第五話 暗殺指令


 「リズモア、あの男をどう思う?」


 ヴェンロマックが校長室を去った後、案内してきたリズモアにスチュワートは漠然と尋ねた。

 その目付きは猜疑心に満ちたもので、スチュワートはヴェンロマックの提出した履歴書を全くもって信じてはいなかった。

 

 「デキる男の匂いがプンプンすんな!」


 印象を聞かれたリズモアは、そんなスチュワートの心中を知る由もなく好感的な印象を述べた。


 「殺しの気配は?」

 「んな物騒な気配はしなかったぜ?」

 「そうか……でもお前、一戦交えただろ?」


 新任教師に洗礼を浴びせるのはリズモアにとってはいつものことで、スチュワートは新任教師の実力を測る機会としてそれを黙認していた。


 「あぁ、ステゴロでも勝てなかったぜ!それどころかアイツ、本気を出してすらなかったと思うぜ?」


 スチュワートの心中を察することが出来ないリズモアにとって、素性を隠したいというヴェンロマックの考えを汲み取ることが出来るはずもなかった。


 「お前に魔法を使わず勝ったというのか?」


 スチュワートの中で疑念はさらに脹れていく。


 「不思議だよなぁ……格闘戦の出来る魔術師だぜ?」


 魔術師の基本は後方支援、通常では近接戦など想定していない、それが常識だった。

 加えて、スチュワートは三年前のあの日から暗殺組織に関する情報を集めており、その中のある一人に関する情報とヴェンロマックとが合致していた。

 

 「そうだな……素性が気になるところだ。リズモア、ブレイヴァルを呼んでくれ」


 ブレイヴァルもまた王立ブラックラー魔法学校の教師の一人で、専門科目は体術だった。

 だがその素性は明らかでは無く、経歴は不明。

 他の教師から煙たがられている彼が教員として在中してられるのは一重に学校長たるスチュワートの信頼が厚いからに他ならない。


 「あいよ」


 スチュワートが何を企んでいるのか、そんなことに一切の興味を持たないリズモアは言われるがままにブレイヴァルを呼びに行くのだった。

 

 「お呼びですかな?」


 しばらくして現れたのは小柄な男だった。

 陰気そうな顔にバサバサの髪の毛、一言で例えるなら「不景気そうな見た目」と言ったところか。


 「もう少し身なりをどうにかしたらどうだ?」

 

 スチュワートの挨拶代わりの小言にブレイヴァルは


 「この方が仕事がしやすい」


 とだけ答えた。

 特徴のない顔、容姿。


 「君に仕事を頼みたい」


 スチュワートはヴェンロマックの提出ひた履歴書をブレイヴァルへと手渡した。


 「この男を殺せ」


 依頼の内容は至ってシンプル。

 だがその言葉には明確な殺意が込められていた。


 「……理由は?」


 ブレイヴァルの言葉に、スチュワートは幾分、声のトーンを落として言った。


 「暗剣殺に飛剣を用いる魔術師あり。わかるだろう?」

 

 ブレイヴァルは暫くの間、押し黙った。

 だがやがて顔を上げてスチュワートを見つめ返したその瞳は、殺意に満ちていた。

 

 「神喰フェンリルか……面白い!」


 神喰フェンリル、それが圧倒的不利な局面においても必ず任務を達成する暗殺者に与えられた二つ名だった――――。

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