第4話 梅雨入り
高校三年生に進級しても心晴は弥勒、七海と同じクラスになった。
二年生の秋、弥勒と一緒に行った八景島シーパラダイス。あれが彼とふたりで出掛けた最後のデートになった。
心晴は弥勒と毎日顔を合わせるのに話す機会が減って、ふたりは次第に近づくことさえなくなっていった。
心晴はこれまで通り七海や他の女子生徒たちと話し、弥勒もまた男子生徒の輪の中で楽しそうに過ごした。
高校生活最後の一年はさらに早く駆け抜け、三月の卒業式がやって来た。
桜が散る校庭、式を終えた生徒たちはそれぞれが記念撮影や別れの時間を惜しむ。
心晴と七海は第一志望の慶應義塾大学への進学が決まっており、弥勒はロンドンで有名な経営学を学ぶことができる大学への進学が決まっていた。
あと一週間で彼は日本を発つ。もう二度と会うことはないだろう。
あれから一年以上避けてきたのに、彼への気持ちは何も変わらなかった。諦めなければならないと言い聞かせるほどにそれは難しくなる。
「滝沢と天白も弥勒の送別会来れる? 明日の夜なんだけど」
心晴と七海がふたりで話していると、クラスの男子から声をかけられた。彼は弥勒とよく話していた生徒で、来週ロンドンに行ってしまう弥勒のために送別会を開くことをクラスの全員に話して回っていた。
「明日の夜はどうだったかな。多分大丈夫だと思うけど・・・」
七海は心晴に気を遣ってあえて断言せずに、曖昧な表現で心晴の反応を見る。
「ごめん。私行けない。家の用事があって」
「そうだ、私も用事があるんだった。ごめんね。弥勒くんに謝っといて」
「そっか。残念だけど、ふたりとも元気でな」
送別会をありもしない用事を理由に断ったことを先になって後悔するのだろうか。その答えはそのときになってみないとわからない。
「七海は行っていいんだよ。私に気を遣わないで」
「もうすぐロンドンに行って二度と会えない人よりたったひとりのこれからも一緒にいる親友の方が大切なの」
「ありがと。ごめんね」
「謝ることなんてないでしょ」
七海の優しさを前に今にも泣きそうになった。
今なら泣いても卒業のせいだと誤魔化すことができるだろうが、それでも泣きたくなかった。
細やかながら、それは私のプライドだ。
「心晴、七海」
このタイミングで弥勒が走って来て、声をかけてきた。
本当に最悪だ。
できればこのまま関わることなくロンドンに旅立ってほしかった。
毎日あれだけ会うことを楽しみにして、デートの度に喜んでいた私はどこに言ってしまったのだろう。
「送別会、用事で来れないんだってな。ふたりと会うのはこれで最後になるから、ちゃんとお別れの挨拶しとこうと思って」
お別れの挨拶・・・。
彼から出た言葉を聞いた途端、なんとか容器に入っていた心晴の感情は決壊した。際限なく両目からこぼれる滴を手で拭っても拭っても、さらに洪水が発生する。
こんなことをしたくなかったのに、心晴は無言で走り出した。
驚いてこちらを見つめる彼から必死に逃げ続けた。
別れの挨拶も言わずに彼から逃げた私は、とても失礼で礼儀知らずな人間だと思われただろう。
七海はきっと真実を話さずに、私が悪者にならないように釈明してくれる。
好きな人から幻滅され、もっとも大切な親友に迷惑をかけ、一体私は何をしているんだ。
こんなことになるくらいなら、恋なんてするんじゃなかった。
これが心晴と弥勒の最後の別れだった。
翌日、弥勒の送別会には心晴と七海を除く全員が参加したことを後から聞いた。
このクラスでみんなと卒業できて本当によかった。
彼はそう言ってロンドンへ飛び立ったそうだ。
送別会が行われた翌日、七海は心晴をカラオケに誘った。
「私、最低だったよね」
「弥勒くんはきっと怒ってないよ」
「私が弥勒くんだったら気分が悪いと思う」
「今は何を考えてもネガティブになるんだからさ。一旦何もかも忘れて楽しもう」
その日はとにかく歌った。
何を歌ったかは覚えていないけど、ひたすら気分が晴れる盛り上がる曲ばかりを選んだ。
共に慶應義塾大学に進学したふたりは、その後も親友としてさらに深い人間関係を築いた。
大学二年生で七海はその美貌でミス慶應に輝き、街でスカウトされて芸能界へ。大学生と女優、モデル業を並行して進めていくことで休みがなく、心晴と一緒にいる時間は次第に減った。
心晴は大学で新たに知り合った友人ができ、楽しい大学生活を送って就職活動を行い、アパレル業界に就職した。
新卒で入社したその会社でアパレルショップ店員、店長を経て入社から四年で本社に異動した。
さらにそれから二年が経ち、現在は株式会社シエル有楽町本社の企画広報部チーフとして毎日業務に勤しんでいる。
この十年間、心晴の心が晴れたことは一度もなかった。雨が降っている道のりを傘と雨宿りでなんとか進んで来たのだ。
この雨が止むときは、果たして訪れるのだろうか。
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