第四話 疑いの目
「ヴェンロマック、三年前に俺と会ったことがないか?」
……やはりか。
今のスチュワートの境遇は悪事に加担した彼の判断によるものだが、スチュワートからすれば俺のせいだという認識があってもおかしくは無い。
「果たしてそんなことがあったでしょうか?」
知らないフリで通すのがベストだろう。
「ならば三年前、お前は何処で何をしていた?」
チッ……突っ込んで来るか……。
「三年前ですか……私はアバフェルディ公の
アバフェルディ家の依頼で俺はメイベルの身辺警護を務めることとなった。
つまりは俺の雇用主のグレンオードとアバフェルディ公はグルとも言えるわけで―――――
「履歴書にもそのようになっているな。アバフェルディ公爵家にも確認は済ませてある。疑うような真似をしてすまなかった」
俺への身辺調査が行われるのは想定していたこと。
身辺に関する情報は、依頼を受けることを決めてからの数ヶ月の間でデュワーズとアバフェルディ側の人間と共に徹底して偽装をしておいた。
「外部の人間を簡単に信用出来ないのは当たり前のことですから特段気にしませんよ」
努めて平静に受け答えをした。
「君は魔術教師希望ということらしいが?魔法に自身はあるのか?」
確かに今の俺は、魔術師らしい格好をしていない。
魔術師の象徴とも言える防御魔法を織り込んだローブは重たく動きずらいという理由でこの仕事を始めた十二歳の頃以来、着ていない。
加えて魔杖では腰に差すにもかかわらず近接戦闘には使えないことから、これも持つのをやめてしまった。
「魔杖が無くてもそこらの魔術師以上には戦えますよ」
魔力の変換効率を二割程向上させることが可能な魔杖。
恵まれた体質だからか、或いは暗殺者として養成される過程で魔力の拡張をされたためなのか、俺はそれがなくても十全に魔術を行使することが出来る。
「なら一つ、その魔法を見せて貰いたい」
依頼であるメイベルの身辺警護をするためにはこの学校の教師にならなければいけないわけで断ることは出来ないか……。
「わかりました」
俺は仕方なく応じるのだった。
◆❖◇◇❖◆
「魔術科主任のバランタイン・ファイネストだ。平民ごときの貴様がどれほどの魔法が使えるというのか甚だ疑問だが、まぁいい。校長に命令されたのなら仕事だ、貴様の実力を計ってやろう」
教師というのは今も昔も貴族の仕事、平民ということになっている俺が教師になろうというのなら、やはりこういう奴も出てくるか……。
「随分と凝り固まった思想ですね」
多くの貴族が持つ選民思想。
平民である俺の力を借りようというアバフェルディ公はかなり稀な部類の貴族なのだろう。
「相手の実力も見定められないとは嘆かわしい」
ファイネストはそう吐き捨てると詠唱した。
「平民ごときが勝てると思うなよ?【
風属性の魔法というわけか。
それもいきなり上級魔法で来るとは、よほど平民の俺がこの学校の教師となることが気に食わないらしい。
ならば、そのくだらない矜恃をへし折ってやるか……。
俺が選ぶのは、ファイネストと同じ【
俺に魔術を叩き込んだ師匠であり暗剣殺史上最強と言われた魔術師アデライン・アダミーから教わり、習得に八年もかかった風属性の最上級魔法、【
故に同じ上級魔法を用いることで、ファイネストと同じ実力程度の魔術師と思わせることが肝要だ。
それにファイネストの矜恃をへし折るには同じ魔法で魔力の差を見せつける方が効果ありそうだしな。
俺は指先に集めた魔力をファイネストの【
「そもそも魔杖を持たぬ人間が魔術師など笑わせて―――――貴様、何をしたぁぁぁぁぁッ!?」
ファイネストは目を剥いた。
「見ての通り貴族サマの魔術をかき消しただけですよ」
信じられない、とでも言いたげな表情でファイネストは俺を見つめた。
「おのれ、平民風情がァァァッ!!」
そんなに平民が嫌いなのかよ……ここまで行くと選民思想の顕著の例とさえ言えそうだ。
「ほらほら、防御魔法を発動しないと死にますよ?」
もちろん殺すつもりなど毛頭ない。
これはちょっとした嫌がらせのようなものだ。
滞空させていた【
「えぇいっ!【
屈辱ゆえか怒りに染まった顔でファイネストは防御魔法を発動。
ファイネストは、そのまま【
すると―――――
「のわッ!?あぁぁぁぁぁぁッ!?」
【
少しばかり威力が強すぎたらしい。
或いは防御魔法がお粗末だったのか……。
「これで実力の証明になりましたか?」
近くで見ていたスチュワートに尋ねた。
「あのファイネスト相手に苦戦すらせず、しかも無詠唱とは……実力を疑うような真似をしてしまったこと、深く詫びよう」
スチュワートは、しきりに頷きながら言うのだった。
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