け出して行った。


村の雄叫びに感化され、気が付けば紡も声を上げ、怪物の討伐へ志願したのだった。

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