第12話 雨宿り

 「若いのに社長だなんてすごいですよね。僕も社長になりたいな」


 「難しくはないですよ。何かビジネスモデルが思いついたら教えてください。私でよければ融資しますよ」


 「えー、それは嬉しいな」



 バーに到着した後、亜希と古宮は意気投合してふたり並んでカウンターでアルコールを嗜んでいた。


 そんなふたりを他所目にあまり会話が弾まない心晴と弥勒。先ほどは酒を飲まなかった弥勒もバーに来たからにはアルコールを注文しないわけにはいかず、飲みやすいカクテルを飲む。


 その隣にいる心晴もお酒に強い方ではないので、弥勒と同じカクテルにしておいた。


 弥勒は先ほどから亜希のことをちらちら確認しているが、その視線に含まれている意味はなんなのだろう。



 「亜希さんは相手がいると際限なく飲み続けるんです。お酒に強い方なので潰れるまで時間がかかるんですけど、だから飲みすぎるのと、相手を潰してしまうことが多くて。古宮さんはお酒に強いんですか?」


 「一緒に飲んだことがあまりなくて。潰れたところは見たことないですけど、今日はいつもより飲んでるのでなんとも。法月さんは?」


 「お酒にはものすごく強い体質なんですけど、そもそも好きじゃなくて。カクテルはまだいいんですけど、ビールとかワインは苦手です。バーで言うのも失礼ですけど、ファンタの方が好きですね」


 「私もお酒よりジュースの方が好きです。口がお子様なんですかね」



 弥勒はカクテルを少しずつ飲みながら心晴の言葉に耳を傾けて笑った。彼とこうやって隣で話している状況を、一昨日の私は想像すらしていなかった。


 昨日再会して、今日一緒にいる。亜希のおかげで。


 できることなら、今ここで私は高校の同級生だった天白心晴だと宣言したい。また十年前の関係に戻りたい。


 だけど、彼はそれを望んでいないかもしれない。



 「天白さんは、どうしてアパレル業界に?」


 「ファッションが好きだったからです。高校生の頃は友達にアドバイスをもらうほどに疎かったんですけど、大学生で興味を持って。就職活動はアパレルに絞って応募しました。それで入社したのが今の会社です。最初は店舗で経験を積んで、二年前に本社に異動になりました」



 弥勒は横目で心晴の表情を確認して「なるほど」と言った。この会話の流れを途切れさせたくない心晴は「法月さんはどうして今の仕事を?」と訊ねた。



 「代表にヘッドハンティングされた、というべきなのかな。亜希さんとはロンドンの大学で出会って、卒業してから俺はロンドンで働いていたんですけど、日本に来て仕事を手伝ってほしいと彼女から連絡があったんです。三年前に日本に移住して、今の仕事をはじめました」


 「ロンドンですか。すごいですね」


 「全然。親が海外で働いているので機会があっただけです」



 弥勒の両親は世界中を転々と移住しながら仕事をしている。その影響で彼は日本にいた期間の方が圧倒的に短い。


 話の内容はほとんどが仕事のことで、それ以上相手のテリトリーに足を踏み入れようとはお互いにしなかった。


 しばらくは亜希と古宮も盛り上がっていたが、次第にその熱は冷めていき、ふと彼らを見たときには古宮がカウンターに顔を伏せて潰れていた。



 「さあ、そろそろ帰りましょうか」



 亜希は涼しい顔をして席を立つが、古宮は虫の息だった。



 「こうなるから嫌なんだよ。飲ませすぎ」


 「さっきまで普通に話してたんだけど」



 心晴は古宮の席に向かって彼の肩を叩いた。「帰りますよ」と呼びかけるも彼は動かなかった。



 「天白さん、古宮さんの家の場所わかりますか?」


 「すみません、わかりません」


 「困ったな。近くのホテルに行くか」


 「もう、大丈夫です。私が彼をホテルに連れて行きますから。おふたりはもうお帰りください。今日はありがとうございました」



 心晴はこれ以上迷惑はかけられないと弥勒と亜希に後のことは大丈夫だと言ったのだが、弥勒は亜希だけを帰らせて自分はホテルに向かうと言った。


 遠慮した心晴に対して「ひとりで運べますか?」と弥勒に現実を知らされた。古宮は高身長で、ジムで鍛えるほどの体格をしている。心晴ひとりで運ぶには到底力が足りない。


 弥勒も細身で古宮を運ぶためには心晴とふたりで力を合わせる必要があった。バーを出て、徒歩三分ほどの場所にあるビジネスホテルに向かう。


 受付で弥勒が手続きを済ませると、エレベーターに乗り込んで目的の部屋まで古宮を運んだ。


 部屋に入った頃にはすでにふたりとも体力が限界を迎えており、古宮をベッドに投げ込む形で任務を終えた。



 「ありがとうございました」


 「いいえ、メモを残して帰りましょうか。明日、古宮さんが目覚めたらチェックアウトできようにレセプションに伝えておきます」


 「もう、あとは大丈夫ですから・・・」


 「駄目です。関わったからには最後まで見届けます」



 弥勒の圧力にやられて心晴はホテルに備え付けのメモ帳に伝えたい用件だけ書き残すと、電気を消してふたりは部屋を出た。


 エレベーターでロビーに降り、弥勒はレセプションに立ち寄って自分の名前で宿泊をしている古宮の名前と、明日彼が代理でチェックアウトをする旨を伝えてホテルを後にした。



 「本当にすみませんでした。ご迷惑をおかけして」


 「お互い上司に振り回されて大変ですね。もう遅いですし、タクシーに乗ってください」



 弥勒は偶然ホテル前で客を降したタクシーを捕まえると、運転手に一万円を渡して心晴を乗せた。



 「法月さんは?」


 「ちょっと散歩でもして帰ります。カクテルを飲んだので夜風に当たって酔いを覚まします」



 確か弥勒は酒に強いと言っていた。私に気を遣って一緒に乗らない口実を作ったのだろうか。



 「あの、連絡先を教えてくれませんか? 今度、お礼をさせてください」



 心晴は弥勒に対抗して自らも連絡先を得るための口実を作った。


 彼は私のためにしてくれたこと、私は私自身のためにすること。意味は対照的だが、彼との縁をここで終えたくはなかった。



 「気にしなくていいのに」



 弥勒はそう言ってスマホを差し出すと、心晴に電話番号を伝えた。心晴は聞いた番号に発信すると、弥勒のスマホに心晴の番号が表示された。



 「それじゃ、お気をつけて」


 「はい、おやすみなさい」



 扉が閉まって走り出すタクシー。


 その中で溢れ出す喜びを噛みしめる心晴だった。

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