弄月

エピローグ

 「弥勒、これはどこに置くの?」


 「とりあえずリビングで。後で整理しよう」


 「わかった」



 年が明けて三ヶ月が経った。


 日に日に春の陽気を感じさせるようになってきたものの、朝晩はまだ冷える。


 心晴は引越業者が運び終えた段ボールを開封して、中にある荷物の整理を行っていた。


 今日からふたりの住処になるこの部屋は、リビングとダイニングキッチン、寝室、さらに個室がふたつある間取りで、いろいろ考えた挙句当初よりも家賃が高くなってしまった。


 ふたりで生活をする上であれこれ相談していると、部屋を決めるまでに二ヶ月以上かかってしまい、やっと入居の日がやってきた。


 最終的にふたりがこの部屋に決めた理由は、『月が綺麗に見えるから』だった。


 心晴は家賃の折半を申し入れたのだが、想像を遥かに上回る金額だったため、弥勒がひとりで負担することになった。その代わり、他の生活費は心晴が出す約束をした。


 と言っても、きっと弥勒はそんなことを気にせず、ふたりで稼いだお金はふたりのものだと考えている。


 家具の配置は業者に指示をした通りになっているが、これから生活をしながら変更することになりそうだ。


 心晴と弥勒は、作業をひと段落つけて休憩のためにソファに座った。



 「随分暖かくなったね」


 「動くと暑いくらいだよ」



 ふたりはペットボトルの冷たいお茶を二本テーブルに並べて、どちらがいいかを議論する。


 選択肢は無論、緑茶か玄米茶だ。



 「今日の心晴は緑茶の気分、かな?」


 「弥勒は玄米茶?」


 「決まりだな」



 心晴は緑茶のペットボトルを持ち、キャップを回して喉に流し込んだ。その隣で、弥勒もいい音を立てて冷たいお茶を流す。


 ふたりは同じタイミングで「おいしい」と言って笑う。



 「そういえば、古宮さんまた潰されちゃったの?」


 「亜希さんにやめろって何度も言ってるんだけどさ。古宮さんは修行の身だから、とかよくわからないこと言ってて」



 そして、その度に茅ヶ崎が召喚されていることを弥勒は知らない。



 「どういうきっかけであのふたりが仲良くなったのかな」


 「さあ、いつの間に、だよな」


 「蓮見さんは元気にしてる?」


 「陽世ちゃんは仕事もプライベートも楽しんでる。あの娘に惚れたら大変なんだろうな」



 弥勒の知る限り、陽世と谷垣の関係に進展はない。


 谷垣がアプローチをかけていることは傍目からも明らかなのだが、残念ながら陽世にその想いは届いていない。


 というか、あえて焦らしているのではないかと最近は思っている。彼女は妹キャラだったはずだが、実は小悪魔なのかもしれない。


 それも本人たちが楽しいなら、何も言うまい。



 「今日の夜、楽しみだね」


 「ん? 心晴、そんなに積極的だったっけ?」


 「そうじゃなくて! 月の話!」


 「ああ、そっちか」



 わかっているくせに弥勒は心晴をからかって楽しんでいる。恥ずかしくなって顔を赤く染める彼女がたまらなく愛おしいのだ。


 弥勒は「ごめん」と謝って、心晴の顎を左手で押さえると、強引に彼女の唇を奪った。それは優しく二回触れて、離れて行った。



 「もう、ずるいよ」



 心晴が弥勒を叩くふりをして右手を上げると、彼はソファを立って逃げ出す。



 「早く荷物の整理を終わらせよう」


 「うん、頑張る」


 「続きはその後で」


 「はいはい」



 床に並んだ段ボールの蓋を開けようとすると、左手の薬指に当たった光が反射した。


 これは、彼と人生を共に歩む決意。明るい未来へと導くものだ。


 十年前、ふたりで行った八景島シーパラダイスの帰り道、夜空の月を見上げて涙を堪えた私は訊ねた。



 『あなたに忘れられない人はいますか?』



 十年後、私は答える。



 「はい、います。そして、その人は今、私のそばにいます」



 これからあなたには、長い雨が降り続けます。だけど、これだけは信じてほしい。


 雨上がりに月は微笑む。



 Fin.

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雨上がりに月は微笑む がみ @Tomo0

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