第11話 通り雨

 「映画面白かったね」


 「はい」



 上映が終了し、心晴と古宮はシネマゾーンから退場した。最初は弥勒のことで映画に集中できなかったものの、親友が主演だったことで途中からは楽しめた。


 七海が演じる主人公は恋に不器用なキャリアウーマンだったが、職場で昔好きだった人と運命的な再会をして次第に距離を縮めていくという内容だった。


 私にもああいう奇跡が起きてくれればいいのに。


 そう考えながら古宮と一緒に映画館から出ようとしたとき、背後から声をかけられた。ふたりが振り返ると、弥勒と亜希が立っていた。



 「なんでしょうか?」


 「よろしければ、この後一緒にお食事でもどうでしょう?」



 今日会ったばかりなのに、亜希は心晴と古宮を食事に誘おうとしている。なんだかとても不思議な感覚だった。



 「亜希さん、デートの邪魔になるよ」


 「邪魔をする気はないわ。せっかく出会ったのだから、いい機会かと思って」


 「それはビジネスの考え方でしょ。おふたりはプライベートなんだから」



 乗り気で誘う亜希とは対照的に、弥勒は彼女を連れて離れようとする。



 「ごめんなさい。そんなつもりはなかったんですけど、突然お誘いしても迷惑ですよね。デートを楽しんでください」



 亜希は残念そうにして、弥勒に引っ張られた。



 「お食事、ご一緒させてください!」



 去って行く弥勒と亜希を大声で呼び止めた心晴の隣で、古宮は驚いている。彼の意見を聞かずに声をかけたのは申し訳ないが、心晴はこれを最後のチャンスにしようとした。


 弥勒と亜希が交際しているのであれば、私はきっぱり彼のことは忘れよう。長年私にだけ降り続く雨はやみ、ようやく雲の切れ目から日差しが降り注ぐかもしれない。



 「古宮さん、いいですか?」


 「うん、僕は構わないよ」



 心晴の言葉に亜希は嬉しそうに微笑み、その隣で弥勒が腰に手を当てて「やれやれ」と呆れているようだった。


 亜希はスマホを取り出して電話をかけた。話の内容から今から四名で予約ができるかの確認だった。


 会社の代表が利用するお店はもしかしたら私には場違いの高級店かもしれない。ドレスコードは大丈夫だろうかと心配になったが、弥勒と亜希も若者風のカジュアルなファッションだったことで安心した。


 四人は揃って歩道を歩き、目的のお店は駅から離れた場所にあった。


 亜希が先頭で店内に入ると、そこは白い照明がクリーム色をした床のタイルを綺麗に照らすレストランだった。


 ふと入り口でメニューを覗くと、コース料理は二万円から、単品メニューも数千円はするものばかり。自らの懐事情を考えると、痛い出費になる。


 一緒に来た古宮も顔を引きつらせていた。食事の誘いを受けたのは私だ。彼の分も私が負担しなければならない。


 四人掛けの丸テーブルに案内され、ウエイターが椅子を引いて椅子に座るところまでサポートしてくれた。


 時間が夕方早いこともあり、周囲に客は誰もいない。このレベルのレストランなら正装に近いコーディネートで来店する人が多いのかもしれないが、普段着の我々を嘲笑うようなウエイターは誰もいなかった。


 それも一流の証なのだろう。



 「遠慮なさらないでください。本日のお食事代はすべて私がお支払いしますから」


 「いや、そんな・・・」


 「気にしないでください。この人、お金は有り余るほどに持ってますから」



 遠慮した古宮を制止したのは弥勒だった。冗談で言っているようなトーンだが、コンサル企業の代表を務める亜希ならあながち嘘でもないのだろう。


 食べたいものを自由に、と言われても遠慮をしてしまう。心晴と古宮が悩んでいると、亜希は全員分のコースを注文してしまった。


 結局もっとも高価なメニューをいただく形になり、さらに恐縮する。



 「おふたりはお酒飲めますか? 弥勒は飲まないわよね?」



 亜希は心晴と古宮にお酒が飲めるか確認すると、赤ワインのグラスを三杯注文した。弥勒はお酒が飲めないのか、グラスに入った水が運ばれて来る。



 「それで、おふたりはお付き合いされているんですか?」



 亜希は楽しそうに興味津々でこちらの関係を問いかけた。古宮は「いえ、たまに一緒にご飯に行く関係です」と否定した。



 「法月さんと宝材院さんは?」


 「私たちは完全なビジネスパートナーです。今日もデートじゃなく、リサーチの延長で映画を観に来たんです。御社が契約を考えていた風早七瀬がどれくらい人気の女優なのかどうせなら映画観てみようって、休みは出掛けたいタイプの私が誘ったんですよ。弥勒はインドアな人間なので、あまり人が多いところは好まないし、迷惑だと思ってるでしょうけど」


 「迷惑とは思ってないけど、できることなら部屋でのんびり過ごしたかった」


 「明日も休みあるじゃない」



 亜希が話した内容に心を躍らせた心晴がいた。


 彼らは交際していない。つまり、弥勒はまだフリーである可能性が高い。そんな希望を持っても叶わない恋かもしれないが、ゼロじゃないということだ。



 「よかったら連絡先交換しませんか? また一緒にお出掛けでも」



 亜希に言われるままに心晴と古宮は彼女と連絡先を交換したが、弥勒はそれを見ているだけでスマホを差し出すことはなかった。


 前菜から順番に料理が運ばれて来て、古宮と亜希のお酒が進んでふたりは楽しそうに会話を弾ませた。それをただ聞いている弥勒と、愛想笑いを浮かべる心晴。


 コース料理がデザートまで終わり、お酒で陽気になった亜希と古宮がまだ飲み足りないとバーに向かうことになった。



 「行くわよ、弥勒。いつものお店へ」



 会計のとき、はっきりと金額は見なかったが、酒で気分がよくなった亜希の代わりに弥勒がクレジットカードで支払いを済ませた。


 亜希と古宮は暗くなった歩道を先へと進んで行く。


 心晴と弥勒は彼らと少し距離を空けて、無言でふたりの背中を追った。



 「あの、ご馳走様でした」


 「後で代表から回収しますので、お気になさらなず」



 やはり、弥勒は私を覚えていないようだ。


 お互い敬意を表す関係になったことに、悲しさを覚えた。

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