第2話 天気予報

 学校を終えて帰宅した心晴は七海を連れて二階へと駆け上がる。


 七海は両親もよく知っているし、「お邪魔しまーす」と元気に挨拶をするとキッチンから「七海ちゃん、いらっしゃい」と母の声がした。


 心晴は真っ先に自室に戻ってクローゼットを開けた。


 雑誌を開いては流行りの服を可愛いと思って買うのだが、いざ身につけてみるとモデルようにはいかないことは誰もが経験しているだろう。


 日曜日は気温が低めだと天気予報が言っていたので、重ね着コーデを考えてみたが、秋っぽい服装はどうすればいいものか。


 そもそも、センスのない私が持っている服を組み合わせたところで着飾ることができるのかすら不安だ。



 「うーん、秋だし赤系がいいかな」


 「このオレンジのアウターいいんじゃない?」



 女子がふたりであーでもないこーでもないと話し合いながらコーディネートを決める時間もまた青春の一ページに刻まれる。


 結局ふたりはそれから三十分議論を重ねてデートの服装を決めた。髪型は普段通りストレートの綺麗なロングヘアで、メイクもナチュラルの中にいくつかポイントを抑えるアドバイスをもらった。


 当日自分で教わった通りにできるかが不安であるが、完璧じゃなくても足らずは愛嬌で補おう。


 議論していただけで体力を消耗したふたりは、そのあとどうでもいい話で盛り上がる。


 母がジュースをふたつと少量のお菓子をトレイに載せて持って来てくれた。これも、いつもと変わらない一連の流れだった。



 「遅くならないようにね」


 「はい、ありがとうございます」



 女子によくあることだが、話しているとつい時間を忘れてしまう。真っ暗になってから帰るのでは危険だと、これまで何度も母が車で家まで送り届けていた。


 その度に七海の両親は恐縮して、他所様の家に遅くまでいて迷惑をかけるなと彼女が説教を受けることになるのだ。


 そうなっては可哀想だからと、心晴の両親もあまり遅くまで引き留めないようにしなさいと指導していた。



 「で、どうなの? もし、弥勒くんから告白されたら、オッケーする?」


 「・・・」



 考える必要もない質問だったが、即答することが恥ずかしくてしばらく思い悩んでいるふりだけしてみた。



 「する」


 「その間は何よ。考える必要ないでしょ」



 さすが親友なだけあって、心晴が考えることなどすべてお見通しのようだ。七海は常に決断が早く、心晴と遊んでいても次はどこに行くか、お昼は何を食べるか、決めるのは彼女の方だ。



 「逆に、告白されなかったら?」


 「されなかったら、どうしようもないんじゃない?」


 「なんで? 自分からすればいいじゃん」


 「私から、か」



 それは考えていなかった。


 弥勒のことが好きな気持ちは疑いようのないもので、告白されたら迷うことなく受け入れる。でも、こちらからアクションを起こそうという考えが一切なかったことで自分の卑怯な部分が見えて不快だった。


 現代において、告白は男からするものだという考えは通用しない。



 「心晴は純粋でシャイだから告白されたい気持ちはわかる。私も好きな人から告白されたら嬉しい。でも、相手も同じ考えだったら何もはじまらないでしょ?」


 「じゃあ、どうしたらいいの?」


 「だから、告白するの。気持ちはちゃんと伝えないと。仲がよくても、言わないと伝わらないことはたくさんあるんだから」



 他人のことだからと簡単に言ってるような。


 七海が言うことはごもっともで、受け身でいても寄って来られるこのは彼女のように目を見張る美貌を持つ人の特権だ。


 心晴がもじもじしていると、七海はテーブルに置かれてあるジュースを一気に飲み干して、お菓子を摘んだ。



 「さて、そろそろ帰るかな」


 「え、帰るの?」


 「あとはひとりで考えてみて。何もかもアドバイスはできないし、最後に決めるのは心晴だから」



 そう言うと七海は「また明日ね」と扉を閉めて階段を下りて行った。いつもは玄関先まで見送るものの、今回はそこまで気が回らなかった。


 「お邪魔しました」と母に挨拶をして家を出て行った七海を部屋の窓から覗くと、彼女はこちらの行動をすべて読んでいるかのように振り返ることなく手を振った。


 まだ明るい夕陽に照らされた道を七海は楽しそうに歩いて、次第に彼女の背中は見えなくなった。


 心晴はため息をついた。


 本来なら楽しいはずの時間のはずが、自信のなさと焦りから学校にいたときとは逆の意味で心臓が高鳴る。


 静かな室内に携帯電話の着信音が鳴り響いて「ひゃっ」とひっくり返った声が漏れた。


 電話をかけてきたのは弥勒だった。


 タイミングがよすぎて居心地が悪い。


 大きく深呼吸をした心晴は電話に出た。



 「もしもし」


 『今話せる?』


 「うん、大丈夫」


 『日曜日、藤沢駅に九時集合で。あとは合流してから考えよう』



 弥勒は思いつきで行動をすることが多い。


 買い物に行ってもその場でほしいものがあれば買うし、食事のときもその場で食べたいものがあればその店に入る。心晴の意見は聞いてくれるものの、ほとんどの場合弥勒が提案したものに決まる。


 私はいつも誰かの決定に流されて生きている。



 「わかった」


 『ちょっと大事な話があるから、日曜に話す』


 「大事な話? なんだか怖いな」


 『そんな構えることでもないよ。じゃあ、また明日な』


 「じゃあね」



 大事な話・・・。


 これは七海の予想が限りなく実現に近いものだったのではないか。もし、弥勒が本当に告白してくれたら、それ以上に嬉しいことはない。



 「心晴、手伝ってー」



 階段の下から母が呼ぶ声が閉まった扉を貫通した。



 「すぐ行く!」



 心晴は携帯電話をポケットに入れて階段を駆け下りた。


 早く週末が来ないかな。

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