第三話 因縁の再会

 「俺がこの学校の校長を務めているバークレイ・スチュワートだ」


 眼前にいる無骨な体格のこの男に俺は見覚えがあった。

 差し出された手はゴツゴツとした武人らしいもので、この男の実力を如実に物語っていた。


 「ヴェンロマックです」

 

 俺は名乗ってその手を握り返すと、スチュワートはじっと俺の顔を見つめた。

 わずかの表情の変化も逃さない、そんなところか。

 この威圧感、やはり俺の知るスチュワートで間違いないらしい。

 

 遡ること三年前―――――。

 寒波の訪れで雪の舞い散る寒い日のことだった。


 「ふふっ、今日の獲物はどんな声で鳴いてくれるのかしら」


 行政区画に建ち並ぶビルの一角の襲撃、それがその日の俺たちの任務だった。

 任務内容は麻薬の売買に関わった第三皇子スマグラーとその一党の捕縛。

 彼らが逃げた先は、軍事省区画の対外戦略総局のビルだった。


 「警備兵はざっと歩兵一個小隊……」


 フィリスは双眼鏡を除きながら言った。

 一個小隊は兵数で言えば二十人。


 「ローテーションで考えれば最低歩兵一個中隊はいるとみていいだろうな」


 重火器小隊、対空小隊を警備部隊に割くことはまずないだろうから準正規兵レベルの兵士が六十人、といったところだろう。


 「軍事省の他施設と連携を取られればさらに敵は増える」


 フィリスは無表情のまま今後の展開を予想した。

 

 「それは滾りますわね」


 サイコパスな側面を持つイリスは恍惚とした表情を浮かべた。

 

 「残念だがイリス、極力殺しは控えろよ?対外戦略総局の連中は巻き込まれたというのが上の見解だからな」


 無駄な殺しは避けるというのが暗殺の基本だ。


 「それは残念ですわね……」


 イリスは、あからさまにテンションが下がった。


 「だが、任務を遂行するにあたって殺害する必要性があると判断すれば、ある程度は許容範囲だそうだ」


 放っておけばイリスは屍の山を築き上げかねない。

 この異常サイコパスな性格ゆえにイリスはバルブレア伯爵家令嬢であるにも関わらず裏の社会にその身を沈めていた。

 今まで何人もの上司がイリスの手綱を握ろうとして結局上手くいかなかった。

 そういうわけで俺にお鉢が回ってきたわけだが、ある程度の殺害を許容すること、夜の相手をすることでどうにか彼女の手綱を握れていた。

 さしずめ殺しで得る快感を性的接触の快感で誤魔化すと言ったところか。


 「そろそろ行くぞ。地上の連中は地上班に任せればいい」


 こういうとき、対象人物が何処にいるのかというのが重要になってくるのだが、これまでの経験上その場所は決まっていると言っても過言じゃない。


 「居場所わかるの?」


 フィリスは小首を傾げた。


 「馬鹿と煙は高いところが好きってのが相場だ」


 目標となるビルの屋上にはヘリポートがあることからも脱出を考慮しているのならやはり最上階にいると睨んでいいだろう。

 俺は【飛翔ウィング】の魔法を行使してイリスを抱えて空中へとその身を踊らせた。


 「無詠唱はずるい……【飛翔ウィング】」


 フィリスも後に続いて飛び立つ。

 

 「最上階からお邪魔するぞ」

 「ん、わかった」


 一階や建物の周りを固める警備兵連中は地上班に負けせて俺たちは直接、スマグラー第三皇子の身柄の確保とその一党を押さえてしまえばいい。


 「突入だ!!」


 最上階フロアの窓を蹴り破って侵入した。

 ジリジリとけたたましく鳴り響く警報器の音が俺たちを迎えた。


 「フィリス、あの扉をぶち破ってくれ」


 見るからに主要な部屋だとわかる豪奢な造りの扉は厚く頑丈で、中の人物に侵入がバレている以上、おそらく内側から鍵がかけられていることだろう。


 「任せて。【爆発炎弾バーストバレット】」


 抑揚のないフィリスの声とともに撃ち出された大火力の攻撃魔法は

いとも簡単に扉をぶち破った。


 「何者だ、貴様らは!?」


 執務机の前に置かれたテーブルとアンティーク調の椅子に腰掛けて歓談していたらしい二人は驚いたような顔でこちらを見つめた。

 誰何の声を上げたのは対外戦略総局局長のミルトンダフだった。

 

 「生憎だが名乗るような名前は持ち合わせちゃいない。スマグラー殿下の身柄を大人しく差し出すのなら手荒な真似は避けるが?」


 武器を構えるスマグラーの一党、対外戦略総局副局長らの様子を窺いながら俺は降伏の勧告をした。


 「お前たちはデュワーズの差し向けた『暗剣殺』だろう?」


 スマグラーは「どうせ命令で殺害はできないだろう?」と高を括ったような顔で俺たちを見つめた。

 その質問には答えずただ沈黙を返す。


 「答えろよ!!」


 苛立たしげにスマグラーは声を荒げた。

 言葉にしたところでどうせスマグラーは刃向かってくるのだろう。

 

 「イリス」


 レッグホルスターから魔導拳銃を抜いた部下の名前を呼んだ。

 

 「はい」


 イリスは無造作に抽出した一人に向かって躊躇いなく引鉄を引いた。

 鋭い破裂音と魔弾が身体を貫通する鈍い音、噴き上がる血飛沫。


 「殿下は勘違いしていらっしゃるようなので教えて差しあげましょう。我々の任務において殺害は許容されるのですよ」


 顔を青ざめさせたスマグラーの一党。


 「なっ……!?お、お前たち、俺を守れ!」


 スマグラーは動揺を隠そうともせず慌てて叫んだ。


 「敵は三人だ、囲んで叩け!」


 スマグラーの取り巻きの一人の言葉に、横にいたイリスは口角を吊り上げた。


 「対外戦略総局局長と副局長は殺すなよ?」


 彼らは我々の妨害の容疑で捕らえた上でスマグラー一党との関係を聴取しなければならない。


 「流れ弾の当たらないことを切に願いますわ!」


 イリスはまたしても躊躇うことなく引鉄を引いた。

 今度は一人ではなく一党十数人を瞬く間に纏めて屍へと変えた。


 「さてスマグラー第三皇子殿下、まだ抵抗なさいますか?」


 寸刻の鏖殺にスマグラーは対外戦略総局局長と副局長へと視線を送るが、彼らは目を背けた。


 「お、お前たちも俺を守れよ!」


 喚き散らすスマグラーの手首に俺は対魔手錠をかけた。


 「イリス、二人も拘束しろ」

 「わかりましたわ」


 依然として魔導拳銃の引鉄に指をかけたままのイリスに対して局長、副局長の二人は萎縮したように無抵抗で逮捕を受け入れた。

 そのときの副局長は名をバークレイ・スチュワートといった。

 手錠をかけられたまま連行されていくスチュワートが俺に向けた威圧は今でも覚えている。

 なにしろ前線将校から叩き上げで対外戦略総局副局長の座に就いた彼はの威圧は、それまで体験したことの無いものだったのだ。

 まさか今回の任務がスチュワートの左遷先とはな……。

 随分と変わった巡り合わせもあったものだ。

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